有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
この作品が続けていけるのは皆さまの応援のおかげだと切に感じています。
季節は秋。私の原作知識にある通り「東京ブレイド」が舞台化されることになり、私のところにも「東京ブレイド」への出演依頼が来た。
しかし私に来たオファーは「つるぎ」役ではなく「鞘姫」役。もしかしたら今年の春に私達が出演した「今ガチ」で黒川あかねがアクアと恋人関係になれなかったことが影響しているのかもしれない。
アクアに確認したところ、アクアのほうにも「刀鬼」役でのオファーが来ているらしい。
「刀鬼」と「鞘姫」は恋人の役。なるほど、この原作と異なる配役には「東京ブレイド」の企画に参加している鏑木プロデューサーの作為が感じられる。好意的に解釈するなら「今ガチ」でトチった私に対するアフターケアといったところなのだが、あの抜け目のない鏑木Pのことだ。アクアを餌にすれば私はオファーを断らないとの算段を立てているに違いない。
そんな餌にこの私がクマー!
「とまあ、現況はこんな感じね。『東京ブレイド』の舞台化は劇団ララライがメインでやるって話だから、当然そっちにもオファーは行ってるでしょ?」
「うん、また一緒にお仕事出来るね。かなちゃん」
餌に釣られてホイホイとオファーを承諾した私は、その後黒川あかねに呼び出されてカフェで仲良くお喋りしていた。原作ではアクアWSSの件もあってバッチバチに対抗意識を燃やしていた私たちであったが、こっちの世界では至って平和なものだ。
この時期にこういう会話をしているということは本来ならここはあかねとアクアのデートイベントにあたるシーンだったはずなのだが、「今ガチ」でフラグを立てられなかった私たちは女二人で友情エンドだ。恋愛シミュレーションゲームならバッドエンド扱いである。ところでアクア攻略不能バグの修正はいつになったら行われるのだろう。神様はやくしてやくめでしょ?
それはさておき、黒川あかねに話を聞いたところ、やはり彼女には「つるぎ」役のオファーが届いていたようだ。本来私が
その点こちらの「鞘姫」は、下手な演技をすると容赦なく減点を食らう。台詞の少ないキャラなので、扱いに困った舞台の脚本家が脳筋キャラに改変してしまうほどの困ったちゃんだ。「東京ブレイド」原作者の鮫島アビ子先生がブチ切れて脳筋キャラ設定はボツになったが、このキャラを完全に演じきった黒川あかねは本当に凄いと思う。
まあ、だからといって降参するつもりはさらさらないが。
私はフラペチーノを飲み干し、トレイを返して店を出た。黒川あかねとの演技の練習は今日はナシだ。自習でもしていなさい。
そして、舞台「東京ブレイド」のスタッフ顔合わせの日がやってきた。
途中でアクアと合流して一緒にスタジオに向かう。二人でお喋りしながら建物に入ったところで、廊下でメルトとすれ違った。
「オッス、アクア、有馬。久しぶりだな」
「『今日あま』以来かしら、メルト君。だいたい1年ぶりぐらいね。そっちも鏑木Pからのオファーでここに来たの?」
「ああ。この公演、外部の役者は鏑木Pが選んでいるらしいな。つまり俺たちは鏑木組ってわけだ。よろしくな」
「よろしくね。ところで『今日あま』のときよりも演技力は上がっていると思って大丈夫なのかしら?」
挨拶のついでに言葉のジャブをメルトに打ち込む。
「…前よりかはマシになってると思うから、駄目だったら遠慮なく言ってくれ」
「期待しているわよ。じゃ、また後でね」
慢心している様子は無し。「今日あま」で私が好き放題に暴れた影響がどう作用しているのか不安だったが、要らない心配だったようだ。原作よりもダメになっているようなら鏑木Pが外しているだろうし、メルトに関しては特に問題はないだろう。
経験者ばかりの劇団の中に役者歴1年目のペーペーが一人だけ放り込まれるのは負担が大きいだろうけど、それは期待の裏返しだからなんとか頑張って欲しい。
