「志歩~! 今日の私達のライブ観に来てくれてありがと~!」
「うん、約束だったからね。杏とこはねの二人の歌、楽しみにしてる」
「ふふーん、そこら辺はバッチリ期待しちゃってよ! あれから二人で一緒にすっごい特訓して、滅茶苦茶イイ仕上がりになったから!」
月始めの土曜日、私は約束通り杏達のイベントがある会場にやって来て、一人で私達を待っている様子だった杏と会話をしていた。
今日この日は、杏とこはね、東雲さんと青柳さん、その両者のプライドを懸けた真剣勝負の日。
そんな大舞台を目前にして、杏は全く緊張していないかのように自信満々に胸を張る。
「まぁ見ててよ志歩、今日は私とこはねの仲良し相棒パワーで、彰人なんかけちょんけちょんにやっつけちゃうんだから!」
「ふふっ……すごいね杏。私、二人の事を応援してるから」
「うんっ、ありがと! ところで、瑞希はまだかな~? こはねは遅れるって連絡あったから納得だけど、なんの連絡もないのに遅れるなんて、ちょっと残念だなぁ~?」
そう言って、キョロキョロとどこか楽しそうな様子で瑞希を探す杏。
なんだか私よりも、瑞希が来てくれる事の方が嬉しそうなその様子に、少し微笑ましさを感じてしまいながら私は口を開く。
「そういえば、瑞希が連れて来るって言ってる友達の人、同じ音楽サークルに入ってる人みたいだね。もしかしたらその人の案内で遅れてるんじゃない?」
「——あ、そうなんだ。もしかしてその様子だと、志歩は瑞希が連れて来る人の事少し知ってる感じ?」
「うん、一昨日の昼休みに少し話聞いたから。ネットのサークルで知り合ったにしては近くに住んでる人で、私が元居た宮女の二年生なんだって。ちょっと気難しい人だけど、でも悪い人じゃないって言ってたよ」
「へぇ……そうなんだ。でも気難しい人かぁ……私、その子と仲良くできるか心配だなぁ」
「大丈夫、“あの”瑞希が友達って呼ぶ人だよ? 絶対、根は悪くない人の筈だから」
「……たしかに、それは言えてるかも。よーし、だったら仲良くしよっと」
そんな話をしていると私達の所に、因縁のある二人組がやってくる。
「よぉ日野森、久しぶりだな。それと杏、今日負かされる心の準備は出来たかよ?」
「……彰人、安い挑発はよした方がいいいんじゃないのか?」
「東雲さん……はい、久しぶりです」
「あっ、来たね彰人と冬弥……! 何が負かされる心の準備よ、その言葉、そっくりそのままアンタに返してやるんだから!」
「——ハッ、抜かしてろ。オレ達だって当然負ける気はねぇよ」
「なにを~~!」
開幕から睨みつける視線を互いに交差させて火花を散らし、そこから言い争いを始める杏と東雲さん。
お互いに今日の日に賭ける想いは同じのようだった。
「…………」
だけどそんな中、一人だけ青柳さんは少し俯き、心ここにあらずといった表情を浮かべていた。
青柳さん……この間に話しかけた時も何か浮かない顔をしてたけど、もしかしてまだ何か悩みを引きずってる? 少し、心配かも。
「……っ、どうしたんだ日野森? 俺に何か用があるのか?」
すると私の視線に気づいたのか、青柳さんは少し慌てたように普段の調子を取り繕ってしまった。
そんな青柳さんを見て私は、言い争う二人を尻目に彼の元に少し近寄り、小声で言葉をかけてしまう。
「青柳さん、なんだかしんどそうだけど大丈夫? 体調でも悪かったりする?」
「あ……ああ、心配かけてすまない、少し考え事をしていたんだ」
「それ……前も言ってたよね? もしかして東雲さんにも言えない悩みだったり? 今解決できそうな悩みなら、私が聞くよ?」
「……いや、大丈夫だ。そこまで日野森が深刻になる話じゃない。それに……今更どうこうなるという話でもないからな」
「……そっか、そう言うならわかった。だけど……調子が悪かっただけっていう理由で、杏とこはねに負けた事の言い訳にはしないでよ?」
「……ふっ、本題はそれなんだな。どこまでも日野森らしい……ああ、勿論やるからには俺も、彰人と全力を尽くすつもりだ」
そう言って青柳さんは、少し調子を取り戻したように微笑を浮かべてくれた。
でもまだ私としては心配だけど、青柳さんが今は話せない事なら無理に聞き出すのも悪いし、ここが撤退どころだ。
そうやって私が彼を心配してると、さっきから言い争いをしていた東雲さんが、杏に対して煽るように言う。
「ところで白石、さっき暁山の野郎の話をしてたらしいけどよ——知ってるか? アイツに関して最近新しい噂が出回ってるのを」
「えっ、瑞希の!? なに……?」
突然の知らせに、杏は驚いて目を丸くする。だけど、それは私も同じ気持ちだった。
瑞希に新しい噂? まさか、また悪評とか流されてるんじゃ……? くそ、最近バイトが忙しくて学校からすぐに帰ってたから、全然知らなかった。もしも瑞希が傷つきそうな悪いデマだったら……絶対その噂を流した人を許さない。
軽く下唇を噛みながら耳を澄ませると、彼はニヤリと笑って杏に言う。
「どうやら暁山のヤツ——宮女に年上でスゲェ美人の彼女が出来たらしいぜ?」
……なんだ、嘘か。
私は心配で張り詰めた気を、どっと力を抜いて緩ませる。
いやいや、瑞希に彼女? 友達を作る事ですら前に踏み出せずに凄く臆病だった彼が、友達ならまだしも——彼女だなんて、作ろうとするはずがない。
まぁでも……仮に、もしそれが本当なら。
入学式の日の屋上で聞いた、彼の心の叫びを思い出す。
『……う、うるさい! やめてよ……それ以上来ないでよ! やめてよぉ……怖いんだよ。誰かを信じるのも、裏切られるのも、もうどっちも怖いんだ。もう、ボクがボクである事を、大好きな人に否定されるのが怖いんだよ……! だったらもう、何も欲しがらない方が気楽なんだよ! 最初から、変わりたいって思うから駄目だったんだよ……ボクはもう、何も変わりたくない! 一生このままでいい!』
そう叫び、世界全部を呪っていたあの瑞希が、心の一番だと思える存在を作れたんだとしたら私は——心から彼を祝福したい。
だから、そんな噂がいっそ本当だったら嬉しいのに、と思って軽く笑ってしまう。
けど、そんな私とは正反対に、杏はそんな瑞希を祝福する気なんて一切無さそうな反応を見せる。
「——はぁ? 彰人……アンタねぇ、そんなあり得ないガセで私の集中切らせようとするなんて、やり方
「おいおい、分かんねぇだろ? 暁山だって好きに恋人ぐらい選ぶ自由もあるだろうが」
「違うもん! 絶対何かの誤解があるに決まってる! だって瑞希は——」
そう言って杏は突然言葉を切り、私の方をチラリと見る。
……え? 急になに杏?
