有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
『「今日あま」の実写ドラマの最終回に星野アクアが出た』
その情報は、「今日あま」の最終回が放送された直後にSNSで拡散された。
原作「推しの子」の世界よりクオリティが上がったとは言えども、それまでの「今日あま」のドラマの放送内容は凡作の域を出ていなかった。
視聴者の半数以上は既にリタイアしていてコアな原作ファンや役者のファンが主な視聴者層となっていたが、そこに「星野アクア」という切り札が投入されたことによって、SNSでは一時的に「今日あま」がトレンド入りするほどの盛り上がりを見せた。
『全体的にパっとしないのに、最終話だけ傑作!』
『リタイアせずに視聴し続けた甲斐があった』
『最初から本気出せ』
『アクアを呼ぶために予算を最終回に全振りした結果がこれだよ!』
「今日あま」ドラマの最終回は、原作ファンを少しずつ振るい落とすような中途半端な出来のドラマを我慢しながら観続けていた視聴者達から熱烈な称賛を受けていた。その評判を見てドラマに興味を持った人や、視聴を再開した人、またアクア目当てに最終回だけを観たという人も少なからず存在した。
当然、このような発言も出てくる。
『アクアが青野カナタ役なら完璧だった』
「…まあ、そう言われるのは覚悟していたんだけどな」
ツィッターに流れてくる無責任な発言内容を見ながら、メルトはそう呟いた。
彼はマネージャーに言われるままに「今日あま」のドラマに出演した。最初のころはそれほど乗り気ではなく、アルバイトのような感覚で演っていたのも事実だ。原作の漫画を読んだのも撮影が始まる数日前のことであり、視聴者からドラマ撮影をナメていたと言われても強く反論出来ない。ぐうの音も出ないとはこのことだ。
ドラマ出演は初めてだった。自分がやれることはやった。ほかの奴はもっとヘタだった。言い訳のネタならいくらでも湧き出てくる。しかし、
「分かってんだよ…そんなの……」
青野カナタというキャラクターに惚れ込んでしまったからこそ、メルト自身が自分の不甲斐ない演技に憤りを感じていた。
最終話で突然現れた星野アクアにビビってしまったこと。しかもそれをアクアに見抜かれてしまったこと。そんな恥以外の何物でもない醜態を晒して、自分は少し売れて天狗になっているだけの井の中の蛙だったと否応なしに思い知らされたせいで撮影が終わった後も悔恨と羞恥の混ざった感情が抜けることはなかった。
モヤモヤした思いを抱えながらも、メルトはエゴサーチを続ける。
…探していたものは、欲しかった言葉は、案外簡単に見つかった。
『アクアよりメルトのほうが好き』
『なんだか応援してあげたい不思議な魅力がある』
『メルトの演じる青野カナタは親近感があっていい。なんでもできる万能のヒーローというよりも、等身大の少年像って感じの雰囲気がすごく刺さる』
『メルトくん、あのシーン覚醒してた!役者方向もアリなのでわ!!!?』
「なんだよ…俺を見てくれていた人…結構いるじゃねーか……」
ファンの声援のメッセージを見て、彼の胸の中に熱いものがこみ上げてくる。失いかけていた自信が少しだけ戻ってきて、心に演劇への情熱が広がっていく。
…今度、社長に演技のレッスンを受けさせて貰えるよう頭を下げてみよう。メルトはそう思った。
星野アクアに――青野カナタに、少しでも近づくために。
「今日あま」ドラマの最終回放送日から数日後、「今日あま」の打ち上げパーティーが開かれた。撮影が終わってすぐじゃなかったのは割とギリギリのスケジュールで撮影をしていたからだ。低予算ドラマだからね。仕方ないね。
えっ、「恋愛ビターチョコ」のときは撮影終了すぐに打ち上げをやっていただって?君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
「…こうやって見ると、ドラマの制作って多くの人が関わっているんだって思うな」
打ち上げに参加している関係者たちを見渡して、アクアが言う。
