有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
I'll be back
――気が付いたら赤ん坊になっていた。
何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった。
「またこのパターンかよ」
思わずツッコミが出た。前世の記憶を持ったまま転生する展開は創作の世界では割とよく見る内容だが、流石に2回も転生するパターンはレアな展開だと思う。大丈夫?キャスティング間違えてないかな神様?
とりあえずは現状把握が最優先だ。全く見覚えのない部屋だが、床がフローリングではなく畳であることから多分ここは日本だろう。頭上に見慣れたリング型の蛍光灯がぶら下がっていることから時代は20世紀か21世紀。自分の股間に象さんは…なし。またTS転生かよ!もう男だったときの記憶が思い出せねぇよ!?
…ああ、大事なことの確認を忘れていたな。俺が
俺の前世は――
俺は、第4の壁を越えて「推しの子」の世界に転生した異邦人だ。前世では「有馬かな」に転生し、「星野アイ」を中心とする物語に干渉することで元の世界で読んだ漫画のストーリーを大幅に変えることに成功した。だが、俺が転生したのはモブキャラではなく有馬かなだった。「推しの子」のサブヒロインであり、そして自我を持った一人の人間である。
「星野アイを死なせない」という自分の役割を果たした俺は、本来の「有馬かな」に肉体を返して消滅した――はずだった。
そんな俺が、どうやら自分が「有馬かな」であったときの記憶を持った状態で2度目の転生を果たしてしまったようだ。
俺は
まあ前世の話はさておき、今は今世の情報収集が先だ。俺は匍匐前進でスニークミッションを開始した。
「御子様。這い這いが出来るようになったのですね」
速攻で大人に見つかってしまった。ざんねん!俺の冒険はここで終わってしまった!
その後も俺は大人に見守られながらも好奇心旺盛な赤子のフリをしながら情報収集を続けたが、分かったことは今は西暦2015年だということと、俺が住んでいるこの家は神社の社務所だということぐらいだった。何の神様を祀っているのかはまだわからない。
俺の母親らしき大人は、俺のことを「ミコ様」と呼ぶ。事情はよくわからないが、赤子に様付けする大人の様子に厄ネタの気配をビンビンと感じるのは気のせいではないだろう。
ちょっとした隙を突いて、大人の目を盗んでスマホを拝借してインターネットで検索を行う。検索ワードは「B小町 星野アイ アイドル」だ。とりあえずこの検索結果を見れば、この世界が「推しの子」の世界かどうかが判別できるはず。
見事にヒット。漫画のイラストではなく実在するアイドルとして本人の写真が出て来たのでここは「推しの子」の世界だと確定した。「アイドル」のほうも、B小町の持ち歌として検索に引っかかった。ダメ押しとして「有馬かな 出演」と検索すると、俺の記憶にある有馬かなの出演作品と同じものがスマホに表示された。
以上の情報をもって、俺はこの世界を「かつて俺が『有馬かな』として転生した『推しの子』世界」と判断した。最後の記憶から2年ほど時を遡っている点については深く考えないことにする。俺だけこの世界を何周ループしてんだよ誰か教えてくれ。
ほかに知っておきたい情報は、自分が「推しの子」世界の誰に転生したのかということぐらいか。モブキャラ転生なら特に問題はないが、ネームドキャラに転生したとなるとちょっと面倒くさいことになるだろう。
アクアや有馬かなと年齢が10歳離れたネームドキャラ。この時点でもう嫌な予感しかしない。
更に情報収集した結果、俺が住んでいる神社は「
「御子様の様子はどうだね?」
「『神降しの儀式』の日から夜泣きも減って子育てが凄く楽になりました」
ある日、大人たちが俺のことについて話をしていた。…異能バトルものの世界観でもない現代社会で「神降し」などという中二ワードを大人が大真面目に話しているのは違和感が凄い。
残念ながらこの子に降りてきたのは神様ではなく俺様なのだが、転生者が異物混入している件については正直に話すべきかどうか悩むところだな。
「…急激に知性が発達しているのは確かですが、本当に神が宿っているのでしょうか」
「残念、私はただの人間だよ」
「「!?」」
これから数年間、赤子のフリをするのもなんだかめんどくさくなってきたのでサクっとカミングアウトすることに決めた。
「何を驚いているのかな?得体の知れない霊魂を赤子の体に移したのは貴方達なのだろう?」
「私がこの赤子に宿ることになった経緯を説明して貰いたいのだが…いいかな?」
俺の2度目の転生先は、
――神降し。神の霊の依り代となり自身に降ろし、神からの御神託・お告げを伝える行為のことだ。
カラスの少女ことツクヨミちゃんの家系はその神降しを生業とする家系であり、はるか昔に天皇家の女性が降嫁したこともあるやんごとなき一族の末裔であるらしい。しかし近代化と不況の波には勝てず、だんだんと没落してきているとのこと。そこで起死回生の策として、生後三か月の赤子に神降しの儀式を行ったという話だった。
どうしてそんな真似をしたかというと、名前を持たない赤子に神降しを行うことで神と人との境界が曖昧になり、上手くいけば現人神が生まれるという話らしい。つまりツクヨミちゃんが大人達に「御子様」などと呼ばれていた理由は、彼女が人としての名前を持っていなかったからだ。出生届に書く子供の名前欄を白紙で出せるとか初めて知ったぞオイ。
しかし実際に宿ったのは神ではなく転生者の魂でした。神ガチャ爆死乙!
