カインハースト城に到着した私達は、大きな扉が解放される様を見ながら、道中の町並みについて話をしていた。
あれほどまでに栄えているとは、とか……キヴォトスで一番平和な場所なのではないか、とか。それもそうだろう。
何せ、あの町の住民は武器を持っていない。治安維持はカインの騎士達が行っており、犯罪が起こった場合、必ずカインの騎士の誰かが急行するのだ。カインハーストは時間も次元もあやふやな場所。カインの騎士達が私の世界にいても何らおかしなことはない。
「さぁ、開門しましたので皆様はこちらへ────」
「来たなぁああああああ、妹よおぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
開門直後、そんな叫びと共に加速を使用しながら千景を振り下ろす騎士がいた。それを冷静に落葉で迎え撃つと、耳の機能が一時的に停止するほどの金属音が響き渡る。ふむ、やはりお互い狩人としての力がカンストしていると、地力が物を言うのか。
「ここでは初めましてだな!」
破損したカインの騎士の仮面を着け、鴉羽の狩装束を装備した彼は、私が血影を作った時に師事してもらった怪物の一人。
「相変わらずだな、貴公」
「変わらぬさ! 変わるものかよ! 私という狩人はゴースであっても変えられぬよ!!」
変形させた落葉で切り払う。カインの騎士の千景が揺らめき、不規則な動きで私を襲うが、それはいつも見ていたのでそこまで脅威じゃない。脅威なのは、横やりが入ること!
「おいおい、随分な挨拶じゃねぇか!?」
「む? おお、慈悲の刃か! 改造されているが、貴公の作品か?」
(最低限の動きだけで避けた!? こいつ、何者だ?)
やはりネル先輩が入ってきた。他の者も臨戦態勢だが……彼を満足させるに足る人間は狩人以外にいない。もって数秒……いや、それも難しいやもしれん。
どうしたものかと考えていると、上空から凄まじい殺気が複数降ってくる。
「「「仕事サボってんじゃねぇ、戦闘狂が!!」」」
「ぬぅ!?」
ドガンッ!! と凄まじい轟音と共に叩き付けられたのは、変形後のローゲリウスの車輪と教会の石槌、ルドウイークの聖剣。間一髪で躱したカインの騎士は、割れた仮面の奥で冷や汗を流していた。
「客人の前だぞ、戦闘狂」
「失礼のないようにと言われたはずだぞ、戦闘狂」
「地底で蜘蛛の相手だけしてろ、戦闘狂」
「正論! だがそれでも! オゴォッ!!?」
「それでもじゃねぇ。アラヤに────うちの末妹に恥かかせてんじゃねぇ」
おお、ガラシャの拳が彼の顔面に炸裂した! 仮面が陥没しているが問題ないだろう。それとだな……
「私は貴公らの妹ではないぞ」
「「「知ってるが?」」」
……この狩人達、一度狩っても許されるのではないだろうか。
「あんなヤベェ兄弟いたのか、お前」
「いや、彼らが勝手に言ってるだけだ」
「狂ってんな」
「違いない」
カラカラと笑い、気絶した狩人を抱えた彼らに一礼すると、彼らもまた、一礼を返した。
「歓迎しよう、我らが月香の狩人よ」
「幼年期を超え、夜を明かした狩人よ。女王がお待ちだ。謁見するがいい。……そちらの少女達も連れてな」
音もなく消える騎士達に唖然としている友人達に少し笑みが零れながらも、私は老紳士に声をかける。
「彼女達を部屋に案内してやってくれ。慣れない馬車での移動は中々に堪えるからな」
「すぐに。さぁお客様方、こちらへ……」
案内されて入ったカインハースト城。相変わらずの豪奢だが気品を感じさせる美しい城の内装に誰もが感嘆の声を上げる中、メイド達がこちらを見て驚きながらも、懐かしそうな声を上げてこちらに集まって来た。
「まぁまぁまぁ! アラヤ様! お久しゅうございます!」
「ああ、貴公らか」
「うふふふ、相も変わらず月の香りを纏っていらっしゃいますのね。最古にして、最新の────ああ、お客様もご一緒ですのね!」
カインハーストのメイド達も変わらない。最初こそ、奇声を放ちながらナイフを一心不乱に突き立ててくるとんでもない連中だと思っていたが。
「アラヤ様……」
「アラヤ様だ……」
「相変わらずお美しい……」
「ああ、素敵な香り……」
「……大丈夫なの?」
話の分かる者ばかりだ。トリニティの腐敗よりも話が通じるだろうさ。……む? あれとは比べ物にならないか?
