神山高校1年A組日野森志歩   作:トール77

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7話 ベーシストとしての私はもう

 

 その次の日に学校が終わった後で、いつもとは違う心持ちで交差点に向かうとそこには、もう見慣れたポーズをとって、観客に囲まれながらパフォーマーのように待っている司さんが居た。

 人の集まりが多いのを見るに、ここ数日の活動で司さんは完全にパフォーマーとして認知されつつあるみたいだ。

 そして私の姿を見つけた司さんは、頷いた後で言う。

 

「みんな! 今日もオレの姿を見てくれて感謝する! ではまた次は世界で会おう!」

 

 その大袈裟な宣言の後パラパラとした拍手に送られながら司さんはその場を後にし、あとは公園で再集合の流れになる。

 これが、私の事を気遣ってくれた司さんが考えた集合の流れだった。

 この人の辞書に配慮という言葉があったんだと、この行動を見た一番最初に少し感動したのはまだ記憶に新しい。

 私が公園に行くと、司さんは自分が今着ている衣装を見せびらかすようなポーズで私を待っていた。

 

「来たか志歩! どうだ完成したぞ! お前の要望通り純白のシンプルさの中に高貴さを伺わせるような、そんな“ペガサス王子”をイメージして作ったオレのステージ衣装だ!」

 

 そう宣言する司さんの衣装は、首元に純白のネッカチーフを付け、白を基調したデザインに所々服の裾や首の襟に薄青色をアクセントとしてあしらったまるで王子様のような服装で、そして左の腰元には膝ぐらいの長さの星空をイメージしたカラーリングの腰マントをたなびかせていた。

 『私の要望通り』とかいうこれが私の好みのような言い方はやめてほしいけど、それは今まで見て来た司さんの衣装の中で一番見ていて落ち着ける仕上がりになっていて、それでいて快活な司さんらしい衣装だった。

 だから私は、素直に思った事を言う。

 

「まぁ……悪くは、ないんじゃないですか? それなら動きやすそうですし、舞台の上に立って何かをするならピッタリだと思います」

「おおそうか良かった! やはり誰かに意見を求めて正解だった、先ほども観客に見せていて反応は一番良かったしな! まだ細かい所はこれから修正をしていくが、これがオレの代表的なステージ衣装で決定だ! 制作協力感謝するぞ志歩!」

「……ふふっ。まぁ私は、司さんのイラストから一番マシかなって思うのを選んだだけですけどね。でも結果的に、司さんにピッタリの衣装を作る手伝いが出来たなら良かったです」

 

 私はそう言いながら、ようやく衣装が完成して喜ぶ司さんを見て少し微笑ましい気分になって、自然と口の端が緩むのを感じていた。

 だけど、それに気づいて私は気持ちを引き締め直す。

 私は今日この日、司さんにどうしても伝えたい話があったから。

 

「えっと……司さん、もう明日は宮女の文化祭ですね」

「うむ、確かにそうだな。そうか……もう志歩の放課後の行動に付き合うと言っていた約束の期間は終わりか、長いようで意外と短いものだな。オレはとっても楽しかったぞ、お前はどうだ志歩?」

「その……司さん、その話なんですけど……」

「……ん? どうした志歩?」

「……その……なんて言いますか……あの……その……」

 

 そう疑問符を投げかける司さんに、私は俯き口ごもる。

 驚いた。私はこんなに、伝えようと決めた事をハッキリ伝えられない人間だったのかと。

 こんな事は初めての経験だ。伝えたい事はハッキリとしているのに何故か言えない。

 司さんに伝えたい言葉は、ごく単純にまとめてしまうとこの言葉に尽きる。

 

『司さん、私と友達になってください』

 

 そんな、本当にシンプルかつ単純な言葉。だけどこの言葉が何故言えないのかというと、その言葉の中に含まれた細かい要求を、どう司さんに説明したらいいのか自分でもうまく纏めることが出来ていないからだった。

 

