かつて、エミーリアに贈られた髪飾り。
特別な隕鉄を用いて作られたそれは、どこか艶かしい輝きを放つ。
贈り主たる狩人は言った。
「友人への贈り物は、自分で作るのが良い」
贈られた彼女はどこかおかしそうに、それでいて嬉しそうに笑った。
例えそれが、一夜の出会いの気紛れであったとしても。
一人で戦うことは、狩人になってからずっと続けている。というよりも、私という狩人が本気になれるのは、一人でいる時が殆どだ。
キヴォトスの人間では、狩人の動きに合わせることができない。確実に殺すための動きに、キヴォトスの人間は考えが追い付かないのである。武器を振り回す近距離での戦闘を全く行わないということもあるのだろう。
「……さて」
今回手にしているのは、ノコギリ鉈。最大強化と最高倍率スタマイ物理乗算血晶を三つ搭載した逸品である。
そして左手には銃ではなく、雷の燐光を纏うヤスリが握られていた。
「誰が生んだのかは知らんが……もう一度殺すぞ、再誕者よ」
隠し街ヤハグルの広場、そこに封印された化け物、再誕者。封印を破ろうと暴れているためか、そのドロドロに溶けている肉塊が至るところに散らばっていた。
「……いつ見ても醜悪な姿だな」
再誕者は、私がヤーナムで戦ってきた中でもトップクラスの巨体を持つ、全身がおびただしい量の腐敗した身体パーツらしきもので構成された悍ましい姿の怪物だ。
その造形は名状し難いが、大まかに2つの巨大な半身が土台と連結して四つ足の獣のように振る舞う形を取っている。一方の最上部には1人突き出た亡者のような人型の上半身、もう一方には牙の生えた獣に見えなくもない頭を備えており、狩人の立ち位置に応じてその前後が切り替わる。もはや何を作り出そうとしたのかすら分からない化け物であった。
「我ら、血によって人となり、人を超え、また人を失う」
警句を唱え、頭の上に浮かぶヘイローの形を変える。私にとってのヘイローとは、所属カレルの変化をあの道具無しで行えるようにできる優れもの。なお、それ以外に利点はない。正直無い方が隠密行動しやすい。青い秘薬を飲めばいいのだが、あれは美味とは言えない味なのだ。
「貴公、再誕を望まれた者よ」
「ォ……オオ……」
「もう眠るがいい。もはや、上位者の時代は終わった。これよりは、人の時代……」
獣狩りの夜は、あの夜で終わったのだ。上位者の血を引くのは、もはや私だけとなってしまった。アンナリーゼは上位者ではないからな……不死であることには変わりないが、上位者は私のみ。輸血など、させるものか。
「さぁ、獣狩りの夜を始めよう」
腐敗した肉塊を撒き散らす再誕者に、雷光を纏うノコギリ鉈を振り抜く。
「クハハッ……ハハハハハハハハッ!!」
今回は丸薬も飲み込んでいる。ああ、素晴らしい。再誕者を切り刻む度に獣性が溢れ、膂力が増していく。
再誕者は取り巻きが本体と言われるくらいに本体は雑魚だ。見るがいい、この程度の攻撃で部位が崩れ落ちて弱点を剥き出しにしてくれる。ああ、堪らぬ行動で誘うものだ……えずくじゃあないか……
「ォ……オオオオオ!!」
「無駄だ」
抵抗せんと体を持ち上げようとした再誕者の体を、教会の石槌で叩き潰す。絶叫を響かせる再誕者に獣性が溢れていく。
殴り、殴り、殴り、切り裂く。叩き潰す。抵抗はさせない。図体だけ巨大化して、動きは緩慢な再誕者程、狩人のカモはいないだろう。
それにしても、ヤハグルの連中め……なぜ儀式素材を捨てなかったのか……葬送の方法はアルフレート達に伝えていたはずだ。まさか、隕鉄製のものを用意できなかったのか? ……いや、あり得ないだろう、それは。ヤーナムだぞ? しかも、ヤハグルだぞ? うーむ、だがなぁ……
「む?」
「ォ……ォ……ォ……ォ……ォ……」
もう瀕死か? 八週目の再誕者を見習え。貴様よりももっと固かったぞ。ふむ……獣狩りの夜よりも不完全な状態での再誕ゆえに脆くなっているのか。ならば仕方あるまい。
「さようなら、再誕者。あなたの目覚めが、有意なものでありますように」
「────────────!!」
月に手を伸ばすようにして、再誕者は霧となって消えた。……遺志は、無いのか。本当に思念のみが残っていたと見える。だから脆かったのか?
