透き通る世界で、月の香りがした。   作:エヴォルヴ

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シュロとかいうアラヤちゃんや別世界のうちの子にとって最高にカモなキャラ。


19.時計の音、神秘の石

 ゲヘナ学園への転入は、恐ろしく簡単に終わった。トリニティと違って、簡単な手続きしかなかったし、学生証もすぐに発行された。……トリニティが遅すぎるのだろう。

 

「マジでゲヘナになってやがる」

 

「ああ、ネル先輩。先日はどうも」

 

 授業はオンデマンド講座のようなものを受けているため、登校することは少ない。だから余暇を様々な場所────トゥメル=イル、ローラン、イズ────で過ごしたり、賞金首を狩りに行ったりとしている日々だ。

 

 そんなある日、ネル先輩からの連絡が入った。内容はまだ聞かされていないが、面倒事の気配がする。

 

「聞いたぜ? トリニティでバカやらかしたって」

 

「世間からは何と言われているのやら」

 

「機密情報を盗んで公表したから退学にした、って感じだな。まぁ、誰も信じちゃいねぇが」

 

 ああ、やはり醜い獣だな。狩ることすら憚られるくらいに醜悪な。余程先日の惨敗を隠したいと見た。……ところでパテル派は音沙汰がないな。何だ? あのまま潰されたか? 私が昏睡状態に陥った時、御礼参りされたのはパテル派だったらしいが……聖園ミカ……さては「目覚めたから別にいいよね」とでも考えているのか? それとも、立て直しに目を回しているか? どちらにせよ、好感は持てんな。長を名乗るのなら、部下の手綱ぐらいは握っておけ。

 

「で、話というのは?」

 

「あー……何て言えばいいのか……ちょっと調べてほしいやつがいてな」

 

 ほう、調べてほしいやつ。ミレニアムの技術であっても調べ尽くせない存在がこの世に……いるな。大量にいるぞ。アメンドーズ、脳に瞳を得ようとした学者、イカれた医者、ナメクジ、メンシス学派、聖歌隊、カインハースト────滅茶苦茶いるではないか。

 

「これなんだが……」

 

「………………貴公、これをどこで手にした?」

 

 取り出された翡翠色の石。ヤーナムの神秘が詰まっている石……名を扁桃石。

 

「……ミレニアムが使ってる保管庫に禁庫があるのは知ってるか?」

 

「ん? ああ、前に新聞に載っていたな」

 

 超が付くレベルの危険な発明などを封印しておくための保管庫があると。電子的、物理的、その二つを用いた凄まじいセキュリティによってプロテクトされているため、入ることが至難であると掲載されていた。

 

「その中を掃除するのもC&Cの仕事でな。その時、アスナが反応したのがこれだ」

 

「アスナ先輩が……なるほど」

 

 アスナ先輩……久しく会っていないが凄まじい勘の持ち主だ。恐らく、この石に込められた神秘を勘で危険視したのだろう。

 

「エンジニア部にも持っていこうと思ったけど、アスナ本人が止めとけって言ってな」

 

「ああ、素晴らしい英断です」

 

「……そんなにヤバイのか、これ」

 

 彼女から見せられたそれは、アメンドーズと同じような代物なのだ。ネル先輩のように確固たる意志と実力を持っているからこそ、今の今まで被害がなかったのだ。エンジニア部に持っていってみろ。ミレニアムサイエンススクールがビルゲンワースミステリースクールになるぞ。

 

 面倒なことに、アメンドーズはいないようだし……あの上位者がいれば、これを返すだけで話は済んだのだが……どこにもいないのだ。聖杯には大量にいるが。

 

「どうすりゃいい?」

 

「とりあえず破壊しましょう。これは、人が持っていていいものではない」

 

 それを神秘、恩恵と呼ぶ者はいるが……人間には過ぎた神秘の存在であろう。あるいは……ヘイローとは、そういう存在への対抗策として作られたものなのだろうか? ヤーナムにはそういうものがなかった。

 

 後のヤーナムの人々────アルフレート達の教えを正しく理解できていた者達が、ヘイローを作ったのだろうか……啓蒙を必要以上に手にしないように、悪夢を見ないように、と願った末に生まれた代物なのかもしれない。

 

 余談になるが、ヤーナムについての文献自体、あまり多く残ってはいない。残っていたとしても、絵本としてだ。その内容も結構ファンシーに構成されている。例えば────獣狩りの夜については『子供を拐おうとしてくる悪い狼がやってくる夜に、大人達が外に出て見回りをする』となっており、血の医療については『どんな病気も治す、真っ赤なブドウ』となっていた。……ああ、ウイ先輩だが、ゲヘナ学園に転校した私であっても変わらず接してくれている。ありがたいことだ。

 