 だって、今の私と司さんの関係は、咲希の存在が前提になって成り立っている関係だ。

 咲希のお兄さん、妹の友達という関係で繋がっている私達は、もし咲希が居なかったら互いに他人同士。

 ——それは嫌だと、私は思ってしまった。

 私は司さんに咲希越しに見る私じゃなくて、ただの一人の女の子として私の事を見て欲しいんだという事に気付いてしまった。

 だから私はここから、司さんと対等な友達関係を始めたいと思った。

 咲希の友達だから私に付き合うんじゃなくて、司さん自身の意思でこれからも私と一緒に居る事を選んで欲しいと思ってしまった。

 

 そんな今の私を、過去の私が見たら一体どう思うんだろうかって考えなくもないけど、それでも私は、過去に司さんに対して思っていた事をすべて前言撤回しても、これからも司さんとこの関係を続けていたかった。

 

 私は結局のところ、孤独に生きる覚悟が決めきれない人間だった。

 一人で居るのが好きでも、それがずっと続くのが耐えられない人間だった。

 こんな自分でも、いつか受け入れてくれる誰かが現れる事を、それこそ一歌達のような人が現れる事を諦められない人間だった。

 

 そしてその“存在”は、今目の前に居るこの人だったんだって、私はようやくそれが分かった。

 司さんは、今のこんな私でも迷惑をかけずに一緒に居て良いんだって思える人で、そして私自身も一緒に居たいと思える人だったんだって、私はそう気づいてしまった。

 

 ——だけどこの人の夢は世界的な大スター。

 プロのベーシストを目指している私とは、あまりにも目指す場所が違いすぎる。

 だからこれからもこの人と一緒に居る事を選ぶなら、もしかしたら私は今後誰かとバンドをする事も、プロのベーシストになる夢も諦めないといけないかもしれない。

 でも、今でも頭に浮かぶ先輩の言葉が、私のそんな躊躇いを吹き飛ばす。

 

 

『元々こっちはベースが弾けるなら誰でも良かったし、不満があるなら出て行ってよ』

 

 

 もう……諦めてもいいかもな。

 昔見た憧れのベーシストの人の背中を追いたいと思って出来た私の夢だったけど、憧れと努力だけで叶うほど音楽の道は甘くない事は、十分に私は分かっていた。

 それにどうせ私は、他人とうまくやれるような人間じゃない。多分私は、人間として本来なら持っていた方が良いとされている“協調性”という能力が全く無いんだと思う。

 それは、バンドというチーム演奏の中で輝く立場であるベーシストとしては、致命的な欠点。

 

 元々、『ベースが弾けるなら誰でも良い』そんな言葉を平然と言われてしまう位には、バンド演奏の中でベースという存在は軽視される傾向がある。

 いや……そんな軽視だとか難しい言い回しで誤魔化さず、ハッキリ言ってしまおう。

 ベースっていう存在は地味だ。

 私はバンド演奏でのベースっていう立場に魅力を感じていて、とてもカッコいいポジションだと思っているけど、残念だけど他の人の多くはそうは思ってはくれないらしい。

 勿論、ベースの事も大事だと分かってくれる人も多いのは分かってる。

 でも、そう言ってくれるのは音楽経験者や経験豊富なベテランの人に限られていて、世間一般的なイメージでは大体メインはギターボーカルで、その次にリズム隊のドラム、そのまた次ぐらいにようやくメロディーラインとしてシンセサイザーが出てくる位で、リズム隊であるベースの存在はドラムの影に隠れて忘れ去られている事が多い。

 しかも、なんならベースの存在もギターの人だと勘違いしてる人も中には居るぐらいだ。

 

 だからこそベーシストは、他の人の音を誰よりもよく聞いてそれを一つにまとめる役割の立場に立ち、チームの演奏を良い方向に上手く導く事で、演奏の中で存在感を示す必要があると思っていた。

 そして私はそれが出来る自信があった——はずだったんだけどな。もうその自信は、あの一件で完全になくなってしまった。

 そんな私はベーシストとしてはとっくの昔に終わっていて、あの一件の後も個人練習を続けていたのは、単にそれを認めたくなかった私の悪あがきだったのかもしれない。

 

