有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う   作:雑穀ライス

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YOASOBIが紅白に出るので連載再開です。

2024/7/18 原作154話の内容に合わせてアイのビデオレターの内容とカミキヒカルの反応を修正。


今日あま編
繰り返す悪夢


『15歳おめでとう。アクア』

 

 ノートパソコンのディスプレイに映ったアイが、アクアに語り掛ける。

 アクアは、照明の消えた自分の部屋でその映像を静かに見ていた。

 

『15歳。私が君達を宿した歳。大人になったアクアならこの話も受け入れて貰えるよね?』

 

 アイはもういない。10数年前の、B小町がドームライブを開催するはずだったあの日にアイはストーカーに刺されて死んでしまった。

 未来のアクアに遺したアイのビデオレター。アイが五反田監督に預けた、最後の遺品。

 

『君達のお父さんのお話。そして、私から大人になった君達へのお願い』

 

 アクアがこの映像を見るのは初めてではない。心が折れそうになるたびに、アクアはこの映像を何度も見ていた。

 自分の生きる目的を確かめるため、遺言となってしまったアイの言葉を聞く。

 

 

『あなた達のお父さんは、私に『愛してる』って言ってくれた。でも、私は彼の愛が怖くて、『私は君を愛せない』って言ってしまった』

 

 重い話題にも関わらず、アイはいつもと変わらない飄々とした笑顔を浮かべたまま淡々と語り掛けてくる。アクアの父親(カミキヒカル)の愛を拒んだことに対してどんな感情を抱いているのか、アイの表情からは全く読み取れなかった。

 怒りも悲しみも後悔も、嘘の笑顔で覆い隠して生きる。それがアイの選んだ道だった。

 

 

『君達のお父さんが私たちを捨てたんじゃなくて、私が君達のお父さんを捨てたの。君達にお父さんがいないのは私のせい。ごめんね』

 

『私は人を愛するってよくわかんなくて、これは愛なのかって言われたら違う気もして、結局私には彼を愛することが出来なかった。…そんな中、お腹に子供が居るって分かって、私は彼から逃げた』

 

『最初は産むの怖かった。彼の負担になるのは分かってたし、彼にも堕ろせって言われた。でも出来なかったなぁ』

 

『…本当は彼と、ずっと一緒に居たかったから』

 

『私達はお互いに足りないものを求めあう関係で、彼に「愛してる」って言われたときは、最初は何か違うと思ってたんだけど。それでも彼の子供達と一緒に過ごす未来を想像したら、なんだか幸せな気分になれた』

 

 

『…だから、堕胎して彼との絆を、手放したくなかった。

 愛とかよく分かんない私が、一緒に居たいと思った…初めての人だから』

 

 

『ねぇアクア。…これって「愛」なのかな?』

 

『15年後の君達から見て、私はちゃんと君達を…彼を「愛」せているかな?』

 

『大人になった君達へのお願い。彼が今も人を愛せずに苦しんでいるなら、そのときは彼を救ってあげて欲しいんだ。私と一緒に』

 

 

 

『――彼と、本当の家族になるために』

 

 

 

 

「…大丈夫だよアイ。僕はちゃんとやり切ってみせるから」

 アクアは、ディスプレイの中で微笑むアイに向かって言い放つ。

 

 

 MEMは、カミキヒカルを断罪するための映画である「15年の嘘」の内容を「アクアなりの優しさに溢れた映画に思えた」と評価した。そう思った理由は、きっと本当はアイもカミキヒカルのことを少なからず愛していたということを映画の内容から感じ取ったからだろう。

 

 だが本心では自分のことを憎からず思っていた人間を、すれ違いと逆恨みから殺してしまったことを当人が知ったならばどう思うだろうか。サイコパスの快楽殺人者でない限り、自分がやってしまった取返しのつかない過ちに対して後悔と絶望を感じることだろう。

 

――アイを殺した後に後追い自殺をした、貝原亮介のように。

 

「カミキヒカルに、必ず絶望(あい)を届けてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――うぷ、げぇっ」

