透き通る世界で、月の香りがした。   作:エヴォルヴ

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月見アラヤちゃんのあれこれ。

幼年期を終えた上位者の子供。疲れすぎると指が触手のようになる。


8.研究者というのは、変わらんな。

「初めまして、月見アラヤさん」

 

 便利屋68をアビドス高等学校の付近にある民宿に送り届けた夜、巡回をしていた私の前に、ヘイローを持たない人間が現れた。黒いスーツを身に纏ったこの男……何者だ? ……まぁ、私の啓蒙と獣性がこいつは敵だと囁いている。

 

「ああ、初めまして。死ね」

 

「────ッ!?」

 

 エーブリエタースの先触れから触手を召喚する。これは、かつてビルゲンワースが見えた神秘の名残。

 

 上位者の先触れとして知られる軟体生物、精霊を媒介に見捨てられた上位者、エーブリエタースの一部を召喚するものであり、この邂逅は、地下遺跡に宇宙を求めた探求の始まりとなった。それは後の「聖歌隊」に繋がっていく────

 

 そういう上位者の一部を握り締め、召喚した触手は黒いスーツの男を飲み込んだが……手応えがない。それに、時折入ってくるこのノイズのようなものは……

 

「危ない危ない……まさか神秘の塊をぶつけてくるとは……」

 

 無傷……いや、直前で避けたのか。……まぁいい。

 

「……なるほど。貴様、人だった者か」

 

「────クククッ……どうやらあなたは常人とはかけ離れた眼を持っているようだ」

 

「さてはやりにくいやつだな貴様」

 

 ……敵意はない。が、警戒するに越したことはない、か。この手の連中は胡散臭い上に裏切り、切り捨てを平然とやる。

 

「で? 貴様、私を視ていた者だな?」

 

「ええ。あなたから溢れる神秘と恐怖……そしてあなたが持つ聖杯……とても興味深いものです」

 

「あれは渡さんぞ。私の日課だ」

 

 渡すとしても僻墓だ。なんだあの聖杯は。素材が取れるくらいで需要がないぞ。病めるローランに深度も負けているではないか。

 

「クックックッ……ええ、もちろん。あれは、さすがに私達では手に余る」

 

「ほう、分かるのか」

 

「はい。こう見えて、研究者でもありますので」

 

「私の知る研究者とはかけ離れているな」

 

 私の知る研究者というのは、頭のおかしい連中ばかりだ。脳に瞳を探そうとしたり、上位者の血を輸血してみたり……まぁ、そういうことをやらかしたからこそ、今の私がいると考えると複雑だ。

 

「それで……なぜ私の前に現れた?」

 

「取引をしに、でしょうか」

 

「取引だと?」

 

 ろくな取引ではないことだけは確かである。そう思い、ポーカーフェイスを続けて黒スーツの男の言葉を待っていると────

 

「ええ。アビドス高等学校が抱えている借金、その1/3を肩代わりする代わりに……あなたの持つ知識をいただきたい」

 

「知識?」

 

「はい。あなたは一年前、昏睡状態になる前より、強い神秘を宿す存在でした。暁のホルスと同等か、それ以上に」

 

 ホシノ先輩と同等の神秘だと? 私にそんな神秘があっただろうか……覚えていない、というか自覚がない。神秘を知覚したのは高等部に入ったばかりの頃だからな。

 

「その神秘は昏睡状態から目覚めた瞬間、膨れ上がりました。神秘だけではなく、神秘の反転した『恐怖』も」

 

「それと知識がどう関係する」

 

「私は────私達は知りたいのです。あなたが持つその力の根源を」

 

 ああ、どこまで行っても研究者というのは変わらんな。知りたい、それだけでどこまでも突き進んで、破滅の道を辿る。ヤーナムの学者達もそうやって自滅したのだろう。

 

 ……ふむ……だが、まぁ……これだけは聞いておくべきか。

 

「空の向こうにいる、妙な存在が関係しているのかね? 高次の存在のようだが」

 

「ほう……! クックックッ……! そこまで理解しているとは」

 

「やはり、か」

 

 知識を要求してきたのは、空の向こうにいる妙な存在が起因しているようだ。対抗手段を得たいのか、単なる興味本位なのか……そこは分からないが、あれは……キヴォトスを終焉に導く存在だろう。

 

 あの類いは、私の中に流れるものと似ているのかもしれないが……よく分からない。私は幼年期を終えたが、それでもまだ上位者の子供なのだ。月の魔物の血を全て取り込み、聖杯に潜り、定期的にエーブリエタースやアメンドーズといった上位者の血を奪い取ってはいるが、それでも分からないものはある。良くないもの、というのは分かるがね。

 

「それで、どうですか? 悪くない話かと思いますが」

 

「そうだな。…………ああ、秘密は甘いものだ」

 

 だからこそ、恐ろしい死が必要なのだ。好奇心を忘れるような、恐ろしい死が。そうだろう、マリア? 

 

「貴様はホシノ先輩を────いや、アビドス高等学校を陥れたカイザーと繋がっているな?」

 

「ええ、投資をしている人間、というだけですが」

 

「ああ、それだけで十分だ。断る理由は」

 

 私の友人を苦しめる存在の取引に応じるわけがないだろう。脳裏に焼き付けていたカレル文字を、【狩り】から処刑隊の象徴たる【輝き】へと変更し、ローゲリウスの車輪を夢から取り出す。

 

(ヘイローの形状が、変わった……!! 神秘の性質すら変化しているのか!!? なんと、素晴らしい……!!)

