有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
ツクヨミを煽って無理やりMEMのデビュー曲を作らせた私は、ツクヨミが持ってきたDVDの内容を確認した後すぐにMEMの家に直行した。
「ハロー、MEM。元気そうね」
「ははは、元気だけが取り柄だからねー」
MEMは笑顔で私を出迎えてくれたが、その笑顔はいつもより少しだけ固かった。期待と不安が半々といったところか。どうやら本格的にアイドルデビューへの道が見えてきたことを実感して緊張をしているようだ。
「もう一度聞くわ。まだアイドルになる夢を諦めてないのね?」
「…うん。でも、私なんかが本当にアイドルになれるのかな」
私の質問に対して、MEMが弱気な返事をする。
「ここまで来たら、出来る出来ないの問題じゃないわ。やるかやらないかの問題よ」
私はMEMに発破をかけた。無関係のツクヨミまで巻き込んでここまで大事にしたのだから、こうなったらもはや一蓮托生だ。MEMの年齢詐称がきっかけで起こったこの騒動に巻き込んで迷惑をかけた人たちのためにもMEMには絶対にアイドルになってもらわないといけない。
「どんなことでもする覚悟があるなら、私がなんとかしてあげる。この歌であなたに魔法をかけてあげるわ」
私はケースに入ったDVDのディスクをMEMに見せながらそう宣言する。流石に「アイドル」には届かないかもしれないが、この曲だって2023年を代表するヒットソングには変わりはない。勝算は十二分にある。
まあ、シンデレラのような綺麗なお姫様に変えてあげるとは一言も言ってないのだが。
「ありがとう、かなちゃん…私、アイドルになるよ!」
はい、言質いただきました。
「よく決心したわ。今からやっぱりやめるといってももう認めないわよ」
私はDVDをセットし、ツクヨミの作ったムービーを再生した。
ディスプレイの中で、アイドルらしい愛や恋というフレーズを散りばめた歌をボーカロイドが歌いながらダンスを踊り始める。
最初は期待に目を輝かせていたMEMだったが、サビのパートが終わった辺りで表情が「え?これを私が歌うの?」という雰囲気に変わっていき、歌が終わる頃には目からハイライトが消えかけていた。
愉悦…っ!君のその表情が見たかったんだ…!
「これは…なんというか…その……」
「なかなかブッ飛んでる歌でしょ?」
AメロとBメロだけならアイドルの歌らしく聞こえるのに、その印象をサビで全部ぶっ壊す個性的な曲。むしろ個性しかない。
だがそれだけに一度聴いたら絶対に忘れない中毒性がある。
「も、もっとまともな歌はなかったの?」
おいMEM、そこは歯に衣着せて「真面目な歌」と言うところでしょ?混乱し過ぎて本音が漏れてるじゃないか。
「あるけど、それじゃ駄目。時間も経験も足りないMEMじゃ正攻法でやっても勝ち目はないわ」
「ま、まあそれはそうだけど」
「だから、スタートダッシュにすべてを賭ける。最初の一撃でテレビを見るすべての人にMEMの名前を憶えてもらう。デビュー曲にアイドル生命のすべてを賭けるなんて、すごくロックな生き方でしょ?」
ロックじゃなくてアイドルがやりたいんだよぉ、というMEMの泣き言は全力で無視した。
MEMとコンセンサスが取れたので、私はMEMを連れ添って苺プロにアポを取って事務所に突撃した。
MEMのマネージャーのようなことをしている自分に疑問を抱かないでもないが、今日を乗り切れば後は苺プロに丸投げ出来る。未来知識チートを使って作ったヒットソングなので、売り方を間違わなければ大丈夫なはずだ。
今の苺プロにはミヤコさんだけではなく、B小町を伝説のアイドルに育て上げた斉藤社長がいるのでそこは信用できるだろう。
苺プロの事務所にはアクアとミヤコさんだけではなくアイとルビーと斉藤社長まで揃っていたので、全員でツクヨミの作ったムービーを鑑賞する。せっかくなのでMEM以外の人の反応も見てみたい。
AメロとBメロでリズムに乗って楽しそうに身体を動かしていたみんなの動きが、サビが流れたタイミングでピタっと止まる。
その直後に、サビのパートの歌詞がツボに入ったアイが大爆笑した。
「私、これ歌いたい」
「やめろ」
「やめて」
「やめてくれ」
「やめなさい」
「やめてください」
アイがMEMのデビュー曲を盗ろうとしたので、全員で止めた。
