透き通る世界で、月の香りがした。   作:エヴォルヴ

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【血影】

最後の狩人が手にする狩人の武器。

手袋の形をしたそれは、内側にカインハーストの技術を利用した金属を仕込んでおり、両手をすり合わせることで使用者の血を啜り、全てを貫き、切り裂く双刃を生み出す。

投擲することで獣への牽制を行うことができるが、刃を生み出すためにもう一度血を使う必要がある。

これを生み出した最後の狩人は、己の青ざめた血を見て確信を得た。

「私はもう、人ではない」

月の香りは強く香り続けている。


27.来月末の予定

 感覚麻痺の霧の出所を探っていた昼時。ハナコが電話で出所を抑えたと連絡してきた。見事なものだな、彼女の手腕は。

 

「結局、どこから流れてきてたの、あれ」

 

「ブラックマーケットに流れ着いていたものを、麻薬商人達が新事業として扱っていたらしい」

 

「やっぱりブラックマーケットも潰した方が……でもああいう場所があるからこそ、治安が安定してるところもあるし……」

 

 うーん、うーん、と隣で唸るイオリを横目に見ながら、私はゲヘナ学園の屋上で空を見上げる。……ふむ。

 

「イオリ、こちらには流れていなかったのかね?」

 

「え? うん、来てなかったよ。流れる前にテロリスト達がぶっ壊してたっていうのが理由だけど」

 

 そうか、あのテロリストの残党共も役に立つことはあるのだな。不可抗力で、だが。だからと言って首魁を釈放することは有り得んだろう。貴様らには、独房がお似合いだ。狩人の悪夢の牢ではないだけありがたいと思うがいいさ。

 

「ところでアラヤ、あのフラスコの中身をどうして知ってたの?」

 

「うん? まぁ、昔、触れる機会があってな」

 

「ふぅん……」

 

 実際に触れる機会があったのだ。嘘は言っていない。エミーリアを弔う時に使っていたのがあれだったわけだしな。

 昔の記憶をぼんやりと思い浮かべながら、私は何度も巡った悪夢の中で作り出した質の良い革手袋を見つめる。カインハーストの騎士達から手解きを受けながら生み出したこの手袋は、両手を勢い良く擦り合わせることで内部に仕込んである千景や瀉血の槌に使われていた金属が手を傷つけ、血の刃を形成させるのだ。投げた場合、血が解け、獣狩りの散弾銃と同じ効果を発揮する。これを試運転した時、血質ビルドを組んでいたカインの騎士達が「凄い、凄いよ末妹! 君が作った武器は、僕が失った手足よりも自由だ!!」と叫んでいたのを、今でも覚えている。あの時は、お祭り騒ぎだった。というか貴公らは手足を失っても血で補うくらいはやってのける化物だろうに。

 

 最後のサンドイッチを口に放り込み、紅茶で喉を潤す。……ふむ、上位者となってからは食事が娯楽の一種になってしまったが、やはり食事というのは善いものだな。ああ、人形の菓子と紅茶が懐かしい。彼女は今、どこにいるのだろうか? 使者達はいるのに、彼女だけは見当たらない。見当たらない、といえば。

 

「イオリ、そういえば時計塔がゲヘナにあったというのは、本当かね?」

 

「え? うん。昔、本当に昔にあったらしいよ?」

 

 らしい、だけどね。

 そう言ってミントティーを口にするイオリ。

 

「ゲヘナの博物館、知ってるでしょ?」

 

「ああ、知っているとも。妙に強い大人達が警備員を務めているという、あそこだろう?」

 

 ゲヘナ学園自治区、唯一のセーフティエリアと謳われる博物館は、雑誌に掲載されるくらいには有名だ。遺跡から発掘された美しい装飾品や文献はもちろんのこと、過去の人間が使っていたであろう武具、道具、絵画などが展示されているあの博物館……噂によると、怪盗なる者が芸術品を盗み出そうとして返り討ちにあったという。

 

「うん。あそこに展示してある過去のゲヘナ学園自治区っていうコーナーにあったんだ」

 

「その当時の写真が、かね?」

 

「ううん。焼け落ちた跡だけ」

 

 ……そうか。そうなんだな。

 