そして、スタジオにて待つこと10分。最後にプロデューサーである雷田澄彰がやってきて、舞台「東京ブレイド」に参加するメンバーが全員集結した。自己紹介を簡単に済ませた後に、早速本読みが始まる。
さあ、前途多難な楽しい「東京ブレイド」編の始まりだ。
――「東京ブレイド」はいくつかのチームが抗争を繰り広げ、いつしか互いに友情や愛情を深めていく王道バトル漫画だ。
私が演じる「鞘姫」とアクアが演じる「刀鬼」が所属する「渋谷クラスタ」は、この物語の主人公である「ブレイド」たちが所属する「新宿クラスタ」と戦う敵役として登場する。
「鞘姫」は、原作でもあまり出番が多くないキャラだ。
最初は「刀鬼」の許嫁として登場していたものの、物語の途中で「刀鬼」と「つるぎ」とのカップリング人気が上昇したせいで鞘姫は「刀鬼」の相方としての出番を食われる結果となり、いつの間にか彼女は負けヒロインへと転落していた。
えっ?「
まあそんな感じで少しばかり影が薄いのが悩みの鞘姫さんなのだが、彼女の自己主張が弱いことをいいことにウチの脚本家は「ちょっとぐらい原作改変してもバレへんか」とばかりに鞘姫を脳筋キャラに変更してしまった。
そうやって出来た脚本を見た鮫島アビ子先生は大激怒。「原作通りの鞘姫の演技が見たかったの!Pに電話して脚本家降ろしてもらうね」と言い出し大騒ぎになるのが「東京ブレイド」編の最初の山場だ。細部は覚えていないが、だいたいこんな感じで合ってるだろう。
そんな経緯で「渋谷クラスタの本懐とは、ナメられたら殺す!」と言わんばかりに鎌倉武士の流儀にすっかり染まってしまった鞘姫だったが、ここで新たな問題が発生する。
グループのトップが
鞘姫 「新宿の奴らを皆殺しにしてやりなさい!うおおお殺す!!」
匁 「僕は戦いたくない…うおおおでも殺す!!」
ブレイド「誤チェストでごわす」
刀鬼 「よくも鞘姫を殺したな!もう許さん!!うおおお殺す!!!」
鞘姫だけではなく刀鬼たちまで知能レベルをナーフされたせいで、彼女たちの「やられ役」としての印象がより強くなってしまった。
渋谷クラスタのファンは泣いていい。むしろ泣け。
「……うーん」
そんな中、私は自分の演技の内容に違和感を覚えて首を傾げていた。
黒川あかねが演じたときのように、原作改変のせいで役がしっくりこない…というわけではない。むしろその逆だ。妙に役が馴染む。確か「つるぎ」も割と脳筋寄りの娘だったはずだけど、私って脳筋キャラの演技のほうが合ってるのかなぁ?
えっ、「類は友を呼ぶ」だって?うるせぇ乳首に生えた毛が伸び続ける呪いをかけるぞこの野郎。
…とにかく演技が上手く出来ることは普通なら良いことのはずなのだが、この脳筋バージョンの鞘姫、略して脳筋姫は数日後にアビ子先生にダメ出しされて消滅するキャラなのだ。NGバージョンのキャラの演技が上手いことを喜んでいいのかどうか判断がつかない。どうすんだよこれ。
「すみません。ちょっと演技と脚本のことで聞きたいことがあるのですが」
一人で悩んでいても仕方ないので、演出家の金田一さんと脚本家のGOAさんに相談することにした。報連相は社会人の常識、出来ないやつから死ぬ。
「んー?今のところ問題なさそうな感じだけど?」
「何か引っかかるところでもあるのか?」
私が何に悩んでいるのか理解出来ていない二人が揃って首を傾げる。そりゃそうだ。「演技が上手く行き過ぎて戸惑っています」と相談されるなんて夢にも思わないよね。
「脚本に書かれている『鞘姫』の性格が原作の性格と大分違うので、いまいち彼女の本質が掴めなくて演技がしにくいと感じています」
あてこすりに定評のある京都の方言だと「あんたらが鞘姫の性格を原作改変し過ぎて私困っているんですけど?」という意味になるのだが、彼らは京都人ではないので言葉通りの意味で解釈してくれるだろう。私も京都人ではないので裏の意味などあんまりない。
