神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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37話 トワイライトコード

 

 

 杏のイベントに行く約束をしてから暫く経った、今のボクの日常を話しておきたい。

 

 あの日から杏は弟くんたちとの決戦に向けて、放課後はすぐに相棒ちゃんと一緒に練習しに行ってボクとの付き合いは必然的に減った。

そして志歩も志歩で、ライブハウスのアルバイトが忙しくて遊ぶ余裕がなかなか無かったりして、結果必然的にボクは放課後の予定が開いている時が多くなってしまった。

 昼休みに志歩とお昼ご飯を食べたり、杏に歌のレッスンをしてもらったり、たまに気が向いたら生徒会長さん達の軽音部を覗きに行って、れもん師匠からクッキーを貰ったり、人見知りの西木野(にしきの)先輩をおちょくって遊んだりで、最近のボクの学校での付き合いは少ないものとなっていた。

 

 ……いや、前言撤回。

 中学の頃にいつも一人で屋上にいた頃と比べたら、今はずっとずっと毎日が賑やかで楽しい事ばっかりだ。

 

 そんな比較的忙しい日々であっても、ボクは予定を開けてまふゆと二人でゲームセンターでクレーンゲームをして遊びに行った。

 けど、その当日は駅前で待ち合わせるはずだったまふゆが学校の校門前に立ってボクを待ちし、神高生をざわざわさせちゃったり、上級生に絡まれてるまふゆを助けるために彼女だと言い張って強引に連れて逃げたり、そんなトラブルを乗り越えてたどり着いたゲーセンではまふゆがクレーンゲームの景品を根こそぎ取りまくる災害と化してしまったり——本当に、いろんなことがあった。

 その結果、まふゆがゲームセンターの事を気に入ってくれたのは良いけど、それは下手なはずのボクにクレーンゲームの景品を取ってもらう為という謎の気に入り方だったのだけれども。

 それから一週間に一回のペースで、ボクはまふゆに頼まれてゲーセンのクレーンゲームに挑んで、ゲットしたぬいぐるみをまふゆに献上し続けていたりする。

 

 そんな日々を送る中ボクは今、まふゆの新しい自分探しの一環の活動に付き合っている。

 

「……“Amia”、いる?」

「うん! いるよ“OWN”。それじゃ、今日も時間は今から19時までだよね? まふゆの晩御飯ってそれぐらいの時間でしょ?」

「うん……Amiaはそれでいい?」

 

 学校終わりの夕方、ボクは自宅のパソコンでナイトコードを起動し、“雪”——ではなく、今は“OWN”としてのまふゆと通話をする。

 その目的はただ一つ——

 

「だいじょーぶ! ボクのお母さん夜の仕事で帰ってこないし、カレー作り置きしてるのひとりで食べるだけだからさ、気にしないで~」

「わかった……ならいい。それじゃ私達の活動、始めようか」

 

 そう、ボクたちは今、奏たちと一緒にやってる『25時、ナイトコードで。』とは違う、新しいチームを二人で結成し、こうしてナイトコードで一緒に活動を始めていた。

 活動時間はまふゆが放課後に部活や予備校がない日で、だいたい夕方16時半から晩御飯がある19時までボクたちはこうしてナイトコードで通話をしている。

 そんなボク達、OWNとAmiaの二人のチーム名は——

 

「うん! それじゃあOWNの言う通りボク達——『トワイライトコード』の活動を始めよっか! よろしく!」

「……うん、よろしく」

 

 

『トワイライトコード』

 それが、ボク達二人が結成した新しいチームの名前。

 カッコつけてる感じの名前に見えるけど、実際はこうして昼でもない夜でもない曖昧な時間から活動するボクらを、薄明りを意味する英語である“トワイライト”とざっくり表現して、さらにそれとニーゴの名前を少し拝借してボクがそう提案すると、まふゆからは特に反対も一切なしに決まった名前だ。

 

 そしてOWNであるまふゆの行動は早く、活動休止中の自身のYoursTubeの動画チャンネルページで、今後は作曲家OWNとしての自分は“Amia”であるボクとの合作の動画を、このチーム名でアップしていくとチャンネル登録者たちには告知済みでもあったりする。

本当、まふゆは仕事が早いと思う。

 

 けどもそんな、作曲界に突如現れ、デビュー時の投稿動画で一週間という稀に見ない速さで再生回数20万回を達成するという偉業を成しながら、その上で突如理由なく活動を休止してしまい、世間からはまるで彗星のように現れて消えたようになってしまっていた鬼才の作曲家“OWN”。

 そんなOWNの活動休止から一ヵ月の沈黙を破った突然の発表は、界隈にちょっとした騒ぎを起こしてしまったらしい。

 そしてその騒ぎは、ネット民たちの様々な憶測も相まって大きく膨らみに膨らみ、ついには翌日にネットニュースにまでなってしまい、ボクはそれをいつも通り、夜の仕事終わりの母さんが夜中に作り置きしてくれた朝ごはんを食べてる時に、スマホの記事で偶然見つけてしまって、危うく飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しかけてしまった。

 

 つまり今、ボク達のアップする動画は世間的にすごく注目を浴びることが確定してしまっている。

 だけど、そんな大事な復帰一曲目に投稿する動画としてOWNであるまふゆは、ボク目線で——とんでもない大博打をしようとしていた。

 

「Amia……“キティ”の編曲、終わった。私のパート分の声撮りはもう終わってるから、またそっちのパート歌って録音データを送ってほしい。最終的なミックス作業はこっちがやるから」

「わっ、もう作業終わってたの? ってかさ、本当に……その曲投稿するんだ?」

「……うん、する」

 

 ——そう、まふゆはあろうことかその記念すべき一曲目に、自分の想いで出来たという場所である“セカイ”から生まれた曲、それを耳コピしてアレンジを加えたものを投稿しようとしていた。

 それはOWNが今まで作っていた、聞いているだけで心に痛々しさが滲みあふれてくるような、途中で聞いていられなくなってしまうほどの凄惨な曲とは違い、全く違う毛色の曲を投稿しようとしている。それは中々にチャレンジャー過ぎる選択だった。

 

「えっと……OWNは本当にそれでいいの? この曲は今までの君の曲のイメージとは全く違う曲じゃん。こんな曲あげたら、今までの君のファンにガッカリされちゃうんじゃないの?」

 

 つい、ボクはそんな懸念を口に出してしまう。だけど、まふゆは迷う様子なんか微塵も見せなかった。

 

「うん、別にガッカリされるならそれで構わない。だって私が曲を作る理由は、今までもこれからも“自分”を探すためだから。世間の評価なんて——元から求めてない」

「あ……あぁ……そうだったね。君はいつだってそうだもんね」

「うん……それに、この曲は私の“想い”から生まれた曲だってミクは言ってた。だったら、その曲を他の人が聞いてどう思うか……それが、私は知りたいって思うから」

「——そっか、うん。それもそうだね」

 

 そんな作曲家OWNとしてのまふゆのブレない姿勢に、ボクは心配事のすべてを投げ捨てた。

 まふゆのやりたいことなら、どこまでも付き合うってセカイで宣言してしまったから。

 だからボクは、たとえこれで炎上しても共に燃えてやろうっていう覚悟を決め、OWNに頼まれていた“仕事”の成果を、ナイトコードにアップロードする。

 

「よっし、わかったよOWN。だったらボクもとことんまで付き合うから——これ、ボクが描いたイラスト(・・・・・・・・・・)だよ、これで動画作って良いか確認して?」

「本当に、描いてくれたんだ……無理しなくていいって言ったのに……」

「まぁね~。まぁボク授業適当に聞いてるだけでも赤点回避余裕だし、むしろ何かしてないと暇まであったから、内職バリバリ頑張って書き上げちゃったよ。だから別に無理してないよ?」