 ────────思考が逸れたな。扁桃石を破壊する手順は簡単だ。隕鉄が用いられた狩人の武器で破壊するか、これと同等以上の神秘を叩きつけてやれば破壊できる。なお、後者を行うと、時折扁桃石並みの神秘を宿した産物が生まれる可能性があるため、オススメしない。聖杯の中で儀式素材に神秘を叩き込んだら、生きたヒモが生まれた。あの三人組からも「「「え、何それ知らん……怖……」」」と言われてしまったくらい、妙な話だよ。

 

「フンッ!」

 

 そんなことを考えながら慈悲の刃で扁桃石を切り裂く。瞬間、膨大な神秘が扁桃石の中から飛び出し、霧散していく。思った通り劣化していたのか、啓蒙は残っていない。ただの神秘の塊であったようだな。

 

「……終わったのか?」

 

「ええ。……ところでミレニアムにはこんなものがまだあるので?」

 

「いや……ないはずだ────いや待て、昔の卒業生に遺跡から出土したものを取り上げられたってやつがいたな……王冠と、妙な封がされた手紙だったような……」

 

 ええい、厄ネタの宝庫ではないか……!! 

 

「ネル先輩、その王冠と手紙は必ず盗まれないようにしてください。それか私が破壊します」

 

「それが何か知ってるのかよ?」

 

「呪われた城へ────その女王へと謁見するためのものです」

 

「厄ネタじゃねぇか!?」

 

「厄ネタ……ですね」

 

 私にとっては帰省にも近いが、あそこにキヴォトスの人間が行くのは危険すぎる。女王が────アンナリーゼが健在であるのなら尚更である。ただでさえ盗っ人がいるのだ。これ以上厄介事を増やすわけにはいかん。

 

「というか何で知ってるんだ?」

 

「知り合いだから……と言うべきでしょうか」

 

「分かった。あたしは何も聞いてない」

 

 賢明な判断です、ネル先輩。失言をした私にも非があるがな。

 

「んで……だ。もう一つ頼みがあるんだが……」

 

「何でしょうか」

 

「お前、ゲームってやったことあったっけ?」

 

 ……ゲーム、か。昔、本当に昔、やったことがあった。まだ母が生きていた頃の話だ。母が誕生日に買ってきた家庭用ゲーム……タイトルは忘れたが、やったことはある。

 

「昔、少しだけ」

 

「そか。ならちょっとミレニアムに来てくれるか? テスターが欲しいんだとさ」

 

「?」

 

 テスターを欲するのなら、ミレニアム内で募集すればいいだろうに。あそこは研究者が多いから、良い視点での指摘や発想を得られるはずだが……

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

「なんで引っ掛からないの────ッッ!!?」

 

 ネル先輩に連れられて、訪れたミレニアムサイエンススクール、その一室。ゲーム開発部なる部活の部室で、私は彼女らが作ったというゲームをプレイしていた。

 

「……露骨が過ぎるぞ、貴公。伏線を張りたいのなら、もう少し────ん? ああ、この敵は随伴する犬が厄介か。死ね」

 

「ええ……初見で見破れるの……?」

 

「凄いです! アリス達が試行錯誤した敵が何もできてません! 雑魚同然です!」

 

 ゲームシステムは申し分ないと思うぞ。武器の強化素材がそこまで拾えず、購入するにしても高いために火力不足が否めないが……このくらいの大振りなボスなら簡単に殺れる。死んでも増えたのは恐らく、ボス自体が何体かいるタイプ……もしくはヘムウィックの魔女のようなものだったからだな? 

 

 ……さて、これで終わりだ。ボス戦が終わり、体験版はここまで、という表示が出る。

 

「さて、感想だが……人を選ぶな。理由としてまず挙げるとするなら……」

 

「するなら……?」

 

「シナリオの薄さと一貫性の無さだな」

 

「ぐふっ!?」

 

 ゲームシステムとしては見事なものであった。システムを担当した者は、このゲームを開発するために多くを調べたはずだ。敵、舞台などのデザインは素晴らしい。ゆえに、シナリオの薄さと一貫性の無さが浮き彫りになってしまう。

 

「体験版とはいえ、プレイヤーの主な目標、味方NPCや敵対NPCの目的がよく分からなかった……」

 

「ふぐっ!?」

 

 ヤーナムにいたからこそ際立って見えてしまったかもしれないがな。良くも悪くも、あの古都にいた連中は目的のために殺す、という方向性があったから。処刑隊は呪われた血族を殲滅するために殺し、血族は赤子を抱くために妨害してくる処刑隊を殺した。ヴァルトール達、連盟員は虫を踏み潰すために獣を殺していたし、アイリーンのような狩人は狂った狩人を穏やかに眠らせるために殺す。メンシス学派、聖歌隊は研究のためだったしな。

 

「それと、ルドウィークというボス。あれは止めておけ。実装するにしても、もう少しマシな姿にした方がいい」

 

「ど、どうして!? あんなに頑張って作ったボス────」

 

「モデルとなった人物は聖剣のルドウイークだろう?」

 