「ああ…確かに原作より大分好戦的な感じだしね。でも僕の目から見ても有馬さんは上手くやっていると思うし、この調子でやってくれればいいと思うよ?」
私の婉曲で奥ゆかしい表現を用いた「そんな脚本で大丈夫か?」という質問に対して、GOAさんが「大丈夫だ、問題ない」と返答する。
神は言っている、ここで原作再現する定めと。
「…鞘姫がこんな性格になった経緯や、裏設定みたいなものはないでしょうか?」
「うーん、尺の都合とか全体的な演出のバランスを考えての変更だから細かい設定までは考えていなかったんだよねぇ。でも演じるのは有馬さんだし、引っかかってる部分があるなら今からでも直すよ?」
「役者を甘やかすな!今のところ有馬の演技に問題はないし、方向性も間違っていない。細かいところは俺が指示して修正していくから、有馬はこのまま自信を持って演技すればいいぞ」
私の質問に対して思わず日和そうになるGOAさんを、金田一さんが一喝した。
どうせ数日後にボツになる脚本だ。これ以上この話題で話を続けるのは意味がないどころか、二人の心証を悪くするだけこちらの損である。
ここが退き時であるということは明確…なのだが。
「役に入り込めていない状態でも最高の演技が出来る、などと自惚れるつもりはありません。ここをあやふやなまま放置はできないです」
それでも私は金田一さんにしつこく食い下がった。
ここまで鞘姫の演技に拘るのはなんだろう。自分でも上手く言い表せないが、プロ根性の一言では説明しきれない複雑な想いに動かされている感じがする。「このまま終わらせたくない」という漠然とした衝動に駆られて感情が暴走している。まずい状況だ。
「それなら逆に聞くけど、有馬さんはどういう設定だったら納得できるかな?」
納得のいかない私に対して、GOAさんが逆に問いかけてくる。
それは勿論、原作に忠実な性格の鞘姫――などと答えるつもりはない。それはアビ子先生の想いであり、私の想いではない。
そもそも「原作と性格が違う」ということ自体が先入観に過ぎないのだ。
「…完璧な笑顔の裏側で涙を流している少女。仲間から『
自分のイメージを言葉にすることで、私が鞘姫に抱いていたシンパシーが鮮明になっていく。
原作と変更されたのは彼女の性格ではない。彼女の立場だ。「即断即決。渋谷クラスタのリーダーはこうあるべし」という仲間の期待に応えるために、彼女は自分の本心を隠して「鞘姫」を演じる。
強気な性格。作られた笑顔。彼女の振る舞いの、その全てが「嘘」だ。
「新宿の奴らを皆殺しにしてやりなさい!」と嬉しそうに命令する鞘姫の
――ファンに見せるアイの笑顔と、ダブった。
「…なるほど、この鞘姫は『演技』をしているのか。面白い考え方だね」
「ええ、この解釈ならば登場人物の対立を分かりやすく明示する舞台装置として与えられた彼女の役割と矛盾することはないし、こちらの演技の幅も広がります。脚本もいじる必要もないですし、これならいいですよね、金田一さん?」
「ああ、いい解釈だと思うぞ」
GOAさんが「これは一本取られた」といった感じで私の解釈を面白いと評価し、金田一さんも仏頂面をしながらも私の解釈を否定しなかった。
ここでようやく私は自分が感じていたモヤモヤ感の正体に気づいた。私は原作で金田一さんが言った「鞘姫の心情を入れるのはノイズになる」という言葉に反発を覚えていたのだろう。アクアの言葉を借りるならば、「やっぱ演技は感情乗ってなんぼだよな」というやつだ。
「ありがとうございました。これで迷いなく演技が出来そうです」
私は二人に頭を下げる。単なる自己満足でしかない問答ではあったが、成果はあった。
このやり取りを経て、私は今まで以上に「鞘姫」のことが好きになった。たとえ今の脚本が変わったとしても、彼女の役を誇りと親しみを込めて演じることが出来るだろう。