「……そう。褒められたことじゃないかもしれないけど……それでも、ありがとう」

「へへーん、どういたしまして~! ま、お礼は出来を見てから言ってよ。直してほしい所あったら言ってくれたらいいからさ、もしOWNの目から見てダメダメだったらカッコもつかないし」

「……うん、わかった」

 

 そう、ボクがまふゆに頼まれた作業は、ニーゴでえななんと二人で分担して頑張ってる動画班の作業のすべてだった。

 勿論まふゆは、普段ニーゴで作る動画のように、何十枚も凝ったオリジナルキャラクターのイラストの素材を作って動画編集するような鬼の作業量を要求しない。OWNの頃から彼女の動画は、精々簡単なイラストを一枚か二枚かを使いまわす程度の動画で、あくまで曲メインの動画だ。だからこそ、作業量は多くはない。

 

 それに——まぁ正直、頼まれたっていうのはすこし違う。

 実際は、最初はまふゆがイラストも描くって言いだしたから、負担を減らしてあげたいと思ったボクがまふゆから仕事を奪った形になる。

 

 流石に絵名みたいに、凝った人間のキャラクターを芸術的に描けるほどボクには絵の心得なんてないけども、一応ボクも自分で作る洋服のデザインを描いてた頃はある。デフォルメされた抽象画や簡単な動物やキャラクターの類のイラストなら、なんとか描ける自信があった。だからボクはまふゆからイラストの仕事を引き受けた。

 そしてボクが描き上げたイラストは、最初セカイで歌った時に思ったあの曲から受けたイメージを形にしたもの。

 

 それは、薄暗い路地裏をボロボロになった二匹の猫が共に寄り添って、明るいネオンの光が差す大通りに向かって歩いているイラストだった。

 

 それは、今こうして見返しても絵名が普段描いてくれるイラストに比べれば書き込みも色の配色も全然シンプルな仕上がりで、正直絵名にもし書き直してもらった方が、あの子ならもっと芸術的に書き込んだ見ごたえのあるイラストにして貰えたと思う。

 だけどそれでも、ボクが今できる限りを尽くして、まふゆの胸の中にある曲をイメージしたイラストにはできたという自信だけはあった。

 

 ——ま、色々長く自信のほどを語ったけど、そんなボクの自信が木っ端みじんにされるかどうかは、今から始まるOWN様の直々の批評で決まるんですけどね! 

 

 これでボツならボクは、絵名に明日から絵の指導をしてもらえるように頭をさげるしかない。そんな覚悟でOWNが確認しているのを息をのんで待つ。

 そんな彼女の返答は、

 

「……悪くは、ないと思う」

「——えっ、ほんと!? 正直すごくシンプルかなって心配になっちゃってたけど、それでいいの!? やった!」

 

 まさかの一発OKに、ボクは心の中でガッツポーズをしてしまう。

 やった……! え、でもこれでいいんだ? 今回のイラストは普段の絵名の書き込み量に比べたら、全然足りないシンプルな仕上がりなのに。

 そう思っていると、OWNはボクの疑問を察したように言う。

 

「確かにシンプルかもしれない。でも……私の音楽に合わせるなら、これが一番邪魔にならなくてちょうど良い。えななんの絵は確かにすごく書き込みが凝ってるけど……私の曲に合わせるには、合ってない」

「え? それってどういう意味?」

「……うん。うまく言えないけど……えななんのイラストの良さはKが作る『誰かの心に届く曲』を表現するときに一番いいと思う。けど私の曲は……どこまでも、私の中にあるモノを吐き出したいだけだから。あの子のイラストへの異常なこだわりは、私の表現したい音楽にとって——逆に邪魔(・・・・)

「お、おおぅ……OWN辛口……」

 

 ボクはそんな辛辣な、OWNとしてのえななんのイラストへの評価に、正直若干引いていた。

 “雪”……もしかして君、普段からニーゴでえななんのイラスト見てて、正直そんな意見持ってた? えっと……ならこれからはニーゴで、えななんのイラストに辛口になる感じですか?

 うーわっ……これからはニーゴの通話で、雪とえななんのバトルが連続して勃発しそうだよぉ……。

 そんな心労で気が遠くなりそうなボクに、OWNは淡々と、でもその中にほんの少し温かみを感じるような口調で言う。

 

「ありがとう……瑞希。あなたのイラストは、私の絵に一番合ってると思う。だから……これからもお願い」

 

 そんなOWNの——まふゆからのボクへの言葉は、いまだ感情がよくわからない彼女にしてはとても気持ちが籠ったような、作り物じゃない心からのお礼のように聞こえた。

 だからボクはニーゴの通話の心配はさておいて、今はそんなまふゆがくれるボクへの賛辞を喜ぶことにした。

 

「うん! えへへっ……まさかまふゆに褒められちゃうなんて嬉しいな~。こっちこそありがと、まふゆ!」

 

 ……うん、本当にうれしい。それも、この子の本性がお世辞やおべっかを言えない子だってことを知ってるから猶更。

 う~ん! やったね! この調子で動画も頑張って作ってアップして、この動画イラストから全部ボクが作ったんだよって、えななんに思いっきり自慢してやろ~!

 

「よ~し! OKが貰えたんだったら、ボク早速動画つくっちゃうよ~! 素材も最低限だからニーゴの方より動画の編集作業もものすごく楽だし、もうソッコーで作れちゃうと思うよ?」

「Amia、だったら先に歌の声撮りの方お願い。曲のミックス作業があるから」

 

 その言葉にボクは、そうだったと思うと同時——ニヤリ、と笑みがこぼれてしまう。

 だってこれは、昼休みに杏に師匠になってもらってニーゴの活動の為に上達した、ボクの歌のコソ練の成果をOWNに聴かせる絶好の機会だったから。

 

「はーい……! じゃあリニューアルしたボクの実力を君に、Kやえななんより先に先行公開しちゃおっかな~? よかったら聴いてよ、“今の”ボクの歌をさ!」

「リニューアル……? Amiaの歌って、何か変わったの?」

「あ~、信じてないな~? ならちょっと待っててよ……?」

 

 ボクはいそいそと立ち上がって手早く録音準備を整えて姿勢を正し、そして杏から教えて貰った呼吸法で——スゥ、と息を思いっきり肺いっぱいに吸いこむ。

 そして——

 

 

「——♬♬♬! ♬♬!!」

 

「~~っ!?」

 

 

 吸いこんだ息を爆発させるように歌い始めた瞬間、モニターの通話先でまふゆが息を呑む音が聞こえた。

 へっへ~ん! これはドッキリ大成功みたいだね!

 ニーゴで前にアップした曲を声撮りした時より、ボクの歌声が数段よくなっているのに気づいちゃったのかな~?