けど、そう訴える私の視線を無視し、杏は再び凄い剣幕で東雲さんに詰め寄る。
「とにかく、そんなヘンな噂は信じないから! 下らない事考えないでよ!」
「ほー、でもよ……実際に暁山が彼女といる所を目撃した奴だっているんだぜ?」
「えっ……?」
「どうやら話によるとな……暁山の彼女は毎週金曜日の放課後に、ウチの学校の校門前で必ずアイツを出待ちしてるらしいんだよ」
「……え? け、結構、具体的……? ま、まさか本当に……!?」
そんな、急に話に真実味を帯びさせるような詳細情報に、杏は何故か少し顔を青くしてしまう。
……杏、どうしたの? 別に瑞希に恋人が出来てもいいでしょ。逆に私達にとっては嬉しい話じゃないの?
疑問を抱く私をよそに、東雲さんはここからが大事な所だとばかりに声を潜めた。
「それでよ……その彼女はやってきた暁山を見て、一体どうしたと思う?」
「な……なんなの……? 勿体ぶらずに早く言ったらいいじゃん! ど、どうせガセなんだから! そっ……そんな噂、ぜ、全然信じてないんだから!」
強がったような様子で冷や汗を流す杏。
そんな杏を見て、東雲さんは数秒もったいぶった風に黙った後、とうとう笑いが堪えきれなくなったのか、プッと吹き出しながら言う。
「——ブッ、くっ、くくくっ……それがよぉ、馬鹿みたいなニコニコ笑顔でアイツを……くっ、くくくっ、み、”みずくん”なんて馬鹿なあだ名で呼んで、しかも周りに人が居るのも構わずに腕なんか組んでくるらしいぜ……!? しかも、暁山のヤツも女が絡めてくる腕を受け入れて、そのままピッタリと寄り添って校門から出て行ったらしい……く、くくふふっ……すげぇ、面白れぇ話だよな?」
そんな、普段の瑞希を知ってるなら一瞬で嘘だと分かってしまう追加情報に、私はすっかり気分が冷めてしまう。いや……瑞希に彼女が出来るのはまだ、あるとしても。流石に瑞希が彼女にベッタリになってしまうのはあり得ない。つくならもっとマシな嘘をついて欲しいぐらいだ。
「——って、やっぱりガセなんじゃん馬鹿彰人ぉぉぉーーー!!!」
からかわれていた事を悟って憤慨する杏。けど東雲さんは、全く悪びれる様子もなく、寧ろ半笑いで杏に言葉を返す。
「ワリィワリィ、でも——こんな事で必死になっちまって、やっぱり余裕だなお前。オレの忠告全然聞いてねぇじゃねぇかよ」
「——っ、……なに? 何を言うつもりかと思えば、またそれ? いい加減、違うって否定するのも言い飽きたんだけど?」
「いや、別にお前がアイツをどう思ってようと、今更どうこう言うつもりはねぇよ。ただ、やっぱり今のお前には負ける気がしねぇって、そう改めて思っただけだ」
「この……! 言わせておけば……!」
と、杏が我慢の限界のように東雲さんに詰め寄った。
その時だった、小走りの足音が近づいてきた少女が、私達に向かって声をあげる。
それは確かこはねの声だった——けど、その見た目は全く様変わりを果たしていた。
「えっと……お、遅れてごめんね? 杏ちゃん、志歩ちゃん……えっと、来た、よ?」
「おっと……この声、こはねじゃん! 待ったよ——って、え? こは……ね?」
「……えっ、こはね……!? 髪、どうしたの? それと……眼鏡は?」
そう、こはねは左右に分かれた長いおさげ髪をバッサリと切って短くし、その上かけていた丸眼鏡をコンタクトにしていたのだった。
そんな見るからに劇的な変貌を遂げたこはねは、驚く私達を見てコクリと頷いた。
「二人とも驚かせてごめんね、でも私、決めたんだ。今はまだ全然実力不足だけど、杏ちゃんと一緒にいつか、最高のイベントをやれる自分に
その言葉に宿っていたのは、こはね自身の固い意志だった。
“変わりたい”——それこそが、何よりも強い彼女自身の“想い”だって、そう感じ取れてしまうぐらいには。しかもそれも、あんなに長かった髪をバッサリ切るぐらいなんだから、その覚悟は相当なものなんだろう。
だから私は笑顔で言ってあげる事にした。
「……やるじゃん、こはね。今のあなた、最高にカッコイイよ」
「うん……ありがとう、志歩ちゃん」
こはねは私の言葉にニコリと微笑みを返してくれる。その笑みは可愛らしさの中に強い闘志が燃えているように私は感じた。
杏は暫くポカンと口を開いて彼女を見た後で、やがてニコリと微笑みながら頷く。
「……やっぱり、思った通りだった。こはねは私の、最高の相棒だね!」
「えへへ……ありがとう、杏ちゃん」
そんな二人を見て、東雲さんは最初はこはねの姿に呆気にとられていたみたいだけど、やがて気を取り直したように、こはねを軽く睨みつけた。
「……お前、オレの言葉を忘れたのか? この街にはお前みたいな中途半端な——」
「もう——中途半端じゃ、ないよ」
「……ほぉ?」
「私……東雲くんに、この前あんな風に言われて最初はビックリしたけど……あれから、杏ちゃんと一緒にこの街で沢山歌って練習していって……やっと東雲くんの言ってる事がわかったの。確かに私は……皆に比べて、全然真剣になれてないって」
「……なら、どうして辞めねぇ?」
「それは……それでもっ、やっぱり杏ちゃんと一緒に沢山の人をドキドキさせるイベントがしたいって、そう思ったから! だから……最初は確かに軽い気持ちだったかもしれない、けど、もう辞めない! だって杏ちゃんと一緒に、最高のイベントを目指したいから! ——だから、もう迷わないよ!」
その強い志を宣言するこはねを見て、東雲さんは初めて彼女を見つめるその瞳の色から
「わかったよ……威勢は及第点だ。だが、吠えるだけなら意味ねぇからな? その覚悟が口だけじゃねぇって——証明してみろよ」
「……うんっ! 私……杏ちゃんと一緒に、あなた達に勝つよ!」
そんなこはねの言葉に勇気をもらうかのように、杏は東雲さんをビシッと指さした。
「そういう訳だから! お互い正々堂々と勝負だよ彰人、冬弥! 私達『Vivids』が絶対アンタらに勝ってやる!」
「……勝手に吠えてやがれ、勝つのはオレ達『BADDOGS』だ」
そう両者が火花を散らした時だった、遠くの方の路地から見知らぬ若い男性の人影が突然現れ、東雲さんの方に小走りで駆けてくる。
「おいおい……どこ行ったのかと思えばここにいたのか、探したぜ彰人、冬弥!」
「……あ? あ、あぁ……
ため息交じりに東雲さんは、その現れた茶髪でチャラそうな外見をした若い男の人——
すると、三田さんはやれやれと首を横に振りながら答える。
「お前なぁ……忘れたのかよ? ライブハウスのオーナーが、今回のイベントの出場者全員に出席確認してるぜ? 早めに中に入っとかねぇと、欠席扱いになっても知らねぇからな?」
「……マジか、もうそんな時間かよ。気を遣わせたな、サンキュー」
「まったく……やれやれだぜ。俺はお前らの事を応援してんだからよ、こんなしょうもないミスでつまずくなよな~?」