 まだ夜も明けきっていない早朝に、カミキヒカルはトイレで嘔吐していた。

 彼は涙を流しながら、嘔吐を続ける。死者からの――自分が殺した相手からのラブレターをまざまざと見せつけられて、後悔と絶望の中で思考がぐちゃぐちゃになっていた。

「あっ、あぁっ、ああぁー―――ッ!!!!」

 この世界のアイは生きているのに、それが信じられず、理解出来ずに彼はずっと泣き続けていた。

 

 彼は有馬かな(メフィスト)の介入によってアイの殺害に失敗した世界線のカミキヒカルであり、アクアの復讐相手であるカミキヒカルとは別人だ。

 しかし、彼は有馬かなに憑依した「フェレス」と名乗る超常的存在に「推しの子」の原作世界のカミキヒカルと縁を繋がれ、「彼方」の世界のカミキヒカルの記憶のすべてを無理やりに流し込まれた。

 一時は自殺を試みるほどに錯乱していたが、メフィストの説得とメンタルケアによってカミキヒカルの心は救済され、すべて解決した――はずだったのだが。

 

「…ああ、そういえば今日は()()()だったな」

 結局フェレスの「悪縁結び」を解除することは出来ず、彼は毎週木曜日にアイが死んでしまった「彼方」の世界の出来事を夢に見るようになった。

 神様目線で観測したアクア達の様子を見せられる夢。最初はエンターテインメント感覚で楽しんでいたが、リョースケに刺されて瞳から輝きを失うアイの姿をアクア視点で見せられたところでそんな考えは吹き飛んでしまった。

 アクアの絶望を追体験させられたことにより、「悪縁結び」によって強制的に見せられる「推しの子」の物語はカミキヒカルの良心を苛む悪夢と化した。

 

 この世界の神は、まだカミキヒカルを完全に赦したわけではないらしい。

 

 

 

「…ふう」

 涙と脂汗でベタベタになった顔を洗い、炭酸入りのミネラルウォーターを飲んで一息ついたところで彼はようやく落ち着きを取り戻した。

 夢で見せられる物語には有用な情報が多いが、アクアやルビーの絶望に対して深く「感情移入」してしまって精神が疲労してしまう。人知を超えた化け物のかけた呪いだ。この悪夢自体に何か精神を摩耗させるような仕掛けがあるのかもしれない。

 その点、有馬かなにフォーカスされた物語は安心だ。彼女の物語も悲劇が多いが、カミキヒカルの罪悪感を煽ることがないので結末の逆転劇を含めてカタルシスとして消化できる。

 

「そういえば、『彼方の世界』では有馬かながニノの役をやっているのか」

 「彼方」の世界でアクアがカミキヒカルを断罪するために制作した「15年の嘘」では、有馬かなはB小町のニノ役として出演している。その数奇な巡りあわせに思わず笑いが漏れた。

 

 有馬かながルビーに嫉妬したのと同じように、ニノはアイに嫉妬していた。

 妬ましくて、羨ましくて、行き場のないどうしようもない気持ちを抱えてアイドルをやってきて、ある日それが爆発した。それが「彼方」の世界のニノだ。

 だが、「此方」の世界のニノは「彼方」の世界とは違う道を歩むことになった。

 

 疎ましく思っていたアイがストーカーに襲われてスランプになって、その数日後にアイが持ってきた「アイドル」を聞いたときのニノの想いはどんなものだったのだろうか。

 

 「アイドル」は、「ファンから見たアイの姿を歌詞にしたパート」と「B小町から見たアイの姿を歌詞にしたパート」、そして「アイ自身の想いを歌詞にしたパート」に分かれているが、実際はB小町のパートではなく「ニノ自身の想いを歌詞にした」パートだ。

 自分の抱えている鬱屈した思いを忖度なく歌詞にされた歌を聞いて、ニノはどう思っただろうか。「お星さまの引き立て役B」という、B小町パートの()()として登場させられたニノはどう思っただろうか。

 ドームライブの10日ほど前に提供されたばかりの「アイドル」を「トリ」として使う経緯は、「此方」の世界で上映されたアイの半生を題材とした物語である「15年目の愛」で語られていた。B小町のメンバー全員がドームライブで「アイドル」を歌うと社長に直訴したらしいが、その中心となった人物はきっとニノだったのだろう。