 ——まぁそれは当然。

 今まで素人の独学で歌を練習してた今までより、歌のプロが集まっているっていう『ビビットストリート』の最前線で戦ってる、実際のアーティストである杏サマ直々のご指導だからね~! 上達してくれないと困っちゃうよ。

 そう思えるぐらい、杏の指導はボクの知識には無い事をいっぱい学ばせてもらえた。

 

 歌う姿勢、腹式呼吸の正しいやり方、息継ぎのタイミング。

 それら一つ一つを意識するだけで、歌の質はずっと変わる。それを知れただけでボクはものすごく歌が上達する事ができた。

 なにせあの杏に『凄い瑞希! やっぱり歌うコツ掴むのすごく早いよ! もう今だったらウチの街のイベントに出しても恥ずかしくないねっ!』——と、太鼓判をおして貰ったレベルなんだから。

 ボクはそんな楽しかった杏との屋上での歌のレッスンの思い出を振り返りながら、調子に乗ってより楽しむつもりで声を自由に張り上げる。

 

「~~♪! ~~♬♪♬♪!」

 

 そんな楽しくて自由な気分で歌うボクの声を、通話越しに聴くまふゆはまるで呆気に取られたような声で言う。

 

「すごい……瑞希の歌声が……空間を自由に飛んで、跳ねて……軽いと思ったら、すごく力強くて……これ……すごい。まるで、猫みたい……」

 

 そんな、どこかボーッとしたような口調でのまふゆの評価に、ボクは目を丸くする。

 おっ……もしかして見えちゃってる? やった~! ついにギターの音色だけじゃなくて、歌声だけでも野良猫ちゃんを召喚できちゃったか~! あのね? ボクの演奏ってさ、志歩が言うにはまるで野良猫みたいなイメージを感じるんだってさ。

 だったら、思いっきり気ままに楽しんで、カワイくてカッコイイボクの気まぐれな歌声で、君の心に爪痕刻んじゃおっかなっ! ——くらえっ♡

 

 そんな気持ちで、ボクは録音をしているという事すらこの時は忘れて、通話先のまふゆの室内で野良猫を飛び回らせてやる気持ちで、最後の曲のパートを歌い上げる。

 

「…………」

 

 そんなボクの歌声を聞き終わり、まふゆは最終的になにも言わなくなってしまった。

 ……あれ? まさか……最後あたりはイマイチだった? そんな不安に駆られてしまいそうになる前に、まふゆはボーッとしたままの声色で言ってくれた。

 

「……すご、かった……瑞希、こんな歌……どう、やって……?」

「えっ……! よ、よかった!? こわ~、君が何も言わないから駄目なんじゃないかとおもっちゃったよ~!」

 

 安心してボクがそう言うと、まふゆはハッキリとこう言った。

 

「ううん……駄目なんかじゃない……むしろ……とっても、“良かった”」

「えっ……!?」

 

 ——『良かった』。

 その言葉の表現は、間違いなく今の、感情がよく分からなくなってしまっている筈のまふゆにとって、最大限の賛辞。

 それを貰えてしまったボクは、堪らず調子に乗ってしまう。

 いや……嬉しいでしょ? 当たり前じゃん。ボクの努力でまふゆの心にまた“何か”を感じさせることが出来たんだから。

 

「え……えへへへへへっ! そっかそっか~! ボクの歌をそんなに好きになってもらえたなんて、とっても嬉しいな~!」

「……好き……?」

「え? 違うの~? いやいや、そうじゃないでしょ~♡ ボクの歌、すっごく良かったから好きだって思ってくれたんじゃないの~?」

 

 そんな事を調子に乗って聞くと、まふゆは暫く黙って考えたような後で言う。

 

「……よく、わからない。でも……悪くは、絶対にない。あと……脈が、心拍数が、どうしてか分からないけど、凄く上がってる……気が、する」

 

 そんな、まるでボケを言ってるようなまふゆの表現に、ついついツッコまずにはいられなくなってしまう。

 

「も~! そう感じる事を“好き”って言うの!」

「この気持ちが……“好き”? でも、なんだか……よく分からないけど、まだ、何かが違うような……?」

「もぅ……手ごわいなぁまふゆサンは。ま、いいもーん! ニーゴの曲の為に始めた歌の特訓だったけど、こんな追加報酬があるなんて思ってもみなかったよ~! これからも、もっと歌上達して、まふゆをドキドキさせてあげるからね~!」

「……そう。わかった……待ってる」

「うんっ!」

 

 ボクはそう言って、どこか少し明るいまふゆの言葉に笑顔で返してあげた。

 よーしっ、これからも歌の練習がんばろっと! 新しい歌の練習のモチベーション出来ちゃったな~♡

 そう思ってボクが浮かれていると、まふゆは暫く黙った後にボソリとこう言った。

 

「……私、声撮りやりなおす。今のままならどう調整しても、瑞希の歌声に比べて私の歌の印象が負けてる……曲全体のバランスが、台無しになる」

 

 ——あ、しまった。そっか、たたボクの歌だけが悪目立ちしたら、全体のバランスが悪くなっちゃうんだ。

 そんなまふゆの言葉に、ボクは今まで思い違いをしていた事に気付き、慌てて言う。

 

「あっ、そ、そっか……! ごめんOWN! 編曲するんだからキミの歌声に合わせないと駄目だよね? だったら待ってて……もっと今度は、声を抑え気味に歌うから——」

「————駄目ッ!!!」

「ふぇっ!?」

 

 急にOWNから大声の静止が入って、ボクは思わず固まってしまう。

 ま……まふゆ……? え? キミ、そんな声荒げられるキャラだっけ? ……いや、出来てたか。ボクとセカイで言い争いしてた時も、結構叫んでたもんね君。

 けど……まさか、あんなレベルで君の心を揺さぶれてたなんて……うん、ちょっとびっくりだなぁ。

 そう思ってると、まふゆは真剣な声色で続ける。

 

「……瑞希、絶対に私は今の貴方の歌に合わせてみせるから……貴方が知ってる限りの、歌のコツを教えて?」

「え……?」

「——お願い。今瑞希の歌を……私の所為で潰したくない」

「あ……は、はい……わかりました。じゃあさ……その、家で歌うのはマズイでしょ? ひとまず、セカイ行こっか?」

「うん、よろしく」

 

 ボクはそんないつになく真剣なまふゆの声に気圧(けお)され、まふゆと一緒に即席の歌のレッスンをするため『暁のセカイ』に向かう支度を整えるのだった。

 

 ……うーん。ボクの歌を台無しにしたくないって思ってくれたのは嬉しいけど……そっか、今からマジモンの天才に、杏から教わったボクのなけなしのアドバンテージを捧げることになっちゃうのかぁ……。

 うん……それだったらボクの三週間の努力、今からほんの三十分ぐらいでこの天才(まふゆ)に追いつかれちゃいそうだな……。クレーンゲームの時も物凄い才能発揮されてボクの実力抜かされちゃったし。ううっ、マジモンの天才が羨ましいよぉ……。

 

 ——けど、そんなボクの予感はちょっとだけ外れ、ボクが出来る限り教わったコツをまふゆにも教えると、タイムリミット十九時に到達するまでの二時間をたっぷり使用し、まふゆはやっと、ボク目線で言えば十分に見劣りしないまで歌のレベルが上がったのだった。

 

 でもまふゆ(いわ)く『動画を作らなきゃいけないから今はこのレベルで妥協はするけど、こんなのじゃまだ足りない』——との事らしく、ボクに教わったことを生かし、ボクの為にまだまだ歌を上達させる気は満々なようだった。

 

 いや……ボクは短い間にとてもすごくなったって思ってるんだけどね? さすが天才サマだって思ったよ。

それでも、本当にまふゆには珍しく熱くなっているみたいで、これからも歌の練習に打ち込む意志を露わにしていた。だけど、今のまふゆに『熱くなってる?』と聞くと、お決まりの“よく分からない”という七文字の返答が帰ってくるんだと思う。

 

 だからボクは、今のまふゆのやる気に要らない水は差さない。

 どんな形であれ、今の“これ”もまふゆが新しくできた『やりたい事』なんだろうから。

 

 

 

 ——と、そんなこんながあり、一週間後に投稿したボク達『トワイライトコード』の新曲である“キティ”。

 

 その動画の評価は、ボクが懸念していた通り、今までの作曲家OWNが投稿してきた曲調とは全く違うという驚きの声が多くあり、その関係で『思ったのと違った』という若干否定的な意見が最初は目立った。

 けど——ボクという存在を加えて新結成したチーム名としてアップする曲の一曲目という事で、その変化も今後のOWNの活動方針の意志だとして、前向きに受け入れる人達が結果的には多くなった。

 

 そして、そうやって一度受け入れられてしまえば、そのOWNの投稿した“キティ”という曲は——大反響を呼んだ。

 

 

 

@harukana-sora 30分前

「午前一時」を「AM one o'clock」って表現に変える歌詞センス最高。

 

