神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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6話 このままじゃ嫌

 

 

 

 そしてその次の日から、私の今までの人生史上、最も騒々しい日々が始まった。

 

 

『ハーッハッハ! 今日のオレは闇夜に純白に輝く怪盗! 怪盗ペガサスがオレの名だ!』

『はぁ……あの……もう今日もいつもの如く交差点でポーズ取ってましたけど、なんで毎日のようにそんな目立つ服を着てるんですか? しかも、毎回のように変わってますし』

『流石よく気づいてくれた! オレは咲希の病気が治った後、ステージに輝かしくデビューするその日に向けて衣装を作っている最中なのだ! オレにふさわしい服は何だと考えながら服を作っていたら、何着もできてしまってな。こうして沢山の人に見てもらい、反応が一番良いものにしようと思っているのだが、今のところこれといった好感触はないんだ……ペガサスをモチーフとした衣装が一番よかったから似たような服は2着作ったのだが』

『あぁ……だからあんな無駄に目立つ衣装の数々が……』

『そうだ志歩! ファンの目線からオレに一番合う衣装は何か意見をもらえないか?』

『えっ、私ですか? えぇ……その……司さんと言えばやっぱりいつも自分で言ってる『王子ペガサス』なんじゃないですか? 白っぽい衣装で、でも目立つ羽は要らなくて……とにかくシンプルな方が良いと思います。そして王子様っぽくしたらマシになるかと……まぁ、とにかくシンプルにしてください』

『ふむ、成程……単に目立つだけでは真の輝きはあり得ないと……深いな、志歩』

『いや、そこまで考えて言った訳じゃ——』

『よし! 新しいステージ服のイメージが頭の中で形になった! 今デザインを紙に書くからまた意見をくれ!』

『聞いてないし……分かりました、付き合うだけ付き合いますから手短にお願いしますね』

 

 

 いつも通り話していたら、何故か司さんのステージ服の案を求められてそれに付き合わされることになったり。

 

 

『見ろ志歩! この楽器なら咲希の病室でもピアノの演奏が出来ると思わないか!?』

『あ、アコーディオン……!? よくそんなの見つけてきましたね……』

『どうだ! それにこれならば、目立つ事は間違いないな!』

『いえ、まぁそうかもですけど、絶対迷惑だからって看護師さんに取り上げられるのがオチだと思いますよ』

『ぐっ……駄目か、良い事を思いついたと思ったのだが……!』

『駄目です。ほら、私はベースの手入れ用品を選ぶので忙しいので、大人しく元の場所にしまってきてください』

『む、忙しいとは言うがさっきから同じコーナーをずっと回ってるだろ。楽器のメンテ用品なんてどれも似たような物ではないのか?』

『確かにそう見えるかもしれませんけど、キチンと使っている楽器の材質に合ったモノや品質や値段を総合的に加味して一番良いモノを選んでるんです。『楽器を大事にしないヤツがいい演奏できるわけがない』——これ、私が尊敬してるベーシストの言葉です。だから私にとってこれは大事な事なんです。分かったら邪魔しないで行ってください』

『成る程、そういう事ならば分かっ——!? あそこにあるのはハーモニカ! アレならバレずに病室に持ち込めるのではないのか!?』

『ああもう! 病室での演奏行為っていう迷惑発想から離れてください!』

 

 

 また別の日にベースの手入れ用品を買う為にやってきた楽器店では、騒がしい司さんのお守りをする事になってしまったり。

 

 

『ここの店の豚骨醤油すごい……! 豚骨ベースのスープは味がどうしてもくどくなってしまいがちだけど、それを煮干しベースの醤油魚介出汁を合わせる事で後味に清涼感すら感じさせる仕上がりに……! しかも、ここまでスープに拘ってるならしっかり麺とスープを絡ませる為に中太のちぢれ麺を選ぶのが普通だけど、そこを敢えてスープがあまり絡まず味の誤魔化しが効かない細めのストレート麺で勝負……! これは、スープだけじゃなく麺そのものにも自信がある事の表れ……! 嘘っ、何この麺のモチモチ感。このコシがこんな細麺で実現出来ていいの? 美味しい……! スープの存在感と麺の存在感が互いに主張し合って成り立つこの一杯は、本来なら並び立つ事の出来ないはずの両雄が、共に並び立つ奇跡の一杯……! まさに、ラーメン界の薩長同盟……! この店、日本のラーメン史に坂本龍馬としてその名を刻むつもりなの……!?』

