有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う   作:雑穀ライス

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鏡の国のアリス

 "友達と食事に行ってます。帰りは遅くなります。晩御飯は、冷蔵庫にお寿司が入ってます"

 家に帰ってきた俺を待っていたのは、こんなことが書かれた一枚の書置きだった。

 

「なんだよ、これ」

 俺は両親に対してとっくに見切りをつけていたが、まさか娘の誕生日を忘れるほどだとは思わなかった。

 冷蔵庫に入っていたのは、スーパーで売っているパック寿司。1パック1000円もしないリーズナブルな価格のやつだ。

 

 誕生日に出されるご馳走というにはあまりにも役者不足で、そして冷たかった。

 

「こんなの、()()()()()()()

 ぼそりと、俺の口からそんな言葉が漏れた。

 

 

 仕事が忙しくて帰るのが遅い父親がいないのはまあ()()()。常識と倫理観に乏しい母親がいないのはまあ()()()()()。だが、両方揃っているとなると、流石に、辛い。

 

 俺は元々12月24日にクリスマスケーキを食べなくてもいい派だ。むしろ日をずらして割引セール品を買ったほうがお得だと考える。

 記念日を祝うことのなくなった、独り者の大人にありがちな思考だ。

 

 もしかしたら「誕生日のメインは誕生日プレゼントだよね」といった趣旨の言葉を母親に口走ってしまったこともあったのかもしれない。それを母親が真に受けてしまったのかもしれない。

 「後からでも誕生日プレゼントさえ渡しておけば、この子は許してくれる」と。

 

 でも、それでも。だからこそ

 

()じゃなくて…()を見てよ……!」

 …()のせいで、自分の存在を母親に忘れ去られているどころか認識すらされていないことに気づいてしまった()は、泣いた。

 

()()じゃないのに!お父さんも!お母さんも!アクアですら知らない!!」

 アイの命の恩人?伝説のアーティストの「夜遊ビ。」?そんなの、全部()じゃない!!

 こんなに胸が苦しいのに、私のことを知っている人なんて誰もいない!

 

「消えちゃえ!()なんかいますぐ消えちゃえ!!

 ()()()()()し、()()()()()()()のせいで、()はこの世界に存在していないのと同じ!

 誰か()を愛してよぉおおおおおお!!」

 

 自分以外に誰もいない家に、()の声が響き渡る。

 その慟哭は、「有馬かな」の産声だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな、かなちゃん」

 泣き崩れていた俺はのそりと立ち上がり、台所に向かった。

 

 フライパンとボウルと泡立て器を取り出して、玉子と牛乳を冷蔵庫から取り出す。

子供用の台座に乗って、IHコンロに火を入れてフライパンを温める。そしてボウルに卵と牛乳を入れて、よく混ぜる。

 その後、階段の下にあるパントリーからホットケーキミックスの粉を取り出してきて、ボウルにぶち込んでさっくり混ぜる。弱火にして、ボウルの中身を1/3ほどフライパンに落として3分間待つ。表面に小さな泡がでたらひっくり返す合図だ。

 ひっくり返して、裏面を2分ほど焼けば、ホットケーキの出来上がり。それを3回繰り返して出来た三段重ねのホットケーキの天辺にアイスクリームを乗せて、完成。

 

 即席の、誕生日ケーキだ。

 ケーキをテーブルに置いて、ケーキを挟んだ向こう側に鏡を置く。

 

 これでもう()()()()()()()()()()()()、誕生日パーティーだ。

 

「『8歳と9歳と10歳のときと、12歳と13歳のときも、僕はずっと待ってた!』

 …アニメで見たときはあまり実感できなかったけど、当事者になってみると、辛いね。これは」

 

 アメリカでは誕生日パーティーをやらない代わりにクリスマスパーティーを盛大にやるらしい。たった一年すっぽかされただけでこんなに心に来るんだから、それを5年分となるとジョナサンがグレる気持ちはよくわかる。

 