 

 「アイドル」という歌を与えられたニノは、アイへのわだかまりを克服してあのドームライブの「もう一人の主役」として名を上げた。

 ニノもまた、有馬かなに救われた人物の一人だった。

 

「…しかし、このままだと『15年目の愛』がリメイクされることはない」

 「此方」の世界では、アクア達とカミキヒカルの因縁は絶縁という形で終止符を打たれているので、アクアが「15年目の愛」を制作する動機はない。

もしかしたら歴史の修正力みたいなものが働くのかもしれないが、それに期待するのは分の悪い賭けだ。

 

――ならば、こちらから手を加えてやればいい。

 

 

 カミキヒカルは、あの伝説のドームライブに関われなかったことをずっと後悔していた。自業自得の因果応報と言ってしまえばそれまでだが、10数年経った今でも心残りとなっているのは本当のことだ。

 未熟かつ独善的であった少年時代の未練を断ち切るため、彼はアクアに代わって「15年目の愛」を制作することを決意した。

 

 

 

 

 

 

――高校1年の秋のある日、有馬かな()はミキさんから呼び出しを受けた。

 

 

「ミキさん、話ってなんですか?」

「ああ、今後の予定のことを、ちょっとね」

「あ、もしかして『今日あま』のオファーの件ですか?」

 

 今日あま――吉祥寺先生が書いた「今日は甘口で」というタイトルの少女漫画のことだ。

 「原作」の私にとって、アクアに恋心を抱くきっかけになった思い出深い作品である。低予算の実写化ドラマでお世辞にも良い出来とは言えないお粗末な内容だったが、このドラマに出演したことがきっかけでどん底だった私の運気が上向いていった。

 このドラマで繋いだ縁が、有馬かなの人生を変えたと言っても過言ではないだろう。

 

 この世界の私は、すでに「恋愛ビターチョコ」という作品で吉祥寺先生が原作のドラマに出演している。そのドラマの撮影現場で吉祥寺先生と出会ったときに「『今日あま』がドラマ化されたときは私にオファーをくださいね?」と言っておいたが、どうやら彼女はその約束を覚えていてくれたようだ。

 

「…これは低予算のドラマだ。ギャラもあまり高くないし、共演者のレベルも低い。君にとっては役不足のオファーになるから、断ってもいいんだよ?」

「勝算はあるから大丈夫よ。やるわ」

 

 「役不足」という言葉を正しい意味で使われるのは初めての経験だが、だからといってこのオファーを蹴るつもりは全くない。

 これを放置して瞳からハイライトが消えた吉祥寺先生を見るのは忍びないし、ぶっちゃけこのドラマに出演してある程度フォローしておかないと東京ブレイド編で吉祥寺先生とアビ子先生の好感度が足りずにヤバいことになる可能性がある。こっちの問題のほうがよほど深刻なので、ここは原作の流れを変えないようにするのが賢明だ。

 

「そうか…じゃあ、鏑木プロデューサーにはOKだと返事しておくよ」

「よろしくね。話はこれで終わり?」

「いや、もう一つある。『今日あま』のオファーよりも大事なことだ」

 

 「今日あま」のオファーの件は前座で、ここからが本題。ミキさんはそう言い放つと、私を鋭い目で見つめてきた。

 

「『15年目の愛』。僕は、これのリメイク作品を制作したいと思っている」

「…へぇ。ミキさんがやるんだ」

 

 ミキさんが私に告げる。原作ではアクアと五反田監督が制作した映画だが、この世界ではミキさんが主体となって制作を行うようだ。アクアがミキさんに復讐する理由がなくなったこの世界ではどうなるのだろうかと気を揉んでいたのだが、大まかな流れはあまり変わらないらしい。

 これも歴史の修正力なのかとぼんやり考えていたら、

 

「この映画で、僕は君にアイ役を演じてもらいたいと思っている」

「…え、えぇええええええええええええ!!!!!!」

 

 私の想像の斜め上をいく爆弾発言が、ミキさんの口から飛び出した。




やりたかったことリスト29
カミキヒカルに「推しの子」原作を強制購読の刑。実写版なのでアイが死亡するシーンが当社比10倍増しでエグい。
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