 

「恐れるがいい、処刑隊の一撃を。穢れた血族を狩り続けた憎悪の車輪を。我が師、アルフレートの業を知るがいい」

 

 ローゲリウスの車輪を変形させた瞬間、潰された穢れた血族の怨念が滲み出てくる。これで神秘の補正が高いのだから、よく分からないのだ。

 

 そんな車輪を回転させていけば、憎悪と怨念と神秘が車輪から溢れ出し、暗い夜道におぞましい声にも似た音が鳴り響く。恐ろしい怪物を相手に一撃必殺すら可能にするポテンシャルを持ったローゲリウスの車輪を見ても、黒スーツの男の態度は変わらない。

 

「クックックッ……どうやら嫌われてしまったようで────」

 

 ローゲリウスの車輪を叩き付け、脅しではないことを示す。次は当てる。

 

「御託はいい。さっさと死ね。それか去れ。今なら見逃してやる」

 

「そうさせていただきます。……ああ、そうだ。怒らせてしまったお詫びとして、一つ……こちらを渡しておきましょう」

 

 そう言って何かのデータが入ったUSBメモリを放り投げ、消えていった黒スーツの男。……あの時殺しておけばと後悔する可能性はあるが、別にいい。去れと言ったのは私だ。後悔など、した後考えればいい。

 

「……さて」

 

 手に入れたこのUSBメモリ……一体何が入っているんだろうか。とりあえず、変な気配はしない。啓蒙はこれが何かの秘密であることを示しているが……開かないと分からないな……

 

「明日、確認するか」

 

 数秒考えても解決しない問題は、とりあえず後回しにする。難しく考えることは、落ち着いて考えることができる環境で行う。ゲールマンからの教えだ。……ああ、人形の淹れた紅茶と茶菓子が懐かしい……使者達がいるということは、彼女もまたこのキヴォトスにいるのだろうか? それとも、私の中に? 

 

 ……詮なきこと、だな。

 

「────戻ろう」

 

 明日も早い。そう呟き、私は巡回を終える。成績など、テストに合格すれば問題ない。そもそも、私を腫れ物のように扱ってきた連中の言うことを聞く義理もないのだ。私を昏睡状態に陥れた連中を野放しにして、トリニティに不利益を及ぼしたのも正義実現委員会とティーパーティーの怠慢が招いたものだったわけだしな。

 

 派閥ぐらいはしっかり手綱を握っておけ。ヤーナムの連中のように方向性くらいは一貫させておけと言いたい。

 

 ちなみに、私の経過観察のための入院中、見舞いに来たのはトリニティだとツルギ先輩とハスミ先輩、同級生のハナコくらいだった。

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 黒スーツの男との邂逅から翌日────ではなく、二日後。私と便利屋68、アビドス高等学校の対策委員会メンバー、そしてMr.暁は、アビドス高等学校の教室の一室で手に入れたデータを吟味していた。

 

 なぜ二日後になったのかというと、アル、ムツキ、ハルカ、カヨコ先輩が熱中症で動けなくなっていたからだ。ヘイロー持ちのキヴォトスの人間だといえど、熱中症にはなる。だから寝る前にも水分を取れと言ったのに。クーラー付けていようと、外が砂漠のせいで寒いとしても、部屋の湿度が高ければ熱中症になる可能性は存在するのだ。

 

 さすがに置いていくわけにもいかず、アヤネに連絡を行い、アビドスのホテルに待機ということになったのだ。その際、セリカが拐われそうになったらしいが、どうにか救出できたらしい。

 

「……何よ、これ……!!」

 

「返済金が裏に流れているな」

 

「そんな……」

 

 その裏に流れた金は、アビドス高等学校を占拠しようとしていたカタカタヘルメット団とやらへの資金に変わっていた。不良集団とは思えないほどの装備の潤沢さや、物資の量は対策委員会が支払った金から出ていたようだ。

 

「連中、アビドスをどうしても欲しいらしいね」

 

「そんなことさせません……!」

 

「ん、徹底的に抵抗する」

 

 素晴らしいモチベーションだ。空回りしないか心配ではあるが、今の彼女達を止められる者はほぼいないだろう。

 

「うへ、ところでアラヤちゃん、これどこで手に入れたの?」

 

「カイザーと資金的に繋がってる人間を見つけてな。少し脅したらこれをくれたよ」

 

 嘘は言っていない。資金的に繋がっていたのも、脅したのも間違いじゃないのだから。

 

「アラヤって結構野蛮な思考してる?」

 

「敵対者に容赦がないだけですよ、Mr.暁」

 

 敵に容赦するほど、私は驕ってはいない。一歩間違えれば私の友が悲しむのだから、全てにおいて最善を尽くす。かつてアルフレートがそうしてくれたように、友人への協力は惜しまない所存である。

 

「問題はこの情報をどう扱うか、だね」

 

 Mr.暁の言った通り、この情報をどう使うかによってこの戦いを制することができるかどうかが決まる。カイザーの悪事を公表するのか、それとも交渉の材料にするのか……

 

 公表すれば、カイザーの地位は下落の一途を辿るだろう。だが、その影響は計り知れない。数々の事業に関わっているカイザーが失脚すれば、大混乱は免れない。

 

 だから、私達が取れる選択肢は交渉の材料に使う、のみ。ただ、交渉するのは子供では説得力に欠ける。かと言ってMr.暁に全て任せるのは厳しい。

 

「まぁ、これをどう使うかは一旦置いておいて……もうお昼だし、紫関ラーメンに行こうか」

 

 Mr.暁の言葉に全員が頷く。この教室にいる全員が紫関ラーメンのファンのようだ。味もそうだが、やはり柴大将の人徳というやつなのだろうな。

 

 そんなことを考えながら、私は────いや、私達は紫関ラーメンに向かうべく教室を出た。

 

 

 

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