有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
「人間は嫌い…だってみんな自分の事しか考えてないから」
私は「今日あま」のヒロインの台詞を読み上げる。
今回、私は自重しないと決めた。アドリブもガンガン入れる予定だし、お前らド素人とは鍛え方も精根も理想も決意も違うということを見せつけてやるつもりだ。しかし、本読みを通してこの場にいる人全員に「必死にやらないと大変なことになるぞ」というアピールをしているつもりなのだが、どうも皆の反応が薄い。
私の名前を知っているスタッフの反応は「演技未経験の素人ばかりの中に混ぜたらそりゃこうなるわな」といった具合で、概ね想定内の事態なので困惑している人はあまりいない。それはいい。問題なのは共演者の反応だ。
「カラオケBOXで私が歌っている最中に、他の人はみんな次に自分が歌う曲のコードを夢中になって検索しているような雰囲気」と言えば今の状況が伝わるだろうか。誰も私に注目していない。つまり、こいつらは自分の置かれている状況を全く理解していないということだ。
…オーケイ、この反応も実は想定していた。原作の私だって一日目は本気を出していたはずだしね。この程度で襟を正すぐらいの可愛げがある連中なら平均評価★1.0という大惨事にはなっていない。
よろしい、ならば戦争だ。
私は、「オペレーション・ブリ大根」を第2フェーズに進めることにした。
「やあ、かなちゃん。気合入ってるね」
本読みが終わったところで、鏑木プロデューサーが声をかけてきた。
「ええ、吉祥寺先生から直接指名してもらいましたからね。下手な演技は出来ませんよ」
「見ての通り、ここにいる出演者は芝居を初めてやる子が多い。このドラマの成否はかなちゃんにかかっていると言っても過言ではないと思うよ」
「任せてください。たとえ一人舞台になったとしても成功させて見せますよ」
「ははは、期待しているよ」
プレッシャーをかけてくる鏑木プロデューサーに対して「望むところだ」と言い返す。興行主としては、作品のクオリティが上がって困ることはない。低予算ドラマならば猶更だ。比較的安く引っ張ってこれた看板役者がやる気を出しているならば重畳だというのが彼の本音だろう。それに対しての私の返事はストレートな舞台荒らし宣言だ。鏑木プロデューサーも、それが出来るものなら是非ともやってくれと言わんばかりの返答だった。はい、言質いただきました。
鏑木プロデューサーへの根回しは終わった。次のターゲットは――
鳴嶋メルトだ。
「…なんだよ、話って」
私は、本読みが終わって帰ろうとしている鳴嶋メルトを呼び止めた。メルトは「今日あま」の主役である青野カナタ役であり、このドラマの成否は私がコイツを上手く使えるかどうかにすべてがかかっている。
メルトをやる気にさせられたら勝算はある。それも早ければ早いほどいい。だから私は手遅れになる前に一日目から動いた。コイツはチャラいところもあるが、本質は善人側の人間だ。目標に対して我武者羅に努力をする真っ直ぐな性格は嫌いではない。
コイツを味方に引き込むために私が取った行動は――
「お願いします!私を助けてください!!」
「私だけじゃこのドラマを成功させるのは無理なんです!お願いします!!」
私はメルトに深々と頭を下げた。メルトの情に訴えかけて、そこから「今日あま」に興味を持たせるのが狙いだ。いくら女の子にモテるとはいえ、自分を頼ってくる女の子を無下に出来るほどの人生経験は積んでいないだろう。ルックスに恵まれて順風満帆な人生を歩んできたからこそ、このお願いは断れまい。
「あ、ああ。俺にやれることなら、なんでもするよ」
ん?今何でもするって言ったよね?
