透き通る世界で、月の香りがした。   作:エヴォルヴ

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月見アラヤのあれこれ

白いリボン

美しい光沢、繊細なレースが伴ったそれは、可憐な少女にこそ似合う品であろう。

今際の際に託されたそれは、呪いにも似て、温かい。


12.獣狩りの夜

 ゲヘナ学園へ向かった後、Mr.暁と共にアビドスへ向かう途中、黒服が現れた。やつが言うには、確かにホシノ先輩を狙ってはいたが、ここまで荒っぽいやり方はしないそうだ。全てカイザーが暴走した結果だと言っていたが……ホシノ先輩が簡単に捕まるはずがない。何かの契約がカイザーとの間に結ばれた可能性がある。

 

 まぁ、奪い返せば問題はない。それに────今宵は満月。美しい月光が私達に降り注いでいる。ああ、ルドウイークよ、あなたもこの月を見て、導きを得たのか? 

 

「Mr.暁、準備は?」

 

『ああ、問題ない』

 

 昼間のうちに戦力を集め、夜の砂漠に集ったのは、アビドス高等学校から廃校対策委員会のホシノを除く全員。彼女達の戦意が恐ろしく高まっている。素晴らしい。

 

 ゲヘナ学園からはゲヘナ風紀委員会イオリ部隊及び、委員長のヒナ先輩とチナツ、便利屋68全メンバー。万魔殿からは部隊を出せない代わりに補給品を大量に渡されている。マコト先輩の申し訳なさそうな表情は初めて見た。

 

 トリニティ総合学園からは私のみ。トリニティの中でもまともでありながら少々イカれている節があるヒフミや弾けたハナコ、正義実現委員会に声をかけておいたが、補給品のみの支給となった。

 

 ミレニアムサイエンススクールからは、ヴェリタスのメンバーとエンジニア部。ヴェリタスはカイザーPMCのような大手のサーバーやセキュリティに合法的に挑めるためワクワクしているようだし、エンジニア部は発明品のデータ収集の機会やヴェリタスのバックアップに楽しそうにしていた。ところで、私が貸し出しているパイルハンマーはいつ返還されるのかね? 未強化のものだから別にいいのだが……

 

『色んな人が、アビドスのためや、君のために集まってくれた』

 

「いいえ、それは間違いです。私のためではない。こうして集まったのは、Mr.暁、あなたの善性、良心のためだ」

 

 彼は私がここにいなくても、ホシノ先輩を助けに向かい、仲間を集めることができただろう。彼はそういう存在だ。どこまでも善く在り続けることができる存在。私ではなく彼がヤーナムに訪れたら、私よりも早く、多くの人を救えたと思う。

 

 詮なきことだが、そう思ってしまう。ククッ……こんなことを考えていたとヤーナムの夜に出会った師達に知られれば、呆れられるに違いない。切り替えよう。

 

『じゃあ、出発する前にアラヤから一言を』

 

「む? 私からかね?」

 

『私が一言言うより、君の方が言葉が伝わると思う。それに、私はそういうのが苦手でね』

 

 ……そういうもの、か。士気を上げるのであれば間違いなくMr.暁の言葉が効くと思うのだが、本人がそう言うのであれば仕方あるまい。

 

 私は古狩人の装束の外套を風で揺らしながら、堂々と全部隊の前に立つ。

 

「今宵、私達はカイザーPMCに囚われた小鳥遊ホシノを奪還するべく、やつらに戦争を仕掛ける」

 

 思い出せ。かつて、受け取った遺志を。狩人達を率いたルドウイークが、アルフレートが見ていたローゲリウスが、どうやって仲間の士気を上げていたのかを。思い出し、模倣し、士気を上げろ。

 

「アビドス高等学校廃校対策委員会! 貴公らに問おう! 小鳥遊ホシノを助けるため、命を賭けられるか!!」

 

「ん、当たり前」

 

「あいつら絶対許さないんだから!」

 

「ふふっ、絶対助けますよ~。ホシノ先輩は大切な先輩ですから!」

 

「ホシノ先輩を助けたい。これはアビドス高等学校の総意です!」

 

 アビドスの面々から業火のような戦意は、私の肌を焼くかと思うほどに燃え盛っている。たかが四人の戦意だと侮るなかれ。この戦意は、火種となり、伝播させる触媒となる。

 