@oregairusaikou 1時間前

本気で声を枯らして歌ってる感じが好き。歌すごくて鬼リピ確定。

 

@yannderesuki-19 2時間前

OWNが普段作る曲と違い過ぎてワロタ、でも正直こっちの方が好き。

 

@kinngudamuha-tu 2時間前

イラストが1枚絵だけだけど、動画内でカメラワークが工夫されてたりエフェクトが凄く活かされてて動画の手抜き感が全くない。動画編集者の腕良すぎだろ、OWNはいい人材引っ張って来たな。

 

@makigami-maki 2時間前

てかAmiaってニーゴの動画編集担当の名前じゃなかったっけ? Amiaは今後ニーゴと兼業してくって事? 作業量エグいって。

 

@minorinn-baru 3時間前

1ヶ月前に友達から布教された時はOWNの曲あんまり刺さらなかったけど、この曲はとても刺さった、今日からファンになります。

 

 

 

 その反響度合いは、気づけば動画のコメ欄がそんな応援コメントで埋め尽くされるレベルだった。

 

 いつもの人を選ぶような尖った曲調ではなく、万人受けしやすい軽くてポップなノリの良い曲調で、そしてボクが言う自画自賛みたいでアレだけど、歌も魅力的でとても良い。だからこそ、評判が良いから聞きに来たという興味本位での新規の人を逃さず捉えられている。

 

 しかしそれでいて、その曲の奥に何処か暗い心の闇を感じるようなフレーズが忍ばせてあり、“OWN”の曲らしさは今だ健在。

 そんな一見明るくも、深く考察すればするほどに味がある曲として評判を呼び——結果、“キティ”は投稿してからほんの三日で十万再生を突破する程の、SNSでも大バズを巻き起こした動画となった。

 

 

 こうして、ボクとまふゆの二人で発足した『トワイライトコード』の活動は、予想より何倍も良いスタートを切ったのだった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 あと、その他にもボクの近況を捕捉で報告すると、『トワイライトコード』の活動がある日のボクの一日は濃密だったりする。

 

 だって、夕方から晩御飯の時間までまふゆとナイトコードで通話して、それからいつもの25時になったら同じくナイトコードで、今度はKやえななん達とも一緒に動画制作の作業通話が始まるのだから。

 

 だからこそボクは、“キティ”が投稿された当日にも『トワイライトコード』の活動をこなし、夜ご飯休憩を挟んで暫くしてから再びナイトコードに戻る。

 そして25時になると、いつも通りKが作業通話開始の音頭を取った。

 

「25時だね。みんな、そろそろ作業始めようか」

「了解よK、じゃあ私次の動画のイラスト出来たんだけど、アップするからみんな確認してもらっていい?」

「えななん仕事はや~い。じゃあ早速確認するね……おっ、今回はイイ感じじゃん! 曲の雰囲気を上手く表現出来てる感じがする!」

「……うん、わたしも特に修正してもらいたいところはないかな。すごく良いイラストだと思うよ」

「ふふ~ん! ありがと二人共! まぁ、今日は割と満足いく出来になったと思うのよね~!」

 

 ボクとまふゆが別のサークルを立ち上げてからも、ニーゴの活動は普段通り。

 それぞれが作業の進捗状況を共有しながら、相手の作品に細かい修正を希望するかどうかを尋ね合って、一緒に一つの動画を作っていくいつも通りの時間。

 

 そんな中、まふゆの一件があってからボク達ニーゴの活動は唯一変わった所があった。それは——

 

「ところで……ねぇ“雪”、アンタはどう思うの?」

「……? どうって……?」

「いや、なんで訳わかんないって反応なのよ? 私のイラストの感想をアンタにも聞いてるに決まってるじゃない」

「……別に……なにも?」

「なっ……は、はぁ!? “なにも”ってなによ! 良いとか悪いとかどっちかで言ってくれない!?」

「悪くは……ない」

「えっと……悪くないって事は、良いって事?」

「……? いや……良くも……ない?」

「はぁ~~~!!?? アンタ何その言い方! 喧嘩売ってんの!?」

「まぁまぁまぁまぁまぁ! えななん落ち着いて、雪に悪気はないんだから……!」

 

 ——そう、やっぱり大方ボクが予想していた通り、色々取り繕わなくなった雪の言動が、あまりにもえななんの神経を逆撫でするようになったせいで、えななんと雪の間でしょっちゅう言い争いが勃発するようになってしまった事だった。

 その度にこうやってボクが仲裁に入っているんだけど、もうこれで仲裁に入る回数が早くも両手の指で数えきれないぐらいの回数になってしまっていて、正直言えばすごくゲンナリしてしまう。

 でも、ボクはまふゆの味方だって約束したから、弱音なんて吐いてられない。

 そうやってどうにか絵名を落ち着けると、絵名は不満そうにフンと鼻を鳴らした。

 

「まったく……ねぇ雪あんた、本当にこれからずっとソレで行く気なの? 私ものすごくやりずらいんだけど」

「でも……分からないんだから仕方ない。それに、良いって言いたくなるならそんな気持ちになると思う。だからそうならないって事は、微妙って事なんだと……思う」

「はぁぁぁぁぁ!!??」

「まぁまぁ、えななん……! イラストを見た感想も人それぞれあるんだから、言い方が悪いってだけで雪をそんなに怒らないであげて? それに、雪もえななんをあんまり刺激しちゃダメだよ……!」

 

 ボクがそう必死で雪を弁護して喧嘩を収めようとする努力をするけど、雪はその全てを無にするかのように平坦な声色で、えななんにこう言った。

 

「……えななん、Amiaが困ってるからいい加減しずかにして」

「アンタが私にっ……! そうさせてるんでしょうがぁぁぁぁーーーー!!!」

「うわぁぁぁーーー! もうダメェ……こんなのフォローしきれないよぉーー!!」

 

ボクは痛む頭を抱えてついには机に突っ伏した。

駄目だ……ボクにはこんなの処理しきれないよ。これからニーゴはずっとこんなのってホント? って感じ。相性が良くないかもなって思ってた二人が、やっぱりバチバチにやりあってんだもん。

 うーん……雪が復帰して、まだまだ再始動したばかりなのにこんなのって、ボクこれからこのサークルでのクッション材の役割こなせるのかなぁ……?

 

——ドンドンッ! ガチャッ

『おいっ……! うるせぇぞ絵名、今何時だと思ってやがる……!?』

 

 すると、えななんの通話先から荒々しいノック音と共に聞き覚えのある男の子の声が聴こえてきた。

 おっと……もしかしてこの声って?

 

「は? ちょっと、何入って来てんのよ彰人! 今通話中だから出てって!」

「お前なぁ……寝てた所起こされた身にもなってみやがれ……!? 部屋隣なの自覚してんのか……!?」

 

 おっと、やっぱり弟くんだったじゃん。えななんにクレーム入れに来たのかな? ふっふっふっ……だったら、ちょっとだけビックリさせちゃおっかな~?