「本当ですか!?じゃあ!!」
私は予め準備しておいた「今日あま」の単行本全14巻(重量2.5kg)をメルトに押し付けた。「今日あま」は少女漫画だ。覚醒前の初期メルトのことだから、どうせ「今日あま」の原作なんて読んでもいないだろう。まあ男の子が少女漫画特有の白背景に赤文字タイトルの表紙の本をレジに持っていくことに気後れする気持ちは理解出来るが、騙されたと思って読んでみな。(涙が)飛ぶぞ。
「次の撮影までに全部読んでおいてください!読んでくれないと泣きます!あ、この漫画は返さなくても大丈夫ですから!それじゃあ、お疲れ様でした!!」
私は途方に暮れるメルトを尻目に、軽くなった鞄を抱えてその場から退散した。
そんな裏工作をこそこそと行うこと早数日、あっという間に1回目の撮影日がやってきた。
メルトは「今日あま」原作を最後までしっかり読んできたようだ。だからといって即座に演技力が上がるというわけではないが、きっちり約束を守るところは評価に値する。前途は多難だが、脈はある。まだ慌てるような時間じゃないし諦めたら試合終了だ。
撮影現場には吉祥寺先生も様子を見に来ていた。原作の展開とは違う光景を見せてあげたいところだったが、現実はそうは甘くない。
私は全力で演技をするが、素人ばかりの共演者たちは私の演技についてこれない。そんな姿を見た視聴者はどんな印象を受けるだろうか。
…答えは、「有馬かなだけが空回りしている」というものだ。
痛々しさの方向性が変わっただけで、見るに堪えないという点では原作と大差はない。落胆と同情の混ざった吉祥寺先生の視線が、少し痛かった。
…計画通りなんだよ、ばーか。
「オペレーション・ブリ大根」、第3フェーズ開始。
監督から「カット!」の声がかかり、カメラが止まる。スタッフの表情は晴れないものだった。素材はいいものが揃っているのに、何度リテイクを繰り返してもまともに見れるシーンが撮れないのだから頭を抱えるのも当然のことだ。
中々進まない撮影に焦れた監督が、意を決して私に指示を出す。
「かなちゃん、もう少し演技を抑えてもらってもいいかな?」
――その言葉を待っていたんだよ。
その言葉を聞いた私は、少しの間呆然とした後にぼろぼろと涙を流した。プロ意識を持って本気で挑んでいるのに、それを否定されて感情が爆発した…という
周囲の人たちがドン引きしてる中、私はメルトに詰め寄って、叫ぶ。
「どうして…!もっと真剣に演技してくれないのぉ……!!」
静まり返った現場に、私の嗚咽だけが響いていた。
…この言葉は私のものではない。鮫島アビ子先生の言葉だ。
彼女は「今日あま」に感動して漫画家になることを決心した。「今日あま」が世界で一番面白い漫画だと豪語したこともある彼女が、こんなチープな出来のドラマを見せられたときの怒りは筆舌にし難いものがあったことだろう。
ミキさんの話ではないが、メルトにはこの感情を受け止める義務がある。「今日あま」のファンにとっては、東京ブレイド編で汚名返上したから帳消しという話にはならないのだ。しかし今ならまだ間に合う。
たった数か月、やる気を出すのを早めるだけで全てをなかったことに出来るのだ。男を見せてくれ、メルト。
…私のギャン泣き事件で現場に冷え冷えの雰囲気が漂い始めたので、しばらくの間休憩となった。役者もスタッフもメンタルの切り替えの時間が必要だろうから妥当なところだろう。願わくばこれをきっかけにして役者たちが緊張感を持ってくれれば言うことはないのだが、勝率は五分五分といったところだろうか。駄目なやつは何やっても駄目という救いのない結末だけは勘弁して欲しい。
「…ごめんなさい。有馬さんを指名したときは、まさかこんなことになるとは思っていなかったの」
一部始終を見ていた吉祥寺先生が私に声をかけてくる。
「大丈夫ですよ。全部演技ですから」
「えっ」
誤解させたままも何なので、私はサクっとネタばらしをする。でも先生も同じことを思っていたんでしょ?私は吉祥寺先生とアビ子先生の言葉を借りただけだ。つまり私は悪くない。
「これで全部いい流れに変わってくれればいいんですけどねー」
あっけらかんと言う私の態度に、今度は吉祥寺先生が絶句していた。