ムービーを見終わった後、MEMのアイドルデビューの話はトントン拍子に進んだ。
歌の内容に難色を示す人も出ると思っていたのだが、真っ先にアイのお墨付きが出た影響もあったのか反対する人は誰もいなかった。なので私が思い描いているロードマップの共有に入る。
まずはこの歌をヒットさせてMEMの名前を覚えてもらうのが最初の目的だ。MEMのyoutubeのフォロワー数は37万人ほどで、国内のチャンネル登録者数の上位3%の上澄みに食い込んでいるが、地上波放送での知名度はゼロといってもいい。
苺プロの事務所はネットタレントが多い事務所だが、B小町の時代から積み重ねてきたコネがあるので地上波放送のテレビ局にもそれなりに顔が利く。そこでyoutuber出身の新人アイドルというキャッチコピーでゴリ押しと言われる覚悟で地上波の音楽番組やバラエティーに出演し、MEMの顔と名前を売っていくのが第一目標だ。
アイドルというよりはタレント活動のほうをメインにするといった感じか。どちらにせよ先に歌のほうをバズらせておきたいところだ。
なので地上波放送の展開と同時に「歌ってみた動画」や「踊ってみた動画」でバズるように誘導して、WEBの方からも攻めていく。それこそアイにこの歌を歌って貰えば話題性は抜群だろう。全部上手くいけば紅白歌合戦への出場も狙えるはずだ。
そして重要なことなのだが、この歌は「アイドル」と同様に漫画の内容をイメージして作成されたアニソンなので出来ればそのアニメとのタイアップまで実現出来れば完璧だった。といってもこれは2022年秋アニメのED曲なのでちょっと無理かなと思っていたら、
「あなた、本当に『持っている』のねぇ」
つい最近、そのアニメの製作会社からアクア達にオリジナル楽曲の制作依頼の打診があったらしい。しかもMEMのデビューに合わせて本来よりアニメ放送日が1年半以上繰り上げになっているときたものだ。
うん、これ勝ったわ。歴史の修正力さんのMEMへの依怙贔屓がひどい。
ちなみに、話を詰めている段階で一つだけ無視できない問題が発覚した。
「私、その漫画読んだことないんだけど」
「は?死ね」
今すぐ全巻読め、MEM。漫画のファンを敵に回したらその時点で死ゾ。
「…助かった。俺の思い付きの行動のせいで迷惑をかけたな、かな」
紆余曲折はあったものの、無事MEMのアイドルデビューが決まってほっと一息ついていたらアクアが私に声をかけてきた。
「…私はね、MEMのアイドルデビューなんて無理だと思っていたのよ。アクア」
アクアを慰めるわけじゃないけど、ちょうど良かったので私の本心をアクアに吐露する。
「アクアがMEMをスカウトしなかったら、アクアが私を頼ってくれなかったら私はあの曲を作ろうなんて思わなかった。あのとき『行動しなければ可能性はゼロのままだ』なんてアクアは言ったけど、アクアが行動しなかったら本当にMEMがアイドルになれる可能性はゼロのままだったのよ」
アクアと相談するまでは、こんな方法でMEMをアイドルデビューさせられるなんて思い付きもしなかった。私は勝手にMEMはデビュー出来ないと思い込んで、その可能性を諦めていただけだったのだ。
アクアの思い付きで助けられたのはMEMだけじゃない。私も助けられていたのだ。
「だから私からもお礼を言わせて、アクア。MEMをアイドルデビューさせてくれて、ありがとう」
「かな…」
アクアのおかげで、私はMEMと出会ってからずっと感じていた胸のつかえが消えていくのを感じた。私はこの件を貸しにする気は特にないが、アクアが借りだと思ってくれているならばそれは
なお印税はツクヨミの懐に入るよう調整した。流石に一年後にyoutubeの再生回数が6000万回越えするヒットソングの印税を平気な顔でパクれるほど人間をやめてはいなかった。
ちなみにツクヨミが指定した作曲者の名義は「夜遊ビ。」ではなく「unknown」という名前だった。本物のyoasobiがこちらの世界でもデビューしているのに加えて、オリジナル曲を作ったアーティストの名前に寄せるのがアイツの拘りらしい。
…そして月日は流れ、MEMのデビュー曲が世の中に公開される日になった。
といっても曲の初披露はアニメのEDであり、MEMのダンスを撮影したMVが公開されたのはアニメ放送終了後の翌日午前0時のことだった。
