有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
翌日、アイは練習に復帰した。数日前と比べると改善しているが、相変わらずパフォーマンスは悪い。だが、アイは有馬かなに言われた「歌を信じて欲しい」の言葉を愚直に守り、「アイドル」を支えにして今にも折れそうになる心を奮い立たせていた。
休憩時間になり、アイはDVDプレイヤーを起動して「アイドル」を聞く。イヤホンを使わずに音をそのまま垂れ流すのがいかにもアイらしかった。
「アイー、何見てんの?」
聞こえてくる音楽に興味を持ったB小町のメンバー、ニノがアイに近寄ってくる。
ニノはB小町が結成した当初からの最古参メンバーだった。
「…アクアの友達が作ってくれた動画。観ていると、元気が湧いてくる」
「へぇー、私にも観せて?」
「――誰もが目を奪われていく!君は、完璧で究極のアイドル!」
――気が付けば、メンバー全員で「アイドル」を熱唱していた。
ドームライブ前日。
アイたちは、結局斉藤社長たちの家に泊まっていた。病院から退院したアクアに「なんとなく、そんな気持ちだから」と不安そうな表情で言われては反対できる人はいない。
「いよいよ明日か…人生で一番長い2週間だった気がするぜ」
斉藤社長がしみじみと言う。
たったの2週間で色々なことが起こった。ストーカーの襲撃から始まり、アイのスランプ、新曲の楽曲提供。トラブルの発生頻度が少しおかしい。
おまけにB小町メンバー全員が「絶対にドームライブで『アイドル』を歌う!」とプチ反乱を起こした。当然アイも反乱軍側だ。
アイのコンディションはある程度回復したが、それでも万全とは程遠い状態だ。そんな状態で10日ほど前に提供されたばかりの新曲をいきなりドームライブで使うといって聞かないメンバーに斉藤社長は頭を抱えた。
結局斉藤社長が折れて、先日、アクア経由で呼び出された有馬かなと「アイドル」の楽曲提供の契約を正式に結んだ。
代理人も同席せず、渡した契約書を全く確認せずにサインしたときは流石に斉藤社長のほうが不安になったが、「これはアイのための歌だから、たとえ私に1円も印税が入ってこない契約であったとしても後悔しません」と笑顔で言われたとき、彼は少し背筋が冷たくなったのを感じた。
子供ゆえの無邪気さというには、あまりにも異質過ぎる答えだ。とても4歳程度の子供の言葉とは思えない。
……本人としては「盗作で億万長者になるのは流石に忍びない」という考えだったのだが、斉藤社長がそれを知る日は永遠に来ないだろう。
有馬かなの要求は、「作詞・作曲者名を『夜遊ビ。』の名前で公表し、有馬かなの名前を出さないこと」だった。
自分は将来女優になることを目指しているので、アーティストとして有名になってしまうのは困る、という理由らしい。会話の内容が子供とは思えず、斉藤社長はまるでアクアと会話しているような気分になった。
「アクアに出来ることが、私に出来ないわけないでしょう?」と自慢げに言うところにだけは年相応の子供らしさを感じた。
ちなみに「YOASOBI」ではなく「夜遊ビ。」なのは、有馬かなの中の人があちらの世界の丸パクリになることを避けたかったことと「『夜遊ビ。』だとなんだか『夜廻』っぽくてかっこいいよね。」というノリで決めたからだ。
中の人は、日本一ソフトウェアのファンだった。
「『アイドル』ってタイトルなのに、『アイドル』らしさのないダークな部分が多すぎる。本当に大丈夫なんかよ、これ」
「でも『アイドル』という歌を出すならば今が一番いいタイミングだ」
斉藤社長のボヤきにアクアが答える。
音楽自体はいかにもアイドルらしいパッションを盛り込んで作られているが、歌詞を見るとアイドルの闇をさらけ出すような衝撃の強い言葉が多い。
しかし今はストーカーによる傷害事件が発生したせいで、すでにアイドルの現実と裏側がマスメディアで晒されているような状態だ。0が1になるのはかなり影響が大きいが、10が11になる状態ならばまだ影響は少ない。
もはや「毒を食らわば皿まで」の出たとこ勝負という状況で、もうどうにでもしてくれというのが斉藤社長の正直な感想だ。
アイを除くB小町メンバーも中々強かだ。「アイドル」を今リリースすることを要求するのも、自分たちが気に入ったからだという理由だけではない。
負担軽減の名目でアイのパートを減らしつつ、自分たちのパートを増やしてそのまま既成事実化してしまおうという魂胆だ。
斉藤社長の依怙贔屓で冷遇されていたところに、大きなチャンスが大義名分付きでやってきたのだ。ここで前に出れないようではアイドルなんてやっていない。
それぞれの想いを胸に抱えて、原作ではついに行われることのなかったドームライブが始まる。
「…『今日のアイの笑顔は当社比30%オフのカロリー控えめです』だって。
誰がうまいこと言えと言った」
「むしろ70%まで調子を取り戻せたことを褒めてあげるべきね」
ドーム会場のファミリーシートでネットの反応をスマホでチェックしていたルビーに突っ込む。チケットはアクアたちの隣の席を斉藤社長に用意してもらった。
タダチケでB小町の歌を聞きながら飲むジュースは美味いか?うん!おいしい!
…今日のドームライブはニノという古参メンバーを中心に進んでいた。不調のアイに代わってリーダーを務める女の子。今日のドームを乗り切ればかなり人気が出そうな気配だ。なかなか抜け目がない。
「本来のアイはこんなものじゃないのに!くやしい!!」
「いいんじゃないの?『今日のアイはダメダメだ』と思われていても」
地団駄を踏むルビーに、俺は事も無げに言い放つ。
「客に
――ストーカーの襲撃事件とアクアの負傷で心を病んだアイは、「アイドル」の歌を心の支えとしてこの10日間を乗り切ってきた。
「今日のアイには期待できない、見る価値もないと思っていたところに」
――「アイドル」の歌の練習は、むしろアイのメンタルケアとして効果を発揮していた。
歌に没頭し、必死に練習することで、押し潰されてしまいそうな不安と恐怖に対抗していた。
「めちゃくちゃ凄いことを始めたら」
――だからこそ、今のアイは
「最高にカッコいいと思わない?」
「次の曲は初披露!私たちの新曲!『アイドル』です!!」
ステージの上で、ニノが宣言する。
さあ、過酷な運命を与えた神への反逆の時間だ。
次回、星野アイ救済ルート編ラスト。