有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う   作:雑穀ライス

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断罪と決別、そして和解

「はぁ…結局、来てしまった」

 アイの強引な招待を断り切れず、カミキヒカルはアイと一緒に彼女のマンションまでついて来てしまった。アクアとルビーはすでに学校から帰宅していて、部屋の中にいることはアイが確認済みだ。

 これから我が子にどんな罵倒を受けるのかを想像してしまった彼は、ずしりと身体が重くなったような気分になった。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。なるようになるって」

 アイが無責任に言ってくる。…賭けてもいい、なるようにはならない。カミキヒカルは心の底からそう思った。

 アイと共にオートロックのマンションの入口を抜けて、エレベーターに乗る。上機嫌なアイと、苦虫を嚙み潰したようなカミキヒカルの顔が対照的であった。ほどなくして、アイの借りている部屋の前までたどり着いた。

 アイがインターホンを押すと、チェーンロックをかけた扉の隙間からルビーが顔を見せる。

 

「あっ、ママ。おかえり。…それと、その人、誰?」

 ルビーがカミキヒカルを見て訝しげな表情をする。完全に不審者を見る目のそれだった。

 

「…こんにちは、ルビー。君のお父さんだよ」

 初めて顔を合わせる自分の娘に対して、気の利いた言葉が全く思い浮かばなかったので彼は直球でいくことにした。

「ママは処女受胎です。私たちに父親はいません」

 扉を閉められた。ガチャリと鍵がかかる音が響く。

 

 …拒絶されるのは想定内だったが、拒絶の言葉の内容が想定外だった。

 

「ルビー?開けてー」

 のほほんとした声でアイが言う。鍵を外す音が聞こえて、また扉が開いた。

「ママ、早く入って。…あんたまだ居たの?警察を呼ぶわよ?」

 近くにあった傘を握りしめながらカミキヒカルを見るルビーの目は、犯罪者を見る目そのものであった。濡れ衣だと否定しきれないところが痛い。

 …彼はメフィストの言った「下手なことを言ったら物理的に殺される」という意味をなんとなく理解してしまった。この態度でまだルビーの好感度が下限ではないということが驚きだ。

 

「ルビー?意地悪してないでヒカル君も家に入れてあげなよ」

 このまま帰っても許されるんじゃないかなと彼が考えていたところで、アイがルビーを窘めた。それを聞いたルビーは渋々といった表情で扉から離れる。なんとか門前払いだけは避けられたようだが、部屋の中に入った後にもっと酷い状況が待っている可能性については、彼はもう考えないことにした。

 

 部屋の中にはアクアが待っていた。アクアの表情もカミキヒカルを歓迎していない様子だった。残念ながら当然の結果である、としか言いようがない。

 この感じではアクアもルビーと似たような考えなんだろうな、とカミキヒカルは思った。「針の筵」という言葉が彼の頭に浮かんだが、アイの子供たちには彼を責める権利がある。彼は覚悟を決めて腰を下ろした。

 

「どうぞ」

 ルビーがカミキヒカルに飲み物を持ってきた。コップに入っていたのは水道水だった。

 …ここまで露骨に嫌われているのを見ると、怒りを通り越してもはや笑えてくる。重ねて言うが、これでもまだ実力行使に出ていないだけマシな対応なのである。

 アイはルビーとカミキヒカルの様子を見てあっけらかんとしていた。恨みつらみを全部吐き出した後に仲直りすればいい、そんなことを考えてそうな雰囲気だった。

 

「あの」

「あのストーカー男にうちの住所教えたのはあなただってお兄ちゃんから聞きました」

「…すまない。リョースケとは友達だったんだが、こんなことになるとは思わなかったんだ」

 取り付く島もないといった感じでルビーがカミキヒカルを責める。彼は予め用意していた返答をルビーに言った。白々しくとも、図々しくとも、自分とリョースケがやらかした事件についての真相は闇に葬ると決めていた。