「……ふむ、もう少し手加減した方が楽しめたな」
時刻はまだ二時。月もまだ輝き続けている時間だ。
「さて……再誕者を生み出した素材はどこだ?」
あれだけの巨体を思念のみで生み出せるはずが────いや、ミコラーシュとかメンシスならやりかねんが……どこかに集まっているはずだ。というか集まっていてくれ。回収がしやすい。ちなみに回収したら私の懐に納める。儀式素材が最近枯渇し始めていたのだ。特に黄色い背骨が。
そんなことを考えながらヤハグルだった場所を練り歩いていると、一際厳重に封鎖された扉を発見する。
「ふむ……これなら、こうだな」
ガシャンッ! と音を立てて引きちぎられた鎖を放り捨て、扉を開ける。……おお、儀式素材がこんなにも。処分しておけと思うところもあるが、枯渇し始めていた素材がこんなにあるのなら、保存に感謝したくもなる。
「……む、レッドゼリーか」
死に損ないを素材にするとは、中々おぞましい行為だが、聖杯を拝領している時点であれだ。倫理は当の昔に捨ててきた。
「ところで、貴公。こそこそと何をしている?」
「……やはり、気付きますか、狩人よ」
「質問に答えろ」
現れたのは、コートを着た異形と写真。……元人間……Mr.暁が持っていたあのカードと同じような気配。あの黒服とやらと同じ存在か。
「敵対するつもりはありません。私はゴルコンダ。こちらはデカルコマニー。────黒服の使いです。契約の履行を」
「そういうこった!!」
「……ふむ。なるほどな」
ならばこちらから攻撃することはできんな。
あの夜以来接触がなかった黒服が、つい最近接触してきた。目的は取引────私の過去を、本来のヤーナムその歴史を教える対価として、様々な情報などを渡す……価値ある情報であるのなら、歴史と併せてヤーナムの遺産の一部を検体として渡すこと。
これは契約だ。しかも、黒服が先払いとして様々な情報を流してくれた。ならば狩人としての誠意を込める他あるまい。
「では、この死血花と……そうだな、あとは墓所カビ、真珠ナメクジを持っていくがいい」
「……ふむ、凄まじい神秘。これは確かに……価値ある検体です」
「そういうこった!!」
「やかましい。狩りは終わった。これよりは死者を偲ぶ時間。叫ぶな」
狩りの時間は血の昂りを抑える必要はない。しかし、それが終われば死者を偲ぶ時間……昂りを解放することは許さないのだ。
「それは失礼しました。……して、狩人よ。あなたは、文学をどうお考えで?」
突然の質問……異形とは、研究者とは、どいつもこいつもこういう存在なのか?
