有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
ドラマというのは部屋の中で主演級が本読みやリハーサルをして、それを元に監督やディレクターがコンテを切る。そして撮影現場でドライやカメリハ、ランスルーを踏んでから本番というのが一般的だ。
原作の「今日あま」の撮影では予算も役者もロクに確保出来なかったため、最後のほうは強行軍染みたスケジュールで収録していたが、こちらは平和なものだ。予算のほうは知らないが、役者は最高のものが揃っている。
そんな楽観的な考えをしていた私だったが、2日目のリハーサルでさっそく事件が起こった。
「えっちゃんの好きな人は、どんな人?」
私と黒川あかねは、失恋した安楽岡花火が、絵鳩早苗を自宅に呼んでお泊り会をするシーンのリハーサルをやっていた。絵鳩早苗が安楽岡花火に告白する序盤の最重要シーンであり、ここで視聴者の心を掴み損ねると「一話切り」されてしまう可能性がある。下手な演技は絶対に出来ない。
「……っ!」
黒川あかねは、たったの一晩で完全に仕上げてきた。私がアドバイスした自分の恋心に食い込む正義と倫理観の鎖の痛みを完全に再現している。
「知りたいな…」
こちらも負けじと黒川あかねに張り合う。失恋の苦しみに耐えかねた気怠げで儚げな表情を作って、彼女の演技に対抗する。弱々しさを武器にして、絵鳩早苗の情欲を煽り立てる。
そのとき、役に入り込み過ぎた黒川あかねが
「んっ!?」
確かに原作漫画ではここで絵鳩早苗が安楽岡花火にキスをしていたが、監督からはキスシーンはやらなくてもいいと言われていたので完全に不意打ちを食らった状態になった。黒川あかねのほうも、ここまでする気はなかったという表情で半ばパニックになりかけていた。
図らずも、私たちは
私は監督のほうを振り向いてアイコンタクトを取る。
「OK!完璧すぎる演技だ!カメラが回ってなかったのが本当に残念だ!!」
監督が大絶賛した。私も同意見だったので親指を立てることで返答する。感情演技が暴走して事故をやらかした黒川あかねに対するフォローという意図もあったが、変な打算を抜きにしてもここは彼女を褒めるシーンだと私は思った。
やはり演技は感情が乗ってこそ、活きる。これを否定する役者はいないだろう。
「どうしよう…かなちゃん、どうしよう……」
黒川あかねだけが、この状況についていけていなかった。
「どうしようって言われても…本番で今の演技、するしかないよね?」
「ふぇええええええん!」
「あーん、黒川あかねにファーストキッス奪われちゃったー。ショックー」
「私だってファーストキッスだったよぉおおお!!!」
黒川あかねが顔を真っ赤にしてしゃがみ込む。メフィスト風に言うならば、これはお前が始めた物語だろってやつだ。私は悪くない。黒川あかねが悪い。私は恥ずかしがる黒川あかねを全力でからかって遊ぶことにした。
このとき私は部外者の感覚だったが、私はこのときの判断を後でたっぷりと後悔する羽目になった。
ハプニングこそあったものの、リハーサルも順調に終わって、ついに「恋愛ビターチョコ」の本番収録が始まった。
本番でも黒川あかねはきっちりとキスしてきた。彼女が尻込みして撮影がグダる可能性も考えていたが、私は黒川あかねのプロ根性を少し甘く見ていたようだ。むしろそうでなければ困る。
第一話の撮影現場には原作者の吉祥寺先生が見に来ていたが、非常に満足している様子だった。
「…自分が想像していたよりも、凄くいい出来だったわ。もしかしたら原作を越えているかも」
そう言って、吉祥寺先生は私たちの演技を絶賛してくれた。リップサービスも含まれているとは思うが、そこまで言ってもらえると身体を張った甲斐があったというものだ。
気分が良くなった私は、吉祥寺先生に「『今日あま』がドラマ化されたときは私にオファーをくださいね?」と返しておいた。アフターサービスまで面倒を見てあげるから大船に乗った気持ちで私に任せておきなさい。原作知識チートで全部解決してやろう。
そして第一話の撮影は無事終了し、ほどなくして「恋愛ビターチョコ」がオンエアされた。出だしは好調。すでに世間ではLGBTブームが到来していたこともあり、私たちのキスシーンは意欲作として好意的に受け止められていた。ホモとレズは創作の世界だけにしろと言われることも覚悟していたので、これは嬉しい誤算だ。
しかし、世間の高評価を受けて、黒川あかねの暴走が加速した。
「…あのね、わかんないよ。許して。これがどれだけの意味を持つかわからないの。私には」
安楽岡花火が、絵鳩早苗の告白に返事をするシーン。
安楽岡花火はレズビアンではない。彼女には、女性同士の抱擁が、女性同士のキスが、どんな意味を持つのか理解出来なかった。
安楽岡花火には、絵鳩早苗の恋が理解出来ない。しかしその手を振り払うには、彼女は絵鳩早苗に対して情を持ち過ぎていた。
「…わかってあげられないんだよ」
絵鳩早苗の恋に対して、安楽岡花火は情愛で答えた。
「それでもいい…いいから……」
絵鳩早苗は、その情愛に縋る。自分の求めている愛ではないと理解した上で、安楽岡花火を求める。
――心なんて、手に入らなくて当たり前なら、あなたのぬくもりだけでも手に入れたい。
絵鳩早苗は、安楽岡花火の情愛に付け込んで、彼女を抱いた。
安楽岡花火は、鐘井鳴海のことを思いながら、絵鳩早苗に抱かれた。
(というシーンなんだけど)
私は黒川あかねに押し倒された状態で、今の状況について考えていた。
黒川あかねにキスされるのは別にいい。単なる百合営業だ。視聴者に気持ち悪いと思われるならまだしも、尊死のキルスコアを稼げると思えば悪い気はしない。
問題は、このシーンでも黒川あかねが暴走していることだ。
絵鳩早苗をインストールした黒川あかねさんはセックスモンスター化して私に襲い掛かってくる。なんか初日のリハーサルで私が見せた「星の瞳の演技」をラーニングしたらしく、それを使って迫ってくるので油断すると
うん、原作再現しているだけだというのはわかる。スゲーよくわかる。やはり演技ってのは感情が乗ってこそだからね。だけど「原作再現しているだけで放送できるのか怪しいレベルで淫靡になる」ってのはどういうことなんだよぉ!?演技に熱入れすぎてNG出したら意味ねーじゃねーか!!
「お前ら…仲が良いのはわかるけど、もう少し加減しろ馬鹿」
「あんたわざとやってんの?」
「私は真剣にやってるよぉおおおお!!!」
監督が呆れながらダメ出ししてきた。馬鹿なのは黒川あかねだけなので私を数に含めないで欲しい。少しだけ言い訳させてもらうと、このシーンは絵鳩早苗だけでなく、安楽岡花火も親友を欲望の捌け口にして罪悪感を抱える重要なシーンなので本当に加減が難しい。
「まあ今日はまだリハーサル段階だから、気が済むまで好きなだけNG出していけ。俺も付き合ってやるから」
黒川あかねのせいで百合を見守る
その後も黒川あかねはNGを出し続け、私はNGを出した回数だけ黒川あかねにエロいことをされる羽目になった。ごめんアクア、私、黒川あかねにお嫁にいけない身体にされちゃったよ…