有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
「今ガチ」の撮影も4回目となり、番組も折り返しの時期を迎えた。
私は一週間ごとにアクアと黒川あかねに交互に接触しているので、今回は黒川あかねとの交流のターンだ。ちなみに私がアクアと交流をしない週はMEMにアクアの相手をお願いしている。
私とアクアが絡むと文句を言うくせにアクアの出番が減っても文句を言う視聴者がいるので中々舵取りが難しい。そんなんだから厄介ファン呼ばわりされるんだぞ君達は。
「…どうしてかなちゃんは、こんなに私を気にかけてくれるの?」
アクアの事情はさておき、黒川あかねと談話をしていると突然こんな話題を振ってきた。
「特別扱いしているつもりはないわよ?アクアやルビーと同じ扱いをしているつもりだったんだけど」
「…子供のときからずっと一緒にいる幼馴染と同じ扱いをするのは、特別扱いって言うんじゃないかなぁ」
黒川あかねが首を傾げる。まあ、「推しの子」の主要メンバーのグループ枠と言っても黒川あかねには理解出来ないか。
「私が『有馬かな』であるために、私は貴方やアクアを必要としている。それだけの理由よ」
ほんの少しだけ嚙み砕いて説明してやる。普段から無断で私のことをプロファイリングしているコイツのことだ。少しヒントを与えただけで自分なりの答えを導き出すことだろう。
「…もしかして、かなちゃんは自分が『有馬かな』だと思っていないの?」
おっ、そう来るか。中二病的なテイストが効いてて中々いい質問だ。後でジュースを奢ってやろう。
「そうね。少なくとも私は『自分は何者であるか』という問いに明確な答えを持っている人間ではないのは自覚しているわ」
「もっとジェンダー的な悩みが混ざった答えが返ってくると思ってたんだけど、なんかスケールが大きい返事がきた」
何だよ中二病的な意味での質問じゃないのかよ。失望したぞ黒川あかね、ジュースは無しだ。
「私の肉体は『有馬かな』だけど、私の心は『有馬かな』ではないかもしれない。貴方が言っているジェンダーギャップの件も含めて、私はそう認識しているってことよ」
メフィストの影響を多分に受けて人格を形成した私は、「原作」の有馬かなの性格とあまり似ていない。むしろ男の子も女の子もウェルカム状態の私と同一人物扱いされたらあちらの有馬かなもさぞ困るだろう。メフィストは自分のことを「改築したテセウスの船の廃材」と嘯いていたが、それを言うならば私はテセウスの船を真似て作った模造品だ。
私が「有馬かな」である根拠など、「メフィストは有馬かなではない」という事実から導き出した
6歳までメフィストが「有馬かな」を演じて、それから12歳まで私が「メフィスト」を演じてきた。そして今は私が「有馬かな」を演じている。
だったら、私とは一体、何者なのだろう。
「でも、貴方たちが私を『有馬かな』と呼んでくれるから…私を『有馬かな』と認めてくれるから、私は『有馬かな』でいられる。そういうことよ。」
私は役者だ。オファーがあれば、どんな役でも演じる。
この世界の神様は私に「有馬かな」の役をオファーしたが、私が「有馬かな」であるためにはアクアとルビー、そして黒川あかねが必要だ。そこにMEMもいるのならば、なお良しである。
「有馬かな」一人では、「推しの子」の物語は成り立たない。物語が成り立たないのならば、私は「有馬かな」である必要がない。
「私は、私が『有馬かな』であるために貴方たちを利用しているの」
「かなちゃん…」
役を演じるときは、役に成り切るのが鉄則だ。役者個人の感情など不要、ただのノイズにしかならない。アクアや黒川あかねと一緒にいると私は「自分は何者であるか」などという中二病的な悩みを抱える必要がなくて、とても気が楽だ。
だから私は、アクア達が好きなのだ。
黒川あかねとそんな話をしていると、カメラが近づいてきた。えっと、カメラマンが寄ってきたときにはその時にしていたやりとりを要約した会話をするんだったっけ。要約した内容か…よし。
「つまり、私には貴方が必要だということよ」
私が黒川あかねにそう答えると、彼女は喜びと困惑が中途半端に混ざったような引きつった笑顔になってしまった。
ん?間違えたかな?