 私は次に、便利屋68を含まないゲヘナ学園の生徒達を真っ直ぐに見た。

 

「ゲヘナ学園風紀委員会! 貴公らは何者だ!? アビドスは便利屋68の手を借りながらも、少ない数で強大な敵へと立ち向かい、学舎を守り抜いた! 貴公らは、そんな彼女達に見劣りするような存在か!?」

 

「それは挑発?」

 

「どうとでも捉えるがいい。答えろゲヘナ学園風紀委員会! 貴公らは弱者なのかッ!!」

 

 喧嘩早い彼女らは、私の言葉をヒナ先輩の言葉もあって挑発と捉えたのか、闘争心に火が着いたようだ。

 

「舐めんなトリニティ! 私達はゲヘナ学園風紀委員会だ!」

 

「カイザーPMCだろうがなんだろうがぶっ飛ばしてやる!」

 

「私達は弱者なんかじゃない!!」

 

 轟々と響き渡る戦士の咆哮に、私は顔を笑みで歪めながら剣を地面に突き立てた。

 

「よくぞ吼えた! ならばその力を見せてくれることを期待しよう!」

 

 この場にいる多くの者のボルテージが上がってきている。ならば、あと一押しで最高潮に達する。

 

「ならば私もそれに応えよう。私は月見アラヤ! 貴公らの前に立ち、貴公らを先導する者!」

 

 なぁ、ルドウイーク、見ているか? あなたから受け取った遺志が、こんなにも多くの者の戦意を燃え上がらせているよ。

 

 なぁ、アルフレート、あなたの見たローゲリウスのように人を沸き上がらせることができているか? 

 

「ここには貴公らだけではなく、Mr.暁の指揮と、ミレニアムの叡智がある! ならば我々が手にするべきは何か!!」

 

 不完全かもしれない。呆れられるような、お粗末な訓示かもしれない。

 

「勝利だ! 完膚なきまでの勝利だ!!」

 

 だが、それでも。

 

「誰も倒れず、誰も傷付かず為すべきことを成した、完全勝利こそが、我々が手にするべきものだ!!」

 

 それでも私は言おう。為すべきを為し、完全勝利を達成するのだと。

 

 あの夜、私の手から零れ落ちていった多くのものがあった。救えたかもしれない命があった。私が使っている白いリボンの持ち主だった少女や、時計塔のマリアの体温が消えていくのを、体が、心が覚えている。

 

 あの夜、私の手に残っていた多くのものがあった。誰もが笑い、この悪夢が終わると信じて私に託してくれたものがある。赤布の彼から渡されたささやかな贈り物は、悪夢の中で私を勇気づけてくれた。

 

 あの夜、私の手で奪った多くのものがあった。毎日のように夢に見る。彼らの皮膚や肉を貫き、内臓を引き裂いた感触や血の温かさも、交わした言葉も、何もかも。

 

 残ったもの、託されたもの、奪ったもの……何もかもを、私は友人を助けるために使う。誰かを助けるために、二度と失わないために。

 

 あの夜……ヤーナムを駆け抜けたあの夜、人として、狩人として、彼らの分まで苦しみ続けると決めたのだから。

 

「行くぞ、諸君。カイザーPMCを、夜明けまでに落とす!!」

 

 蛇のこともあるが、まずはカイザーPMCを落とす。もはや炎ではなく、爆発のような戦意を剥き出しにした者達に背を向けて私はカイザーPMCが拠点にしている場所へと足を踏み出した。

 

「我らに、血の加護があらんことを」

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

 カイザーPMCが拠点としている区域に入った瞬間、Mr.暁の作戦開始の合図を受ける。

 

 先陣を切るのはやはり私だ。未強化+刃引きしたルドウイークの聖剣で警備を気絶させたのと同時に、襲撃がバレたことによる戦闘の狼煙が上がる。

 

『イオリ、アラヤの十メートル先にいる兵士を撃って』

 

「了解」

 

 タァンッ、と銃声が響くのと同時に兵士の一人がぐらついて倒れる。イオリの狙撃はよい精度となっていた。一年間だけでここまで……私は射撃が苦手だったが、もう一度鍛え直すべきか? 盾に使うだけの盾であっても、訓練は必要だ。

 

「シロコ、ノノミ、突っ込め。私が先導する」

 

「ん、了解」

 

「はーい、行きますねー♪」

 