 そんな目先の楽しい事に向かって、これから先の自分の立ち場への悩みを放りなげて進むボクは、明るく元気な声をえななんの所にお届けする。

 

「あっ……その声は弟くんじゃん! こんばんわ~! 元気? 聴こえてる~? 今日も学校で会ったよね?」

「うげっ……このムカつく声はまさか……暁山か?」

「あったり~! いつも君のお姉さんをお世話させていただいてま~す! あっ、こっちでのボクの名前は“Amia”って言うんだ、よろしくね~!」

 

 ボクの言葉に、えななんはビックリしたような反応を見せる。

 

「えっ、Amiaアンタ、まさか私の弟と知り合い? いやそっか……そういえばアンタら同じ学校だったっけ——って、誰がお世話されてるって!? 適当言わないで! 逆だから! ぎゃーく!」

「えへへっ、まぁそういう事で~す! ボクたち学校でよくお話する中なんだよね、えななんの弟く~ん?」

「——は? 違ぇだろ、だれがお前なんかに話しかけるんだよ。日野森にカラみに行ったら常にお前が首突っ込んで来るの間違いだろ?」

「そんなぁ……! いつもあんなに仲良く話してるのにぃ……ヨヨヨ、弟くん、ボクとの関係は遊びだったんだぁ! ボク……悲しいよ」

「うっぜ……! もういい、絵名、次叫んだら駅前に新しく出来たチーズケーキ専門店のケーキ買いに行かせるからな? わかったら静かにしてろ……!」

 

 バタンッ! と荒々しく扉を閉めて弟くんがえななんの部屋から出て行ったような音が聞こえて、ボクは口元がニヤつくのを抑えられなかった。

 忘れもしない、あの最悪な弟くんとの出会いから数週間。ボクと弟くんの今の関係はこんな感じに落ち着いていた。今だに志歩を見かけたら大体絡みに来るのが厄介だけど、それさえ注意を続ければ扱いやすいしからかいやすいし、反応もすごく面白くて最高のオモチャみたいな存在だ。

 志歩の事さえ諦めてくれたら、是非ともこれからは仲良くしたい。えななんの弟くんでもあるしね。

 

「……それにしても瑞希、アンタいつの間に私の弟と仲良くなってんのよ」

 

 そんな騒ぎがあったせいか、雪への怒りをすっかり納めてくれたえななんに、ボクは心の中で弟くんに感謝しつつ言う。

 

「まぁね〜、ボクに出来た新しい友達っていうか? からかうと反応面白いから、ついつい遊んじゃうんだよね〜」

「へぇ、アイツ学校でAmiaに遊ばれてんの? かわいそ〜」

「ってかえななん! 弟くんがボクと同じ学校に通ってて、しかも同い年なんだったら言ってよ、水臭いな〜」

「いや……なんか、それ言ったらアンタとの関わりが深くなりそうだったし……」

「ええっ……!? えななん、ボクと仲良くなるのイヤなの!? うぇぇぇーん! 悲しいよぉ〜!」

 

冷たいえななんの言葉に、ボクはわざとらしく泣いた。いや、やっぱちょっとだけ本気の涙も混じってるかもしれない。仲良しのつもりのえななんに嫌われてるのはツラ過ぎるから。

 そんなボクに、えななんは困ったように小声で呟く。

 

「イヤって訳じゃないけど……その、あんまりアンタと仲良くするとさ……雪に悪いでしょ?」

「——え? なんで雪に悪いのさ?」

「いや、だってそりゃアンタ……って、ハァ……なんでもない。わかんないんだったら放っておいて。今私はアンタには分かんないレベルの高度な空気読み強いられてんのよ」

「えぇ……?」

 

 そんな訳のわからないえななんの言動に、ボクは本気で困惑する。

 そんな……どういうこと? もしかしてボクとえななんと仲良くしてると、雪が嫉妬するからやめとくってそういう意味?

 いやいやいや……そんな空気読みしてるつもりならやめてよ絵名。確かにまふゆはボクのことをすごく頼りにしてくれてるけど、別にそんな特別な想いとか持ってないって。ボク達の関係ヘンに邪推するのやめよ?

 すると、そんなボクを援護するかのように雪は口を開いてくれた。

 

「……別に私は、Amiaとえななんが仲良くしてても、気にならないけど」

「——! えななん、ほら! 雪もこう言ってるからヘンな事気にするのはやめよ? ね?」

「えぇ……? いやいや、雪それアンタ自身が自分の気持ち絶対よくわかってないだけだから。無理すると良くないわよホント、ただでさえアンタ溜め込むタイプなのに……」

 

 呆れたようにため息を吐くえななん。

 けど雪はそんなえななんとボクに、とんでもない巨大爆弾発言を投下する。

 

「だって私はもう、“みずくん”の彼女だから。少しぐらいえななんとの仲がよくても……大丈夫」

「…………はい?」

 

 ボクは気づけば口があんぐりと開いていた。

 いっ……いやいやいや!? その、まふゆサン!? なんでボク達付き合ってることになってるの!? ちょっと待って、すごい誤解が広がっちゃうって!

 だけどそんなパニックになったボクを置いて、周りはどんどん誤解を加速させていく。

 

「え……ああ、なーんだ。アンタらもうとっくに付き合い始めてたの? だったら恥ずかしがらずに早く報告してよ、色々無駄な気を回しちゃったでしょ」

「あっ……そうなんだ。雪、Amia……その……二人とも、おめで……とう?」

 

 そして、雪の大ウソを全く疑うことなく信じるえななんはともかく、今まで会話に参加しないで静かに作業に没頭してたはずのKからですら、お祝いの言葉を贈られる事態にまで発展し、ボクはさらにパニックになる。

 いやいやいや、え? ナニコレ? もうこれサークル内でくっ付いた恋人同士を祝福する空気になってるじゃん!? 爆速で外堀埋まってくじゃん!? どうなってんの!?

 

「いやいやいや!? 待って誤解、誤解だから! 二人共ボクの話聞いてよ! それに雪は冗談言うならもっとわかりやすいヤツ言って!? みんな本気で信じちゃうじゃん!」

 

 必死で抗議をするボクに、雪は何故かほんの僅かに不満そうな声色で返してくる。

 

「だって……一緒に見つけてくれるって、言った」

 

 そんな、明らかにボクが悪いみたいな雪の言葉に、ボクは本気で心あたりが無さ過ぎて目を回してしまう。

 

「えっ? ちょっ、まって? あの、それは確かに言ったけど。流石に色々いきなりが過ぎるって……! 段階すっ飛ばしすぎだよ!? え、まさか本当にそれだけなワケがないよね!? よーし……わかった! もうボク鈍くていい! 鈍感でもいいから、そんな鈍感なボクに、キミがその結論に至った理由を説明して!?」

 

 そう必死で懇願すると、まふゆは渋々といった風に説明してくれた。

 

「……もう忘れたの? この間またゲームセンターに行った時に、そんな“設定”にするって、言ったよね?」

「あ……ああ! ——え? まさか“アレ”って、ここでもやるつもりだったの!?」

 

 まふゆの説明でやっとボクは得心がいった。

 それは、ボクが誘った結果まふゆに気に入ってもらえたゲームセンターに、再びボクと一緒に行く約束をした一昨日(おととい)の記憶——

 

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 

「よーしっ、今日もまふゆ姫様にぬいぐるみ献上のお時間だ~! 今度こそ景品ワンコインゲット達成狙うぞ~!」

 

 そう口にして気合を入れながら、ボクはまふゆと集合場所として連絡してあったシブヤ駅前のモヤイ像前を目指して下駄箱で上履きを履き替える。

 でも、ボクは知っている。集合場所の取り決めなんて無駄だって事を。

 だって結局どこに集合すると約束しても、まふゆがボクの事を待っている場所なんて一つしか見た事がないから。

 

「……あ、やっぱいた」

 

 目先にはボクの予想通り、校門前でボクの事を出待ちするまふゆの姿があった。

 それを見てボクはやれやれって気持ちと、可愛いなって思う気持ちの二つが同時に胸に湧き上がってしまう。

 あーあ、でも本当に約束する日は決まってこうなんて、いい加減まふゆも飽きないのかな? いや、ボクもあの子の心の全部を分かってる訳じゃないんだから、どうしたいかはあの子の自由でもあるんだけど。

 それでも、大体一週間に一度のペースでこんな事をやってると、そろそろ杏と志歩の二人が居る時にまふゆと待ち合わせする日が被っちゃいそうな気もしていしまう。今は就業時間とほぼ同時に、杏も志歩も足早に教室から出て行ってしまうんだからすれ違っているだけで、そうなるのは最早時間の問題なのかもしれない。

