透き通る世界で、月の香りがした。   作:エヴォルヴ

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アラヤちゃんのあれこれ。

イオリとはよく買い物に行ったりしていた。風紀委員となってからはあまり行っていないが、事あるごとに風紀委員会に給食部名義で美味しいお菓子や弁当が届くようになった。


5.便利屋と狩人と。

 アビドス高等学校での襲撃を蹴散らし、改めてアビドスの状況を知った私は、少し調べることができたと伝え、アビドス高等学校を後にした。彼女らには、少しだけでも考える時間が必要だろう。Mr.暁を交えて。

 

「……ふむ。確か、この辺りにあったはずだが……」

 

 さて、私の探し物だが……ゲヘナ学園の区域、その中にある、とある事務所。私の目的地はそこにある。立ち退いていなければ、この辺りにあったはずなのだが……一年も経てば開発も進むか。

 

「あれ……アラヤちゃん?」

 

「────ああ、ムツキ。久しいな」

 

 事務所を探している私に声をかけてきたのは、私の探している事務所の人間────便利屋68所属のゲヘナ学園二年生、浅黄ムツキだった。

 

 彼女を一言で表すとすれば……極度の悪戯好き、だろうか? 便利屋68の長、陸八魔アルのことを誰よりも理解し、それでいて配慮せずに引っ掻き回し、騒動を楽しむ節がある。

 

 根っこが善人であるアル先輩は、罪悪感に悩まされがちで悪人になりきれないが……ムツキは躊躇いなく悪事を働いてトラブルを楽しむタイプ。

 

 普段はニヤニヤとした顔をしていることが多いが、戦闘時には凶悪な表情を覗かせることもある。アルをからかったり煽ったりと楽しそうにしていることが多い彼女だが、気に入っている相手を傷つけるような相手には本気で怒り、容赦なく叩き潰すという一面も持つ。

 

 まるで連盟の人間のようじゃないか。

 

「くふふ、どうしたの? 探し物?」

 

「ああ。あなた達を探していたんだ。依頼があってね」

 

「ふぅん? 電話で良かったのに?」

 

「誰に聞かれるか分からないからな」

 

 そもそも、私は携帯を持っていないことが多い。持っていても壊されていたし、持っていなくとも問題はないのだ。手紙なら、使者達が運んでくれるし、仕事の受注も対面のみで稼げている。金にも困ってはいないし、問題ないのだ。……イオリと携帯を買いに行った後、四日で壊されたのは記憶に新しい。

 

「案内してくれるかね? 一年ぶりだから、勝手が分からん」

 

「いいよ~。一名様ご案内~!」

 

 ムツキに手を引かれ、事務所があるビルに入る。どうやら事務所は一年経った後も変わっていないらしい。

 

「アルちゃん、お客さんだよ~!」

 

「お客様? ムツキが連れてくるなん────って、アラヤ!?」

 

「ああ。久しいな、アル」

 

 よく手入れされた事務所に入った瞬間、アルが目を見開いて私を見てきた。陸八魔アル────ゲヘナ学園二年生であり、便利屋68の社長である。アウトローを目指しているが、根っこが善人で見栄を張ることが多い。覚悟を決めれば爆発的な強さを見せるが……どうにも、面白い人間というイメージが強い私の友人だ。

 

 風紀委員会に目をつけられてはいるが、トリニティ総合学園に対する差別もない。私が初めて友人になったのはイオリだったが、もしかしたら、彼女達と先に会っていれば彼女達との関わりの方が多かったかもしれないな。

 

 ちなみに、私の得意先でもある。

 

「本当に久しぶりじゃない! 体はもういいの?」

 

「ああ。入院する前よりも調子がいいよ」

 

「あの時凄かったんだよ、色んな人がトリニティに突撃していって」

 

「もちろん、私達もね。稼がせてもらった」

 

「おお、カヨコ先輩」

 

 便利屋68の常識人枠でありながらも、仕事には私情を出さない鬼方カヨコ先輩が、飲み物を片手に事務所の給湯室から現れた。その後ろにいる少女は……初めて見るが、恐らくは一年生。……だが、どうしてだろうな……彼女からアルフレートのような気配がするのは……真面目過ぎるのか? 

