透き通る世界で、月の香りがした。   作:エヴォルヴ

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久しいな、御子の忍び……(人違い)


22.やはり狩人とはどこかしら狂っているのでは?

 血に渇いた獣の遺体を処理した翌日のことだ。私はゲヘナ学園とトリニティ総合学園の境にある工房で客人を招いていた。

 

「わざわざアポを取ったということは、相応の理由があると見るがね、ハナコ?」

 

「ええ、それはもう……とっても大事なお話ですよ」

 

 私の向かい側の席に座っているのは我が友人、浦和ハナコ。わざわざアポイントを取って私の工房に訪れた彼女からは、緊急性のある話があると言わんばかりの雰囲気が漂っている。

 

「すぐに本題に移りましょう。……最近、トリニティ内で妙な薬物が出回っているようです」

 

「ほう?」

 

 ブラックマーケットではなく、トリニティの自治区で薬物が出回っているとは妙な話だな。

 

「少し薄めて使うと、パチパチと神経が麻痺したような感覚が楽しめるという謳い文句でしたね」

 

「ふむ……現物は?」

 

「こちらです」

 

 ハナコが取り出したのは試験管に入った半透明の液体。軽く振ってみると、霧状になるそれは、複製品で粗悪品ではあったが見覚えがあった。

 

「感覚麻痺の霧か」

 

「ご存知でしたか」

 

「ああ。だが、これは粗悪品だ。私の知る感覚麻痺の霧はフラスコに入っている」

 

 本来なら人攫いや実験にも使われるような品。少し薄めた程度で神経麻痺など……生ぬるい効果にも程がある。

 

「これらを卸した人間は?」

 

「未だに見つかっていませんね。単独での犯罪ではないでしょう」

 

「だろうな。調べておく。一週間は欲しいが、頼めるか?」

 

「問題ありません。ティーパーティーとシスターフッドのお尻を叩いて働かせますから」

 

 さすがは我が友人。ティーパーティーとシスターフッドですら顎で使うか。素晴らしい。

 

 私の工房に忍び込んだ盗人の件もある。あれについて調べているが、逃げが上手い。情報を上手く隠しているようだ。面倒な話ではあるが……探すことに関してはブラドーとシモンから叩き込まれている。問題があるものかよ。

 

「それで? 他にもあるのだろう?」

 

「はい。補習授業部の────あ、私が入っている部活宛に、こんな手紙が来てまして」

 

「…………カインハースト」

 

 赤い封筒の手紙。そして押されている封蝋の紋章は間違いなくカインハーストの品。やはり女王は健在であったか。

 

「ご存知なのですか?」

 

「ああ。遥か昔……母の、古い知り合いさ」

 

 本当は普通に知り合いなのだが。しかしカインハーストからの招待状がなぜ。……いや、待てよ? あの日、私が戻る時に女王が何か言っていたはずだ。確か────

 

 

 

『貴公、妙な気配だと思えば、未来に生きる子供だったのだな』

 

『まぁ、ヤーナムに訪れた時点で貴公は子供ではなく狩人と成ったわけだが。……いや、根源(もともと)が狩人であったのか? 訪れ、至ったと言うべきかな』

 

『どちらにせよ、貴公とは長い付き合いになりそうだよ。ここはヤーナムの中であってヤーナムの中ではない。時間も次元も少々曖昧な領域』

 

『貴公、月の香りの狩人よ。我らの同胞であり、敵対者であり、友人でもある奇妙な(えにし)の結び手たる天使よ』

 

『近いうち、また、遠い時代、また会おう。その時は……そうだな。貴公の友人でも連れてきておくれ。ふふ、面白い話を聞けそうだ』

 

 

 

 そうだ、思い出したぞ。彼女は、女王は、アンナリーゼはそんなことを言っていた。友人を連れて……私と縁のある人間に招待状を渡していたのもそれが理由か。招待状を置いていったのは……恐らくカインの騎士の誰かだろう。

 