 

「ま、もしそうなったらその時は、まふゆにも杏と志歩の二人を紹介しよっと♪ みんな仲良くなってくれたらボクも嬉しいし♪」

 

 きっと、ボクの大好きなあの二人なら、まふゆの本性を知っても気にせずに接してくれそうだって信じてるから。

 と、そんな事を考えながら校門に近づいていくと、もはやここ最近名物となりつつあるまふゆの姿は、この時間に下校する生徒達の間でもヒソヒソと噂になると同時に、性懲りもなく調子に乗った男子も引き寄せていた。

 

「ねぇねぇ、ところでキミはなんて名前なの? 何年生? キミすごく大人っぽいし、もしかして三年の先輩だったりする?」

「『えっと……宮女の二年生です。でも、あはは……すいません、私さっき言った通り待っている人がいるので、構わないで貰っていいですか?』」

「へ~! 二年生なの!? 俺とタメじゃん! スゴイ奇遇~! ねぇねぇ、じゃあそんなキミを待たせてる奴なんて放っておいてさ、俺と一緒に遊びに行こうよ! 俺マジで君にだったらいくらでも奢るからさ!」

「『えっと……間に合ってるので、いいです』」

 

 そんな風に、いつも通り優等生の括弧(カッコ)つけた言葉で、男子をあしらおうとするまふゆだったけど、今日はなかなか諦めの悪いヤツが来ているみたいだった。

 

「もー、しょうがないなぁ、まふゆったら。だから集合場所を別の場所にしようって何回も言ってるのに……ま、今回もボクの出番ってワケだね~」

 

 ニヤリと口の端が緩み、ボクは意気揚々と足を踏み出した。

 初めての時は焦っていたのもあって、恋人のフリをして必死で連れ出すっていう、全然スマートじゃない方法をとるしかなかったボクだけど、もう今となってはこの手のナンパ男を引き剥がすのは百戦錬磨の自信があったから。

 ふっふっふ……観てなよまふゆ。華麗にスマートに、そして最後に可愛く、このボクが君を助けてあげちゃうからねっ♡

 と、そう思ってボクがまふゆに近づいた時だった。

 

「——っ、『あっ、“みずくん”! やっと来てくれたんだ♡』」

 

 まふゆの顔がこちらにクルリと向いた瞬間、彼女はパァッと明るい笑顔になって、まるで彼女が彼氏に甘えるみたいな声色でそう言って、こちらに小走りで駆けてきた。

 

「…………え?」

 

 当然、唖然となるボクだったけど、まふゆはそんなボクに構わず駆け寄ってきて、そしてなんと平然とボクの腕を取って自分の腕を絡め、腕を組んで密着してきた。

 フワリと香る彼女のバニラのような甘い香りと、柔らかい感触にボクは混乱してしまう。

 

「あっ!? えっ!? ま、まふゆ……!?」

「『あ~、もしかして、今私の事を助けようとしてくれた? それとも……ヤキモチ? ふふっ、ありがとっ♡ 心配しなくても大丈夫だよ、あの人本当に迷惑だったんだから……私にはみずくんの事しか見えてないから、浮気の心配しないでねっ♡』」

 

 ニコニコ笑顔でそう言って、さらに腕を深く組んでギュっとボクに身を寄せるまふゆ。

 

 

 …………えっと、きみ、だれ?

 

 

 そんなケタ外れのまふゆの奇行に、思わず真っ白になってしまうボクに、まふゆは耳元で囁いた。

 

「瑞希……話、合わせて」

「——っ!?」

 

 話を合わせる!? え? こんな周囲に構わずいちゃつく無茶苦茶なバカップルのノリに? えぇ……? いや……もうこうなったら後の祭りか。よし、しょーがない!

 ボクは覚悟を決め、腕を組んでくるまふゆを受け入れた。

 

「も~、心配しちゃったよ“まふゆん”っ♡ キミはボクの最高に可愛い彼女なんだから、あんなカッコ悪い男に引っかかっちゃ駄目だぞ~?」

「——っ! ……『うんっ♡ 私もみずくんのこと、だーいすきだから、もう今後一生他の人なんて見ないよ? だから次はもっと早く助けにきてね♡』」

 

 ボクがまふゆの事を最高に可愛い彼女って呼んだ瞬間、一瞬だけ笑顔が固まった彼女に、ボクはムムムっとなってしまう。

 ねぇ……これは君が始めた物語でしょ? 一瞬素に戻りかけるのやめてくれない? 真面目にやってるボクが恥ずかしくなるじゃん! “まふゆん”なんて即興の愛称まで考えたボクのガチの演技が無駄になったらどうすんの?

 ああ……もういい、ドン引きレベルのバカップルを演じたお陰であの男引いてるから、ここで畳みかけて逃げて、こんなクソ茶番早く終わらせてやるッ!

 

「うんっ、じゃあ行こ、まふゆんっ♡ 今日のボク達の放課後ラブラブデート、どこに行っちゃう~?」

「『う~ん……フェニランでもどこでも良いけど、私はみずくんの行きたい所なら何処でもいいよっ♡ みずくんと一緒に居られたらそれでいいも~ん♡』」

「えへへっ♡ もぉ~、まふゆんったらぁ~♡ 本当カワイイんだから~♡ もうどこにでも行っちゃお! ——あ、すいません、そこ邪魔なんで退()いてもらって良いですか?」

「あっ……は、はい……スンマセン」

 

 完全に顔が引きつった様子の先輩を退け、ボクとまふゆは周囲の生徒の『うわぁ…』という視線をガンガンに集めながら、腕を組んでピッタリと寄り添いながら歩いて逃げる。

 

 そして、やっと校門から遠く離れた所で、まふゆの優等生の笑顔の仮面はスッと剥がれた。

 

「……つかれた」

「いや、疲れたのはこっちだよ!? なんなのさいったいさっきのは!?」

 

 ボクはたまらずツッコむと、まふゆは平然と言う。

 

「だって、この前も今日も待ってる人がいるって言って断っても、全然誰も聞いてくれないから……瑞希が前に私にした事を、真似してみた」

「え、まさか恋人のフリして逃げるやつ? どうしてわざわざそんな事……」

「どうしてか分からないけど私、あの学校で目立つみたいだから。だから……いっそ私には恋人が居るって認識で周知されたら、ああいう人は居なくなるかなって思って」

「ああ、成る程……外堀から埋めるつもりなの?」

「うん、埋める。もうああいう感じで絡まれるのは……面倒だから」

 

 そんなまふゆの、効率的に見えてどこまでも非効率的な計画に、ボクは軽くため息を吐く。

 

「その……まふゆさ、ボクの事校門前で待つのやめない? そしたらそんな事しなくても良いじゃん」

「……それは……そうかもしれないけど……」

 

 そう呟き、まふゆは少し俯いてじっと地面を見つめる。……なんだか、ボクの意見が一番正しいって分かってるんだけど、それでも何か引っかかるみたいな表情だなぁ……はぁ、しょーがない。まふゆのやりたい事、なんでも一緒にしてあげるって言ったからねボク。

 まふゆが少しでも早くボクと会いたいって、そう思ってくれてるって事なら——ボクも、言葉にできないキミのその意思を、手伝ってあげようかな。

 そんな思いでボクは、ニコリと笑って言ってあげることにした。

 

「……よし、わかったよまふゆ。だったらコレからもボク達の集合場所はあそこね? そして、それでキミがいいって言うなら、ボクとキミは今日から恋人同士ってことにしてくれていいよ」

 

 ボクがニセの恋人を了承するつもりでそう言うと、まふゆはボクの顔をみて目を大きく見開き、そしてその冷たい表情の白い肌の顔の頬に、ほんの少し血が通ったような朱の色を滲ませながら答える。

 

「……! そういうことにしたいなら……うん、わかった。まだ、何もよく分からないけど……悪い気持ちはしないから。だから……これからよろしく、みずくん」

 

 ……ん? なんだか思ってた反応と違う。妙な感じの反応だなコレ。なんなんだろう……ってか待って? どうして恋人演じてた時の“みずくん”呼びが再開してるの?