「言われなくても分かってるっつーの」
東雲さんは三田って人にそう言うと、杏とこはねを一瞥する。
「——だとよ? お前らも行くぞ、本番前の軽いリハもやると思うからな」
「あっ……ちょっと待って、まだ瑞希が来てなくて——」
その場を少しキョロキョロしながらそう不安そうに言う杏に、私はその肩をポンと軽く叩いた。
「杏、瑞希と後一人来る人の事は、私に任せて先に行って? こんなしょうもない事で失格になったら、笑い話にもならないでしょ?」
「うぅ……ごめん、志歩! 任せていい? そして瑞希のヤツには遅れないでよ馬鹿って文句言っといて!」
「ふふっ……わかった、私からしっかり伝えとく」
杏にそう微笑みかけると、心配そうな表情をしたこはねと東雲さん達から声がかかる。
「えっと……志歩ちゃんはこの辺りで一人で大丈夫なの?」
「ああ……オレも同感だな、まぁ悪さする奴はこの辺りには少ねぇが、それでもお前が一人で居たら、浮かれた野郎共をおびき寄せちまうだろ? もしアレだったらオレ達の連れって事にして、一緒に控室の方に連れてくけどどうだ?」
「ありがとうこはね、私は一人で大丈夫だから心配いらないよ。東雲さんもありがとうございます、でも心遣いだけ受け取っておきます。だって私もう、軽いノリの人間が近づいて来たら——ひと睨みで散らせるので」
私が女子校から共学校に移ってもうすぐ二ヶ月が経とうとしていて、最初の方は戸惑っていたけど、異性からそういう絡み方をされる事に慣れてしまうと、自然と気づけば対処法は身についていた。
それを示すように私がスッと威圧するように目を細めると、軽くブルリと震えた東雲さんが、やれやれと肩をすくめた。
「参ったな、さすが日野森だぜ——可愛い女だと思って近づいたのに、そんな飢えた狼みてぇな目で睨まれたら、並みの男は裸足で逃げ出すっての」
「わーお、流石志歩! 頼りになる~!」
「志歩ちゃん……カッコイイ……!」
「日野森……だが、もし何かあったら連絡してくれ。俺か彰人がすぐに駆け付けるからな」
「うん、ありがとう青柳さん。だから私の事は心配しないで? それに——まぁ、あと少ししたら、私にとってすごく頼りになる
「うんうん、勿論そうだよね! 瑞希が来てくれるんだから安心だよ——じゃ、みんな行こう!」
そう言って、みんなはゾロゾロとライブハウスの中に入って行き、私はその後ろ姿を小さく手を振って見送った。
すると、その時だった。私と同じくみんなを見送って、この場に残っていた
「何が正々堂々と勝負だよ……
——は? 今、杏の事をなんて言ってこの男——ッ!
と、私がその怒りのままに振り返り、三田とかいう男を睨みつけようとした時には時すでに遅く、三田って男は裏路地の雑踏の奥に消えて追えなくなってしまっていた。
「……くそっ、あの男……逃げ足が速い」
軽く追ったけども完全に追跡不可能になり、私は悪態を吐く。
ああもう……最悪、杏の事をあんな風に言う人がいるなんて。“七光り”だなんて……絶対に許せない暴言。
あの子自身の普段の努力を、すごい歌の才能を、その全部を台無しにする言葉だ。
あの子という個人の人格を、全て否定しているような暴言だ。
あの男、三田って名前だよね……よし、顔は一瞬観ただけだけどよく覚えた。次会ったらタダじゃおかない。
「はぁ……よし、落ち着いた。今はとりあえず、瑞希達が来る場所に戻ろう」
そう敢えて口に出して呟き、ひとまず感情を落ち着けながら、ライブハウス前に戻って瑞希と、あと彼が連れて来るっていう友達の人を私は待つ事にした
■ ■ ■ ■ ■
一方その頃ボクは、シブヤ駅のモヤイ像前で待ち合わせして合流したまふゆと一緒に、スマホの地図アプリとにらめっこしながら、イベントがあるライブハウスのあるビビットストリートに向かっていた。
「えーっと、確かこの角を曲がって……あ、うん! ここだここだ! 後はここを真っすぐ行くと着くはず。ごめんねまふゆ、あちこち歩きまわらせちゃって」
「私は別にいいけど……集合時間、大丈夫なの?」
「うー、そうなんだよね、もう完全に遅れちゃってる。でも大丈夫、遅れて行く事は連絡してあるから——」
その辺りのフォローはちゃんと抜かりの無いボクは、ちゃんと遅刻する旨を書いて送ったメッセージの画面をまふゆに見せて安心させようとして——とんでもない事に気付く。
「って、ああっ!? メッセージが送信できてないっ!? わーん! 無断遅刻になっちゃったよ~~!」
送信したと思っていた文章が、通信エラーで送信できていなくて、途端にボクは背中から冷や汗がドッと流れる。もう30分以上の遅刻だ、連絡ナシでそんな大遅刻なんてありえない。
そんな焦るボクを、まふゆはジト目で見つめてくる。
「……だから、もっと早く急ごうって言った」
「うっ……返す言葉もないです。でも連絡してるって思い込んでたから……」
「どうする? 今さらだし……このまま行くのやめて奏のチケットで、二人で人形展の方に行く? 私はそれでもいいよ」
「いやいや、まだイベント始まる時間にはなってないんだし、遅れてでも行くに決まってるよ。それに、無断遅刻どころか無断欠席までやっちゃったら、ボク二人に嫌われちゃうじゃん! もしそうなったらどうしてくれるの!?」
「……別に、私はそれでもいいけど」
「ボクが良くないんだよぉ!? ああ……もういいよ、こんな話して立ち止まってないで、早く会場に行こ」
「………うん」
そんな風にボクは、どこか少し不満そうに見えるまふゆを連れて歩き始める。
だけど今日のまふゆはそれにしても、いつもより不機嫌そうな感じするなぁ。しかも道に迷ったと分かった瞬間に、今日の予定を人形展の方に変更しようとしてくるし。
でも……仕方ないか、あれだけ自信満々にまふゆの事をエスコートするって言っておいて、結果こうなんだから。
それに、初めて会う志歩や杏に対しても不安を感じてるのかもしれない。だから何かにつけてやめようと薦めてきてるんだ。
うーん、なんとか挽回しなきゃ。だって今日ボクは、杏の応援の為に来たのは勿論だけど、まふゆにもこの間のクレーンゲームの時みたいに、また何かを感じてもらう為に連れてきたんだから。
そう思って、ボクは歩きながらでもまふゆに改めて、今日紹介するつもりの二人の事を解説する。
「その……まふゆ、時間には遅れちゃったけどボクの所為だから心配しないでね? あと、志歩と杏はすっっっごく良い子だから、文句はそりゃ言われるだろうけど、それでも笑って許してくれる筈だよ? だから心配しないでまふゆも——」
「——『二人と仲良くして』って話? そんな話ならもうしなくていい、ここ最近ずっとその話だったから……正直もう、聞き飽きた」
「あうっ……えっと……?」
——あれ?