「そこから発掘された円盤と、医療器具? と……服は展示されてるよ。……今度、見に行く?」

 

「ああ、そうだね。是非、行きたいな」

 

 あの日、時計塔は焼け落ちた。私と、マリアの戦いの余波で、時計塔は焼けてしまった。彼女の亡骸を回収できなかったのが、私の心残りだったが、そうか……マリア、あなたは時計塔と共に焼けて無くなってしまったのだね。遺体を辱められることはないとはいえ……あなたの遺品が服しかないというのは、寂しいものだ。

 

 ゲールマン、ローレンス、マリア。きっと、仲の良い三人であったのだろう。歪みがあったとはいえ、ゲールマンは、マリアを死なせたことが、凄く心残りだったようだから。ローレンスは、ゲールマンを救えぬまま、獣となってしまった。マリアは、多くに憐憫の目を向け、寄り添うことを決めた。虚しいが、あの三人が選んだ道だ。間違いがあったとしても、否定は、できない。

 

「ところでイオリ、さっきから気になっていたのだが」

 

「何?」

 

「そのどう見ても劇物なものはなんだね?」

 

 ジュリのものよりかは問題なさそうな見た目ではあるが、それはなんだ? 

 

「ああ、これ? 今朝貰ったんだよね」

 

「今朝?」

 

「うん。プレゼントだって。……料理苦手な子って、結構いるんだね」

 

「いや、それは苦手という領域ではないだろう」

 

 しかし獣性も啓蒙も害はないと言っているが……それは恐らく私が人間ならざる存在だからこそだろう。イオリが食べたら、確実に食中毒を起こす。そもそも洗剤の匂いがするぞ? プレゼントという名の暗殺ではなかろうか。

 

「これをどうしようかなって」

 

「処分するしかあるまいよ。贈り主には悪いが、これはダメだろう」

 

「だよね」

 

 イオリが持っていた黒い劇物を受け取り、ヤーナムで流行っていたオイルライターのようなものを使って着火する。やはりヤーナムの技術は素晴らしい。よく燃える。

 

「エデン条約も心配だけど、今はミレニアムかなぁ……」

 

「ミレニアム? 何かあったのかね?」

 

 ついにミレニアムサイエンススクールの中にビルゲンワースミステリースクールが生まれたか? だとするなら私が行こう。全て殺処分だ。

 

「えーと……あ、でもこれ機密だからな……ちょっと待ってて」

 

 そう言ったイオリは、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の通信回線を開く。次期風紀委員長としてのコネクションを遺憾なく発揮している。

 

 イオリは、私がこうなる前よりも強くなった。おそらく今なら、ヒナ先輩とタイマンを張っても相打ちにまで持っていけるだろう。搦め手が苦手なのは変わりないようだが、イオリはその搦め手ごと叩き潰すという戦いをできるように鍛えている。手加減しているとはいえ、私も左手武器を使わないと危うい状態に持っていかれる時があるくらいだ。手加減状態での勝負はまだ譲らんとも。

 

「うん……うん、分かった。ありがとう、イロハ」

 

 なるほど、イロハか。彼女はサボりたいがゆえに仕事をする人間だ。コネクションを作る際、最初に取っ掛かりにしたのはイロハとイブキだったと聞く。見事なものだ。

 

「イロハから許可取ったよ。諜報の情報渡すから、端末貸して」

 

「うん? ああ」

 

「────そうだった、アラヤってスマホ使ってないんだった……!」

 

「すまないね。あれを使わずとも通信ができるなら問題ないからな」

 

 私の携帯端末は電話をする程度の機能しかない。恐らくメールもできるのかもしれないが、私には必要のない機能だ。

 

「もういいや……口頭だけの説明になるけどいい?」

 

「ああ、もちろん」

 

「────ミレニアムで、秘密裏に何か作ってるみたいなんだ」

 

 ほう、秘密裏に、か。

 

「ただ、セキュリティに引っ掛かると不味いから、簡単なものしか分かってない」

 

 ふむ……ミレニアムサイエンススクールのセキュリティ強度は高いと聞く。私を認識できない時があるそうだが、機械は獣の愚かを克せなかった者よりも賢いな。

 

