有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
夏風邪を引いて一日12時間眠る病気になってしまったので更新速度が低下しています。鼻詰まりと痰で窒息して死にそうでヤバい。
――舞台「東京ブレイド」稽古6日目。
「…というわけで、いったん脚本が白紙に戻った。原作サイドとの交渉の後、新しい脚本が上がり次第連絡をする。それまで稽古は休止とする」
アビ子先生がすべてをひっくり返した、思い出すだけで胃の痛くなるような悪夢の一日が終わったその翌日。最初のミーティングにて金田一さんが集まった役者たちに現在の状況を説明した。
「それから、プロデューサーから『SMASH HEAVEN』のチケットを預かっている。しっかり勉強してこい」
結局雷田Pは制作側の問題で稽古を中断させたお詫びとして、昨日居合わせた役者の希望者全員に「SMASH HEAVEN」のチケットを配ることになった。私達にとっては役得とも言えるが、そんな甘いことを考えて浮かれているような奴は新しい脚本が上がってきた後に泣きを見ることになるだろう。
「勉強の一環とは言え、タダで演劇を観に行けるなんてラッキーだな!」
なんてことを考えていたら、劇場に移動する間の雑談でしっかりメルトが死亡フラグを立てていた。人の期待を裏切らない奴だな、お前という奴は。
ゆりかもめ市場前駅にて下車して徒歩1分、私たちはIHIステージアラウンド東京に到着した。そう言えばIHIってどういう意味なんだろう。
「行こ!かなちゃん!!」
そんな益体もないことを考えていたら、私はアクアではなく何故か黒川あかねと腕を組んで入場する羽目になっていた。
気づいたら黒川あかねに先手を取られていて、いつの間にかこういう状況になっていた。これは「お前だけ彼氏作ってリア充になるのは絶対に許さない」という黒川あかねの意思表示なのだろうか。解せぬ。
黒川あかねのでかいおっぱいが私の腕に押し付けられた感触で思い出したのだが、そう言えばコイツはまた一段と大きくなって遂に寿みなみと一馬身差まで迫ったらしい。ライスシャワーじゃなくてミホノブルボンになるつもりかお前は。まさかそういう方向性で原作崩壊の心配をする日が来るとは夢にも思わなかった。
「結構人気の舞台だし、雷田さんがチケット用意してくれたのはラッキーだったよね」
「来月には私達があの舞台の上に立つのよね。気合入れていかないと」
すでに「SMASH HEAVEN」の公演が始まってから1か月が経過しているのだが、まだまだチケットの売れ行きは好評のようだ。私達も負けていられない。
黒川あかねと私、アクア、メルトで並んで席に座り、雑談をしながら「SMASH HEAVEN」の開演を待つ。アクアとデートと言うにはお邪魔虫が少々多いが、まあそれはいつものことだ。もう慣れた。
劇場に開演ブザーが鳴り響き、照明が暗くなる。芝居の勉強なんて堅苦しい話はナシだ、とりあえず今はこの時間を目いっぱい楽しむとしよう。
「どうだった、アクア?」
「…まあ、想像していた50倍ぐらい面白かったな」
「でしょーー!?」
「SMASH HEAVEN」を見終わった後、カフェで舞台の感想を言い合っていたらアクアの初々しい感想に黒川あかねが色濃い反応を見せて食いついてきた。おいィ?何いきなり私のアクアに話しかけてるわけ?そういうの私のシマじゃノーカンだからな?
「やあやあ皆さん、今日は楽しんで貰えたかな?」
そこに私達の姿を見つけてやってきた雷田Pが話に加わる。
「あ、雷田さん。チケット、ありがとうございました。」
「なんのなんの、今回は僕達の都合で迷惑かけちゃったからね。このぐらいはお安い御用だよ」
「それで、脚本の件は大丈夫なんですか?チケットは受け取って貰えました?」
とりあえず、みんなが一番気にしてそうな話題を振ってみた。
「ああ、門前払いだけはどうにか回避出来たよ。土俵際ギリギリって感じで生きた心地がしないね、全く」
「上手くいくことを祈ってますよ」
曖昧な半笑いの表情を浮かべて、雷田Pは頷いた。彼の顔色はあまり良くない。きっと昨日はまともに寝れてないのだろう。
「大丈夫ですよ!今回のトラブルって伝達ミスで起こった誤解が原因なんでしょう?腹割って話せば絶対解決しますって!!」
「そうですよ。むしろ原作愛旺盛なスタッフが集まる2.5次元舞台でもこういうトラブルが発生することに驚きました」
メルトが能天気なノリで雷田Pを励まし始めたので、私もメルトの言葉に乗っかって同意しておいた。
そもそも原作者相手に「素人は黙っとれ(意訳)」と言い放つ脚本家が普通に存在する地上波テレビ局のほうが異常だと思うのだが、「漫画は子供の読むもの」といった昭和の価値観から抜け出せてないんじゃないかな、あの人たちって。今は令和の世の中なんですけど?