「ハッピバースデー、トゥーユー…おっと」

 某水星ではハッピーバースデーの歌は死亡フラグだ。この状況では縁起が悪すぎる。

 …そうだな。この状況で歌うなら、こっちのほうがいい。

 

 

「"――遥か遠くに浮かぶ星を 想い眠りにつく君の

 選ぶ未来が望む道が 何処へ続いていても 共に生きるから"」

 

 俺は、YOASOBI…いや、「夜遊ビ。」の歌を、歌い始めた。

 

 

「"ずっと昔の記憶 連れられて来たこの星で君は

 願い続けてた 遠くで煌めく景色に 飛び込むことが出来たのなら"」

 

 思った以上に綺麗な声が出る。やはり、かなちゃんの肉体のスペックは高い。

 

 

「"一人孤独な世界で 祈り願う 夢を描き 未来を見る

 逃げ出すよりも進むことを 君が選んだのなら"」

 

 …B小町に楽曲提供しなくて、本当によかったと思う。

 盗作なんて、しなくてよかった。おかげで、純粋な気持ちで歌ってあげられる。

 

 

「"誰かが描いたイメージじゃなくて 誰かが選んだステージじゃなくて

 僕たちが作っていくストーリー 決して一人にはさせないから"」

 

 俺はこの世界で産まれたときに、君を守護ると決めた。この地獄のような幼少期を、共に闘うと決めた。

 …君は「どの口で!」と言うのかもしれないけど。

 

 

「"――いつかその胸に秘めた刃が鎖を断ち切るまでずっと 嗚呼、共に闘うよ"」

 今でも、その約束を違えるつもりはない。

 

「"――決め付けられた運命 そんなの壊して 僕達は操り人形じゃない

 君の世界だ 君の未来だ どんな物語にでも出来る"」

 

 原作の幼少期が不幸だったからといって、この世界でも不幸である必要はない。自由とはそういうものだ。

 

「"逃げる様に 隠れる様に 乗り込んで来たコクピットには 泣き虫な君はもう居ない

 いつの間にかこんなに強く――"」

 

 母親に褒められたくて、母親に愛されたくて、母親に叩かれた記憶を思い出してカメラの前で泣くという矛盾を抱える必要はない。

 

「"もう呪縛は解いて 定められたフィクションから今 飛び出すんだ 飛び立つんだ 嗚呼――"」

 もう原作準拠の曇らせ展開は十分だろう?

 

 

「"誰にも追いつけないスピードで 地面蹴り上げ空を舞う

 呪い呪われた未来は 君がその手で変えていくんだ

 逃げずに進んだことできっと 掴めるものが沢山あるよ もっと強くなれる――"」

 

 俺はYOASOBIが好きだ。歌詞も曲も好きだが、何よりも――

 

 

 ――世界そのもの(アニメの展開)を、その歌で変えてしまいそうな力を感じるから。

 

 

 

「"この星に生まれたこと この世界で生き続けること その全てを愛せる様に――

 

 ――目一杯の ああ、祝福を君に"」

 

 

 

 ……いつの間にか、胸の中で泣き叫ぶ子供の声は聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

 両親の離婚が正式に決まった。()は、結局母親についていくことにした。

 正直()はどっちでもよかったし、()は私を必要としてくれるほうの親についていきたかった。

 お母さんは「私にはかなちゃんが必要なのよ!」と言っていたけど、私の「何が」必要なのかは怖くて聞けなかった。

 それを聞いたら、すべてが終わるような気がした。

 

 

 7歳の誕生日事件以降は、()の激情も大分落ち着いてきた。その代わり、鏡に写る自分に向かって独り言をいう日が増えた。

 

 ……鏡に写った女の子は、()じゃないと信じられるから、安心する。

 ()は、一人じゃない。そのことが、嬉しかった。




やりたかったことリストその10
有馬かなの両親の誕生日すっぽかし事件

「推しの子 ヒロイン全員好感度100達成RTA」であった衝撃のシーン。
有馬かなの尊厳を最短ルートで破壊するような悪意の芸術性すら感じました。大好き
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