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『黄金律』。それは、現実の世界において多くの宗教、道徳や哲学で見出される「他人から自分にしてもらいたいと思うような行為を人に対してせよ」という内容の倫理学的言明である。
だが、ここで語るは言語云々の国語的な話しではなく、空想的かつ神話的で、しかし現実的で絶対的な物語の話しである。
『黄金律の時代』。
それは、神代よりも前の時代、神殺しなど日常だった殺伐無惨の時代である“火の時代”とは少々異なる世界にて存在した神代。
神々の時代、その全盛期。真に読んで字の如く『黄金世代』。神々の時代、その中で最も輝いた時代。金剛石の如く輝いたその時代が、黄金でなければなんだというか。
火の時代とは違い、神殺しは日常などではなかったが、しかし神を殺す事は出来た。
竜を狩る事も出来た。神竜を狩る事も出来た。神の子供を殺す事だって出来た。
その時代を黄金足らしめたのは、“エルデンリング”という生死循環の法則。
輪廻転生を腐らせ廃れさせ、生死循環の概念を氷の如く噛み砕き、時代を神の如き存在たる“大いなる意志”がその法則を示した。
生ある者は死へ向かうという絶対的な生死の現実は不必要である。我々の時代に必要なのは、生のみがある死の無い完璧な生命が存在する事実なのである、と。
神のみならず、その他の生命は皆等しく不朽と成り果てた。正確な死という常識が、生命から失くなってしまったのだ。
だが、完全に失くなったという訳ではなかった。そしてそれが、黄金律の終焉でもあった。
突如として、女王マリカがエルデンリングを粉砕したのだ。
マリカはエルデンリングを粉砕し、その欠片を大ルーンとして自分の子供達に分け与えた。
だが、その所為で大ルーンの取り合いとなり、「破砕戦争」と呼ばれる大きな戦争が発展した。
更には、女王マリカの義弟である騎士、“黒き剣のマリケス”が護り続けてきた唯一絶対の神殺しの力である『死のルーン』が、“黒き刃の刺客”と呼ばれる者達に奪われてしまったのだ。
『陰謀の夜』と呼ばれたその事件で奪われた死のルーンによって、死王子と呼ばれるようになってしまった神の息子、その長男たるゴッドウィンは殺された。唯一死んだ神となってしまった。
ゴッドウィンの死、それに連なる破砕戦争の勃発により、数多くの生命が犠牲となった。
そして、それがまた原因で、『外の世界』から人間がやって来る事となったのだ。
狭間の地から追放された者達が、再び狭間の地へと舞い戻ってきたのだ。
瞳が褪せたその人々を、彼らは『褪せ人』と呼んだ。
彼らはエルデの王を目指す。過去の王を、神々を殺して王座へと居座るのだ。
褪せ人よ、エルデの王に成り給え。
その言葉に従い―――“彼”はエルデの王となった。
何度も、何度も。
そう、何度も。何度も死んで、何度も生き返って、何度も王になって。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――――――それらを繰り返した。
王は飽いていた。王は憂いていた。何度も壊しても、何度も治しても、常に変わる事のない世界に。その円環に。
王になっても。死の王子になっても。完全なる律を完成させても。糞喰らいになっても。暗月の律に並んでも。王は変わらなかった。
その果てとして―――何の因果か、かの王は使い魔へと失墜した。
「騎士だ」
「平民じゃないぞ」
「でも、人間じゃないか」
「やっぱり、結局は“ゼロのルイズ”だな!」
がやがやとした声が、白狼の鎧を身に纏う王の耳へと入り込む。
見渡せば、そこは見覚えのない景色と人間達。まるで学園の様なその場所は、レアルカリアとは似ても似つかない。きっと平民の学園なのだろう。
眼前には、ピンク色の髪をした少女。その装いから察するに、おそらくは魔術師の類なのだろう。
その他の者達も同じか。言葉から察すると、この目の前の少女が呼び人であり、そして周りはそれを貶していると。
ならば、敵は奴らか。私怨故の呼び声か、それとも単なる興味故か。どちらにせよ、幼い子供らしい行いだ。
敵は多数。ならば、大物で一気に片付けようか。
自分が助けの声に反応して呼ばれたのだと盛大な勘違いをした王は、少女以外の人間全員を敵だと思い、虚空から一本の大曲剣を取り出した。
『猟犬の長牙』。緩やかに波打つ大型の曲剣は、猟犬騎士たちの獲物。
あの大地に降り立った褪せ人たちの多くを、王へ至るまでに支えた代物でもあるだろう。
王は、それを構えて彼らへと鋒を向けた。そして、それだけで彼らの脳にイメージさせた。
僅かな時間で、我らはあの騎士と巨大な剣によって、体の上下を悲しく斬り捨てられる―――と。
「ちょ、あんた何してるのよ!?」
「…? 敵を消そうとしているだけだが。それが私を呼んだ理由だろう」
王は首を傾げた。何故、自分を呼んだ者が敵を殺そうとする事に怒鳴るのか。それが分からなかった。
だが、それは彼を呼んだ魔術師―――ルイズも同じだった。何故、自分が呼んだ使い魔がクラスメイトを殺そうとしているのか。彼女もそれが分からなかった。
ただ一つ、彼女に分かる事があるとすれば―――この場で彼を止めなければ、クラスメイト達全員があっという間に皆殺しにされてしまうという事だ。
「アンタは、私の使い魔でしょ! なら、主人である私の言う事を聞きなさい!」
「使い魔…? 私が、君のか?」
「そうよ!」
「君が、私の主人か? “半人半神”でもなく、レアルカリアの出身でもない、平凡な君が―――霊体ではなく私自身を喚び出したという事か?」
王は驚愕した。それはもう、大袈裟に。
構えていた剣を下ろし、少女に目を合わせる様に屈んで、何度も確認する様に問い掛けてしまう程に。
ルイズは、その認めたくない現実に呻きを上げながら答えた。
「うっ…そ、そうよ! 悪い!?」
「く…クククッ……そうか、そうかそうか…」
「な、なに笑ってんてのよ!」
「はぁ…いや、すまない。この様な経験はなかったものだから、つい笑いがな。全く、世界というのは何が起こるか分からないものだな」
王は声を抑えて笑った。それはそれは、可笑しそうに。
あの世界で王となった自分を。世界を統べた王である自分を、平凡な魔術師が自力で喚び出し、そして使い魔とするなど。
なんと愉快、なんたる痛快。まさしく摩訶不思議と言うに相応しい。
生きている時に、無駄に永く生きている瞬間に、まさかそんな摩訶不思議な出来事が起こるなど、誰が思おうか。
「(マリカの戯れか、それとも不手際か…どちらにせよ、面白そうだ。)同僚に弟子、または伴侶になる事こそ多かったが、使い魔になった事は遂ぞなかったな…良いだろう。これも何かの縁というやつだ」
数多の犠牲と裏切り、そして神殺しを以て、時に世界を統べ、時に世界を燃やした、名ばかりの王で良いならば。
「名前は、そうさな…エルデでいいだろう。私はエルデ、名ばかりではあるが王を務めた者だ。扱き使ってくれ、我が主」
今日、ゼロのルイズに―――神代の全盛期、黄金時代を統べた王という使い魔が出来た。
召喚の魔法陣
使い魔を召喚するための魔法陣。使い魔の召喚は、コモン・マジックという類の魔法に属する。
ゼロのルイズがその時に成功した魔法の一つであり、しかしエルデの王を呼び出したこれは、歴史に残らぬ禁忌となった。