 

「それで、そちらは?」

 

「い、伊草ハルカと言います……月見さんのことは、よくアル様達から聞いてました……よろしくお願いします」

 

「月見アラヤだ。よろしく頼むよ、ハルカ」

 

 おどおどしているが、根幹はしっかりしていると見た。信頼には行動で返すタイプの人間かな。

 

「それで、仕事の依頼だったかしら?」

 

「ああ。……便利屋68、あなた方に依頼をしたい」

 

 仕事の顔になった彼女らに、リストアップしてきた情報の紙束を取り出す。配っている資料は、アビドス高等学校の現状や、何者かがアビドスを支配して何かをしでかそうとしているという仮説などが書かれたものである。

 

「カイザーPMCがアビドスに攻め込んでくる可能性がある。……いや、攻め込むというより、理不尽を与えようとしている可能性がある」

 

「アビドス……確か、砂漠化によって衰退してるって話の?」

 

「ええ、そのアビドスです。……あなた方に依頼したいのは、万が一の保険。退路の確保、と言うべきか」

 

 アビドスは広い。さらには迷路のように入り組んでいる。民間軍事企業と事を構えた場合、土地勘があり、優秀なオペレーターがいたとしても、撤退が厳しくなる可能性が高い。戦力にもなる逃がし屋が欲しいのだ。

 

「期間は二週間。成功報酬は一人二十万。戦闘になった場合、その分の弾薬などの負担もする」

 

 破格かもしれないが、友人を助けるためにこの程度で済むというのなら安いものである。

 

「……あなた、自分の言っていることは理解してる?」

 

「金ならある。便利屋は金さえあれば、なんでも請け負うのだろう?」

 

「それは、そうだけど……戦闘しなくていいって言ってるのよ? この状況で事を構えるなら、戦力は必須のはず────」

 

「アビドス高等学校の者達はそこまで弱くない」

 

 それだけは断言できる。彼女らはこの程度の苦境を乗り越えられないような者ではない。何かあった時の逃げ道さえあれば、どうとでもなるはずだ。

 

「退路の確保が成されているなら、心置きなく戦える。私も、彼女らも」

 

「ん? アラヤちゃんって戦えたっけ?」

 

「ああ。ああいうことがあったからね。鍛え直したばかりだよ」

 

 本当はヤーナムで死に続けて強くなっただけなのだが。殺し、殺されを繰り返して手に入れたこの力は、血に濡れているが、私の友人を救うために使う。私利私欲のために使うことは、恐らくないだろう。自己防衛の時には使うが。

 

「それで、どうだろうか? 受けてくれるか?」

 

「…………………………はぁああああ……!」

 

 数十秒の沈黙から、アルが大きな溜め息を吐いた。

 

「いいわ、受けてあげる」

 

「ああ、それは助かる」

 

「ただし! 退路の確保だけじゃダメよ。戦闘になった場合、私達も戦闘に参加することを条件にしなさい」

 

 彼女の発言に便利屋のメンバーが────ハルカ以外だが────苦笑している。アルは真のアウトローを目指しているが、それ以上に人格者だ。だから、本質を知る者は嫌いになれないし、私も彼女の精神性を好ましく思っている。

 

「それと報酬はお金じゃなくて結構よ。一ヶ月、食事を作ってもらおうかしら。……前みたいにね」

 

「ククッ……いいだろう。それと一ヶ月とは言わず、一年としよう。交渉成立、だな」

 

 依頼成立、ということで握手を交わした私とアル。便利屋68という心強い味方を手にした私は、バックパックの中に入れていた四段になった弁当箱────いや、重箱を二つ取り出す。

 

「とりあえず、手土産だ。返されても困るから、食べてくれると助かる」

 

「わぁ! アラヤちゃんのお弁当久しぶり! 何があるの?」

 

「今回は時間がなかったからな。唐揚げとハンバーグだけだ」

 

 懐かしいことだ。初めて便利屋68に依頼した時、金がなかった私は食事を提供した。それからというもの、金の代わりに食事を報酬にするように言ってくることが多々あった。

 

「こ、これがアル様が言っていた唐揚げ弁当……! 凄い量です……!」

 

「二つ目はハンバーグだね。……うん、相変わらず美味しそう」

 

「本当ならラーメンでも、と思ったが……アビドスに美味いラーメンを出す店がある。明日にでも行こ────失礼」

 

 ポケットに入れていた通信端末から電話のバイブレーションが発生した。この端末の連絡先を知っている人物は限られているのだが……

 

『あ、繋がった。もしもし、アラヤ?』

 

「その声、イオリか?」

 

 どうやらイオリが電話をかけてきたようだ。彼女が電話をしてくるとは珍しい。

 

