有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
メルトの年齢がわからなかったので、かなちゃんと同い年という設定にしました。
「はい、スタッ!」
「今日あま」最終回のリハーサルが始まる。
このシーンは青野カナタとストーカーの対決の場面であり、愛を知らない少女が初めて誰かに守られて涙を流す原作屈指の名シーンだ。ここまでに曇らせ展開を連発して溜めに溜めたカタルシスを全解放する場面なので、読んでて泣けるしスカっとする。
このシーンさえきっちり成功させれば、例えそれまでの内容が素人の高校生が演じる文化祭の出し物のほうがマシなレベルの出来であっても許されるほどに重要なシーンなのだ。
えっ?「推しの子」原作で最終的に「今日あま」ドラマが許されたのはでんでん現象だって?平均評価★1.0のドラマにでんでん現象なんてあるわけないだろいい加減にしろ!
まあそういうことで、このシーンの出来がドラマ全体の出来を左右する重要なシーンであり、逆に言えばここで失敗すると今まで積み重ねてきた評価が全部ひっくり返ることもあり得るのだ。
「無難に決めてきたわね。もっとハジけていいのよ」
「無茶言うな。ただでさえ練習時間が短いのに」
特にアドリブを入れることもなく、無難にリハーサルをこなしたアクアに私は声をかけた。
「…かな、リハの演技内容をどう思う?」
「アクアはいいんだけど、メルトの演技が硬いわね。アクアの迫力にビビッてるのかしら」
「遠まわしに俺の顔が怖いって言ってないか?それ」
「顔の傷の自虐はやめなさい。キスするわよ」
誘い受けのつもりかな?私は一向に構わんぞ。
惚気話はさておいて、私のブリ大根作戦が上手くハマったおかげでここまで良い方向に進んでいたメルトだったが、今になって急に調子を崩していた。声は微かに震えているし、演技に感情が上手く乗せられていない。このままだとちょっとヤバいかもしれない。
メルトの評価は「上手くはないが、適役ではある」というものだ。「ハマリ役」ではないのがポイントで、「これはこれでアリ」という視聴者の好意的解釈に頼った評価だ。
青野カナタは少女漫画のキャラなので、スパダリ系の要素が強くてどちらかと言えば彼はアクアみたいなタイプの男の子だ。それをメルトは自分の演技の下手糞さも味にして「情けなさとカッコよさを併せ持ったキャラ」として表現している。漫画の設定を忠実に再現しているわけではないのでファンからの批判は当然出てくるが、「推しの子」原作の展開を知っている私から見れば賛否両論にまで持っていけた時点で奇跡と言えるレベルの超ファインプレイだ。
東京ブレイド編でもそうだったが、メルトは「自分の弱みを強みに変える」のが本当に上手い。しかし今のメルトはアクアを意識し過ぎているせいか、その強みを発揮出来ていない。
今のメルトの演技の出来をアニメで例えるならば、「アニメ版チェンソーマンのデンジ役の人の演技」と言ったところだろうか。
デンジ役の人は新人声優ながら主役の座を勝ち取った人だが、滑舌が悪くて声に抑揚がなく「B級映画の三下のチンピラ役」のような演技で視聴者から下手くそと酷評されていた。まあデンジはマキマに拾われる前は野良犬のような生活を送っていたので適役を超えてハマリ役だったのだが、チェンソーマン化してからの感情演技がまるで出来ていないのは大きな減点だった。
デンジは頭のネジがブっ飛んだキャラなので、クライマックスシーンはアドレナリンで頭の中をハッピーで埋め尽くして
ちなみに後日、デンジ役の下手糞な演技はすべてアニメ監督の指示だったと判明した。監督が戦犯とか救えねぇな、オイ。
「勿体ないなぁ。どうやったら今のメルトに感情演技をさせられるのかしら」
とにかくメルトに足りないのは感情演技だ。先輩アイドルに気後れして縮こまっていたらいい演技なんて出来っこない。私はアイコンタクトでアクアにヘルプを求める。助けてアクアえもーん!メルトが役に立たないんだよー!!