「文字の羅列。制限された中で自己を表現するもの。言葉を詩とし、時に刃とし、時に手向けとする……表裏一体的存在」
「────────なるほど」
どうやら私の答えはお気に召したようだ。
「狩人よ、我々ゲマトリアが崇高を目指していることはご存知ですか?」
「崇高……ああ、言っていたな、黒服が」
「近いうち、そのための儀式が行われます。冒涜を止めたいのであれば、アリウスへ訪れることをおすすめします」
「……仲間ではないのか?」
「ゲマトリアとは友達ごっこをするための集まりではありません」
「そういうこった」
ふむ、一枚岩ではない、ということだな。ヤーナムは方向性が定まっていたが、派閥が複数あった。そういう類と見ていいだろう。それにしてもアリウスか……やはりトリニティを抜けたことは悪手────いや、それはないな。どうせ、ゲヘナからでもアリウスに侵入する手段はある。
「それと……海に気を付けることです。……では、またお会いしましょう、最新の狩人よ」
「そういうこった」
そう言って消えていくゴルコンダとデカルコマニー。調べることがいくつか増えたな。
アリウス、儀式、海。アリウスと儀式は一つと考えていい。しかし、海か……まさかとは思うが、漁村か? 漁村なのか? ……ふぅむ……あそこの連中、話せば分かる連中ばかりだったが、一部の怨霊が凄まじい強さを誇っていた。あと、我が師ブラドー、貴公の執念を初めて見たのも漁村だったな。
おっと、そろそろ通信を繋げないと不審がられるな。
「こちらアラヤ。目標の討伐を完了した。これより帰投する」
『分かった。ところでアラヤ、ちょっとミレニアムに来てくれますか?』
「どうかなさいましたか、コタマ先輩」
『その……うわ言を言いながら倒れた人がいまして。……二人ほど』
「はぁ……分かりました。すぐに向かいます」
大方、こちらを視ていた二人だろう。忠告を無視してこの様とは、獣の愚かここに極まったな。
「聞いての通りだ。ゲヘナ学園、そちらでは何かあったか?」
『こちらイオリ。問題ない、と言いたいんだけど、アコちゃんとマコト会長が頭痛で倒れた。通信が切れてなかったみたい』
「イオリは無事なのかね?」
『え? ああ、うん。なんかグロテスクな音は聞こえたけど、別に』
発狂蓄積耐性や、啓蒙への耐性には個人差があるようだ。というか頭痛で済む辺り、さてはゲヘナ学園は啓蒙への耐性が高いな? トリニティもか? ヤーナムの人間にはなかった特徴を持つキヴォトスの生徒ほど、啓蒙への耐性が高いのだろうか?
「ならばイオリ、私の家に置いてある鎮静剤を取ってきてくれ。その程度ならあれの匂いで復帰するはずだ」
『分かった。アラヤはどうするの?』
「この場所の調査の引き継ぎ後、ミレニアムへ向かう」
『気を付けてね』
「ああ。ではな」
通信を終え、ミレニアム付近の灯りを知覚する。最近は脳内に地図のようなものが浮き上がるようになったお陰で、使者達の手を煩わせることは無くなってきたが……やはり使者達を頼った方が楽だな。
さて……呪いの根源は潰した。冒涜的なオブジェはともかく、生徒達が発狂するものはないだろう。懸念するべきは、そうだな……あれだ。Mr.暁が発狂してしまうことか。黒服が対策をしていると言っていたし、問題ないだろうが。
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一方その頃、シャーレの執務室には、暁トウジの他に来客があった。
「……暇なのかい、ゲマトリアというのは」
「いいえ、これもまた崇高への探求のため」
「そういうこった!!」
「なるほど、ヤーナムの芸術とは……血と冒涜による表現が────」
異形、異形、異形、異形、先生。異形の比率が凄まじい執務室にて、黒服が淹れたコーヒーと、マエストロが用意した茶菓子を楽しむ大人達。混沌of混沌である。
「さて、先生。どこまでお話しましたか……」
「……ガスコインとヘンリックの話までだよ」
「ああ、そうでした。では次の章へと向かいましょう」
パラパラとページを捲る黒服は、しばらくしてから止まる。
「さて……今回は、教会が舞台です。ヤーナムの教会────医療教会……血の医療を独占していたその教会にいた、一人の女性との出会い」
名を、教区長エミーリア。
「獣であり、人でありたいと願った女性と、狩人の邂逅。それは更なる呪いの始まりだったのでしょうね」
終わらない夜の物語がまた、始まる。