「…ありがとう。まあ、GOAくんの件が上手く行っても行かなくても君達には苦労をかけることになりそうだけどね。先に謝っておくよ」
私達はその後、彼の愚痴や弱音を含めた話をしばらく聞いてから劇場を後にした。彼が胃薬を手放せる日はまだまだ先の話になりそうだった。合掌。
「なあ、雷田さんの『上手く行っても行かなくても君達には苦労をかけることになる』って、どういう意味なんだ?」
劇場からの帰り道で、メルトが雷田Pの言葉の意味について問いかけてきた。
「今回の件で脚本の内容がガラっと変わりそうだから、今までの積み重ねがパーになった上で最初から練習し直さないといけないってことよ。新しい脚本が出来上がってからが本当の地獄よ」
「うへぇ」
私の説明を聞いて、メルトが心底嫌そうな顔をした。今回の脚本修正の件で一番苦しむのはお前だからな、メルト。覚悟しとけよ?
とりあえず雷田P関係のイベントはこれで終わりだ。なので、私は次のイベントの準備を進める。
「今日の予定はこれで終わりだけど…みんな、明日の予定って空いてる?」
アビ子先生にチケットを渡すイベントは消滅したけど、別に用がなくても吉祥寺先生のお宅に遊びに行っても構わんのだろう?
「おじゃましまーす!」
「わー!皆いらっしゃーい!」
翌日、「SMASH HEAVEN」を一緒に観たメンバーと同じ顔ぶれで吉祥寺先生のスタジオにお邪魔した。
「私、漫画家さんのおうちって初めてです!」
「俺も」
「みんなゆっくりしていってね」
吉祥寺先生は、メルトを含めた私たち全員をごく普通に歓迎してくれた。ある意味では感動ものの展開である。
この世界はメルトが吉祥寺先生に塩対応されることのない「やさしいせかい」だ。それどころかヤツは30代以上のお姉さまに妙に人気がある。世の中何がどう転ぶかよくわからないなぁ。
「さっそく乾杯…って思ったけど、皆いくつだっけ!」
「16です(アクア・メルト)」
「17(私・黒川あかね)」
「わっか……死にたくなってきた……」
干支を一回りどころか年齢でダブルスコアをつけられてしまった吉祥寺先生(34)は、絶望に目を曇らせながら天を仰いだ。…そう言えばメルトってアクアと同級生だったのか。そういうのあまり気にしてなかったから今まで知らなかった。
「ドリンクとお菓子は近くのスーパーで調達してきたので、どうぞお構いなく」
「ごめん、それじゃあ私だけイかせてもらうわ」
そういうと、吉祥寺先生は缶ビールを開けて手酌でグビグビ飲み始めた。こちらも負けじと持参したお菓子をどんどん机の上に並べていく。
――アイスティー、ピザポテト×2、オレンジジュース、トッポ×5、クラフトコーヒー×2、ビックリマンチョコ×5、すしのこ。
…
「この中で『すしのこ』だけ異彩を放ってるな…」
スナック菓子とチョコレート菓子の中に堂々と君臨する粉末すし酢を見つめながら若干引き気味な表情でアクアが呟いた。
「フフフそんなことを言ってられるのも今のうちよ。もうすぐ『すしのこ』無しでは生きられない身体にしてあげるわ」
「嫌過ぎるぞそんな人生は」
「一体ナニをする気だコイツ」という疑念を込めた4人の視線が私に集中するが、それを全部まるっと無視してすしのことピザポテトの袋を開封する。
「これをこう!そしてこう!!はい完成!!!」
ピザポテトの袋にすしのこの粉末を半分ぐらい入れて、ピザポテトの袋をシャコシャコと思いっきりシェイク。すしのこの粉が満遍なくポテチに広がったところで、完成!