『ヒナさん、11時の方向から敵が接近しています。補給物資投下後、迎撃してください』

 

「ええ、分かった」

 

 指揮を行うことが可能な人員はこちらに何人もいる。Mr.暁、アヤネ、ヒナ先輩、一応私。……私は旗持ち兵と言ったところで、先導する存在として前線に立ち続けて味方を引っ張るような存在だ。

 

 指揮はあまり得意じゃないが、過去に読んだ本の知識と、ルドウイークやローゲリウスの遺志が次にどうすればいいかを教えてくれる。

 

「貴様らここが誰の施設か分かっているのか!?」

 

「獣が騒ぐな。耳が腐る」

 

 そもそもここは本来、アビドス高等学校の自治区だったはずだ。それを我が物顔で使うとは、醜悪な獣のそれでしかない。

 

『にははは! アラヤ先輩、セキュリティ二枚目突破しましたよ!』

 

「ああ、コユキか? 久しいな」

 

 別口の通信回線から、ミレニアムの一年生の声が聞こえてきた。黒崎コユキ、ミレニアムサイエンススクールの中でも屈指の頭脳を持つ少女であり、私とは中等部の頃からの付き合いになる。出会いは……ラーメンを啜っていた時だったか? 

 

『こんな楽しそうなこと、私に隠してるなんて酷いですよ!』

 

「ククッ、すまない。君の連絡先を貰っていなかったからな」

 

『ま、勝手にやらせてもらいますけどね! にははは!』

 

 そう言いながらもデータを全部隊に共有してくれるあたり、ミレニアムの中でもまともな精神性を持っているのかもしれない。

 

『アラヤ、データが飛んできたんだけど』

 

「チヒロ先輩、それはコユキからのセキュリティの情報です。共有後、解析及びハックをお願いします」

 

『あの子、どこから聞き付けたんだろ』

 

 面白いことにはどこまでも熱中するタイプのようだし、どこかしらかの穴を見つけて聞き付けたのだろう。まぁ、心強い味方が増えたと考えればいいのだ。……それにしても……

 

「このデバイスは便利だな」

 

『気に入ったかい?』

 

「ええ、素晴らしいものだ」

 

 これがあれば、トゥメル=イルやローランやイズに潜っていても入り組んだ道でイライラすることもないだろう。あそこに向かって、何が起こるかは分からないが……それでも、試したくなるというのが狩人の性である。

 

『ふふ、そう言ってくれると作った甲斐があるというものだ』

 

「今度、是非お礼をさせていただきたい。……紫関ラーメンでいいですか?」

 

『ああ、アラヤが話していたラーメンか。評価も高いと聞くけど、出前はやっているのかな?』

 

「出前は……どうでしょう? 大将に聞いてみますね」

 

『話もいいけどアラヤ、前から装甲車』

 

「おや」

 

 ウタハ先輩と話ながらPMCを潰していると、装甲車が突っ込んできた。このまま私ごと轢くつもりなのだろうが、甘いことこの上ない。ルドウイークの聖剣の真の姿を見るがいい。

 

 ロングソードを鞘に納め、連結させる。ロングソードから大剣となったルドウイークの聖剣は、より恐ろしい獣を狩るための武器。その大剣はあらゆる障害を切り開く聖剣……ヤーナムの民衆を守るために、ルドウイークが振るった剣だ。刃引きしているとはいえ────────

 

「装甲車程度で私を止められると思ったか?」

 

「な……何ィイイイイ!!?」

 

『そ、そそそ、装甲車を……ぶった斬ったぁああああああ!!?』

 

 なんだMr.暁。このくらいは狩人なら全員できるぞ。

 

『ええ……? どうなってるのその剣……』

 

『アラヤ、君の持つ武器、今度全部調べさせてくれないか? パイルハンマーもそうだが、未知の鉱物が使われていた! その剣もその類いが使われているんじゃないかい?』

 

 パイルハンマーでは足りないと言うかウタハ先輩。まぁ、確かに葬送の刃や慈悲の刃などには、特別な隕鉄が使われているらしいが……葬送の刃は全ての仕掛け武器のマスターピースだから、パイルハンマーにも未知の鉱物が使われていてもおかしくはないか。大抵ろくなものじゃないだろうが……爪や寄生虫よりかはマシだろう。

 

「ところでウタハ先輩、貸し出したパイルハンマーはどうしました?」

 

