有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
盆休みが終わって執筆時間が取れなくて辛い。
僕たちはアイが入院している病院を訪れるために、宮崎県までやってきた。
病院の住所はアイから直接聞き出した。着信拒否されている可能性も考えたが、彼女は普通に電話に出てくれた。おそらく、僕が元恋人であるという認識すらないのだろう。肉体関係に愛を見出せなかったので、アイの認識は告白を断った相手というところまで戻ってストップしていた。つまり、僕とアイは友達のままということだ。
そして、その関係はこれ以上進展することはない。アイは、僕以外の誰かに愛を求めて進んでいくのだろう。
一緒に宮崎まで来た男は、リョースケという名前だった。僕はリョースケに「神崎」という偽名を教えておいた。流石にストーカー男の共犯にされたくはないので、リョースケに自分の個人情報を教えるつもりはない。少し安直かもしれないとは思ったが、名前を呼ばれて咄嗟に反応出来ないほうが拙いと思って妥協した。
とりあえずリョースケとは別行動をすることになった。こいつがやりたいことをやって帰った後にアイと会うのもいいかなと、そのときは考えていた。
そしてその夜、リョースケがとんでもないことをしでかした。
ストーカー行為がアイの担当医にバレて追いかけられた挙句、その医者を山の中で崖から突き落としたらしい。ストーカー男の痴態を面白おかしく見物するはずが、突然殺人犯の共犯者になるという急展開に冷や汗が流れた。
リョースケを見捨てて一人で帰ることも頭に浮かんだが、下手にこいつが捕まってあることないことを警察に喋られるのも困る。これ以上父に迷惑をかけたくない。とにかくその医者が生きていようが死んでいようが、今夜中になんとかしないと、拙いことになる。
僕たちは近くのコンビニで懐中電灯を買ってから、医者が落ちたであろう場所に向かって山の中に入っていった。
僕が先頭に立って山の中を歩き、その後ろをリョースケがついてくる。お前がやったことなのになんで僕の後ろをついてくるんだという言葉が出そうになった。
道中で見かけた、何の神を祀っているのか分からない祠を巣箱代わりにして眠るカラスの姿が妙に印象に残っていた。
ほどなくして、リョースケが突き落とした医者を見つけた。
…すでに手遅れだった。リョースケはどうするんだよ、どうするんだよと繰り返すばかりで全く役に立たない。
とりあえず僕たちはこの医者の死体をどこかに隠すことにした。
僕が上半身を抱えて、リョースケが下半身を抱えて移動する。最初は両脇から医者の身体を二人で持つつもりだったが、リョースケが死体と密着することを嫌がったためだ。
医者と密着する体勢になるため、鼻を突く錆びた金物のような血の臭いが嫌でも鼻に入ってくる。僕は死んだ医者の顔を見た。まだ30歳ぐらいの若い男だった。
…アイに関わらなければこんな目に遭わなくて済んだのに。僕はこの医者に同情した。
カラスが寝床にしていた祠の後ろにスペースがあったのを覚えていたので、そこまで死体を運んで、隠した。後はもう運次第だ。どうとでもなれ、という気持ちだった。
…死体は祠の後ろに置いてきたのに、まだあの医者と密着しているような感覚が残っている。
僕は、気づいたら祠に向かって手を合わせて祈っていた。
…あの哀れな医者が、せめて来世では幸せになれますように。
それは罪悪感から逃れるための保身のための行為だったのかもしれない。だけど僕はそのとき本心からそう思っていた。
――うん、いいよ。
…どこかで女の子の声が聞こえたような気がしたが、僕はそれを無視して山を下りた。
それから3年が経った。僕はその間、アイにもリョースケにも連絡を取っていなかった。
たまに、あの医者が夢に出てくる。…あのときの血の匂いが、死の匂いが、どうしても忘れられない。
僕はアイと別れたときから一歩も進めていない。それなのに、アイの人気はどんどん上がっていく。僕の手から離れていく。そして遂にB小町のドームライブ開催が決定した。
そんなとき、僕にとって衝撃的なニュースが流れた。
姫川愛梨が、死んだ。
姫川愛梨の夫が彼女を殺した後、後追い自殺をしたらしい。心中自殺というやつだ。
僕との関係がバレて、夫が逆上したのだろう。僕に「愛を教えてあげる」と言った女性は、そんな最期を迎えた。
彼女は、こんな結末を僕に教えたかったのだろうか。愛を裏切られたのならば、相手を殺してやりたいと思うほどに憎悪を燃やすのが当然であり、これは正しい愛の帰結だということなのだろうか。
愛が深まれば、その分だけ独占欲も大きくなる。姫川愛梨の夫は、彼女を殺してやりたいと思うほどに姫川愛梨を深く愛していたということなのだろうか。
僕はリョースケのことを思い出した。あいつはアイを愛してると言っていたが、アイが妊娠していると聞いて手のひらを返したように怒り狂っていた。やはり、リョースケや姫川愛梨の夫の反応が正しいのだろうか。
僕は、未だに愛が理解出来ない。
姫川愛梨の死を知った数日後、アイから電話があった。一度子供と会ってみないか、という話だった。
久しぶりにアイの声を聞いて心が弾んだ。まだそんな感情が自分に残っていたことが、嬉しかった。愛は理解出来なくても、恋は残っている。これは嘘じゃない。
「いや、寄りを戻すとかそういう話じゃなくてさ」
その言葉で、一瞬で心が冷えた。知っているつもりだったが、数年前と全く変わらないアイの身勝手な言い分に怒りが芽生える。
そのとき、僕の中の悪魔が囁いた。
この怒りの感情は、アイを愛しているからこそ生まれた感情なのではないか、と。
リョースケも、姫川愛梨の夫も、自分の愛を蔑ろにされて激怒した。ならば、僕のこの怒りも、アイを愛しているが故の当然の反応ではないのか。
姫川愛梨と、その夫の結末こそが正しい愛の在り方ではないだろうか。
僅かに残った自分の理性が止めろと言ってくるが、それは倫理観からくる制止ではない。
僕は子供たちに会いにいくと約束し、アイから住所を聞き出した。
僕のやることは、決まった。姫川愛梨が教えてくれた愛を、信じる。
「アイ、
彼女は「ありがとね」と言って電話を切った。
出来れば、失敗して欲しい。これは愛ではないと否定して欲しい。そんな矛盾した気持ちが僕の中にある。でも止まることは出来ない。
アイの命と、自分の命を賭け金にして、僕は愛を確かめる。最初で、最期の機会だ。
僕は3年前に使っていた捨てアドからリョースケに連絡を取った。アイの家にはあいつを行かせる。失敗したときの保身というよりは、なんとなく、自分よりあいつのほうが正しい選択を選ぶんじゃないかと思っていた。
僕の愛よりも、リョースケの愛のほうがまだ信じられる。
――それが間違いだったと気づく日は、永遠に来なかった。