 だから私はもう、夢は夢だったと割り切って今後の人生を生きようと思った。

 それに——この人と居ればきっといつか、諦めてしまった自分自身の事も眩しく照らして見えなくさせて、そうして全部きれいさっぱり忘れさせてくれそうだと思ったから。

 うん……決めた。やっぱり私は、司さんと本当の友達になりたい。

 例え今日の日が終わったこの先も、一緒に居てほしい。よし……考えがまとまった。そう決めたのなら言わないと。

 そんな決意と共に、私は緊張で震える口を開く。

 

「あのっ……司さん、私と……と、とっ、とっ、とっ……ともっ……」

「とも……何だ? とも——巴投(ともえな)げか!? 志歩、オレはまた何かお前を怒らせるような事でもしてしまったのか……!?」

「なっ……! なんでそうなるんですか! この分からず屋……!」

「いや、怒ってるではないか! 何が違う!?」

「たった今あなたが怒らせたんです……!」

 

 色々鈍すぎる司さんに、私は思わずそう大声を出してしまう。

 もう、どうしてこの人はこうなんだろうか。本当にあり得ない程に無神経。

 あぁ……でも、こんな人が良いと思ってしまったんだからどうしようもない。それに、私がちゃんと言えないのが結局一番悪い。

 どうしてこんなにも、上手く言うことが出来ないんだろう。

 友達になりましょうって、これからも一緒に居たいですって、傍に居て欲しいんですって、そう言うだけでいいのに。

 だから別に……好きな人に、告白するって訳でもないのに。

 

 ——いや、待ってほしい。『もう言いたいこと多分そんなに変わらないだろうし、いい加減“それ”認めたら?』っていう言葉は禁句にしてほしい。

 正直……わかってる。司さんに対する今の私のこの気持ちは“そういう事”なんじゃないかなって、思わなくもない。

 でも、たとえもし心は司さんに対してもう“そう”なっていたとしても、頭ではまだ認めたくない私がいた。それは自分の胸の中でもうまく言葉に出来ない、最後の意地のようなものなのかもしれない。

 

 とにかく……今は自分の気持ちを伝えて、司さんと友達になる事が優先だ。

 そこから先で司さんと過ごして行く中で、最終的に自分が司さんとどうなりたいかはもう、未来の自分の気持ちに丸投げしよう。

 大丈夫……夢を諦めるんだったら私にはもう、それを考える時間は沢山ある筈だから。

 だから私は、今の胸の想いを伝えるんだって決めたんだ。

 私はそう決意を固め直して拳を握りしめ、司さんの目を強く訴えかけるように見つめながら口を開く。

 

「司さんっ……違うんです……! 聞いてください! 私はっ——!」

 

 

~~♪

 

 

 だけど、そんな私の決意に水を差すかのように、静かな公園内に司さんのスマホから着信音が鳴り響く。

 その音に私は驚いて思わず口を噤んでしまった。私は完全に勢いを削がれてしまった気分で、真剣に私の話を聞こうとしたのか電話を取ろうとしない司さんに対して、ため息交じりに言う。

 

「はぁ……司さん、先に出ていいですよ。そこまで急ぐ話でもないので」

「む……そうか、悪いな——っと、咲希か」

 

 入院している咲希からの突然の電話という事に、私は思わずヒヤリとしてしまう。

 

「えっ、咲希からですか……? どうして急に、まさか……病気が悪化したとか……?」

「いや、もしそうなら咲希が電話をする余裕などある筈がない。その知らせが来るなら病院からか父さん達からの連絡に決まっている。普通に咲希がオレと話したいだけだろう、すまん、ちょっと話してきても良いだろうか?」

「あっ……すみません、確かにそうですね。じゃあ、私の事は気にせずにどうぞ」

「ああ、すまないな……待っててくれ」

 

 そう言うと、司さんは私から少し離れた場所で電話を取って咲希と話し始めた。

 司さんの様子を見るに、咲希が病院で寂しくなったのか司さんに電話で甘えているように見える。そんな咲希に対していつもの明るい調子で答えてあげる司さん。

 ——よかった、本当に何も無かったんだ。

 でも、偶然だろうけどまさかこのタイミングで電話をかけてくるなんて……流石お兄さんの事が大好きって公言するだけはあるね咲希。一体どんな嗅覚してるの?