 あれ……? これってもしかしてまふゆ……

 

「あの……まふゆ?」

「……“まふゆん”じゃ、ないの?」

「……え? まって、待って待って? え? まさか……本当にボク達、今日から付き合うのかって勘違いしてる?」

「…………え? 違うの?」

 

 キョトンとした顔の返答で、ボクは全てを察する。

 嘘、まさかさっきのボクの言い回しでまふゆ、本当にボクと付き合うつもりなの!? いや、ちょっと考えれば演技につき合いますって意味だとわかるでしょ!?

 え、まさか、ヤバ……この子もしかして、ボクと恋人を演じる話を提案したの、本当にボクと付き合ってもいいつもりの覚悟で言ってたの!? いやいや、いくら自分探しのためとはいえ、それは自分のこと犠牲にしすぎだって!

 

「いやいやいや、違うから! あくまでもボクの事を恋人ってテイで上手く利用して、悪い虫を追い払ってねって、そういう意味だから!」

「…………そう、だよね。わかった」

 

 ボクが必死で勘違いを正すと、何故かまふゆはどこか残念そうに表情をスンッと再び無表情に戻してしまった。

 いや……まふゆ? キミ、自分の気持ちがよく分からないからって、ボクの言う事を全部鵜呑みにして従ったらダメだよ? 今多分君が感じてるその気持ちは、嫌悪感ってヤツだと思うからさ。

 

 まぁ、いいや……とにかく分かってくれたんだったら、この話は以上で終わり。次はさっきからボクが気になってるもう一つの事、そろそろ注意しようかな。

 

「ところで……さ、まふゆ?」

「……ん?」

「あの……さ、ちょっと言いにくいんだけど……その、キミ、何時までボクと腕組んだままで居るの? もうそろそろ恋人のフリするのは終わりでしょ?」

 

 そう、なんとまふゆは、この会話を始まってからずっとボクと腕を組んで寄り添ったままだった。そんな、うっかり屋にしてはあまりにうっかりすぎるドジに、当の本人は何も気にしていないかのような鈍い反応だった。

 

「……あ……うん、そうだね」

 

 そう言ってボクの腕を開放するかと思えば、まだそのままボクの腕をホールドし続けるまふゆ。

 いや、何やってんのさ?

 

「……いや、そうだねじゃなくて、そろそろ離さない? ボクとこうしてるのイヤでしょ?」

「…………? 別に、嫌……ではない感じがする。よくわからないけど」

 

 なんと、そう言ってもまふゆはまだボクを放さない。いやナニコレ? どうなってるの? キミの頭の中本当にさっきからどうなってるの!?

 軽く訳わかんなくなりながら、強めに言う。

 

「よし……! わかった、ボクがこのままじゃ歩きにくいから、だからお願いだから離してくれない?」

「……うん、わかった」

 

 ボクがそうお願いすると、ようやくボクの腕からスルリと離れるまふゆだった。

 

 ……うーん、やっぱりまふゆって、色々つかみどころが分からない子だなぁ。

 

 そんな不思議な行動をするまふゆと、恋人のフリをすることに若干不安を覚えながら、ボクはこの日にまふゆと、またゲームセンターでクレーンゲームを楽しんだのだった。

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 そんな一昨日の記憶をじっくり思いだした後、ボクは開口一番に通話先の雪に抗議する。

 

「いやいや!? 思い出したけどなんでK達相手にも付き合ってる演技する必要があるの!? それ意味ないんじゃないかな!?」

 

 多分正論を言ったと思うけど、雪はそれでもシレっとした顔で言う。

 

「だって……Amiaが、悪い虫を追い払うのに利用しろって言った」

「悪い虫? この場にそんなの居ないじゃん」

「いる……Amiaの方に、このままだと悪いのが付きそうな……気が、したから」

「はい……? えっと、ごめん、キミの言ってる事本気でわかんないよ? そもそも君が自分の面倒事を避けるためにそうするって言ったんでしょ? なのにどうしてボクの方に関係があるの? 理由を教えて?」

「…………理由。それは……」

 

 そう言い、雪は少し黙りこんだ。その後で、

 

「……よく、わからない」

 

 と、お決まりの万能な言葉を投げ返し、後はまた黙り込んでしまうから、ボクはもう頭を抱えるしかなかった。

 

 …………いや、よくわかんないのはこっちの方だよ~~~!!!

 うぅぅぅ……もう分かんないよ、本当にずっとこの子の心が複雑怪奇すぎるよぉ! セカイで思いっきりケンカした時、あの時はちょっと心が通じ合った気がしたのに、アレ気のせいだったのかなぁ? もうほんと、この子の取扱説明書あったら読みたいよ~!

 ボクがそう頭を抱えていると、絵名が呆れたように言う。

 

「……はぁ、何アンタら? 二人でイチャつくつもりなんだったら今日はもう私、通話落ちていい?」

「いやいや、いちゃついてないって、ボクと雪は付き合ってないって言ってるじゃん」

「いや……悪いけどそれでもいちゃついてるようにしか聞こえないのよ。今私、クソボケ同士のすれ違い夫婦漫才をずっと聞かされてる感覚だから、腹立つのわかる?」

「いや、だからなんで!?」

 

 えななんにそう言うと、通話先からドンッと机を叩く音が返って来た。

 

「なんでもクソもないでしょうが……! こんなっ、こんなに雪の気持ちが分っかりやすいのに、それでも分からないとか、アンタがおかしいんじゃないの……? 雪が私を牽制(けんせい)する理由なんて、一つしかないでしょうが……!」

「え、えぇ……?」

 

 何だろう……どうして? えななんが凄くイライラしてる。ボク本気でわかんないのに。

 そうやってボクが混乱していると、ようやく落ち着いたえななんは深くため息を吐いて、Kに泣きついた。

 

「はぁぁぁぁ……Kぇ……私ほんとこの二人疲れるんだけど……助けて?」

「えっと……その……わ、わたしも、あんまりこういう話はよくわからないから……」

「そんなぁ……はぁぁ……もういっそ、何かこの二人の関係を進展させるような、新しいイベントでもあればいいのに……」

「あの……えななん? ボク達の仲が進展って何? 何度も言ってるけど、ボクと雪はそんな関係じゃ——」

「うっさいスケコマシ三太夫……! アンタに私の気持ちはわかんないわよ……!」

「えぇ…………?」

「イベント……あ、そうだ」

 

 Kは唐突に何かを思い出したようにそう呟き、ボク達に対して言う。

 

「そんな話なら、知り合いからちょうど人形展のチケット貰ったんだけど、いらない? その……よかったらAmiaと雪の二人で行ったらいいと思う」

「あっ……! K、それナイスよ! Amia、雪! Kがこんな良いお膳立てしてくれてるんだから、二人で一度デートしてお互いじっくりと話し合いなさい! 今のアンタら見てたらモヤモヤすんのよ!」

「ちょっと……デートって……! 何なのさそんな急に……」

 

 Kの提案に鼻息荒く賛成し、ボク達を囃し立てるえななん。

 うぅ……なんだろうこの、学校の男女の仲良しグループでよくある、ちょっといい雰囲気の二人をくっつけようとする外野のノリは。……なに? 今のボクとまふゆって外野から見たらそんな感じに見えてるの? 