どうしてだろう、まふゆの機嫌がさらに一気に悪くなった。
えっと……そんなにボク、まふゆをイライラさせる事言ったかな? ボクはただ、仲良くしてる人達に、みんな一緒になって楽しくおしゃべりとかしたいだけなのに。
そして出来ればまふゆにも、ニーゴのボク達以外に優等生の仮面を被らないで話せる相手が出来たら良いなって、そう思っただけなのに。
だけどもしかしたら、まふゆにボクのそんな気持ちは……迷惑だったのかな? もしそうなんだったら、無理強いはできないよね。
そう思って少し反省していると、そんなボクの暗い顔を見たまふゆは、らしくもなく気を遣ってくれた。
「でも……瑞希の言いたい事はわかったから。出来るかどうか分からないけど……なんとか、頑張ってみる……よ?」
「まふゆ……!」
やっぱり、まふゆはとっても優しい。
無理はして欲しくないけれど、それでもボクの為に新しい人間関係に踏み出してくれるそんなまふゆの心遣いは、とっても嬉しかった。
「でも……私だって、その人達に言っておきたい事はあるから。仲良くできるかは……それからだと思う」
「——え?」
だけどほんの一瞬だけ、まふゆの口から不穏な言葉が聞こえた気がしてボクはそう聞き返す。
でも、そのまふゆの返答が帰ってくる前に、ボクにとっては聞き流せない声が聴こえてくる。
「あっ……瑞希。遅かったね、道にでも迷った?」
それは、歩いて来るボク達を見つけたのか、時間に大遅刻したこんなボクを集合場所で待っててくれていた志歩の声だった。
そんなボクの大好きな志歩の今日コーディネートは、カジュアルな深緑色のロングワンピースをメインに据えたスタイルでカバンとかの小物のチョイスもラフに決めていて、ボクのアドバイスが早速光るような、カッコよさと可愛さが共存したようなスタイルだった。
ああ……もう、今日もボクの大好きな志歩は凄く魅力的すぎる……! 私服も可愛すぎるでしょ、最高……!
「——あ、志歩っ♬ ごめんっ!! 待たせちゃったよね、大丈夫だった?」
ボクはそんな浮かれた気分でそう言って、思わずまふゆの方からクルリと反転して志歩の元に駆け寄ってしまう。
「あ……え? まって、瑞希……」
そんなボクを静止しようとするまふゆの声が聴こえたような気がしたけど、遅刻した事を早く謝ってしまいたいという焦った気持ちと、志歩の可愛さをとにかく褒めたかったボクは、その返事を後回しにして志歩の元に辿りつくのを優先してしまう。
そして額に滲む汗を軽く拭いつつ、ひとまず志歩への弁明の為に口を開いた。
「いや、この辺り道が複雑で迷っちゃって。MINEで遅れるって連絡したつもりだったんだけど送れてなくてさぁ、本当にごめんね!」
「あ、そうだったんだ。ううん、大丈夫だよ。ただ杏と東雲さん達は出席確認と軽い打ち合わせがあるって言って、ずっと前に先にライブハウスの中に入っちゃったけど」
「あぁ、だから杏が居ないんだ、納得。いやでもホントごめんね……そうだ、ライブハウスってボクあんまり行った事ないんだけど、確かワンドリンク制なんでしょ? ボク奢るよ」
「ううん、大丈夫。杏から貰ったチケットよく見てよ、それドリンク代も込みだから」
「あっ……本当だぁ……えっと、じゃあその……」
「……ふふっ、もう瑞希は気にし過ぎだって。大丈夫だから」
「アハハ……うん、ありがとう。そうだ! 今日着てる服すっっごく可愛いね! 物凄く似合ってるよ!」
「あ……うん、先月のアルバイト代が入ったから買ってみたんだ。ちょっと私らしくないコーディネートかもしれないけど……大丈夫そう?」
「もう大丈夫だよ! 志歩にワンピース似合ってないとか、それどこの誰が言うのってレベルだから! 志歩、すっっっごく可愛い! 最高! 世界一!」
「世界一って……ふふっ、大げさ。でもそう言ってくれると自信つく、ありがと瑞希」
そう言って、フワリと小さく微笑んでくれる志歩。
あぁ……眩しい、可愛い、綺麗、流石ボクの永遠のお姫様……可愛い。というか私服姿ってだけでレア。
今日来て本当に……よかったぁ……!
「……見つかるまでずっと……、一緒に探してくれるって、言ったのに……」
「——ヒッ!?」
そんな風にボクが志歩と話していると背後から、ボソリと呟くまふゆの声と、絶対零度の刺すような視線が飛んできた。
……しまった。ちょっとまふゆの紹介より先に遅れた事を謝ろうとしたけど、話が長くなっちゃった……!
「あぁ……! えっと、ごめんね志歩、それより今日は紹介したい子がいて——」
遅れて失敗した事に気付いたボクがそう言って、遅れながらもまふゆの事を紹介しようとした時だった。
突如まふゆが——スッと、まるで初めからそうすることが自然な形であるかのように、ボクの真横に寄り添って、そのままボクの腕に自分の腕も絡めてピッタリと寄り添ってきた。
「えっ、ちょっ、え?」
そんな唐突で、でもどこか既視感があるような状況に困惑するボクを放置して、まふゆはそのまま自分の頭をボクの肩にコテンと預け、ナイトコードで昔演じていた優等生の“雪”のような声色で、志歩に対して威圧するように、こう言い放った——
「『こんにちは日野森さん、いつも
「……えっ? 瑞希の……彼女さん? まさか……本当に!?」
「ちょっ、まふゆ……!?」
まふゆの唐突な大ホラに、志歩は目を丸くし口元に両手をやって驚きの表情を作り、ボクは彼女の名前を呼ぶ事しか出来なかった。
——えっ、ちょっ、だから何で!? え、待って、まふゆ? 志歩は悪い子じゃないって言ったよねボクは!? どうしてそんなキミが恋人のフリをして、ボクから志歩を遠ざけようとしてる訳!? なんで!?
まふゆの行動理由がワケ分からなさ過ぎて、思考が真っ白になってしまうボクに、まふゆは構わず志歩と会話を続けていた。
「『はい、彼女です。いつも私の彼氏が学校でお世話になっているみたいで、みずくんから毎日毎日、日野森さんの話を伺う度に、こうして一度
「……! あ、あの……朝比奈さん? 瑞希の事を“彼氏”って、今そう言いましたか? それじゃあ貴女は、瑞希の事を全部知った上で……それでも、瑞希の傍に居たいって思ってくれたんですか?」
「『はい、それは勿論。私達が最初に知り合ったのはネットのサークル活動がキッカケだったんですけど……』……彼は、私の事を一番に考えてくれて……すごく、優しくて。一度すごくショックな事があって、何もかもがイヤになって消えたいって思ってた時に……ひとりになった私の所に駆けつけてくれて、『ボクが居るよ』って……彼はそう言ってくれたんです。だから私……彼の事が、好きになって。彼と約束を果たすまでずっと一緒にいようって、そう思ったんです」
……や、あの、え? あの、まふゆ……? 確かにボクそんな感じの事は言ったけど、その話し方はまるでボクが罪な男みたいじゃん!? なんでそんな、真面目な恋の始まりみたいな感じのエピソードにあの日の記憶を改変して伝えてるの!? 訳わかんない……!