 ゲーム開発部のメンバー……ロッカーに入っている少女も合わせて、私が放つ怒気に背筋を伸ばす。プレイ後、これだけは絶対に言わねばならぬと決めていた。

 

「ルドウイーク。今でも残るベストセラーの絵本、聖剣物語の主人公。英雄として眠るまでの物語……ここまでは分かるな?」

 

「は、はい……」

 

「そんな彼をモデルとしながら、なぜあのような醜悪な獣の姿で描いた?」

 

 私が怒っているのは、そこだ。ルドウイーク……醜く歪んだ獣憑き、心ない言葉を浴びせられながらも、己が信じた道を進み……私が殺した医療教会最強の狩人。月光を導きとして進み、獣となって狂い、苦しみながらも、英雄としての姿を取り戻したあの教会の狩人を、醜悪な獣として描く。それが、私には我慢ならなかった。

 

 確かに彼はそうなるくらいのことをしたのだろう。遺志を読み取った時、ルドウイークの狩りを見た時、そう思った。だが、それでも……彼は誰かの英雄だったはずなのだ。

 

「ウケがいいかもしれない、そういう視点もあるかもしれない、という考えであの姿にしたのなら……彼への冒涜だよ」

 

「か、架空の人物だったとしても……ですか……!?」

 

「ルドウイークは実在した人間だぞ」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

「……まさか、調べずに作ったのか?」

 

 あの絵本は彼の伝記────のようなもの。彼が実在したという証拠は、トリニティ総合学園自治区にある古書館に置かれている。そもそも絵本のサブタイトルがルドウイーク伝記だっただろうに。

 

「じゃ、じゃあ聖剣物語は、本当にあった話……ってこと? あんな武器があったの!?」

 

「はぁ……貴公らが今持っているそれは何だね」

 

「え? 銃だけど……」

 

「爆発物だってあるだろう。過去にもそういう武器は少なからずあった。脚色はあるが、間違いなく彼は実在した人物だよ」

 

 まさか、こんなところでルドウイークの獣の姿に似ている存在に再び会うとは思っていなかった。見た瞬間、全力でキレなかったことを褒めたい気分だよ。

 

「それに……あの絵本はベストセラー……つまり、人気のある作品。その主人公を貶めるような姿はよろしくないだろう。貴公、自分があのような姿で描かれたらどう思う」

 

「……嫌な気分」

 

「それと同じだ。だからこそ、どんな人物をモデルにしたとしても、その人物に対しての敬意を忘れないでもらいたい」

 

 ブラックスミスの仕事でも、カスタムパーツを用意する際、その銃の装飾や色に合った塗装や装飾を施す。その銃の持ち主の要望に対して、真摯に応える。物作りに携わる者が忘れてはならないことだろう。

 

「説教臭くなってしまったな。ゲーム自体は面白かった。それは間違いないよ。だからこそ────」

 

「リスペクトを忘れない作品にしてほしい、ですか?」

 

「正解だよ、アリス。そしてそれは、ゲーム開発部という部活が残り続けるための重要なファクターでもある」

 

 それだけ言って、私はゲーム開発部の部室を後にする。彼女らならば、きっといい作品を作れるだろう。どれだけ打ちのめされようが、諦めない力を、彼女らから感じたからな。

 

 ……それにしても、アリスだったか? 彼女は……純正のキヴォトス人ではないな。彼女を構成するものが人間ではなかった。人間に恐ろしく近付けた、オーバーテクノロジーの塊……という感じだが……ヤーナムの技術は一切使われていない。なぜかヘイローもあるしな。

 

 アビドスの砂漠で弔ったビナー……あれのこともある。恐らくは、ヤーナムより後の時代に起こった文明────今のキヴォトスの基盤となった文明……か、それより前の文明が作った存在だろう。それと……彼女の中に、もう一人誰かがいる。私を見た直後から奥底へと引っ込んだようだが……私の本質にでも気付いたのか? 

 

「面倒事は増える……そうは思わないかね?」

 

 誰もいない廊下で、私が呟く。

 

「ここに来るまでに、私を盗み見していたのは知っているぞ」

 

 監視カメラ、ドローン、警備ロボット……様々な目を使って、私を監視していたな。私の自宅にまで、小型ドローンを使って。

 

「貴公……いや、貴公の他にも二人……クヒッ……」

 

 口元を邪悪な笑みで歪め、私は言葉を紡ぐ。

 

「覗き見とは……感心しないな」

 

 かつて、時計塔にて真実を隠していた彼女のように。

 

「だが、分かるよ。秘密は甘いものだ……」

 

 クヒッ、ケヒッ、と笑みが止まらない。私が目を合わせているカメラやドローンから恐怖が伝わってくる。……よく分からない存在に対しての恐怖が。

 

「だからこそ……必要なのさ……」

 

「好奇心を忘れるような、恐ろしい死が、ね」

 

 ……軽い脅しだったが、余程堪えたようだな。視線が消えた。面倒事が増えなければいいのだが。

 

 

 

 

 

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