『分解して解析、組み立て直して解析を繰り返しているよ。いやぁ、あれを作った人は天才的だね。何せ、あれ一つにロマンと性能、機能美を詰め込んでいたんだから』

 

 パイルハンマーを作った火薬庫は、つまらないものはそれだけで良い武器ではありえないと言った。ヤーナムの人間だから頭がおかしいのだろうが、狩人証や仕掛け武器から読み取った遺志からして、ロマンのためならどこまでも突き進む存在だったのだろう。ある意味ではエンジニア部と話が合うかもしれない。

 

 それにしてもだ。情報が欲しいのに殺せないというのも中々ストレスになるな……血の遺志にしてしまえば、情報が手に入るというのに……ヤーナム流情報収集は殺害&血の遺志なのだ。温厚なデュラですらそう言っていた。

 

『あ、三枚目も突破。アラヤ先輩、このセキュリティ杜撰過ぎません?』

 

「君だけだと思うよ。私ではそう上手くは行かないさ」

 

 コユキの才能は素晴らしいものだと心から思う。ある程度は自重するべき……ではあるのだろうが、可能な限り伸び伸びとやらせるとコユキは成長するだろうな。ミレニアムサイエンススクールのセミナーがそれを許すかはともかくとして。

 

『小鳥遊ホシノ……でしたっけ? その人、アラヤ先輩の真下にある地下に居ますね。監視カメラのデータ、全部隊に共有します』

 

『サーバーへの攻撃も予想していたけど、想定よりも弱いね』

 

「奇襲は成功した。そう考えるべきでしょう」

 

 やつらの動きも遅い。奇襲が成功した証拠だと考えていいだろう。────────いや、それにしては数が少ない? だとしたらその理由はなんだ? 他の場所に向かっているとすれば………………蛇とやらが関係している? 

 

「シロコ、ノノミ、セリカを連れてホシノ先輩の救出へ。私は少し調べることができた」

 

「ん、任せて」

 

「分かりました!」

 

「Mr.暁、発掘が行われていた場所は?」

 

『ここから東にある場所で発掘調査が────────待ってアラヤ! こっちに何か向かってる!!』

 

 デバイスから送られてきたマップ情報に、高速で接近する赤点があった。砂漠地帯をこの速度で……? 

 

「なら迎撃するしかないでしょう。先に向かいます」

 

『何者かは分からない。無理はしないでくれ!』

 

「了解した」

 

 彼の出したオーダーに返事をしてから、接近している存在の方角へと走り出す。この施設、戦うには少々手狭になるであろうと啓蒙が囁いてくる。なんとなく、なんとなくだが、何が接近してきているのか理解できた。

 

 予想以上に早かったが……目覚めたらしいな。

 

『「理解を通じた結合、叶わず。違い、静観し、理解する」』

 

 妙な声を発しながら私の前に現れたのは、巨大な蛇のような機械だった。

 

「……理解? そんなもの、誰であろうとできんさ。人は皆、獣だ。愚かしく、善性悪性両者を揃えた醜悪な獣だ」

 

 ルドウイークの聖剣を夢に仕舞い、代わりに黒く輝く曲刀と折り畳まれた木製の持ち手を取り出す。

 

「相互理解など、人間が獣である限り不可能だよ」

 

『アラヤ……?』

 

「だがね……それでも、誰かを理解したいと願い、誰かと繋がっていたいと願い、誰かに託すのもまた、人だ」

 

 人間とは、獣であり、人でありたいと願う者。狩人とは、遺志を継ぐ者。

 

「私は、託された。無駄か? 無為か? 無意味か? 価値のないものか?」

 

『「理解不能。前方、敵性反応、存在証明不可。微睡み、目覚め、揺らぎ、調和。幻想、現実。存在証明不可」』

 

「いいや、否。断じて否。私の託されたもの、残ったもの、奪ったもの。全て」

 

『「問、汝は何者なのか。何者であり、何故当機の前に立つ。何故」』

 

「私か? 私は月見アラヤ。多くのものを託され、残され、奪った最後の狩人」

 

 そして────────

 

「貴様に目覚めを与えるものだ。夢から覚める時だ、命なき命を持つ者よ」

 

『「理解不能。理解不能。相互理解、不可。敵性存在の、抹消を開始」』

 

 さぁ、獣狩りの夜を、葬送を始めよう。

 

 

 

 

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