「…はあ、仕方ないか。せっかく来たんだから、全部かなのせいにして滅茶苦茶やって帰るか」
おっ、これは原作展開来たかな?ならばアクアのお手並み拝見といきましょうか。あとこれは原作再現のためだから私は何も悪くないぞ風評被害だ。
そして、「今日あま」最終回の撮影の本番が始まった。
「ほっといてよ!勝手について来て!こんなこと私は望んでいない!!」
「自分が犠牲になればいいなんて、お前の考えそうなことだ!馬鹿かお前は!?一人になんてさせねーよ!!」
メルトが有馬かなに向かって言う。メルトは今回が初ドラマ出演の素人なので、細かい演技は一切出来ない。なので、ただひたすらに「カッコよく見えるかどうか」だけを考えて演技をしていた。
こう見えてもメルトは人気急上昇中のジュニアアイドルだ。役者としては素人でも「カッコよく魅せる」演技だけでいいのならば話は別だ。
――ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ
水溜まりの上を歩く足音が、響く。
アクアが演じる、フードを被ったストーカー男がメルトたちに近づいてくる。
「…この女はお前が思っているような人間じゃない。お前みたいなチャラついた男とは絶対に相容れない。そいつは俺と同種の人間なんだよ」
星野アクア。メルトよりも年下ではあるが、10歳のころから双子の妹のルビーと組んでアイドルをやっているのでメルトにとっては芸能界の先輩だ。男女混合ユニットだとアイドルというよりもアーティストとして売り出すのが普通なのだが、アクアもルビーもきっちりアイドルとして活動していて、しかも成果を出していた。
「(俺より年下なのに、俺より芸歴が長くて、俺より有名だ…)」
アイドルに転向する前は子役タレントとして活動していたので、それを加えれば芸歴は10年を超えるだろう。メルトがアクアに勝てる可能性があるとすれば顔の良さぐらいだが、それで勝負しても勝敗は怪しいところだ。
そんな凄い年下の先輩を、有馬かなが降板した新人役者の代役として連れてきたと聞いたときは一瞬理解が出来なかった。そして、自分を上回るアイドルがこのドラマの端役として使われることを理解したことで、メルトの脳裏に嫌な予感がよぎった。
――メルトを降板させて、アクアを青野カナタ役にしたほうが良かったんじゃね?
「今日あま」の最終話が放送された後、そんな風に揶揄される自分の姿を想像してメルトの血の気が引いた。
天狗になっていたメルトの鼻はへし折れて、代わりに焦りだけが胸中に残った。
「日の当たる場所に居れば干からびる。暗いところがお似合いなんだ」
メルトの演技は「自分がカッコいいと思う演技をする」の一点突破だ。しかしアクアの前に立ったことで、自分の中の「カッコよさ」が揺らいでしまった。
下手糞なりに頭を使って頑張って、失敗を
芸歴も、演技力も、知名度もすべて負けている。
コイツよりカッコよく演技するって、一体どうすればいいんだよ!?
メルトがそんなことを考えていると、アクアが彼に近づいてきて、耳もとでメルトにだけ聞こえるように小声で話しかけてきた。
「お前、近くで見ると案外ブスだな。加工しないとこんなものか?」
「……はあ?なんつった!てめぇっ!」
その言葉を聞いたメルトは頭の中が真っ白になって、気づいたらアクアの襟首を掴んでいた。
「おっ」
現場にいる全ての人の注目がメルトとアクアに集まる。作戦が上手くいったことを確信したアクアの口元が、三日月のように歪んだ。
「聞こえなかったか!?そんな女、守る価値無いって言ったんだ!」
カメラは止まらない。撮影が続く。アクアは視線だけでメルトに訴えかける。
――ビビッてるのか、お前?
その挑発は、メルトに届いた。
「…この子は、俺の大事な友達だ!!」
怒りで緊張を吹き飛ばしたメルトは、その感情を乗せて演技を続行する。
「(馬鹿か俺は!今の俺は『青野カナタ』なんだぞ!?)」
このシーンは鳴嶋メルトと星野アクアの対決ではなく、青野カナタとストーカーの対決だ。自分が演じるのは「青野カナタ」であり「カッコつけている鳴嶋メルト」ではない。いつの間にか手段と目的が逆転していたことに、漸くメルトは気づいた。
「たとえ殺されても、彼女は守る!」
命をかけてカッコつけて、命をかけて愛を叫ぶ。
まるでアイドルの理想そのもののような青野カナタの生き様に、メルトは憧れを抱いていた。
「(俺はお前よりダサくても、青野カナタは
青野カナタなら、星野アクアには負けない。メルトは自分が勝手に抱いた劣等感を投げ捨てて、アクアと対峙する。
「何をしたって無駄だ!諦めて流されろよ!」
アクアがナイフを振り上げてメルトたちに迫る。メルトは相打ち覚悟のカウンターで、アクアを迎え撃つ。
そして、
か、かっこいいタル~!
流石はレスバ性能Tier1の強キャラだ。たったの一言二言でメルトを煽ってその気にさせて、あっさりとクライマックスシーンの雰囲気を作り上げてしまった。
メルトのパンチにアクアが当たりに行ったときはヒヤっとしたが、アクアは器用にスリッピングアウェーでメルトパンチをグレイズしていた。アクアの本気度が凄い。なんでこんな低予算ドラマで本気出すの?えっ、私のため?よしわかった今すぐ結婚しよう。
「ぐぅっ!?くくく…ははは……お前なんて誰にも必要とされてないんだ。身の程わきまえて生きろよ!夢見てんじゃねぇよ!この先もろくな事はない!お前の人生は真っ暗闇だ!!」
メルトのパンチを喰らって倒れたアクアが私に向かって悪態を吐く。最高のバトンパスだ。後は私が仕上げをするだけ。
そして、私にとってこのシーンは演技などする必要は何もない。
ただ、
「それでも…光はあるから」
"この星に生まれたこと この世界で生き続けること その全てを愛せる様に――
目一杯の ああ、祝福を君に"
私はあの日の「
後はスタッフの仕事だ。この演技内容でダメ出しされるのなら私はもう知らん。
次回、今日あま編ラスト。