「海の方向、開発中っていうのは聞いてるんだけど、それ以上の情報が出てこないんだよ」

 

「海……か」

 

 ミレニアムサイエンススクールの自治区にある海に、作られるもの……船、灯台……

 

「実験都市、か?」

 

「実験都市?」

 

「ああ、いや、ただの仮説だ」

 

 私が至ったのは、ミレニアムサイエンススクールが考えるより良い街づくり、というものをシミュレーションするための都市を開発している可能性。

 

「モデル都市ってこと? でも、それならどうして……」

 

 イオリの言う通り、そうなると気になるのは、なぜ秘密裏に開発する必要があるのか、という点だ。

 

 ミレニアムの自治区は、他の自治区よりもある程度の治安を保っている。だから、発表したからといってテロ行為が及ぶ可能性は少ないはずだ。ネル先輩率いるC&Cの存在もある。テロ行為の抑止力にもなるはずだというのに、なぜ隠すのだろう。発表することで何か不都合が……? 

 

「ミレニアムも一枚岩ではない、ということか?」

 

「どうなんだろ……あそこに行ったこと無いから分からないな」

 

「トニトルスモドキはゲヘナに送られてきたのか?」

 

「うん。試供品ってことで。でも、ちょっと反応が遅いから、初心者向けかな」

 

 トニトルスを貸し出したと言うのに、トニトルスの性能の三割も出せないとは……エンジニア部よ、貴公らの技術力はそこまでか? もっと頑張ってみたまえよ。何? 部費が足りない? 稼げ。禁止されていないのだろう? 稼げ。

 

「とにかく、下手に首を突っ込むと越権行為になりかねないけど、警戒しないわけにもいかないんだよ」

 

「だろうな。対処が遅れた場合の惨事が恐ろしい」

 

「エデン条約に、アリウス……それにミレニアム……なんだって面倒事は続くんだろう……」

 

 まぁ、エナジードリンク漬けになるよりはいいのではなかろうか。ハナコ曰く、ティーパーティーは私が退学になったことに関しての『ちゃんとした説明』を求められ、有耶無耶になっていたパテル派による私の昏睡状態の責任追及が始まっているそうだ。ティーパーティーの三人、桐藤ナギサ、聖園ミカ、百合園セイアは紅茶味のエナジードリンクを何本も飲みながら仕事に明け暮れているそうだ。正直者は馬鹿を見る、と言うが、トリニティの場合、腹芸のし過ぎで正直者を見捨てた結果、世紀末状態とは笑える。

 

 まぁ、私が正直者なのかは疑問が残るところだが。

 

「アリウスについては、私の目的でもあるから探さねばならんな」

 

「入口を?」

 

「ああ。恐らくゲヘナにもあるはずだ。アリウスの自治区に行くための場所が」

 

 ヤーナムが土台になっているのなら、どこからどこに繋がっているかを地図と照らし合わせてやれば、必ずアリウス自治区に辿り着くはずだ。あの妙な連中から渡された情報も確かめねばいけないので、さっさと見つけたいところだが……

 

「ところでアラヤ、来月末って空いてる?」

 

「うん? ────ああ、そうだな。ブラックスミスとしての依頼もないし、空いているよ」

 

「じゃあちょっと買い物に行かない? 夏物が欲しいんだよね」

 

 夏物か……私は年がら年中狩装束のつもりだから必要ない。狩装束は暑くないし、寒くもない。厚着に見えて薄着、薄着に見えて厚着。その両方の性能を併せ持っているからだ。

 

「いいとも。しかし、夏物と言えど様々あるが……」

 

「お店の人に聞くのが一番じゃない?」

 

 餅のことは餅屋に聞け。そういうことだろう。しかも来月末ということは、エデン条約が締結された頃。面倒事が減って、気持ちよく買い物ができる、そういうことだろう。

 

 ……面倒事が、さっさと片付くと良いのだが。

 

 

 

 

 




コスプレの小道具作ってたら投稿が遅れた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

私は、千景を作ろうとしてはんだごてで火傷したり、接着剤で薄皮が死んだり、塗料に肌が負けたり、カッターで手を切ったりしましたが元気です。
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