「そうよ。私たちの演技には多くの人の仕事が乗っかってる。結果を出さなきゃいけないし、スキャンダルなんてもってのほかよ」
「ハニートラップで出演交渉を持ち掛けてきた人間が言っていいセリフじゃないな」
「純愛だからノーカンよ」
子供の頃からずっと続けてきたやり取り――
…時よ止まれ、汝は美しい。嗚呼、ずっとこんな満ち足りた日常が続けばいいのに。
「撮影お疲れ様でした」
そんな感じでアクアと青春を謳歌してたら、私たちのところに吉祥寺先生がやってきた。
「…この作品は有馬さんの演技に支えられていたと思います。ありがとうございました」
吉祥寺先生はそう言って、私に頭を下げた。
「満足していただけたのならば、役者冥利に尽きます。こちらこそ、私を選んでくれてありがとうございました」
歴史の修正力と言えばそれまでだが、吉祥寺先生が私へのオファーを依頼してくれなかったら私の「今日あま」リベンジは叶わなかったところだった。「原作」の私に良縁を
しばらく吉祥寺先生と談話を続けていると、吉祥寺先生の後ろの方からメルトがこちらに近づいてくるのが見えた。
「…よう、かなちゃん。それとアクア」
メルトが私たちに声を掛けてくる。吉祥寺先生が振り向き、メルトと目が合った。
「「あっ…」」
両者ともに相手に何を言うべきか迷ってしまったため、お互いが出鼻を挫かれる状態になってしまった。二人の間に気まずい雰囲気が漂う。
「あの、先生…どうもすみませんでした」
会話の先手を取ったメルトが、吉祥寺先生に頭を下げた。
「青野カナタの魅力、十分に表現することが出来ませんでした。漫画のアイツはもっとカッコよかったのに」
原作者からダメ出しされる前に、謝る。それがメルトのとった行動だった。
その言葉を聞いて、吉祥寺先生の頭の整理が完了したようだ。柔らかい笑顔を浮かべながら、吉祥寺先生がメルトに問いかける。
「…メルト君にとって、青野カナタは、どんな子?」
その問いに対して、メルトは
「――俺の理想で、憧れです」
迷うことなく、はっきりと言い切った。
「…メルト君。わたし、ドラマ化受けて良かったって思えた。本当にありがとう」
涙で瞳を潤ませながら、吉祥寺先生はメルトにそう言った。
「推しの子」の原作で、害虫のようにメルトを毛嫌いしていた吉祥寺先生はもういない。
メルトは、真の意味での赦しを漸く得たのであった。
「やぁやぁ君達、最終回、評判良かったよ」
いいところを全部メルトに持っていかれてしまったところで、吉祥寺先生と入れ替わりで鏑木プロデューサーがやってきた。
「ありがとうございます。…ちなみに、作品の収益は黒字とれそうですか?」
「もう少しだけ伸びてくれたらなんとかなりそうな感じだねぇ」
…これだけテコ入れしたのにまだ足りないのか。原作ではどれだけ赤字出していたのか考えるだけで怖くなってきたんだが。
「作品の収益的には微妙なところだけど、君達みたいな才能に機会を与えるのが目的だから、それは達成出来たのかな?」
「そりゃどうも。次はもっとギャラが魅力的な企画に呼んで欲しいですね」
「ははは。だったら僕は、ギャラが魅力的ではないこんなドラマに君が出ようと思った理由を知りたいねぇ」
狸との化かし合いのような会話を続けつつ、鏑木プロデューサーの様子を伺う。
私の隣にはアクアがいる。原作の展開を考えれば、鏑木プロデューサーが次に出してくる話題は「アレ」なのだが、今のアクアには「アレ」に出演する理由は特にない。
もしもアクアが出演せずに黒川あかねだけが出演する事態になったら洒落にならない事故が発生する恐れがあるので、それだけは勘弁して欲しいところだ。はてさて、どんな風に歴史の修正力が働くのだろうと漠然と考えていたら、
「そんな君
鏑木プロデューサーの指先は、私とアクアの両方を指していた。
「…へっ?アクアだけじゃなくて、私も?」
…どうやら歴史の修正力さんは、私を巻き込むことにしたらしい。
次回、恋愛リアリティショー編開幕。
先生助けてっ!MEM救済ルートが息をしてないのっっ!!