『ラーメンなんて久しぶりだ……! おおっこれは、うまいっ……! うまい! うまい! うまい! うまい! うまい! うまい! うまい! ——うまいっ!!』

『——司さん、うるさいです。私がラーメン食べるのを邪魔しないでもらっていいですか?』

『なっ……! お前だって中々うるさかったぞ! オレの事ばかり言うな!』

 

 

 そしてまた別の日には、晩御飯を外で食べてきて欲しいというお母さんの急な連絡で行ったラーメン屋で、うるさい司さんのせいでラーメンの味に集中できなかったりした。

 

 この時の事は今でも振り返るたびに、司さんの理不尽さに納得がいかない事ばかりだ。

 確実に、私よりも司さんの方がうるさかったはずなのに。まぁでも……私もあまりの美味しさに心の中で思っていた事を、ついつい口に出してしまっていたのは事実だし、次からは気を付けるようにしよう。

 それはそれとして、またあの店には行きたいと思った。次は司さんが食べてた塩ラーメンを食べよう、きっと美味しいはず。

 その時は司さんには、今度は私が食べてた豚骨醤油を是非食べてもら——

 

 

「——って、なに私は次も司さんと行く前提で書こうとしてるの。ないない、次は私一人で行くんだって……」

 

 と、そこまでを文字にして日記に書きかけたところで、私は正気に戻って消しゴムで文字を訂正する。

 今は夜。学校で出来なくなったベースの個人練習を自室でやった後、お風呂上りにパジャマに着替えて、私はここ2週間ぐらいの間、司さんのせいで疲れて一ページも書けてなかった、中学に上がってから殆ど毎日のようにつけていた日記をまとめて書いていた。

 そして、一気に書き記したページをパラパラめくって、司さんに強引に付きまとわれて過ごした今までの日々を見返しながら、私はため息を吐く。

 

「ふぅ……本当に、色んな事があったな。こうして少し前の日から振り返るだけでもなんか疲れてくるぐらいに。でも——」

 

 私はそこからさらに過去のページをめくる。

 そこに記されていた文字は、日記を普通につけていたつもりでも自然とそうなってしまっていた、誰にも見せられないような学校での不満や文句をひたすらに書きなぐった、まるで日記の体裁を借りた恨み帳のようなものだった。

 

「なんでだろ、文句を書いてるのはこの時と全然変わってないはずなのに……この頃より今の方がマシなのかなって思えるのは」

 

 少し前まで毎日のように書き連ねていたページの数々を見て、私はそんな事をつい呟く。

 ひょっとしたら悔しいけど司さんの言う通り私は、気にしてないつもりで、日記に書き記して平気なフリをしていても、本当は心の奥底では傷ついていたのかもしれない。

 ——と、そう気付いて私は。

 

「……ふふっ、今まで忘れてた位だし、もう今日から日記付けるのはやめようかな。今から思えばこんな愚痴みたいなのをコソコソ書くのって、私らしくもないし」

 

 パタンと日記を閉じて机の引き出しの奥深くにそれをしまいこんだ。

 もう、私には必要ないものだと感じたから。

 そう思った時、部屋の外から呼ぶ声がした。

 

「しぃちゃーん? 入っても良い?」

「あ……お姉ちゃん? うん、良いよ。一体どうしたの?」

 

 私がそう声をかけると引き戸を開けて入って来たのは、艶やかな水色ロングストレートヘアーに、身内から見ても思わず見とれてしまう程の整った顔立ちをした女の人が入って来た。

 この人は私の一つ上のお姉ちゃんの日野森(ひのもり)(しずく)