 まるで『お兄ちゃんは渡さない』って言われてるみたいですごい。

 まぁでも……いつか咲希が元気になって、そしてまた普通に話せるようになれる時が来たら、どこかで機会を見て司さんの事で一度しっかり話をしたいな。

 

「——あ」

 

 そんな事を考えていた時、店長から一通のメールが届いたのでそれを確認する。

 そこには『もし可能なら今すぐにライブハウスに来れないかな?』という要件が書いてあって、無理なら返信は不要で気にしないでほしいと続けられていた。

 

「店長……どうしたんだろ?」

 

 私は今日は、元々前に店長から夕方からライブイベントがあると聞いていた月末の日で、まだ時間に全然余裕があるから司さんとの話が終わった後に行こうと思っていた。

 でも何で今、こんな早い時間にこんな連絡が来るんだろう? 文面的にそこまで切羽詰まったお願いって訳じゃなさそうだけど、でももしかして何かあったのかな——と、私は少し店長の事が気になってしまった。

 

「すまない志歩、話は終わったぞ。待たせたな——って、何かあったのか?」

 

 そうこうしているうちに司さんは咲希と話し終わったみたいで、私を見てそう聞いてきた。

 尋ねる司さんに私は、どちらを優先するか少し悩んだ後に言う。

 

「その……私がいつもお世話になっているライブハウスの店長が居て、元々今日は後でそのライブハウスに行くつもりだったんですけど、何だか出来たら早めに来れないかと急に連絡がありまして」

「何? そうなのか、それは少し気になってしまうな」

「はい……ですから、私これから少し早いですけどライブハウスに行こうと思います」

 

 少し考えた結果私は、司さん相手に言えない言葉を言おうとしてアレコレ悩む時間を過ごすより、ライブハウスの件を優先する事にした。

 そう言いながら店長に返信の文章を打って送信していると、司さんは頷きながら言う。

 

「そうか、なら気を付けて行ってくるんだぞ」

「——えっ?」

 

 その言葉は予想外だった。

 完全にいつものように、どうせ司さんだったらついて来るだろうと思っていたから。

 私がそんな驚いた顔をしていると、司さんは心外といった表情で言う。

 

「おいなんだその顔は、流石に個人を呼び出してる用件にオレがついていくのは迷惑だろう。しかもライブハウスなんだろう? そういう場所は入るのにチケットが要るのではないのか? 安心しろ志歩、お前の放課後にとことん着いて行くと言ったが、オレはそこまで迷惑をかけるつもりはない」

 

 司さんに常識論を語られ、私は思わず軽く空を見上げる。

 全く……この人は、いつも強引なくせにこういう所だけ常識的なんだから……仕方ない、恥ずかしいけど言うしかない。

 空を見ながら暫く躊躇った後にようやくそう決めて、私は顔の辺りが熱くなるのを感じながら、思い切って言う。

 

「……こ、こんな時ばかり常識人に戻って私から離れようとしないでください! この二週間……ず、ずっと私について来るんじゃなかったんですかっ……!?」

「なっ、志歩……?」

「その……もう店長には、連れの人も連れて行くけど大丈夫ですかってメールで聞いて、たった今了承してもらったので……その、今日も私に付いてきてください……司さん。それにその……終わった後で、今出来なかった大事な話がしたいので、また私に時間をください……良いですか?」

 

 多分今の私は、相当顔が真っ赤になっていると思う。それでも何とか私がそう言い切ると、司さんは私の言葉に驚いた様子を少し見せた後、笑顔の大声で言う。

 

「フッ……そこまで熱烈に求められてしまえば、スターとして応じん訳にはいかんな! 任せろ! とことん付き合ってやるから安心するといい!」

「ねっ、熱烈って……別にそこまでは求めてませんっ……! あぁもう! とにかく行きますよ!」

 

 私は思わず速足になってしまいながら、ライブハウスに司さんを連れて向かうのだった。

 

 

 

 

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