どこまでも改悪されたエピソードトークに、ボクはそんな思いでツッコみどころすら見失ってしまう。
「そう……だったんですか。あ……! そういえば、私も瑞希から相談を受けた事があります。サークル内で“雪”って人が居て、その人を助けたいけど余計なお節介じゃないかって瑞希は悩んでて、私はその背を押しただけで——そうですか、瑞希が言ってた“雪”は、貴女のことだったんですね」
「……! 『みずくんが私の事を貴女にも相談してただなんて、ちょっと恥ずかしいです。だったら、私も貴女に間接的に救われた形になりそうですね』……遅れてすいませんが、私からもお礼を言わせてください。孤独だったみずくんを救ってくれて……本当に、ありがとうございます」
「あぁ……ええっと、そんな、そこまで言われる程、私は大したことをしてませんよ。ただ私も彼に入試の時に、風に飛ばされた受験票を取って貰ったり、困った人に絡まれて助けて貰った事があって……その恩を返したかっただけなので」
「『そうだったんですか、やっぱりみずくんは……すごく優しいんですね。でも……そこが彼の良い所なのは十分よく分かってるんですけど……やっぱり、私の立場からすると不安になってしまう事があって』」
「——あぁ、そうですよね、すごくわかりますその気持ち。好きな人が自分以外の人に誰かれ構わず優しくしてるのを見ると……なんていうか、複雑な気持ちになりますよね? 朝比奈さんが瑞希の恋人だったら、尚更だと思います……あっ! わっ、私の事は心配しないでくださいね? 朝比奈さんが不安に思っている事なんて、一切ないので……!」
真っ白になっている間にもまふゆが、一部事実を交えたリアルな嘘設定を志歩にガンガン植え付け、ボクの『恋人』としての立場を志歩の認識の中で確立していくのを見て、ボクは意識を奮い立たせて志歩に言う。
「まっ……まって志歩! ちょっとボクの話を聞——」
「……瑞希」
「えっ……?」
そんなボクの言葉に、志歩は途中に言葉を割り込ませて制止し、そしてボクに向かって満面の笑みでニッコリと微笑んで言う。
「よかったね、あなたが抱えた事情を全部知っても……それでも、ありのままの瑞希の事が全部大好きだって言ってくれる人が出来て。ずっと一緒に居たいって、そう言ってくれる人ができて……本当によかったね」
「あっ……えっ……しほ……?」
「瑞希、私の事は気にしなくても良いから、これからはその隣に居る素敵な彼女さんを、一番に考えてあげてね? まぁ安心してよ、私、恋人が出来たからって友達付き合いを二の次にされて怒るような、心の狭い人間じゃないつもりだから」
「や……え? ま、まって……ちが——」
志歩のその勘違いを否定しようとするけれど、その声は震えてうまく言葉にならなくて。そんなボクに対して志歩は笑顔で最後のトドメを刺すかのように——言った。
「瑞希、恋人が出来てよかったね。私……瑞希が幸せになってくれて、心から嬉しいよ」
「——コフッ……!?」
そんな、まるでボクに恋人が出来た事に対して一切のショックを受けていないような志歩の言葉を聞いた瞬間、ボクは頭にガツンとハンマーで殴られたような衝撃を受け、肺がひしゃげたような声を漏らしながら、その場にドサッと膝から崩れ落ちてしまう。
「えっ……!? ちょっ、瑞希!? 急にどうしたの? 大丈夫!?」
「『みずくん……? 大丈夫? 気分わるいの? 休む?』」
そう言って心配する二人の声もショックのあまり、まるでモヤがかかったような言葉で聞こえてしまう。でも、これはボクの受けた精神ダメージ的に仕方ない。
あの、その……志歩サン? いや、ボクは分かってたよ? 志歩は司先輩ひとすじで、最初からボクに対しては一切の脈なんて無いって、この初恋は叶いっこないって、そんな事最初から分かってたよ?
でもさぁ……! その分かり切った事実を、ここでトドメ刺してくるのはルール違反じゃないですか!? ボクの心オーバーキルだよ!? え? ボク、初恋の人からここまでの
せめて志歩も、ちょっとぐらい……ヤキモチとか妬いてくれても……いや、あははははは……ないよねぇ? ボクなんかが誰かから好かれるだなんて、そんな事……最初からあり得る筈がないんだから。
…………よし、切り替えよう。
「あぁ……うん、心配かけてゴメンね? ちょっとここまで歩いて疲れちゃったから、立ち眩みが、ね?」
「えぇ、大丈夫瑞希? どこかで一旦座る?」
「『みずくん大丈夫? 良かったら……私が持って来たお茶飲む?』」
「う、うん、ありがとう……大丈夫だから、その……えっと、志歩、ひとまず落ち着いて聞いてね? まふゆも、ちょっと後で本当に謝るから、ひとまずは黙って聞いてボクに話させてね? 話がややこしくなるから」
ボクはそう言って立ち上がりながら、まずは冷静な話が出来るように志歩とまふゆを落ち着ける。
何故なら、まふゆを怒らせたからこうなったのは明白。多分まふゆはきっと、ボクをちょっと困らせたいからこんな冗談を言ってるだけで、別にボクの心をオーバーキルするつもりでやったんじゃないんだろう。
だからひとまずは。志歩の頭の中で完全に確定してしまった、ボクとまふゆが恋人だっていう間違った誤解を解こうと口を開いた時だった。
「志歩~! 一人にさせてごめんね、ひとまず本番前の打ち合わせは終わったから、様子見ついでに瑞希が来てないか見に来たんだけど——って、あ! 瑞希いるじゃん! 何やってんの、遅刻だよ?」
「あ……杏。ご、ごめん……ちょっと、道に迷ってて……」
ライブハウスの入口から出てきて、そう言って怒りながらボク達のところに駆けてくる杏。そんな彼女に誤解を解く暇もがなくてそう言って謝った。
「えー、それだったら連絡ぐらい——って、あれ? 初めて見る人だけど、もしかして瑞希が連れて来るって言ってた人?」
「あ……うん! この子は——」
けど、そんなボクが続けてまふゆを友達だと紹介する前に、何が狙いなのかまふゆは杏に対しても演技を続ける。
「『初めまして、私は朝比奈まふゆです。みずくんとはお付き合いさせて頂いている関係なので、宜しくお願いします』」
「初めまして朝比奈さん! 私は瑞希の友達の白石杏っていいます。えっと、瑞希の彼女さんなんですね………って、え……? 瑞希の……かの、じょ……? え……うそ……」
瞬間、途中まで自己紹介を続けていた杏の笑顔がピシリと固まった。
そんな杏に追い打ちをかけるように、志歩が口を開く。
「うん、そうらしいんだ。この人瑞希のことを全部知ってて、それでも本当に瑞希の事が好きだからお付き合いしてるんだって。この人……本気で瑞希の事を想ってくれてるよ。友達目線として私的には、瑞希の恋人として合格かなって感じ。だから杏の事だから、きっと恋人が出来た瑞希をからかいたいんだろうけど、程々にしてあげなよ?」
「え……うそ……ほんとに……?」
「……杏? どうしたの? 顔色悪いよ? え……瑞希に恋人が出来たんだよ? 嬉しい話じゃないの?」
「え……うれ、しい……? えぇ……?」
杏は目をこれ以上ないぐらいに見開き、瞳孔を小さくさせながら顔面蒼白で志歩の話に返答にもなってない相槌を打つ。杏は可哀想なぐらいに動揺していた。
ああ……もう! これ以上は口を挟むタイミング伺ってらんない! 周りの事をよく見て空気読み過ぎちゃう悪い所出てるぞボク! 今ここで発言したらこの場が滅茶苦茶になるだろうけど、この誤解を放置してる方が取り返しつかなくなりそう……言うしかない!