 私と同じ学校に通いながら、芸能事務所で『Cheerful*Days』というユニットに所属している立派なアイドル。

 その整った見た目と努力もあって15歳という若さでユニットのセンターを見事に務め、ファンの人達からとても愛されていて人気もあり、テレビ出演の依頼もまさに今上り調子な人気アイドルの一人だ。最近ではモデルの依頼もちらほら舞い込んでいるらしい。

 そんなお姉ちゃんは事務所の方針もあって『クールでミステリアスな完璧美人』として売り出されていて、ファンの人達もテレビに映るそんなお姉ちゃんを愛している。

 だけど、妹の私から見るお姉ちゃんの実態は——

 

「しぃちゃ~~ん! 最近お仕事忙しくてかまってあげられなくてゴメンなさいねぇ~! 私も寂しかったわぁ~~!」

「ちょっと! やめてよお姉ちゃん……! 急に抱き着かないで!」

「えぇ……そんな……! 私、しぃちゃんと最近お話できてなくてとっても寂しかったのに……! はぁ……しぃちゃんのいい香りがする……癒されるわぁ……」

「——ちょ、やめて嗅がないでよ! これ以上抱き着いたままだったら姉妹の縁切るから! 私本気だから!」

 

 ドがつく程のシスコンだ。

 しかもその上に普段からポヤポヤした言動が多くて、重度の機械音痴に重度の方向音痴を併発している。

 中学に上がってから親に買ってもらった初めてのスマホを、道に迷って地図アプリを起動しようとした結果、僅か半日でスマホをダメにしたのは今でも家族の中で語り草だ。

 今は所謂“おじいちゃんケータイ”と呼ばれる通話だけが可能なガラケーでリハビリを行い、機械と何とか今後付き合っていく方法を模索しているらしい。高校に上がるまでにスマホをせめて通話機能とメッセージ機能だけでも使えるようになれば御の字だとか。

 

 だけど、そんなダメダメなお姉ちゃんだけどアイドルの仕事は本当に熱心で、ファンの期待に応えようと、必死で完璧なキャラを演じる為に日々努力を重ねている。

 そんなストイックな姿勢は、本当に尊敬しているお姉ちゃんなんだけれど——

 

「もう、ちょっとぐらい良いじゃない、しぃちゃんのけち。減るものじゃないのに……」

「いや減ったよ、私の精神力が主に減ったよ。この年にもなってお姉ちゃんにベタベタひっつかれる妹の気持ち考えた事ある?」

「——え? 嬉しくないの? もう、しぃちゃんったら照れ屋さんなんだから……」

「嬉しいわけがないでしょ……! もうやだ、こんなお姉ちゃん……!」

 

 どうしても、過剰に絡んでこようとするこの姿勢だけは、受け入れることが出来なかった。

 本当にお姉ちゃんといい司さんといい……私はどうしてこうも、身近な年上の人に過剰に絡まれてしまうんだろうか。二人して適切な距離感が分かっていない気がする。

 そんな苛立ちの気持ちを込めながら、私はため息交じりにお姉ちゃんに言う。

 

「はぁぁぁ…………で? どうして私の部屋に来たのお姉ちゃん? まさか、私に抱き着くのが用事とか言わないよね?」

「えぇ、ダメなの? あのね、しぃちゃんをぎゅっと抱きしめて香りを吸うとね、お仕事で頑張って疲れた気分がすぅーっとどこかに行っちゃうの。だから我慢できなくて……」

「何その猫吸いみたいな理論。だったら私吸うんじゃなくて猫カフェかどこかで猫吸ってきてよ」

「何を言ってるの……!? 猫ちゃんよりもしぃちゃんの方がずっと効果があるわ……! しぃちゃんは自分の魅力を分かってないのよ……!」

「なんでそこを熱弁するの……? もういいよ、だったら私吸ったんだからもう用はないでしょ? 早く出て行ってよ」

 

 私が呆れた顔でそう言うと、お姉ちゃんはようやくそこで思い出したように言う。

 

「ああ、そうだったわ。思い出した。しぃちゃん待ってて……ほら。しぃちゃんのお洋服の裾がほつれてたのが気になったから縫い直したの、これで良いか見て欲しくて」

 