「イオリ、そちらは違うぞ」
「え? ────うわぁ!?」
「階段が動いた!?」
カインハーストはややこしい形状をしているからな。……というかこんな仕組みあっただろうか。改築でもしたのだろうか。改築するにしても、やることが派手すぎる気がするが。
「女王陛下がお待ちです。皆様のお荷物はこちらでお預かりしますので、是非謁見を」
「ああ、部屋を先にと思っていたが、そちらを先にしよう」
荷物を預け、馴染みある道を歩いていく。……パーティーだからなのか、装飾がなされているな。む、あれは確かかつてのアビドスの工芸品……あちらにはトリニティの……
「凄まじいですね……」
「ああ、ウイ先輩には分かりますか」
「はい……あれら────いえ、私達が今歩いている場所も、全て遥か昔のものです。……文献にあるものばかりですね」
「カインハーストの記録が?」
ヤーナムの痕跡は全て消されていると思っていたが、トリニティに残っていたのか。……アルフレートが残したのか? ……いや、残すだろうか、アルフレートが。ブラドーか? シモンか? 誰だ? 誰が残した? デュラ……は旧市街から出るわけがないだろうし……
「まさかアラヤさんが貴族の出だとは……思いませんでしたが……」
「私は貴族ではないんですがね」
末席に加えられているが、厳密に言えば私はカインハーストの貴族ではないのだ。ただの獣狩り。最後の狩人、月香の狩人。それだけだ。
「ロイヤルブラッドも……ここから始まったのかもしれません」
「……そうかもしれません」
ロイヤルブラッド……アリウスの生徒会長たる血筋に流れる血。恐らく私の中にも流れているはずの血。しかし、それは恐らくヤーナムの血で上書きされていそうだが……相乗されているのなら、それはそれで良い。上質な血は、素晴らしい武器へと変わるのだから。
長い階段と廊下を進み、辿り着いたのは荘厳な気配を漂わせる扉。久しく見ていなかったが、変わっていない。幻視の王冠が無くとも、ここに辿り着けたのは、カインハーストの者が案内したからだろう。
開け放たれた扉を潜り、また階段を登る。そして────
「……ああ、貴公。月香の狩人よ、久しいな」
玉座に座る鉄仮面の女王に対面した。
「ああ、本当に、久しいな、アンナリーゼ」
「変わっていないようで安心したよ」
「変わるものかよ、私が」
「フフフ、それもそうだ。────して、貴公の後ろにいるのが、貴公の友人か?」
礼拝をせねば声を聞くこともできなかったが、時代は変わった。その時代に合わせているのであろうアンナリーゼが目を向けるのは、私の後ろにいる少女達。
「ああ。招待状を送ったのだろう? トリニティに」
「そうだな。私が直々に書いた招待状を送ったよ。そこにいる才女にね」
ハナコか。……待てよ? アンナリーゼはなぜ彼女が才女であることを知っているのだ?