MEMのデビュー曲はアニメの内容と完全にリンクしていたこともあり、アニメ終了直後に速攻でバズっていた。事あるごとに「アイドルの歌うような歌じゃない」とMEMは愚痴っていたが、手段など選んでる場合じゃないだろ誉なんかさっさと浜に捨ててしまえ。
私は早速MVが投稿されているyoutubeのチャンネルを開いた。どこか懐かしさを感じるイントロが流れて歌が始まる。
私がツクヨミに作らせて、MEMに託したアニソンとは――
「ちゅ、多様性。」
それはアニメ版チェンソーマン第7話のED曲であり、第4の壁の向こう側の世界で実写版「推しの子」のMEM役を演じた元アイドル「ano」が作詞した歌だった。
「"
Oh, I need you 恋が醒めない お生憎様の慣れ果て察して♪"」
アニメが完成するまで散々待たされた間、徹底的に練習した歌をMEMが歌い上げる。
私の「甘ったるい舌足らずな声で!」「自分が世界一かわいいアイドルだと思えるような感じで!」という難しい…というか痛々しい要求を完璧にクリアしたMEMの笑顔と歌声は、まさにアイドルの風格を宿して輝いていた。
えっ?人の心とかないのか?ねぇよそんなもの。
この歌の元々の歌手である「ano」、通称「あのちゃん」はこの世界では芸能界デビューしていなかった。
実写版「推しの子」に出演した縁で存在を別の人物に置き換えられたのかもしれないし、もしかしたら「ano」がアイドルデビューをするきっかけとなった中学生時代のいじめと引きこもり生活が起こらなかったのかもしれない。
yoasobiのボーカルである幾田りらと何かと共演することの多い面白いタレントであっただけに少し残念だったのだが、こうなってしまったのなら仕方ない。向こう側の世界でMEM役を演じたことで私達との縁が出来たというのならば、MEMの夢を叶えるためにその才能に
盗作になってしまうので今回ばかりは間違いなく私が悪いが、非常事態ということでどうか許して欲しい。
「"
猛反対 お手お座りでハイ、報酬♪"」
いじめと引きこもり生活を経て成り行きでアイドルデビューし、アイドル活動に馴染めずにグループを脱退してソロの音楽活動で名を上げ遂には紅白歌合戦に出場するまで上り詰めた「ano」のサクセスストーリーに私はシンパシーを感じていた。
不幸な境遇にあった女の子が自分の居場所を求めて芸能界に飛び込む物語。「自分の居場所」を「愛」に置き換えたら、そのままアイの物語だ。
彼女の輝きは決して「推しの子」の登場人物に引けを取らない。そしてその彼女の輝きを、今はMEMが纏っている。
「"喉の奥がチクンチクン 僕はドクンドクン 鼓動で孤独消してみせてよ
愛も恋も独裁して 僕を独占して このまま中毒になるまでチューしよ♪"」
AメロBメロが終了した。次はお待ちかねの
「"そして
前代未聞、ゲロという
綺麗な顔しているだろ?ウソみたいだろ?デビューソングなんだぜ、これ。
「"熱くとろけるくらいに溢れた気持ちが たまらないでしょ♪"」
デビュー曲でいきなりアイドルの仮面を投げ捨てて、出て来た素顔はエンターテイナーの顔だ。
楽しければそれでいいじゃんという、ある意味でyoutuberらしいと言える思いを歌に乗せてMEMは歌う。
「"
覚えやすい上に中毒性がエグい音楽と歌声を聞いた視聴者達は、なすすべもなくMEMの世界に引き込まれていく。
一度聴いたら絶対に忘れない。それがこの「ちゅ、多様性。」という歌の特徴であり、魅力だ。
「"
しかもこれがデビュー曲ということで、芸能界に於けるMEMのキャラクター像も明確になるという利点がある。
「デビュー曲でアイドル生命を賭けさせるようなヤバい歌を歌わされた」「次のヒットソングが出せなかったら一生ゲロチューダンスの子呼ばわりされる」といった持ちネタは、トーク番組で話題を振られたときの強力な武器となるだろう。
もしかしたらルビーの引き立て役Bにされる原作の世界よりも、MEMは売れるのかもしれない。
「"
アクアたちと同様に、原作という筋書きからすべてを解放されたMEM。
そんな彼女が一発屋で終わることなく、最後までアイドル業を続けていけるようにと私は頼りにならない神様に祈った。
やりたかったことリスト35
実写版「推しの子」の逆輸入。あのちゃんが金髪やめたってことは、もう収録終わったのかな?