そんな覚悟でボクは、この場に一石を投じる。
「あ……あのっ! みんな、違うから! まふゆがボクの恋人だって名乗ってるのはただの悪い冗談! ボク達は普通に友達だから!」
そんなボクの現状のちゃぶ台返しに、まふゆはまだタチの悪い冗談を続ける気みたいで、分かりやすく少しだけ俯いてショックを受けている風に見せかけながら口を開いた。
「『みずくん……恥ずかしがり屋さんなのは分かるけど、そんな風に言われたら私も少し傷ついちゃうな……でも、ごめんね? 私、優しいみずくんと付き合えてうれしくて、ちょっと自慢したくなっちゃって……でも、みずくんがイヤなら……私……気持ち、抑えるね?』」
「ちょっとまふゆ!? ガチでボクが、彼女の気持ちわかってない彼氏みたいな感じの言い方するのは、やめてくれないかなぁ!? いちいち発言がリアルだから、本当に君の冗談シャレになってないんだって! 君って本当に演技上手いねぇ!」
「『そんな……私、本気なのに……』」
「それを信じて欲しいんだったら、その喋り方やめてくれないかなぁ!? ごめんね、君を怒らせたのは本当に悪いって思ってるから、もう許してよ……!」
そんなボク達のやり取りを見て志歩は、スッと目を細め、完全にボクを“女の敵”と認識したような声色で言う。
「瑞希……外野の意見で悪いんだけど、仮にも彼氏なんでしょ? だったらそんな下手に誤魔化すような真似して、大事な彼女を悲しませるのは良くないと思うよ? 折角瑞希の事を大事に想ってくれてる人なのに、その言い方は朝比奈さんの気持ち考えられてないんじゃない?」
「うぐっ……い、いや、志歩……本当に違うんだって……」
「——は? 何が違うの? 朝比奈さんの気持ちを受け入れるって一度決めたんだったら、最後まで責任取りなよ。そうじゃないと朝比奈さんが可哀想」
「う、ううっ……くっ……いや、本当に違うんだよ……!」
ボクは志歩の切れ味が鋭すぎる言葉のナイフに、思わず胸がズキズキとし始める。
ああ……駄目だ、完全に志歩はまふゆの設定信じ込んじゃってる。こうなると本当に志歩は手ごわいんだよなぁ……! こうなるって分かってるから、落ち着いて話がしたかったのに……! ああ、どうしようこの状況……!
と、ボクが現状の混乱を収める方法が分からずに困っている時だった。
「……あの、朝比奈さん。瑞希と言ってることが全然違うんですけど……それって、どういう事ですか?」
「……杏!?」
「志歩……やっぱり私は、瑞希に恋人が出来たって信じたくな——信じられない。だからこの人が瑞希を困らせてるだけなんだと思うよ。ねぇ……そうなんだよね、瑞希?」
「う、うん……! そう、ちょっとこの状況は本当に、さっきからボクもワケが分かんないって言うか……」
「——ですって。どういう事ですか、朝比奈さん?」
そう言って、ボクではなくまふゆに対して射貫くような視線を向ける杏。
どうやら、杏だけはボクの意見を信じてくれたみたいだった。
そんな杏の視線に、まふゆは“優等生”の笑みをくずさないまま、黙って杏の顔を見返し続ける。杏もその視線に負けじと睨み返す。
その瞬間——バチリ、と、まふゆと杏の視線の中間点で、火花が散る音がしたような気がした。
やがてまふゆは、“優等生”の笑みのままで杏に言葉を返す。
「『えっと……白石さん? どうして私の事を、そんなまるで敵でも見るみたいな目で見てるのかな?』」
「あぁ……ごめんなさい。そんな睨んでました私? でも仕方なくないですか? 今の私にとって朝比奈さんは——正直言い方は悪いですけど、下らない嘘を言って瑞希を困らせてる悪い女にしか見えてないんで」
「『悪い女……? ふふふふっ……ひどいなぁ。みずくんはあんな事言ってるけどね、でも私と彼が“特別な関係”っていうのは、なんにも間違ってないんだけど私? 嘘つき呼ばわりは失礼しちゃうかなぁ』」
「はい、恋人じゃないって事は今認めましたね? だったら——アンタは私にとって嘘つきなんだけど? 私の親友を、下らない嘘で困らせないでくれない? 瑞希はね、アンタが思ってるよりずっと繊細な人間なの。それを分からないで勝手に“特別な関係”を自称するとか……イタくない? アンタ?」
「『へぇ……そんな事言っちゃうんだ?』」
バチバチバチッ、二人の視線が交差して散らす火花は徐々に大きくなっていき、ボクの目の前で二人が交わす言葉は、段々と嫌な刺々しさを纏ったモノになっていく。
そんな二人の不穏な空気に、ボクも志歩も、嫌な予感を感じて言葉を漏らしてしまう。
「えっ……ちょっと、杏? まふゆ……? ねぇ、ちょっと……二人ともなんか怖いって、落ち着こう? ね?」
「え? これ……どういうこと? 杏、なんでそんな朝比奈さんに喧嘩腰なの……?」
そんなボク達の不安は的中し、まふゆは普段通りの優等生の笑みの中に、どこか薄暗いモノを含ませたような表情で言う。
「『……へぇ、あのね白石さん? 私って、言ってなかったけど宮女の二年生なんだよね。みずくんから聞いてるけど、白石さんは同級生なんでしょ? だったら……仮にも年上相手に、そんな失礼な言葉使いでいいのかな? あーあ、ガッカリだなぁ……みずくんから白石さんは礼儀正しくて優しい人だって聞いてたのに、幻滅しちゃうなぁ……』」
「あー、私ってそういうのあんまり気にしない方なんで、気に障ったのならすいませーん。でもね、私だって瑞希が友達だって言う人だから、会った事ないけどきっといい人だと思ってたのに、予想外れちゃったなぁ~。ねぇ……結局アンタって、
「『えっと、そうだなぁ……ふふっ。みずくんはね……私にとって人生の相棒なの。私が求めるモノを見つけるまで……ずっと一緒に旅をしてくれるって、そう言ってくれた初めての人なの……どう? 素敵な人でしょう?』」
「……は? なにソレ、人生の相棒って……引くんだけど。言ってる事が電波ちゃんレベルでイタいって自覚ある?」
「『えぇ……本当の事なんだけどなぁ?』」
ニコニコと腹黒い微笑みをまふゆは杏に向け、ギラギラと燃えるような敵意の眼差しを杏はまふゆに向ける。
そんな、凍てつくような極寒ブリザードのようなオーラと、自分の縄張りを主張し激しく鳴き声を上げ羽ばたく黒い烏のオーラが激突してるような現状に、ボクはどうしてこうなってしまったのかと震える足が止まらなかった。
え……? なにこれ? 前にまふゆと奏がどっちのチームにボクを加えるかをもめた時や、暁のセカイでまふゆがメイコと言い合いしてた時と——今のまふゆと杏は、まるで雰囲気が違う。お互いに絶対に譲らない何かがあるみたいな、そんな本気の何かを感じる。
これ……マズい。この二人って、絵名とまふゆなんか比べ物にならないぐらい、本気で険悪になるパターンだ……! どうしよう、このままじゃガチの喧嘩になる……!