「すしのこ+ピザポテト、名付けてピザノコよ!さあ、召し上がれ!!」
コツはすしのこの投入量を大匙1杯分、つまり15g程度に抑えるのがポイントだ。75g入りのサイズを複数パック買うと処分に困るので注意しよう。一人暮らしでパン食メインなのにパケ買いして3パック分買ってしまった人、結構いるんだろうなぁ…
「あ、思ってたより全然おいしい」
「酸味が良い感じにアクセントになってていくらでもイケるな、これ」
最初はおっかなびっくりポテチを摘まんでいた一行だったが、一口食べるとその後は競うようにボリボリと食べ始めた。
ククク…貴様らも推しの子キャラである以上、コラボ先のスポンサーであるすしのこを悪く言うことは出来ないのだ……大人しくピザノコ信者になるがいい……っ!
「でもこれなら最初からすっぱムーチョ買っとけばいいんじゃね?」
「あ゛あ゛?」
そんな中、メルトが空気を読まずに身も蓋もないツッコミを入れてきた。
ヤロウ…タブー中のタブーに触れやがった……っ!!
…初めてお宅訪問する相手に開幕でピザノコをダイレクトマーケティングするという暴挙こそあったものの、吉祥寺先生とのコミュニケーションは良好な雰囲気で進んでいた。私はすしのこイメージガールとしての仕事を全うしただけなので私は悪くない。むしろ原作を最大限にリスペクトした行動だぞ褒めろ。
「…ところで、アビ子先生はやっぱり来れない感じですか?」
不自然にならないように、今回吉祥寺先生をお宅訪問した目的についての話題を振っていく。「SMASH HEAVEN」のチケットをアビ子先生に渡すこと自体は雷田Pがやってくれたが、それはそれとして漫画家サイドからのケアをおろそかにするのは少々迂闊で、そして危険だ。
「まぁ、向こうは週刊だからねー。…こないだの見学も原稿の合間を縫って無理やり時間を作ってきた位でね。
基本的に週刊連載って人間のやる仕事じゃないから!脳を週刊用にチューンナップされた兵士がやる仕事だから!!」
「ジョジョの漫画家は週休2日制で週刊漫画を描いていたと聞きましたけど」
「あの人はスタンド使いだから私達と一緒にしちゃダメ」
荒木飛呂彦のモデルは岸辺露伴だっただと…?(混乱)
「アビ子先生は今、特に忙しいでしょうしねー。アニメ化や何やらで、描かなきゃいけないカラーイラストの仕事だとか監修ものだとかが山のようにあるでしょうし」
「…それなのに、脚本の仕事をGOAさんから取り上げようとしたんですか?」
「2.5次元舞台の脚本だからまだこの程度で済んでいますけど、もしもこれが連続テレビドラマの脚本だったら冗談抜きで過労死案件になるところでしたよ?」
まあ連続テレビドラマの原作になる漫画は「大人向け漫画」が多いし、アビ子先生も週刊連載抱えながら10週分のドラマ撮影の脚本に手と口を出すのは流石に無謀だと分かるだろうから大丈夫のはず…いや割と危なかったかもしれない。あの人、脳筋鞘姫を笑えないぐらいに無鉄砲なところがあるし。
「んー…彼女、昔から不器用というか、変わった子でね。あんまり人と馴染むのが得意じゃなくて、アシスタント同士でもあんまり会話出来てなかったんだけど」
そこまで言って吉祥寺先生はガブガブ飲んでたビールを置いて、真面目な顔で語り出した。
「ただ、漫画は多弁。漫画家同士って漫画を読めば作者がどういう人間なのか大体分かるのよ。
…アビ子先生の漫画を読んですぐわかったわ。この子は『他者と分かり合いたい』けど、それが出来ずに苦しんでる子だって。
だからちょっと私から絡むようになったら割と懐いてくれて、可愛い子なのよ」
アビ子先生とのエピソードを嬉しそうに話す吉祥寺先生。その姿からは、二人の信頼関係の深さが見て取れた。
「まぁ……その後サクっと週刊ジャンプで連載決まって、トントン拍子で売れっ子になって…一瞬で追い抜かれていって……
挫折も知らずに売れたから、自分の意見が絶対だと思ってる感じ出てるのよね……」
吉祥寺先生の表情に影が入り、またビールに口をつけ始める。
…そろそろ頃合いか。
「吉祥寺先生、今日はお願いがあって来ました。…アビ子先生を、助けてあげてください。」
私は吉祥寺先生に向かって正座をして、三つ指をついて頭を下げた。土下座までやってしまえば卑屈に見えてしまうので、少し軽めに。でも誠意は伝わるようなバランスで。
「…有馬さん?」
「アビ子先生はボロボロです。助けられるのは吉祥寺先生しかいないんです」