 血の穢れの派閥は……うん。妙に世界渡りが上手い連中ばかりだったよ。対獣よりも対人特化な連中ばかりで……何度細切れにされたことか。忘れもしない……「血の武器とは素質と想像力! 初めましてだな後輩!」、「血を武器に目にするのは初めてか? 手本を魅せてやろう!」などと言って千景に纏わせた血を燃やしたり、雷を纏わせたりして飛ばしてきた狩人がいたことを。あと、大体の連中が呼び出すと「どけ!!! 俺は先輩狩人だぞ!!!」と言って大物に殴りかかっていたのも忘れない。

 

「ハナコ、君達補習授業部が空いている日はあるかね?」

 

「うーん……三日後なら空いていますよ」

 

「ならその日にしよう。招待状を持って……ここに来てくれ」

 

 地図を持ってきて、私が示したのはレッドウィンター付近の辺境。なぜトリニティの人間だけに招待状が来ているのか少々疑問だが……まぁ、それはアンナリーゼから直接聞けばいいだろう。

 

「それと、防寒着は用意しておけ。中々に寒いからな」

 

「ええ、皆さんに伝えておきますね」

 

 さて、ちょっとばかし予定が増えたが、まぁいい。まさか赤布よりも先に、アンナリーゼの下を尋ねることになるとは思いもしなかったが。

 

「…………さてハナコ。話は変わるのだが、トリニティの現状はどうなっている?」

 

「そうですねぇ……混沌としている、というのが現状でしょうか?」

 

「ほう」

 

 ハナコが混沌としていると言うのだから、私の予想よりも酷い状態なのだろうな。

 

「まず、ティーパーティーという張りぼて政権が崩れました。今後のトリニティの指導者は全校生徒の中から投票で決まります」

 

「……押し付け合いと派閥争いになるのではないかね?」

 

「いいえ。独立組織であるシスターフッドと正義実現委員会からも人員を割きます。割かせます」

 

 ……まぁ、組織の中にはいじめを見て見ぬ振りをしていた────というか、黙殺するしかできなかった連中も混ざっている。ハナコの情報収集力をもってすれば、暴露など簡単にできてしまうだろう。今の彼女はトリニティで最も強かな女だ。

 

「トリニティのティーパーティーは、新しい形へと変わります」

 

「ふむ……となるとティーパーティーというのは少々お行儀が良すぎるな?」

 

「ええ、名前も変わるかと。しばらくはティーパーティーという名を使いますが、いずれは」

 

「ククッ、そうか」

 

 己の能力を使うことを嫌っていた────いや、能力を使うことで本当の彼女を知ろうともしない獣を嫌っていた彼女は今や、トリニティの革命を起こさんとする先導者。昔の私達が見聞きしたのならば、疑問符を浮かべるだろうな。

 

「アラヤちゃんはどうですか? ゲヘナでの生活は」

 

「力こそが序列、というのは分かりやすいが、それゆえに問題も多い……というのが一番の印象だな」

 

 あと、妙にヤーナムを彷彿とさせる代物が転がっている。ヤハグルの連中の遺したものだろうが、多すぎやしないかね。夜な夜な狩りに出ているが、それでも減らない。かつて狂ったアイリーンが言っていた言葉が脳裏を過ったが、私が今相手にしているのは染み付いてしまっている亡霊である。獣の残滓、とでも言おうか。

 

「それと、部活にまともなものが少ないな。ほぼ全ての部活が指名手配者で構成されている」

 

「あらあら……アラヤちゃんにとっては稼ぎ場ですね」

 

「ククッ、そうだな。報酬として金銭だけでなく、パーツの仕入れも許可してもらったよ」

 

 正直融通が利いて助かっている。トリニティは面倒な申請を何度もしなければならなかったが、ゲヘナは一回の申請で大抵のものが完了するのだ。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

「……ふむ。腕は鈍っていないらしいな、貴公」

 

「ガヒュッ……ゼヒュッ……クハハッ……! やはり届かないか……!」

 