 …これは必要な嘘だとメフィストも言っていた。メフィストの判断を、彼は信じた。

 

「ストーカー男と友達とか、もうそれだけで共犯でしょ。あなたが逮捕されていないことが怖くて夜も眠れなくなりそう」

 …ルビーの敵意と殺意が高すぎる。しかもほぼ正解を引き当てた言い分であるだけに返す言葉が見つからない。カミキヒカルが助けを求めるような気持ちでアクアに視線を向けると、アクアは処置無しといった表情で首を振った。

 アクアからカミキヒカルへの敵意はあまり感じられなかったが、彼がカミキヒカルの様子を注視するその視線は、ルビーに手を上げようとしたのなら絶対に止めに入るという強い意志を宿していた。その兄弟愛にカミキヒカルは羨望と少しの嫉妬を感じた。

 

「私はあなたを父親と認めない」

 ルビーがカミキヒカルに言い放つ。しかし、その理由はストーカー事件に関わったからではなかった。

 

「あなたからは私たちへの愛を感じられない!親は子供を愛するものでしょう!それなのに!どうして、今まで!何もしてくれなかったの!?」

 

――心の奥底では、親は絶対に子供を愛するもの。

 ルビーがカミキヒカルを嫌う理由は、天童寺さりな(ルビー)が持つ親への信仰を汚されたからであった。

 

「……っ!」

 ルビーのその言葉に、カミキヒカルは咄嗟に反論しようとした。

 

 子供を愛さない親だっている。僕の親もそうだったし、アイの親もそうだった。――君がそんなことを言えるのは、たまたまアイの子供に生まれたからだろう!

 

 そんな反論が喉まで出かかって、しかし、言えなかった。

 自分がやろうとしたことは――「彼方」のカミキヒカルがやったことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()であったことに今更気づいてしまったからであった。

 子供に愛を与えないという、自分が道を踏み外すきっかけとなった虐待に匹敵するような行為。それ以上の下劣な行為を、自分の娘にしようとした…いや、してしまったことに彼は目の前が真っ暗になるような絶望を感じた。

 

 

「それは違うよ、ルビー。子供を愛さない親だっている」

 そんな絶望で閉ざされた暗闇の中で、アイの声が聞こえてきた。

 

「ま、ママ…ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」

「あれ?どうしたの、ルビー?」

 泣きそうな顔をするルビーの表情を見て、アイが首を傾げる。アイはルビーの発言に怒っているわけではない。ただ自分の娘が「1+1=3」だと言ったから訂正してあげたというぐらいの感覚だった。

 だが、ルビーはアイの壮絶な人生を撮影した「15年目の愛」を観ていた。アイは親に捨てられて、愛を理解出来なくなって、愛を知るためにアイドルになったということを知っていた。

 知っていたのに、「アイドル」を歌ったときのクライマックスのシーンの感動で上書きされて、アイの不幸な生い立ちを単なる()()だと錯覚していた。

 

 知っていたのに、忘れていた。

 生まれる前からアイのファンだったのに、そんなことも理解せずに心ない発言をしてしまったことをルビーは後悔した。

 

「そこまでだ。…カミキさん、ルビーほどではないけど、僕もあなたのことを親だとは思えない。あなたに少しでも親としての情があると言うのなら、このまま僕たちをそっとしておいて欲しいと思っている」

 ルビーの失言で部屋の空気が最悪になったところで、アクアが話を締める。リョースケに刺された恨みがないわけではなかったが、自分の前にいるこの男が前世の自分より年下の子供でしかないことに気づいてしまったことで、カミキヒカルへの敵意は薄れていってしまった。

 カミキヒカルは、アイやさりなちゃんと同年代の子供だ。雨宮吾郎(アクア)は、子供には甘かった。

 …もしくは、ただ単にカミキヒカルを許す理由を探していただけなのかもしれない。

 