『家にいなかったから電話したんだけど……』

 

「ああ、それはすまなかった。それで、どうかしたのかね?」

 

『えと……今日午後から休みだから、一緒にどこか行かないかって思って』

 

 そういえば、イオリとは退院後少しだけしか話す機会がなかったな。中等部からの付き合い────いや、初等部後半からの付き合いになる彼女は、私のことをこの学園都市の中で一番理解しているかもしれない。本性については……どうだろうか? ゲヘナ学園の人間だし、意外と受け入れてくれるかもしれないな……

 

「いいとも。待ち合わせはどうする?」

 

『あ、じゃあアラヤの家────って、なんだお前達は』

 

「イオリ?」

 

『……! アラヤ、ちょっと電話切るね。また連絡する』

 

 そう言って、電話が切られた。…………今の電話、一瞬聞こえた銃声は、確かブラックマーケットの……性懲りもなくまた来たのか。獣に何を言おうが変わらない……そういうことだな。

 

「用事ができた。一度お暇させていただこう」

 

「ええ、また連絡してちょうだい。それと、お弁当、ありがとうね」

 

 山盛りの唐揚げ弁当を仲良く食べている便利屋68に声をかけて、私は事務所を出る。

 

「……鐘の音が聞こえる」

 

 リィン、リィン、と鐘の音が鳴り響く。イオリに渡した狩人呼びの鐘が鳴り響いて、私の鐘と共鳴している。私だけを狙うのならいい。どうとでもなる。だが、私の友人に手を出すのなら、私は悪夢の主にもなろう。恐ろしい狩人にもなろう。

 

 シモンの弓剣を変形状態で取り出し、ヤーナムの狩装束を纏った私は、境界を越える感覚に身を任せながら彼から伝えられたことを思い出す。

 

 

 ────なぁ、アラヤ。俺はさ、医療教会の最初期の狩人として知られてたんだ。新しい狩人は知らないだろうけどな。

 

 ────俺は変わり者でね。銃器を扱うのが嫌だったんだ。それでごねたら、教会の工房がこれを誂えたってわけだ。

 

 ────曲がった剣の大きな刃は、仕掛けにより弓に転じる。俺のために作られた特注品さ。

 

 

 境界を越え、私はイオリがいる工房に到着する。到着した私の目に写ったのは、複数のブラックマーケットの人間と応戦するイオリだ。

 

「……」

 

「────アラヤ!?」

 

「ああ? アラヤだぁ?」

 

 ……そういえば、少し前にカイザーPMCから専属になれと言われたことがあったな。ナンセンスだと一蹴したが、なるほど……

 

「主がいない時にしか襲えないとは、ククッ、随分と臆病なものだな、カイザーというのは」

 

「ああ!? 俺達がカイザーだって証拠はあんのか!?」

 

「いや? 大方雇われた傭兵だろう?」

 

 傭兵に工房を破壊させて、私が抵抗するようなら痛め付けて連れていく……といったところか。その程度で私を屈服させることができると考えていたとは、お粗末なものだ。

 

「今すぐお引き取り願おうか。さもなくば、痛い目を見てもらわねばならない」

 

「はっ、そのちんけな弓でかぁ?」

 

「弓が銃に勝てるとでも思ってんなら、教えてやるよ! 弓で銃に挑むなんて、馬鹿がやることだってな!」

 

 ────だが僅かばかりの友の他は、皆、俺を嘲ったのさ。弓で獣に挑むなど、と。……ああ、お前は嗤わなかったな。むしろ感嘆すらしていた。

 

「痛い目見たくねぇなら、俺達に────」

 

 その言葉が終わるより先に、シモンの弓剣から放たれた彗星のような矢が傭兵の銃と腕を貫いた。

 

「な、何ィイイイイ!?」

 

「……シモンの弓剣、その真髄を知るがいい」

 

 私の使っているシモンの弓剣はただのシモンの弓剣ではない。放射に貞子産の物理乗算、愚者物理を二個積み、三角に貞子産形状変形を積んでいる。殺すつもりはないが、私の友人を害しようとしたのだ。相応の報いは受けてもらう。

 

「さて……弓が銃に挑むなど、だったか? 逆だよ、愚物共」

 

 音もなく放たれる神速の矢に得物を貫かれ、牙を抜かれていく傭兵達に向けて、我が師、シモンへの餞として。声高く謳う。

 

「銃が、弓に挑むんだ。死に物狂いで挑めよ、獣が」

 

 

 

 

 

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