焦るボクに対して、こんな緊急の事態になって冷静になったのか、志歩はボソリと小声で言う。
「瑞希……さっきはごめん、杏があんな感じだから冷静になったけど、実際はどうなの? 瑞希は本当に朝比奈さんと付き合ってないの? 事実が知りたいんだけど」
「志歩……う、うん。ボクは……本当にまふゆとは付き合ってないよ」
「じゃあ……その、朝比奈さんが瑞希の事を特別な人って言ってるのは? アレも朝比奈さんの妄想? 朝比奈さんってそういう感じの人なの?」
「それは……その……ほら、前に相談したでしょ? あの一件で……その……色々あって大変だったあの子に……求めてるモノが見つかるまで、ずっとボクが探すのを手伝う……みたいな感じの事は、言い、ました……」
そう白状すると、途端に志歩は深く深くため息を吐いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……成る程ね? つまりあの人は、瑞希の被害者って感じ?」
「ちょっ……ボクの被害者ってなに!? そんな、ボクが女の子なら誰でも構わず手を出すような、司先輩みたいなラノベ系主人公みたいな扱いやめてよ……! 違うから!」
「ううん、違わない。もう完全に私、瑞希の人タラシ力は殆ど司先輩と同列として扱うから。つまりアレは瑞希が撒いた火種って事、わかる?」
「な、なんで……?」
司先輩と同列の女タラシっていう、ボクにとって不本意極まりない評価を志歩から叩きつけられ、ボクは思わず涙目になってしまう。
けど、そんなボクを尻目に、志歩は何やら小声で暫く思案するようにブツブツ呟いていた。
「でも、どうして杏があそこまであの人につっかかるの? 杏は関係ない筈じゃ……いや、確か矢澤先輩相手にも、何だか妙に敵視してた感じだし……じゃあなんで? ……え? ちょっ、ちょっと待って、まさか、杏って……!」
そこで志歩は何かに気付いたのか、ハッとボクの顔を見る。
「……え? 杏が、一体どうしたの?」
そう尋ねるも、志歩は驚きから徐々に何かが腑に落ちるかのような表情をして、やがてスッとボクから視線を逸らしてしまった。
「……成る程ね。そっか……今までよく一緒に居たのに気づかなかったなんて、私って意外と鈍感だなぁ……それかもしかして、あの子って結構隠し事が上手だったりするのかな?」
「あの……志歩? 杏の一体何に気が付いたの? ボクにも教えてくれない?」
「……ううん。ごめん……こればっかりは流石に言えない。というか……自分で気づいて? 流石にもうあそこまで露骨だと、分かってもいいはずなんだけど……?」
「えぇ……?」
その発言に、もう一度ボクは考えを巡らせる。
この状況……客観的に見れば、実はあの二人がボクに想いを寄せていて、それで今はボクを巡った三角関係の修羅場の様相を呈してる——ように見える。
でも、それは絶対違う。
『暁山……お前って、変わってるよな』
だって、ボクが誰かに愛されるなんて
じゃあ、そんなあり得ない可能性を排除して、もう一度考えてみよう……
…………うん、やっぱり分からないよ! もう、いったいなんなのさ!!??
そんなパニックになるボクに構わず、まふゆと杏の状況はさらに深刻化していく。
「いや、それって妄想かなにかなんじゃないの? え? 何? アンタって実は瑞希の友達面した地雷系のストーカーか何か? アンタみたいな女、正直瑞希の為にならないからさっさと縁切ってくれない?」
「『えぇ……それは、正直こっちの意見かもね? 貴女みたいな失礼な人が居たら、みずくんにとっても悪い影響がありそう。早くみずくんと縁切ってくれないかな?』」
「………………ねぇ、朝比奈さんさぁ、さっきからずぅっと思ってたんだけど……瑞希の事を“みずくん”ってわざとらしく呼ぶのやめてくれる? 今真剣に話してるんだけど、ふざけてるの?」
「『……ふふっ、あれぇ? なに白石さん? 嫉妬かな? 私、ちゃんと彼からそう呼んでもいいって許可は貰ってるんだけど? 自分がそうじゃないからって、八つ当たりはよくないと思うなぁ? そんな心の狭い事したら、“みずくん”に嫌われちゃうよ?』」
「は? 何アンタ……喧嘩売ってんの!?」
杏が顔を真っ赤にして、まふゆに詰め寄った瞬間、シャレにならない状況に慌てて志歩は杏を背後から羽交い絞めにして止め、ボクもまふゆと杏の間に割り込んで二人を制止した。
「ちょっと……杏! 落ち着いてよ、手を出すのは違うでしょ……!?」
「そうだよ……! まふゆも杏も、二人ともなんだかおかしいって……! ね、おちついてよ……!」
すると、志歩に羽交い絞めにされながらも、ボクが割って入った背中越しにまふゆを睨みつけ続ける杏は、ボクに向かって言う。
「ねぇ……ちょっと瑞希! この人なんなの!? さっきから私に喧嘩しか売ってこないんだけど!? どういうこと!?」
「えっと……その……違うんだよ杏、まふゆは普段は本当にこんな子じゃなくて……」
「あっ、瑞希ちょっと、馬鹿っ……そんな事を今の杏に言ったら……!」
「……え?」
ボクが必死にまふゆのフォローをしようとした瞬間だった。そんな志歩の注意が的中したかのように、ジロリと杏の鋭い眼光が、敵意が、今度は明確にボクの方を向いた。
「……え? 待って……何? まさか瑞希……私じゃなくて朝比奈さんの味方する気?」
「——いやっ、ちょっ、別にボクはどっちの味方って訳じゃ……」
「そんなの、私の味方に決まってるでしょ!? ねぇ待って、さっき瑞希は困ってたでしょ!? そこの朝比奈さんが悪いんじゃないの!? 違う!?」
「うっ……それは、そうだけど……でも、まふゆにはその……色々事情があって……」
「……っ!」
ボクはもうどういえば良いのか分からずにそう言ってしまうと、杏はショックを受けたように目を丸くしてその瞳孔を震わせ、やがて下唇を噛んで地面を向いて俯いてしまった。
——しまった、答えを間違えた。
そう後悔するには後の祭りで、杏は怒りを堪えるかのように小刻みに震えながら、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳は、涙で潤んでいた。
「あ……杏……?」
「……っ、瑞希はホントにいっつもそうじゃん! 言葉にしなくても人の気持ちを察してくれて、いつだって優しくしてくれるクセに……! 本気で伝わって欲しい気持ちだけは察してくれないじゃん! 本当になんなの!? どうして私だけがこんな思いしないといけないの!?」
「ボクが……? え、どういうこと?」
「知らないっ!! もう……ほんとに、さいあく……! わ……私っ、こんな思いがしたくて、瑞希の事を今日のイベントに呼んだんじゃないのにっ……! ただ、やっと見つけられた私の相棒との、最高のライブを……うっ、ヒック……瑞希にっ……見てっ、欲しかった、だけっ……なのにいっ……! こんなのって、こんなのってぇっ……!」
ついにはボロボロと、杏の瞳からは大粒の涙が溢れ出してしまう。
あぁ……杏が、泣いてる。
泣かせたのは……ボク? あ、謝らなきゃ……!
