有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
波乱の幕開けになった「今日あま」の1回目の撮影を終えた鳴嶋メルトは、自宅で「今日あま」の漫画を読み返していた。
初めてのドラマ撮影は散々なものだった。面と向かって「真剣に演技しろ」と言われたことによる居心地の悪さと、女の子を泣かせてしまったことに対する後味の悪さだけが記憶に残っている。
「真剣に演技しろと言われても…どうすればいいんだよ」
事務所の社長に「現場でしごかれて度胸をつけてこい」と言われて送り出されたものの、初っ端からキツい洗礼を受けてしまった。準備が足りなかったと言えばそれまでだが、演技のレッスンなんて受けたこともないのでいざやろうと思っても何から手をつけていいのか分からない。
仕方がないので、彼は有馬かなに渡された「今日あま」の漫画を何度も読み返すことにした。文字ばかりの台本を読むと眠たくなってくるし、キャラの表情や動作を覚えておけば演技をする上での「お手本」となる…と思ったのだが。
「そもそも、コイツが何を考えているのか全然わからねぇ。もうすぐ自分は死ぬっていうのに、なんでそんなにヘラヘラ笑えるんだよ」
漫画を読んだ感じでは、青野カナタはヒロインの学校に転校してくる前に自分の寿命があとどれぐらいなのかは知っていたはずだ。なのに彼はそんな素振りは欠片も見せずに笑顔を絶やさなかった。設定が後付けされたからだと言うのは簡単だが、メルトはそんなつまらない答えが正解とは認めたくなかった。
何度も読み直して、何度も読み返して――そして不意に、一つの答えが閃いた。
「…ははっ、そっかそっか。お前、好きな女の子の前でカッコつけたかっただけなのかよ」
それはあまりにもシンプルな答えだったが、残り僅かな命を燃やしてやっている行為だと思えばその生き様は輝いて見えた。その純粋な生き様を、メルトはカッコいいと思ってしまった。
「…俺も、お前みたいになれるのかな」
自分が演じる漫画のキャラに対する憧れ。それが、メルトの心に火を灯すきっかけとなった。
「『今日あま』のドラマ観てるんで、終わりそうになったら声かけてください」
「あー、そう言えば今日でしたね。放送日」
「今日あま」放送開始から3週間後。「今日あま」の作者である吉祥寺頼子は自宅兼スタジオにてアシスタントに原稿作成の指示を出しながら「今日あま」のドラマを観ていた。
「二人は観てないの?」
「一応、観ていますよ?」
「…すみません、1話切りしてしまいました」
打率は5割といったところか。1回目の撮影現場の惨状を実際に目にしているだけに、よくあそこから持ち直したものだと彼女は思った。
「…本当、有馬さんを指名していなかったら目も当てられないような状況になっていたと思うわ」
「よくあんな子をこのクオリティのドラマに引っ張ってこれましたねぇ」
噓泣きで現場の空気を引き締めるという悪辣な作戦が功を奏したのか、2話以降はなんとか観れるレベルにまでクオリティが上がっていた。それでも赤点スレスレのラインなのだが。
「2話目以降は持ち直したんですか?」
「一言でいうならば、1話目は役者が原作未読、2話目以降は原作既読ぐらいの差があるわね」
「うわぁ…酷…」
1話切りをしたアシスタントは、そのぐらいのことは最初からやっておけと言いたそうな顔を浮かべていた。2話目以降も役者の芝居が下手糞であることには変わりはないし、物申したいところも色々とある。それでも、絶対に譲れないラインであり、許せないラインでもある「作品へのリスペクト」を僅かに感じさせる程度には多少マシになっていた。
「ヒロインも原作と違って怒りっぽいキャラになっているし、演技が上手い下手の話を差し置いても違和感があるんですよねぇあのドラマ。漫画ではそんな感情豊かな子じゃなかったのに」
「あれはあれでアリだと思うわ。ほかの出演者の表現力が拙いというかゴミだから、いいアクセントになってる。あのドラマの出来だとああいう感じのほうがヒロインに感情移入しやすいし」
「先生、毒が漏れています」
ヒロインの持つ複雑な感情を表現しても共演者が受け止める実力がないなら、いっそシンプルに感情を外に出すキャラに改変してしまうのも悪くはない。漫画のファンは「今日あま」らしくないと怒るかもしれないが、それ以前の問題なのだからもうどうしようもない。むしろ違和感の範囲で収まっていることを褒めるレベルだろう。
「今日あま」のドラマはどれだけ下駄を履かせて甘い評価をしても、凡作というのがせいぜいの出来だ。しかし、
「都合のいいことを言ってる自覚はあるけど…期待しているわ、有馬さん。頑張ってね」
彼女はモニターの向こう側で孤軍奮闘している有馬かなを観ながら、次の「今日あま」ドラマの放送を楽しみにしている自分に気づいて小さく笑った。
「今日あま」の収録も残すところ最終話だけとなり、佳境を迎えることとなった。
私の「オペレーション・ブリ大根」はそれなりの効果を発揮したようで、2回目以降の撮影は比較的ピリっとした雰囲気で演技がやれた。その中でもメルトは私の知らないところで何かを掴んだらしく、演技そのものは拙いものの「青野カナタらしさ」というものをちらほらと見せる働きをするようになった。
このおかげで「私一人が頑張ったところで無理」という状況が「私が頑張ればある程度はなんとかなる」という状況まで持ち直した。よくやったぞメルト。褒美に何度か台詞をトチって私にアドリブさせるハメになったことは水に流してやろう。いややっぱり許さんもっと練習しろ。
というわけでメルトがブリ大根組を一抜けするという朗報もあったが、ご都合悪い主義の神様はそう簡単に私たちを見逃してくれない。
「えっ、ストーカー役の役者が身内の不幸で出演出来ない?」
まあ、私にとっては予定調和のトラブルだったのだが。
原作で起きたような、役の内容にゴネて降りるといった身勝手な理由よりはかなりマシな理由であったが、こちらの現場のスケジュールに穴を空けて休暇を与える向こうの事務所のホワイトさにちょっとだけ驚いてしまった。べ、別に羨ましくなんてないんだからねっ!
まあ所詮は低予算ドラマなんだし、相手の事務所に軽く見られても仕方がないと言えばそうなのだが。
「それで相手さんは代役を送ると言ってるんだけど、かなちゃんが是非とも推薦したいって子がいるなら押し込めるよ?」
ドタキャンを喰らったにも関わらず、鏑木プロデューサーの反応はあっさりしたものだ。きっと10連ガチャでお目当てのキャラが引けなかった程度の感覚なのだろう。おそらく新人役者ガチャ(天井なし)の地獄を見てきたプロデューサーだ。面構えが違う。
「それじゃあ、今から相手のスケジュールを確認してきます」
「返事は今日中に頼むよ」
この低予算ドラマに、すでにアイドルとして売れているアクアを出演させたときの反響を想像したらなんだか楽しくなってきた。
歴史の修正力さん、グッジョブ。このチャンスを逃す手はない。