『また有馬かなが黒川あかねを口説いてる…』
『どこまで演技でどこからマジなのか全くわからない』
『有馬かなと時間停止AVは9割がやらせ』
『1割本物定期』
第4回の放送後も結構な勢いでバズってた。自分の演技の才能が怖い。
「…あかね、あなたもしかして有馬さんと交際しているの?」
「今ガチ」4回目が放送された翌週のこと。台風情報のニュースを見ていた黒川あかねは、突然母親からそんなことを問われた。
「えぇ…?突然何を言い出すのよ、お母さん」
「ちょっとそういう話を小耳に挟んで…で、どうなの?」
「ないない。かなちゃんはアクア君が好きだから、私とはそういう関係じゃないし」
不安そうな表情で問いただす母親に対して、黒川あかねは
「そう。有馬さんとは頻繫にお泊り会をしてるから、もしかしたらと思ったけど違ったのね。
自分が有馬かなと交際していないと聞いて胸をなでおろす母親を見て、黒川あかねはほんの少しだけ胸が重くなるのを感じた。
窓越しに聞こえてくる強い風の音が、何故か妙に気に障った。
「…はぁ」
母親との会話の後、黒川あかねは自室のベッドの上で大の字に寝転んで天井を見上げていた。
自分と有馬かなは恋人関係ではない。これは「恋愛ごっこ」であり、お互いに恋人が出来るまでの間のお遊びだと有馬かなは明言していた。それを言われたときは、黒川あかね自身も有馬かなに性欲を感じていたわけではなかったので、時が来ればこの「演技の特訓をする」関係が自然消滅するのも仕方ないかなと彼女は思っていた。
憧れだった人が身体に触らせてくれるほど自分に心を開いてくれていることが嬉しくて、つい出来心で悪ノリを繰り返していた黒川あかねだったが、気づいたときにはどっぷりと深みにハマっていた。心のどこかでこれはマズいと思っているのに止めることは出来ず、引き返せないところの一歩手前ぐらいまで来てしまったという自覚が彼女にもあった。
女性への性欲なんてないはずなのに、彼女の身体に触ったときの反応が楽しくてついついセクハラをしてしまう。有馬かなもやられて引き下がるような性格をしていないので、セクハラの応酬になってどんどんエスカレートしていく。有馬かなは
「…かなちゃんがレズビアンかバイセクシャルだったら話が早かったんだけどなぁ」
有馬かなが女性を恋愛対象と見ているのなら、性的マイノリティを受け入れるか拒絶するかだけの問題だったのだが、「今ガチ」撮影中に聞いた彼女の心の事情はめちゃくちゃ複雑だった。かつて有馬かなは「私は『安楽岡花火』と同じ」と言っていたが、愛着障害による代償行為でどんな形の愛でも受け入れようとする安楽岡花火の事情ともまた違ったものであった。
「かなちゃんは、LGBTでいうところの「
――女の子の身体に男の子の心が宿っているのに、何かの事故で男の子ですらなくなってしまった。自分が男の子か女の子かわからないけど、身体が女の子なのだから心も女の子であるべきなのだろう。きっとそれが正しいのだ。
それが有馬かなの性自認だ。彼女は自分が「
彼女は「私は『有馬かな』の役を演じている」と言った。それは、そのままの意味だったのだ。
「前途多難だなぁ。かなちゃんも、私も」
性的マイノリティへの理解が広がりつつある世の中だが、わざわざ自分から働きかけて有馬かなの異性愛を否定するのも何かが違うと黒川あかねは思った。自分自身もレズビアンに目覚めたとは言い難い状況だ。結局は有馬かなの選択に合わせるしかない。
迷走する思考に疲労感を感じていたところに、「今ガチ」メンバーのグループチャットに新しいメッセージが届いた。
☆MEM☆
『台風の日に食べるスイーツは最高~!』
MEMが買い置きしておいたスイーツを食べる報告が、写真付きで流れてきた。
有馬かな
『罪深すぎるわ。インスタかツィッターでやれ』
すかさず有馬かながMEMにツッコミを入れていた。この二人は「今ガチ」が初共演にもかかわらず、妙に仲がいい。
…「恋愛ビターチョコ」の撮影で有馬かなと再会したときの自分たちのことを思い出して、黒川あかねの心にMEMへの嫉妬心が湧いた。
あかね
『私も買ってくるね』
何かを考える前に、彼女の手が動いていた。
NOBU
『張り合うなw 台風来てんやぞw』
有馬かな
『おい馬鹿やめろ。考え直せ』
止めてくる人もいるが、今はそういう気分だ。悪い意味で煮詰まった頭を冷やすために風と雨を受けてくるのも悪くない。黒川あかねはそう思った。
そんな普段の彼女にはあるまじき軽率な思いつきに、黒川あかねは疑問を全く感じていなかった。
「…かなちゃんも『雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうことだ』って言ってたことだし、別に台風の中でスイーツを買いに行く人間がいてもいいよね?」
そう独り
雨と風を傘で受け止めながら、彼女は道を歩いていく。
原作の因果が――