「ご……ごめん、杏! ボク、本当に君の気持ちが分からなくて……ごめん!」
そんなボクの謝罪は、結局無意味だった。
杏は腕で強引に涙を拭い、キッとボクを睨みつけて——言い放つ。
「もういいっ! 瑞希の事なんて大っ嫌い!! そこの女の方が良いんだったら、一緒に勝手にどっか行ったらいいじゃん!! じゃあね! さよなら!!」
それだけ叫んで、杏は一目散に駆けて行ってしまう。
「あ、杏……! 待って……! まっ、てよ……」
反射的に追おうとするけど、その気力はたちまちに抜けていってしまう。『大嫌い』って、他でもない杏にそう言われてしまったのが、あまりにショックだったから。
心がしわくちゃになるのを感じる。同時に、やるせない気持ちにも。
そんな何も動けないボクを見て、志歩はポンっと優しくボクの肩を叩いてくれた。
「何も察せなくても、これだけは分かるよね? 瑞希は反省すべきだって事ぐらい」
「……うん、それは分かるよ。でも……何を反省したらいいのか、ボクにはわかんないよ。ねぇ……志歩? ボク、何を間違えちゃったのかなぁ?」
縋るように尋ねるボクに、志歩は少し迷った後に言う。
「……どこまで言っていいのか悩むけど。でも……杏が今さっき瑞希の事を大嫌いって言ったのは、本心じゃないよ。それだけは自信を持って言える」
「……どうして? あんなに、ボクに怒ってたのに? もう……嫌われたでしょ、ボク。そうだよ……元々、ボクみたいな人間が、杏のように太陽みたいにキラキラした子に、親友だって言ってもらえた今までが間違ってたんだよ……だってボクみたいに“変わった人間”は、最初から、誰にも愛される訳なんてないんだから……!」
「瑞希……」
ボクが心の傷を志歩の前で洗いざらい吐き出すと、志歩はスッとボクの肩から手を放しながら、言う。
「わかったよ、瑞希……そういう事だったんだったら、司先輩みたいって言葉は前言撤回する。瑞希、あなたは司先輩とは違った意味で——ある意味鈍感だったんだね?」
「え……?」
「だからこれだけ言うよ、瑞希……あなたは自分っていう存在を、低く評価し過ぎ。あなたそう卑下する自分の事でも……好きになってくれる人は、絶対に居るから」
「ボクの……評価……?」
「うん、だって——」
そう言って、志歩は杏が駆けて行った方角に小走りで駆けながら、チラリとボクの方を振り向きニコリと微笑んで言う。
「——私、言っておくけど、もし司先輩の次に好きな男の人を挙げろって言われたら——迷わず
「…………えっ?」
——えっ?
そんな何もかもが吹っ飛ぶような極大の爆弾を放り投げられ、思考が真っ白になるボク。
呆然とするボクに向かって、志歩は頬を真っ赤に染めながら言う。
「ああもう……恥ずかしいなぁ……だから! ここに二番目にだけど、瑞希の事を好きって言ってくれる人が居るんだから、もっと瑞希は自分が愛される人間だって自信もってって事! 瑞希はそこから始めるべき!」
「…………それは、でも……」
「はい! 話は終わり! 私、杏が行った先なんとなく予想つくから! 追いかけて泣き止ませて連れ戻してくる! だから瑞希は、その隣に居る色々問題抱えてるって人の事の面倒見てあげながら、先にライブハウスの中に入ってて! それじゃ!」
そう言って志歩は、ボクの前から走って杏と同じように路地の中に消えていってしまった。けど、遠くから思い出したかのように『あっ! 勘違いしないでよ! 二番目って言ったけど、司先輩と瑞希の間には絶対に越えられない壁があるからねー!』という声を響かせながら。
そんな、カッコイイんだか可愛いんだか分からない志歩の事を見送って——ボクは、パシンと両頬を平手でたたいた。
「——よし、志歩がここまで言ってくれたんだ……いつまでも暗くなってないで、切り換えないと、本当に駄目だぞボク……!」
そう自分に喝を入れ、ボクはさっきからずっと黙っているまふゆの方を見る。
彼女は誰もいなくなったのを見てスイッチを切り替えたのか、いつも通りのスンとした無表情に戻っていた。
——いや、違う。
その顔の表情にはどこか、ボクに対して申し訳なさそうにする気配があった。
……そうだよね。
きっと君は、どうしてこんな事をしたのか理由はわからないけど、でも、ここまでの事態に発展させる気なんて、全然なかったんだろうね。
だから……こうなったのは、君が全部悪い訳じゃない。悪いのは……大方ボクだ。
そう思っていると、まふゆはボソリと小さく呟いた。
「その……瑞希……私は……」
心配そうにするまふゆに、ボクは小さく笑って答える。
「まふゆ……大丈夫だよ、ボクは怒ってないから」
「………………ごめん、なさい」
そう呟いて、小さく、それでも確かにボクに対して頭を下げるまふゆ。
そんなまふゆの姿を見て、ボクは誓う。
向き合おう。
今までボクが、今までの人生で否定され続けて、だからこそ最初から見ようとしなかった可能性を。
絶対自惚れだろうって決めつけてしまう気持ちを、今は一旦封印してその可能性を見てやるんだ。
どうして、まふゆはボクが志歩や杏の話を楽しそうにすると決まって不機嫌になるのか。
どうして、ボクがセカイに居るメイコと距離が近かった時、メイコに対して攻撃的になったのか。
どうして、まふゆが杏とあそこまで激しい言い争いをしたのか。
その答えはたった一つしかない。
多分、まふゆは——ボクの事が好きだ。
だから、向き合おう。
今のまふゆの、多分自分でもよくわかってないと思うその気持ちに、しっかりと。
そしてそこから、ボクは全部始めるんだ。
それがきっと、ボクが泣かせてしまった杏への、唯一の罪滅ぼしの方法だと思うから。