 まあそれでもカミキヒカルに絶縁を求めたのは、下手にアイと復縁されて()()()()()()()()()()()()をされたらどんな顔をしていいのかわからないといった下世話な理由が大きかったのだが。

 

「…わかった。僕はこれから君たちとはビジネス以外の理由では関わりを持たない。約束する」

 疲れ切った表情でカミキヒカルはそう宣言し、彼らの部屋から立ち去った。

 

 

「…ふう」

 アイのマンションを出たところで、カミキヒカルはため息をついた。子供たちとの会話の内容を思い出すと、どっと疲れが押し寄せてくる。散々な結果ではあったが、絶縁状態だった相手から絶縁を突き付けられただけの話であり、単なる現状維持に過ぎない。 刃傷沙汰にならなかっただけでも上出来だと自分を慰めた。

 気晴らしにどこかに寄り道してから帰るかと考えているところに、誰かに背中をぽんぽんと叩かれる。後ろを振り向くと、そこにアイがいた。

 

「おいしい料理を出す居酒屋を知ってるんだ。一緒に行かない?」

 

 

 

 

「たはー、仲直り、ダメだったねー」

「…アイは、いつまで経ってもアイのままだね」

 居酒屋の中で、ニコニコと笑いながらアイが言った。その悪びれる様子もない姿にノスタルジーを感じて、カミキヒカルは完全に毒気を抜かれてしまった。

 アイと他愛もない談笑をしながら待っていると、飲み物が運ばれてきた。

 

「それじゃあ、かんぱーい」

「乾杯。ああ、君と一緒に飲む日が来るなんて…本当に、夢のようだ」

 「彼方」の世界の自分のことを思うと、本当に奇跡のような時間であった。メフィストがいなければあんな運命を辿っていたのだと思うと、本当に感謝してもしきれないといった気分だとカミキヒカルは思った。

 

「…有馬かなには、感謝しないとね」

「そういえば、ヒカル君がかなちゃんをスカウトして移籍させたんだったよね」

 アイが羨ましそうな目でカミキヒカルを見つめる。アイにとっても、カミキヒカルにとっても、有馬かな(メフィスト)は命の恩人そのものだった。

 

「あの子がいなかったら、私は潰れていた。あのドームライブで、愛を手に入れるなんて絶対に出来なかった」

「僕もだ。あの子に助けられなかったら、一人ぼっちのまま死んでいたところだった」

 

――俺がいる。だから、お前はあっちの世界のカミキヒカルにはならない。だから、安心していいんだ。

 

 カミキヒカルはメフィストの言葉を思い出した。あの言葉にどれほど自分が救われたことか、彼女は知らないだろう。アイのドームライブの映像を見て、あの中に自分がいないことにどれだけ絶望したことか。どれだけ孤独を感じたことか。

 自分の同類だと思っていたアイが、一人で愛を手に入れて自分を置き去りにしていったことに、どれだけ嫉妬と羨望を抱いたことだろうか。

 

 明日への希望など何も感じられず、惰性と未練で無為な日々を過ごしていた自分をメフィストは救ってくれた。今の自分なら、素直な気持ちでアイと子供達の幸せを願うことができる。誤解を恐れずに言えば「悟りを開いた」と言っても過言ではないとカミキヒカルは思った。

 

「…ああ、これが愛という気持ちか」

 恋とは「相手から与えられることを望む心」であり、愛とは「相手に与えたいと望む心」だ。アイのマンションでルビーに言われた言葉に心を痛めたのも、アイとその家族が幸せになることを純粋に望むことが出来るようになったからだ。

 今までの僕には、「彼方」の世界の僕には、出来なかったことだ。

 

 カミキヒカルは、ようやく自分が愛の呪いから解放されるのを感じた。涙脆くなっているのは、きっと酔いのせいだろう。




ちなみにこの後三人目が出来るような行為はしていません。悪しからず
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