「貴公、月香の狩人よ。我が一族にして、怨敵。怨敵にして、愛おしき血族。最後の狩人よ。帰還を歓迎しよう」
そう言って立ち上がったアンナリーゼの手の中に収まっていたのは、誰の血にも染まっていない千景。その刃を素手で握り、血を啜らせる。
私の後ろにいた誰もが息を呑む中、千景は血を啜り、刃を形成した。
「健在だな、貴公」
「まさかこの千景が、まだ残っているとは思っていなかったよ」
ヤーナムの時代よりも少し軽く、しかし頑丈なそれの血を振り払い、鞘に納めた私に、イオリが問いかけてきた。
「アラヤ、それ、前にも使ってたやつだよね?」
「ああ、そうだな」
「……やっぱりここ出身なの?」
「いや、私の出身はここじゃない」
キヴォトスの、トリニティの自治区の生まれだよ、私は。なぜ、アリウスの出身の母がトリニティに────そしてこのカインハーストに訪れたのかは知らないが……今となっては聞くことも不可能。ただ、分かっているのは、私が持っているペンダントが何かの鍵であることぐらいか。
「貴公、あの夜、最後の獣狩りよ」
「……獣狩り?」
「ふむ……────────何だ、貴公。話していないのか? 貴公の血筋を。貴公の先祖を」
さすがは女王というだけあって、ヤーナムの私を先祖として伝えていないのか、という機転を働かせた。過去、現在、未来、カインハーストは全てが混在しているがゆえに、こういった機転ができなくては王として務まらないのだろう。
「ああ、必要性を感じていなかったからな」
「あの、獣狩りというのは?」
「この子の先祖、その生業だよ、光の子」
「光の子!?」
「貴公は気付いていないようだが、貴公は光の道を進み続ける運命にある。その強い光は時に誰かを照らすだけではない。心せよ、貴公」
ふむ、ヒフミは女王の琴線に触れたようだ。何が彼女の琴線に触れたのかは分からないが、ヒフミは確かに何かの渦の中心となりそうな予感がするな。
「パーティーを楽しんでいきたまえよ、狩人の友人達」
そう言った直後、アンナリーゼが指を鳴らし、謁見の間から弾き出されてしまった。ヤーナムの時代でも思ったが、どういう仕組みなのだろうか、あの指鳴らしは。
「……アラヤ、獣狩りって?」
「獣を狩る。それだけだ」
「あの怪物の声と、関係してるの?」
「……まぁ、していると言えばしている。していないと言えばしていない。獣狩りとは、そういうものだ」
獣を狩り、上位者を狩り、血に狂った狩人を狩り、その先にあったものは仮初の目覚め。何度もやり直した冒涜の夜。あの夜のことは知らぬ方がいい。きっと、そうだとも。……しかし、ふむ……そうだな……アンナリーゼのように、脚色して語ることくらいは、いいだろうか。
「……かつて、私の先祖はどのような病をも治してしまう聖遺物を有していた都に訪れた。不治の病、そう呼ばれたものを治すために。そこは、ヤーナムと呼ばれていた」
「ヤー、ナム……?」
「しかし、聖遺物は不可思議な事象を引き起こすことがあった。怪物を生み、怪物に人を襲わせるのだ。ヤーナムは、その聖遺物から生み出された怪物や、それに狂わされた者を狩るため、組織を生み出した」
「それが、獣狩り、か」
アズサの声に頷き、私は広い廊下を歩きながら私が歩んできた道を、脚色し、偽り、しかし正確に語っていく。
「私の先祖はな、その聖遺物を神に還し、聖遺物を求めていた神を眠らせることを選んだ」
「狩る、のではなく?」
「ああ。そもそも、獣狩りとは、本来そういうものだったのだ。怪物であっても、二度と悪夢に目覚めぬように、安らかに、穏やかに眠ることができるように……そんな祈りだったのだ」
何度も繰り返した。何度も、何度も殺した。何度も出会い、何度も別れた。何度も折れそうになりながら、何度も楽になろうとして、思い留まり、意志を継いだ。遺志を紡いだ。その先に、有意な目覚めがあると信じて。私の友人達が、悪夢に魘されぬようにと。
「私の先祖に向けて、聖剣のルドウイークが、名誉ある狩人であれと言った」
確かな光を、己だけの道を見失うなと。
「教区長エミーリアが、勤勉であれと言った」
あなたはきっと、ヤーナムの夜明けを見せてくれると。
「多くの人が、私の先祖に、託したと聞く。余所者を嫌う、ヤーナムの人間が。部外者だったはずの、先祖に。不思議なものだな」
そして、いつの日か──────―
「彼女はこう呼ばれたらしい。月の香りの狩人。月香の狩人と。私の使っている香水も……私の先祖から引き継がれてきたものだそうだ」
まぁ、私は香水を使わずとも古い月の香りを持っているのだがな。