私が吉祥寺先生宅にお邪魔した本当の理由は、アビ子先生のメンタルケアを吉祥寺先生にお願いするためだ。「SMASH HEAVEN」のチケットを渡して舞台を見せただけでアビ子先生が心変わりしてくれると信じるのは少々楽観的過ぎるだろう。
現在のアビ子先生の状況は、一日20時間労働の2時間睡眠を繰り返す生活を2か月間続けているといった劣悪の一言では言い表せない酷い状況だ。アシスタントを全員クビにするというアビ子先生自身が撒いた種が原因とは言え、他者に攻撃的になるのも仕方ない環境だと言えよう。
他人に寛容になるには、まずは自分の心に余裕がなければ無理な話なのに負の悪循環に陥っている。
「今アビ子先生には頼れる人が誰もいません。アビ子先生は、自分の決めたルールで自分自身が苦しめられている状況です。…このままでは、そのうち潰れてしまいます」
誰も頼れない、誰も助けてくれないと思いながら一人孤独に締め切りと戦い続けていたところに吉祥寺先生が現れて、自分の癇癪を受け止めながらも忖度のない正論で打ちのめして、それでも自分を受け止めてくれたことは彼女にとって救いとなったことだろう。
吉祥寺先生とアビ子先生の本音のぶつけ合いはこの騒動を上手く収めるための重要なファクターであり、私が余計な口出しをしたせいで消えてしまったイベントに対してのフォローである……というのが表の理由だ。
「誰も望んでない不幸な結果になる前に…どうかお願いします」
私はこのアビ子先生の脚本ダメ出し騒動の前に、この世界で原作者と脚本家が衝突した事例について調べていた。その結果はだいたいメフィストの記憶にあった向こうの世界と同じで、「海猿」も「いいひと。」も「おせん」も脚本家のストーリー改変による被害を受けていて、失意のあまり原作者が筆を折る事態が発生していた。
個人的に好きだった「テセウスの船」というドラマも、犯人を原作漫画と別人にしたせいで「最終回だけ凡作」という評価になっていた。「犯人がわかっているミステリーの、どこが面白いんだ?」という意見はわからないでもないが、それで作品を台無しにしてしまえば元も子もない。原作既読の人にはサスペンスってことでいいじゃん、それ。
まあこんなことがそこら辺でありふれている業界なので、きっと「セクシー田中さん」も、向こうの世界と同じ結末を辿るのだろう。そしてこの世界に君臨する邪悪な神は、それを指差して「
薄情だと罵られることを承知で言うが、私は「セクシー田中さん」の原作者である芦原妃名子氏を救う気はない。憤りはあるものの、所詮私は赤の他人だし、やれることなど限られている。
とある女優は原作者と脚本家の対立があった舞台の稽古をボイコットし、脚本家と裁判で争ってまで原作者の味方をしたという話もあるが、私には到底真似出来ないし、そもそも私はオファーを貰ったからにはウマの役でもシカの役でも全力でやることを信条としている。
人の命がかかっている事件とはいえ、我が身と関係者全員の生活を巻き込んで戦うほどの覚悟は、私にはない。
――しかし、未来の話ではなく、今ここに今にも転びそうな
「…どうして有馬さんは、会ったばかりのアビ子先生のためにそうやって頭を下げられるの?」
「…怖いから。恐ろしいから。不幸なすれ違いと歪んだプライドが原因で、取り返しのつかないことになった人を知っているから」
私のやっている行為は、善意ではない。保身だ。悪辣な神の興味が、アビ子先生に向くことが恐ろしくて、怖い。
だから私は今こうして吉祥寺先生に頭を下げて、縋っている。アビ子先生を、そして私を助けてください、と。
…私はあの台風の歩道橋の上で感じた恐怖を、もう二度と味わいたくないのだ。
ダブルスタンダードだと笑うなら笑え。それはそれ、これはこれだ。私の知識は私の大切な人のために使う、そう決めたのだ。
「…わかったわ。脚本の件に関しては私は手出し出来ないけど、アビ子先生のフォローは出来る限りやっておくわ。だから、頭を上げてね」
「……ありがとうございます」
良かった、これでもう最悪の事態にはならないだろう。
「…今日は東京ブレイドの漫画の締め切り日らしいから、顔を出すとすれば明日かしら」
「あ、それならどうせ表の締め切りを撃破して裏の締め切りをぶっ飛ばして真の締め切りとラストバトル始める状況になるでしょうから早めに助けに行ってあげたほうがいいと思いますよ?」
「RPGのラスボス戦かよ」
シリアスな雰囲気が終了して、漫画家の修羅場あるあるを語っていたらアクアが真顔でツッコんできた。何を言ってるんだアクア、締め切りが2段階変身するのは常識中の常識だぞ?