有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う   作:雑穀ライス

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「俺」と「私」の選択

「…ここ、座るわよ」

「おう」

 

 私は屋上のフェンスにもたれ掛かっているメフィストの隣に、腰を下ろす。

 私の自我は、7歳の誕生日に生まれた。メフィストの意識は、7歳の誕生日に消えた。それ以降のメフィストは、全部私の「演技」だった。

 私と()が言葉を交わしたのは、バースデーソングに「祝福」を歌ってもらったのが最初で最後だった。

 

「ごめんなさい」

 私は、メフィストに謝った。…ずっと、あの日のことを彼に謝りたかった。

 

 

「…『消えてしまえ』なんて言ってしまって、本当にごめんなさい」

 あの誕生日に、あんなことを言ってしまったから私の中からメフィストが消えてしまったのではないのか?

 私はその後悔と罪悪感を、メフィストを演じることで目を背けてきた。私がメフィストを演じていたのは、アイがファンに「愛してる」と言っていたのと同じ理由だ。

 

 

――いつか、この嘘が本当になる日を願って。

 

 

 …偽りを真実と思わせる完璧な嘘は、いつだって心の奥底から溢れ出る渇望から生み出されるのだ。

「…メフィストは、私のことが嫌いになったから、消えてしまうの?」

「んなわけねーだろ」

「じゃあ!どうして!!」

 私はメフィストを問い詰める。彼は頭をぽりぽりと掻きながら、言った。

 

「…かなちゃんは13歳になったんだろ?」

「うん」

「干支が一周回って、言うなれば人生の2クール目だ。だったら、俺の役目も終わり。…俺は『紅蓮華(LiSA)』も好きだけど『残響散歌(Aimer)』も好きなんだよ」

 

 「メフィスト」の名は、私が【推しの子】のアニメのエンディングテーマに(あやか)って付けた名前だ。昭和や平成初期の時代ならまだしも、今の時代のアニメは2クール目も主題歌がそのまま続投することは稀だ。どんなに「アイドル」と「メフィスト」が名曲でも、【推しの子】のアニメが続いていく限りはいつかその場所を譲らなければいけない。

 

「これからは、かなちゃんが主役だ」

 メフィストは、その役割を私に譲った。…いや、私に託した。

 

「…メフィストがいなくなるのは、怖いよ」

 それでも私はメフィストに食い下がる。

 

「いつの日か、メフィストに忘れ去られるのが怖い。私たちの物語が…私たちの生きた証が消えてしまうのが、怖い」

 私は、メフィストにとっては漫画の世界の人間だ。【推しの子】の物語もいつかは完結してしまう。最悪の場合は作者夭逝により未完のまま終わる場合だってある。

 …だったら、【推しの子】の物語が終わってしまった後、私たちはどうなってしまうのだろうか?

「私たちの世界は神様が5分前に創った世界なのかもしれないのなら、5分後には私たちがいる世界が消滅してしまうのかもしれない。怖いよ、メフィスト」

 

 かつて「kanon」や「To Heart」が発売されて美少女ゲームの全盛期が始まろうとしている中、バッドエンドしか存在しない美少女ゲームが発売されたことがあった。それは恐怖の大王の終末論とクトゥルフ神話を掛け合わせたホラーゲームだった。

 そのゲームの結末とは、主人公は最後まで生き残るが、ゲームが完結して物語の観測者であるプレイヤーが去ったことで、主人公が住む世界から「明日」が失われて永遠に「今日」が繰り返される世界に閉じ込められるという救いのないエンディングであった。

 それは、上位存在()のいなくなった世界の末路であった。

 

 創作の物語は、ストーリーが完結した後もその世界が続いていくのが当たり前のように語られているが、果たしてそれは本当なのだろうか?物語が完結して「読者」あるいは「製作者」と呼ばれる観測者たちに認識されなくなった世界は、人知れずひっそりと消滅しているのではないだろうか?

 ましてやこの世界の神は、アレだ。いつの間にか()()()が始まっていてもおかしくない。そして3周目の世界では、この世界のイレギュラーであるメフィストは私の傍にいないだろう。

 

 それが、私は怖い。――メフィストと私の物語をなかったことにされるのが、私にはたまらなく怖かった。

 

 

「まぁ、大丈夫だろ」

 そんな私の不安を、メフィストは一蹴した。

 

「そんなときのためにわざわざ神様を挑発してまでかなちゃんを()()にしてもらったんだし、少なくともこっちの神様がちゃぶ台返ししてくることはないと思うぞ」

「だったら!そっちの世界で【推しの子】の物語が終わってしまった場合はどうすればいいの!?」

 私が手出しすることはおろか、認識することすら出来ない世界の影響で自分の住む世界が消滅するかもしれないなんて、いつ砕けて転落死するかわからないガラスの床の上で生活するようなものだ。そんなツギハギだらけの壊れる寸前の世界で生きるなんて、私には無理だ。

 

「答えて!メフィスト!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だったら、俺がその続きを書いてやるよ」

 事もなげに、メフィストはそう言った。

 

 

「有馬かなが主人公の【推しの子】の物語。面白そうじゃん」

 そう言って、彼は笑う。

 

「…何それ、絶対人気出ないって」

「やってみないと分からないぞー?」

 メフィストの、そのあまりにも強引な解決案に私は毒気を抜かれてしまった。

 星野アイでもなく、アクアでもなく、私が主人公の【推しの子】の物語。なまじメフィスト経由で原作知識を持ってしまったせいで、その発想は私には思い浮かばなかった。

 

「俺にとっては、有馬かなが『推しの子』だ。たとえ俺がこの世界からいなくなったとしても、かなちゃんは俺が守護ってやる」

 メフィストは私の手を握って、優しく語り掛けてくる。

 

「だから、安心していいんだ」

 

 それは、私がメフィストを騙ってミキさんに言った言葉だった。

 私は、メフィストならそう言うと思ってその言葉をミキさんに伝えた。――本当は、私がメフィストに言って欲しいと思っていた言葉だったのだろう。

 

 

「…じゃあ、そろそろ行くわ」

 

 もうすぐ、朝がやってくる。そろそろ目覚めの時間(とき)だ。

 この手を離せば、きっとそれがメフィストとの最期の別れになる。そんな予感があった。

 

「…今までありがとう。メフィスト」

 それでも、私は一人立ちをしなければいけない年齢になってしまった。離れ離れになるのは辛いけど、いつまでもメフィストに甘えてばかりでは前に進むことが出来ない。

 …大丈夫。変わっていくことは、決して悪いことばかりじゃない。

 

 

 

「私は、貴方のことを…ずっと忘れない」

 

 

 

 わたしたち(俺と私)は、その手を離した。

 

 

 

 

 私たちの世界に、朝がくる。――明日が、やってくる。

 

 




やりたかったことリストその21
俺は『紅蓮華』も好きだけど『残響散歌』も好きなんだよ。


次回、最終回です。
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