 ハナコとの茶会を終えた私は、ふと悪夢の辺境へと足を運んでいた。ここもまた、夢と現実、時間と空間が曖昧になっているため、多くの対人狩人達が集まる。

 

 そんな悪夢の辺境にて私が行っているのは、盗人や冒涜者への制裁のための鍛え直し……ぶつかり稽古のようなもの。狩人のぶつかり稽古は殺し合い。今回はお互いに制限を掛けているために殺されていないが、私の前で笑う彼が本気を出していれば、数秒もしないうちに細切れになっていたはずだ。

 

「だが、瀉血の使い方がまだ荒いな。どう思う、貴公ら」

 

「やはり虚を突いた変形こそ正義では?」

 

「思い切って物理オンリー瀉血はどうだろうか」

 

「いや、それでは我らが後輩の恐るべき厳選瀉血の真価が発揮できぬだろう」

 

「キヒィイイイイイイ!!!」

 

「地底人は厳選に戻れ」

 

 好き勝手に口を開くのは、野次馬をしていた並行世界の狩人達。脱いでいる者がいれば、着込んでいる者もいたり、女装している者もいる。これが狩人の多様性だ。

 

「ところで貴公、瀉血には何を填めている?」

 

「銃デブ産形状変化血質乗算31.5%を三つ」

 

「「「Ooh,Majestic!!」」」

 

 ワッ、と野次馬の中に混ざっていた地底人達が歓声を上げた。地底人、どこにでも点在しているな? 息抜きのために地底に向かう連中ばかりだと思っていたが……いや、地底に潜るために悪夢の辺境に……? 新人を地底に誘い込むつもりか。

 

 輸血をしながら、千景を腰に吊るした先輩狩人から差し出された手を掴み、立ち上がる。

 

「ならば変化後の攻撃をどう当てるかを焦点に当てるべきだな」

 

「空中からの攻撃はどうかね、貴公」

 

「いや、不意打ちこそ輝くだろう。そこから内臓攻撃に派生すれば、脳汁が止まらぬぞ」

 

「アラヤ殿は凄まじい神秘を持っている。ゆえに、秘儀を併用すべきではないか?」

 

 あーでもない、こうでもない、と私を囲んで戦術を提案してくる狩人達は、いつもこんな感じだ。対人狩人達────というか先輩狩人というのは妙に後輩に甘い。後輩が恐ろしく強い狩人となり、挑んでくるのが楽しみなのだそうだ。

 

「待て、貴公ら。結局は彼女の意思に委ねられるべきだろう?」

 

「「「うむ」」」

 

「というわけで貴公、もう一戦────」

 

「「「てめぇが戦いたいだけじゃねぇか戦闘狂が!!」」」

 

「ぬぅ、バレたか!!」

 

 千景を腰に吊るした彼へと飛び掛かる多くの狩人達。それに応戦する千景の彼。私はもう、ヤーナムの人々に会えないが、こうして並行世界の狩人達に会うことで精神的癒しを得ている。イオリとの会話も素晴らしいのだが、やはり私はどこまで行っても狩人なのだ。血と死肉と腐臭と呪いに生きる、一人の狩人。こうした血腥くもどこか暖かく、そしてどこまでも冷たい場所に安心してしまうのである。

 

 ……ああ、そういえば。

 

「この悪夢の辺境は誰が主なんだ?」

 

 ここの話の通じないアメンドーズは殺してしまったのだが……誰がこの悪夢の辺境の主となっているのだろう? よもやミコラーシュではなかろうな? 並行世界の奴が主となっていてもおかしくはない。それだけ曖昧な場所なのだから。

 

「「「? 気にすることかね? 月の香りの上位者よ」」」

 

「……そうか」

 

 というか月の香りの上位者は貴公らもであろうに。上位者歴は私が最も長いそうだが。

 

私達(チャレンジャー)がここにいて」

 

挑戦者(貴公)がここにいる」

 

「「「ならば対人は終わらぬ。終わらぬ対人にこそ栄えあれ!!」」」

 

 ……やはり優秀な狩人とはどこかしら狂っているのでは。

 

 

 

 

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