 そう言ってお姉ちゃんはいつの間に部屋のクッションの上に置いていたのか、私のブラウスを拾って差し出してきて、私はそれを受け取った。

 

「あぁ……そうだったの? だったら最初からそう言ってよ……いつも仕事で疲れてるのに、ありがとうお姉ちゃん」

「ううん、しぃちゃんのその言葉だけで充分報われたわ。喜んでくれてよかった」

 

 ふわりと、まるで花が咲くように満面の笑みを浮かべるお姉ちゃん。

 その笑顔は妹の私から見ても一つ年上とは思えない位に大人びていて綺麗で、吸い込まれるような美しさがあった。

 ……お姉ちゃんはいいな。

 私も……流石にこれ位までとは行かなくても、せめてこの半分でも大人びた感じが出せたら、司さんにいつまでも子供で妹扱いされるだけじゃなくて、少しは……年頃の女の子のように扱って貰えるのかな?

 ——って、何考えてるんだろ私。最近ずっと司さんと会い続けているからって、流石にそれは(ほだ)されすぎじゃない?

 でも、いつまでも咲希と同じ妹扱いっていうのは……それは何故かモヤモヤしてしまう。

 どうして私……司さん相手にそんな事を思ってしまうんだろう?

 そんな事を考えている私に、お姉ちゃんはその魅力的な笑顔のままで言う。

 

「……それにしても、しぃちゃん最近良い事あった?」

「えっ……? なんでそんな事を急に聞くの?」

 

 そんな突然の問いに、私は思わずお姉ちゃんの目をじっと見てしまいながらそう言葉を返してしまう。

 そんな私に、こくりと頷きながらお姉ちゃんは言う。

 

「ええ、だって……しぃちゃん最近、まるで入学した初めの頃みたいに楽しそうな顔で学校に行くんだってお母さんが言ってたわ。それに今だって私とこんなに長くおしゃべりしてくれて、そして最後にちゃんとお礼言ってくれたじゃない? 前までだったら私が同じ事しても、ずっと素っ気ない反応しかくれなかったもの……お姉ちゃん寂しかったわ」

 

 そのお姉ちゃんの言葉に、私は自分でも自覚していなかった事実を突きつけられて、思わず目を見開く。

 

「そんなに私……楽しそうに見えるの?」

「ええ……とっても、楽しそうに見えるわ。今でも見て分かるもの、前までずっと顔のどこか皺が寄ってたのが、今はすっかりなくなってるから……だから私は、しぃちゃんに何か良いことがあったのかなって思ったのよ」

 

 そんなお姉ちゃんの言葉で思わず鏡を見る。そう言われてしまうと、自覚は今まで全く無かったけど、不思議と少し穏やかな表情になっているような気がした。

 それを見て私はようやく今、確かな実感をもって自覚する。

 

「そっか……色々大変だったけど、私、楽しかったんだ……」

「しぃちゃん……? 急にどうしたの考え込んだ顔して?」

「……ううん、何でもない。ありがとうお姉ちゃん……お陰で私、これから自分がどうしたいのか、なんとなく分かった気がする」

 

 私のその言葉を聞いて、お姉ちゃんは一瞬目を大きく開いた後でまたふわりと笑って言う。

 

「——ええ、どういたしまして。何だか良く分からないけれど……しぃちゃんの力になれたのなら良かったわ。それじゃあ、お休みしぃちゃん……あ、思い出した、明後日は文化祭だったわね? 私はお仕事で行けないけれど、その分しぃちゃんは楽しんできてね」

「うん……わかった。お休み、お姉ちゃん」

 

 それだけ言って部屋から出ていくお姉ちゃんを見送った後、私は電気を消して布団に入りながら、今決めた決意を口にする。

 

「明日、司さんにハッキリ言おう。今のままの関係じゃ……嫌だって」

 

 元々司さんが言っていた2週間の約束は明日で終わりの日を迎える。

 だから私は、そんな思いを胸に眠りについた。

 

 

 

 

 

 

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