 

 いや……まぁそりゃあさ、まふゆの一件はボクが滅茶苦茶頑張ったから、二人の目からするとボクがまふゆの事を好きなんだって思われてても無理はないよ? けど、実際はそうじゃないんだから……正直困るなぁ。ボクはまふゆに好かれたいって思って行動した訳じゃなくて、本気で助けたいって思ったからやったんだし。

 

 ……まぁ、でも。自分の気持ちが良くわからないまふゆにとって、これも何かのきっかけになるかもしれないし、人形展にまふゆを連れて行くって考えは割と悪くないかもしれない。

 でも……それだったら、ボクとまふゆの二人でのデートって枠組みにしなくても別に、みんなで行っても良いと思うんだけどな。その方が賑やかだし、まふゆもボクと二人よりもっと楽しいんじゃないのかって、そう思ってしまう。

 

 でももう、この話の流れで『みんなで行こうよ』って言ったら、それこそえななんの逆鱗に触れそうだしなぁ……うぅ、でもせっかくKからの提案なんだし人形展、ニーゴのみんなで楽しく行きたかったなぁ、ボクにぎやかな方が好きだし。でも……それは叶わない願いなんだろうなぁ。

 ボクはため息をつきそうな気分を堪えながら言う。

 

「だったらその……デートっていうのはちょっとアレだけど、折角提案してくれたんだしチケットはボクがもらうよ。でも……勝手に話進めちゃってるけど、雪はいいの?」

「……Amiaが行くなら、行く」

 

 もしかしたら断られて話は流れないかなって思ったけど……だよねぇ、君ならそう言う気がしてたよ。君って本当にボクの誘いは断らないもんねぇ。

 よっし、しょうがない。こうなったらボクもニーゴのみんなで初のにぎやかイベントはあきらめた。まふゆと二人で人形展を楽しむ方向に切り替えよう。

 

「よし、じゃあ雪はいつ行けそう? 時間作るから空いてる日教えて?」

「それなら、一週間後の土曜日があいてる。その日は予備校も部活もないから、もともと家で自習する予定だった」

「じゃあ来月の頭あたりだね、ちょっとボクの予定確認するから待ってて——って、あ」

 

 予定を確認する前にボクは、その日は杏と、その相棒ちゃんの初ライブを見に行く約束をしていた事を思い出してしまい、申し訳ない気持ちで口を開く。

 

「あぁ……ごめん雪、ボクその日さ……あの、いつも話してる高校の友達と先に約束しちゃっててさ……悪いんだけど、他の日空いてる時ないかな?」

「………………」

 

 そう言った瞬間、雪は急に静かになったと思ったら、その次の瞬間にボソリと小さく圧の籠った口調で言う。

 

「……もしかして、志歩って子との約束?」

 

 凍てつくような冷たい冷気。

 まふゆの口調から冷酷な敵意をボクは読み取ってしまい、思わず息をのんでしまう。

 

「——ひっ!? え、えっと……話した事あると思うけど、杏って子が今度ライブハウスで歌のイベントやるんだ。だから応援しに行こうって話になってて……」

「志歩って子と、一緒に?」

「——うっ、そ、そうだけど……え? どうしたの雪? なんでそんなキミ、そんなに機嫌悪いの?」

「……別に、機嫌……悪くないけど。でも、Amiaがそう感じるならそうなんだと思う」

「え、ええっ……?」

 

 あ、あの……まふゆさん? どうしてそんなに怒ってるの? そんなに予定が合わせられないのがダメだったの? そこまでボクと一緒に遊びに行くのが楽しみだったの?

 えっと、じゃあどうすれば——

 そんな悩むボクの脳裏に浮かんだ言葉は、今日の教室で聞いた、勝負本番に対する杏の意気込みだった。

 

『いよいよ本番は来週末! こはねと練習もバッチリ積んだし期待してて! 私達の歌で来てくれる志歩と瑞希の事を、さいっこうの気分にさせてあげるから!』

 

 ……歌で、最高の気分に……そうだ!

 思い立った瞬間には、ボクはKに人形展について尋ねていた。

 

「じゃあまって雪——ねぇK、人形展っていつまでやってるの?」

「えっ……えっと、来月末までやってるみたい」

 

 それを聞いてボクは心の中でガッツポーズを取り、たった今思いついた最高の名案を宣言する。

 

「よしっ、だったらまふゆ、人形展に行くのはまた別の日にしよう! そしてその日はボクと一緒に——杏のライブ観に行こうよ! ボクと一緒にライブハウス、行こ?」

「え……? ライブハウスに、私が……?」

 

 そう、ボクは考えた。予定がブッキングしたならいっそ、まふゆも杏のライブに連れてきてしまえと。

 前にボクの歌を聴いた時、まふゆはすごくボクの歌を気に入ってくれたから、きっとすごい歌ならまふゆの心にも何かの良い影響を与えてくれるはずだと思って。

 

 ——と、そんなボクの名案を聞いて、えななんとKはどこか怪訝そうな声色で口を挟んできた。

 

「……えぇ……Amia、あんたマジで言ってる? さっきの話の流れでよく、他の女との約束の日に雪も連れて行く発想が出るわね。鈍感とか通り越して、もはやだだ雪が可哀想になって来たんだけど……?」

「Amia、その……わたし、そういう話には疎い方だけど……そんなわたしでも、流石にそれは無いってわかるよ……?」

「——ちょっ、えななんもKも、ボクと雪はそういう関係じゃないから……それに、別の日にするだけで人形展も二人で行くよ? ただ、杏ってすっごく歌上手くて……それを聞いたら雪も何か感じる事は無いかなって思っただけで……」

 

 そうボクが必死で二人からの追求を躱していると、まふゆは暫く黙った後で会話に参加してきた。

 

「……別に、私は良い。Amiaがそう思ったんだったら、私もそうする」

「えぇ……雪? アンタねぇ、それでいいの? Amiaの言う事だからって全部全部従わなくていいのよ? 文句言いたいなら遠慮せずバシッと言った方がいいわよ」

「大丈夫。それに……ライブハウスも、行った事ないから」

「……そ、アンタが良いなら別に良いけど……」

 

 まふゆはどうやら、えななん達には微妙だったらしいそんなボクの誘いにも、前向きな考えでついて来てくれるみたいだった。

 なんだかよくわからないけど、それでもボクを信じてくれるまふゆの気持ちがボクにはとっても嬉しかった。

 

「うん、そう言ってくれてありがと雪! 杏ってすっごく歌上手なんだ、だからぜーったい、キミにとって良い体験にしてくれる筈だから。楽しみにしててね!」

「うん……わかった。Amiaがそう言うなら……期待、してみる」

 

 “期待”……かぁ、ふふっ。そんなことを言うなんて、この世界の全部の事に絶望して消えようとしてた頃の君に比べたら、凄く前進してる。

 よーし……! これは絶対、雪の内心に良い流れ来てるよね? このままの調子で、当日は雪にも楽しんでもらえるように頑張ろっと!

 

 と、そんな気合を入れるボクを尻目に、雪は小さくポロリと言葉を漏らす。

 

「それに私……志歩って人と杏って人とも一度、挨拶(・・)しておきたかったから……丁度いい機会だよ」

 

 そんな、どこか気迫が籠ったような雪の呟きにボクは、そこまで雪が、志歩と杏に興味を持っていてくれたなんて嬉しいなと喜んだけれど、この通話に参加してるKとえななんが雪のその言葉を聞いて思った事は、全く違うようだった。

 

「うっ……雪……こ、こわい……よ?」

「……成程ね、妙に乗り気なのはそういう事? あーあ、ご愁傷様ねAmia、アンタ当日は胃薬の準備しておいた方がいいんじゃない?」

「——え? えななん、それっていったいどういう事?」

「Amia……当日はよろしく」

「あ、うん。わかったよ雪、また集合時間と場所は連絡するね~」

 

 そんなこんなで、ボクは色々気になる事はあるけれども、まふゆを連れて杏達のライブを見に行く事が決定したのだった。

 

 

 

 

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