有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
久々に日間ランキングに乗りました。本当にありがとうございました。
「芸名はメフィストで良かったっけ?それともフェレス?」
「ツクヨミだ。お前わざと言ってるだろ」
私はメフィスト改めツクヨミとじゃれ合いながら、彼女をミキさんに紹介した。
何故かミキさんが自分のお腹を押さえているんだけど大丈夫だろうか。胃潰瘍は治るまでに1か月以上かかるから早めに病院に行ったほうがいいよ?
「えっ、撮影どころか今から企画を作る段階なの?まだ始まってもいないじゃん」
「…わざわざ来てもらったのにすまないね。時が来たら君にも声を掛けたいとは思っていたけど、まさかこんなに早く有馬かなが動くとは思っていなかったんだ」
今日はミキさんに顔見せさせるつもりで連れてきた。コイツは私にとって世話のかかる弟か妹みたいなものだし、住所がわかった時点で早く会いに行きたいという気持ちが抑えられなかったという事情もある。勧誘イベントを3年ぐらい前倒しにしてしまったが、まあ誤差みたいなものだろう。
昔、黒川あかねに指摘されて「私、メフィストのことが好きだったのかも!?」なんて悩んだこともあったけど、実際にコイツと再会してみてそれは気の迷いだったと判明した。今の私がコイツに抱く感情はそういう甘酸っぱいものじゃないし、自分がロリのメスガキに欲情するような絵鳩早苗も裸足で逃げ出す超ド級の変態じゃなかったことに安心した。
ふん、お前なんか黒川あかねと同じ扱いで十分だ。
「…ところで、僕にかけられた呪いはどうやったら解除出来るのかな?いや『彼方』の世界の結末を見るまではこのままにしておいて欲しいんだけど」
「知らねーよ。俺じゃなくてフェレスに聞け」
アイツは私のところに戻ってきた。今はそれでいい。またどこかに出奔しても、何度でも捕まえにいってやる。
こうして、私は9年前に失った大切な半身を取り戻したのだった。
私とアイツの話はこれぐらいでいいだろう。今、私は最難関ミッションに挑戦している。
「今日は甘口で」という、顔がいいだけの大根役者ばかり集めたドラマを成功させるという指令だ。普通の人ならばブロリーに睨まれた野菜の国の王子様の如く「もうダメだ…おしまいだぁ…」と崩れ落ちることだろう。しかし勝算なしでこの絶望しかない現場にくるほど私は愚かではない。
――「オペレーション・ブリ大根」。これが私の考えた作戦だ。
「…オマエ、ソンナカオシテテタノシイノ?」
出演者同士の挨拶が終わり、本読みが始まる。知ってはいたが、まあ酷いものだ。
共演者の全員が、全く感情の籠っていない完全な棒読みで台本を読み上げているだけの状態で本当にどうしようもない。ゆっくり音声に台本を読ませたほうがまだ感情豊かなんじゃないかと思えるぐらいの酷さだ。ドラマの原作は「純愛泣ける系」漫画の傑作なのに、なんだか別の意味で泣けてきそうだ。
メフィストの原作知識には「今日あま」の詳しい情報はなかったので予備知識ゼロでこの漫画を読んでみたが、確かに読んでて泣ける良い作品だった。
…もっとも、
「今日あま」のあらすじを簡単に説明すると、人間不信の女の子と口の悪い男の子が恋愛するガールミーツボーイの物語だ。人間不信が高じて拒食症になった少女が恋愛を通して社交的になっていくストーリーで、転校してきた男の子との出会いをきっかけに事態が好転し、友達が出来て、だんだんと人間の温かみを取り戻していく。
ちなみに拒食症になった理由は、親に毒殺されそうになったのが原因だ。
自分を愛してくれる男の子と一緒に愛を育み、トラウマを乗り越えて明るい未来が見えてきたところで実は男の子が不治の病にかかっていて、彼はもうすぐ死んでしまう身体だということを知ってしまう。そんな残りわずかな命を自分のために費やしてくれた大好きな男の子が作ってくれた甘口のカレーライスを恐る恐る食べて、拒食症を克服し、涙を流すシーンで、終わり。
「今日あま」とは、そんな漫画だ。
人間不信。親からの虐待。愛を知らない少女。不治の病。――最後の命を振り絞って伝える、愛。
嗚呼、どこかで聞いたキーワードだらけだ。
私はこの漫画を読むと、どうしても「推しの子」と比較してしまって純粋な気持ちで楽しめないのだ。メフィストの世界における「赤坂アカ」先生がこの世界の吉祥寺先生に対応する存在であり、作品の内容が似通るのは当然のことだと頭では理解していても、無理なものは無理だ。
「ナンダ、ワラエバカワイージャン」
私は先ほど「今日あま」は「推しの子」に似ていると言った。では想像して欲しい。
この大根役者たちが演じているのが「今日あま」ではなく「推しの子」の実写ドラマだったとしたら。
…私なら間違いなく、ブチ切れる。
私が今からやろうとしているのは「
原作の私は「『今日あま』を、せめて観れる作品にする」という目的でわざと演技力を抑えて芝居をしていた。だがそれは本当の理由だったのだろうか?
「舞台荒らし」は、原作の私が芸能界から干された原因の一つだ。自分のトラウマを刺激しないように、周りの役者の下手糞さを言い訳にして力をセーブしてしまったということは本当になかったのだろうか?
それは、吉祥寺先生に対しての侮辱だ。
そして、「推しの子」の物語に対しての侮辱だ。
私はこれから『15年目の愛』――つまり、『推しの子』のドラマに出演するつもりで『今日あま』を
このドラマに集まったハム大根どもの霊圧がこの程度のことで消滅するならば、どのみち芸能界から消えるのが早いか遅いかだけの違いでしかない。だったらここで引導を渡してやっても別に構わないだろう。
お前たち、死ぬ気で頑張れよ。でないと死ぬぞ。