まあ原作ツクヨミちゃんも大してレアリティ高くなさそうだから誤差の範囲だな!(禁句)
「つまり要約すると、ウチは貧乏だということなんだね」
「…身も蓋もない言い方をすれば、そういうことです」
推定俺の父親らしき人が申し訳なさそうに言う。やれやれ、全く世知辛い世の中だ。
「…仕方ないね。自分の食い扶持ぐらいは自分で稼ぐとするか」
今は2015年、ちょうどキタサンブラックがクラシックレースに出走している年だ。
…競馬知識チート、一度やってみたかったんだよな。
「13番!キタサンブラック!13番キタサンブラック、ゴールイン!」
「ほ、本当に来た…10万円が…120万円になった…」
2015年9月21日、朝日セントライト記念(G2)。ウマ娘経由で知った俺の記憶通りにキタサンブラックが見事1着で駆け抜けた。オッズは12.5倍。うん、おいしい!
ツクヨミパパは魂が抜けたような惚けた表情でレース結果の放送を眺めていた。うんうん、気持ちはわかるけどこの程度はまだ序の口なんだ。
「次の菊花賞もキタサンブラックが勝つよ。ドゥラメンテが出ないからね。次は120万が1500万だ。」
「…私には御子様が神様にしか思えないのですが、本当に違うのですか?」
「さぁね。私が神様かどうかは、君たちが神をどう定義してるか次第だと思うよ。…人知を超えた存在をすべて神様と呼ぶのなら、私も神様の仲間なんじゃないかな?」
原作ツクヨミちゃんの台詞を引用して父上殿に語り掛ける。まあ俺が逆の立場なら万馬券ポンとくれる赤ちゃんがいたら
いやーこっちに転生してくる前にウマ娘アニメ第3期を見ておいて本当に良かったなぁ。
「…ん?」
そういえばウマ娘アニメ第3期は2023年秋アニメだったよな?それに有馬かなに転生した時点では、カラスの少女が「ツクヨミ」と名乗っていたことを知らなかった。有馬かなからツクヨミちゃんに転生するタイミングで第4の壁の向こう側の知識が更新されてるのか?
「あの…御子様…つかぬ事をお伺いしますが……私たちは御子様のことを何とお呼びすればいいのでしょうか…?」
「…あー、そういえば名前がなかったんだね。私」
いつまでもツクヨミちゃんが名無しの権兵衛(死語)では現代社会を生きる上で何かと都合が悪い。当然ながら「
ちなみにツクヨミちゃん一家の名字は「月宮」というらしい。…お前、なんだかたい焼きを食い逃げしてそうな名前してんな。うぐぅ。
…というわけで、俺はツクヨミちゃんの名前を色々考えてみた。大人達は突如振って湧いてきた100人以上の諭吉さんの圧力にビビって口を出そうとしなかったからだ。
ツクヨミちゃんに合わせて「月宮
――命名、「月宮美琴」。
「
…俺が肉体を奪ってしまうまでのわずかな間であったが、ツクヨミちゃんは「御子」という名前で呼ばれて育てられていた。ツクヨミちゃんがツクヨミちゃん本人であったときの痕跡を完全に消してしまうのは忍びないという俺の感傷を多分に含んだ名前だ。
…有馬かなのときのように、いずれまた俺の意識が消えるのかもしれないが――それまでは俺が彼女を守護ってやろうと思う。
大丈夫大丈夫、二回目なんだからなんとかなるさ。