有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う   作:雑穀ライス

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「横浜女子大生ストーカー殺人事件。元交際相手がストーカーとなり、2023年6月29日に自宅のマンションで刺されて死亡。

 被害者が元子役で過去に芸能活動をしていたこと、年齢が18歳だったこと、殺人が行われた場所等の条件が合わさって、『推しの子』の世界で起こった事件が現実でも起こったのかと世間は騒然となった」

 

 いつの間にか、私の後ろにはツクヨミが立っていた。

 私が見せられた光景はパラレルワールドで起こったアイの殺人事件ではなく、「第四の壁」を隔てた「向こう側の世界」で実際に起こった事件だと、彼女は語る。

 そしてそれは、私たちが住む「此方の世界」でも将来的に起こる出来事だ。

 

「しかし、そんな悍ましくも痛ましい彼女の事件も時が過ぎれば少しずつ人々の記憶から薄れていって、いつしか『リアル推しの子事件』とは別のアイドルに起こった脅迫事件のことを呼ぶように変わっていた」

 

 2024年にもなれば、インターネット上で「リアル推しの子事件」と検索しても「横浜女子大生ストーカー殺人事件」の記事は表示されることはなくなった。彼女の死は特別なものではなく、数年ごとのスパンでたびたび発生する()()()ストーカー殺人事件の一つとして記録されることになった。

 

「残ったのは、消えることのない被害者家族の深い悲しみだけ」

 加害者に下った判決は、懲役18年。しかしたとえ加害者が死刑になったとしても被害者家族の悲しみは消えることはないだろうと言ってツクヨミは話を締めくくった。

 彼女は「被害者家族」が誰のことを指すのか明確にしなかった。間違いなく、アクアとルビーに対する含みも入っているのだろう。

 

 俗物化して愛嬌を手に入れた今のツクヨミ(メフィスト)とは異なり、このツクヨミ(フェレス)は「推しの子」原作に登場した当初のような得体の知れない気持ち悪さを纏った状態で、何が楽しいのかニコニコと笑いながら語り続ける。

 フェレスが語る内容は「向こう側の世界」で報道されたニュースの内容を読み上げているだけに過ぎない。にも関わらず、まるで彼女が人の死を娯楽として楽しんでいるように見えて言いようのない不快感を覚えた。

 

「ねぇ、有馬かな」

 

 悲惨な殺人現場を強引に見せつけられて、苦渋に満ちた表情をしている私にフェレスが問いかけてくる。

 

 

 

 

「彼女を助けなくていいの?()()()()()()()()?」

 

 

「…………っ!」

 

 今は2021年であり、事件が起こったのは2023年。未来知識を使って事件に介入すれば、あるいは。

 そんなフェレスの問いかけに、私は答えることが出来なかった。

 

 

 

「そうか。君はアイは助けるけど、彼女たちは助けないんだね」

 私の反応を見て楽しそうに、嬉しそうにフェレスが嘲笑う。

 

 

「君にとってこの世界は漫画(フィクション)現実(リアル)になった世界かもしれないけど、実際に起こったこと(リアル)なかったこと(フィクション)に変わることはない。君の推し(マンガのキャラ)彼女たち(実在した人)の命の価値は同じなのに、君はこの哀れな命を『仕方なかったこと』だと切り捨てるんだね」

 

 表情に笑みを浮かべながら、フェレスは見下すような視線を私に向けた。

 

 

「違う…私は……わたしは………」

 

 

 私が言い淀んでいると、フェレスの背後に新たな人影が現れる。

 黒川あかね、鮫島アビ子、そして――星野アイ。

 

 

「どうして見捨てるの」

 黒川あかねが、私に問いかける。

 

「どうして目を背けるの」

 鮫島アビ子が、私に問いかける。

 

「どうして――助けてくれないの」

 星野アイが、私に問いかける。

 

 

 

――言葉の刃で心を刺されて死んだ犠牲者が、

 

 

――命を削って創り出した物語を踏みにじられて絶望の中で死んだ犠牲者が、

 

 

――欲望と執着を愛と勘違いした愚者の悪意を受けて死んだ犠牲者が。

 

 

 私の知り合いの姿を借りて、私を責め立てる。

 

 

 大いなる力には大いなる責任が伴うのに、その力を私物化するのかと。責任から逃げるなと、死者たちが責め立ててくる。

 

 

 

「どうして」「どうして」「どうして」

 

 

 

「あ…あ……やめて……私は…私は悪くない………」

 

 耳を塞いでも、怨嗟の声が聞こえてくる。目を塞いでも、死者たちの姿が脳裏に浮かぶ。

 

 怖い。この世界のすべてが私に敵意を抱いているようで、怖い。

 世界に嫌われて、世界に憎まれて、この世界から居場所がなくなりそのまま自分が消滅してしまうのではないかという不安と恐怖が消えてくれない。

 

 

 

 助けて。たすけて。メ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だったら、俺がその続きを書いてやるよ」

 

 

 

 

 

 ――誰かの声が、聞こえた気がした。

 

 

「……あっ」

 

 死者の声が、聞こえなくなった。それと同時に身体に纏わりつくような恐怖が和らいでいく。

 

 

「てけり・り」

「てけり・り」

「てけり・り」

 

 

 俯いていた顔を上げると私を責めていた3人の姿はそこにはなく、代わりに人影を象った書割(ラクガキ)が意味不明な鳴き声を上げながら突っ立っていた。

 なんだこいつら。

 

「てい」

 なんかイラついたので、とりあえず真ん中の書割を蹴り飛ばしてやる。

 

「てけり~!」

 

 書割はパタンと後ろに倒れた後、黒いはぐれメタルみたいな姿になって逃げていった。

 なんだったんだ、アレは。

 

「エキストラに八つ当たりするのはちょっと可哀想じゃないかな?」

「ストレスの原因を作っている本人が何言ってんのよ」

 

 あくまでも態度を崩さないフェレスに対して、思わず私はツッコんでしまった。

 その会話の内容にまるで()()()と喋っているような気安さを感じて、私の心に少しずつ余裕が生まれてくる。

 

 ていうか、何が「君にとってはこの世界は漫画の世界」だとぉ?コイツ、私とツクヨミ(メフィスト)を意図的に混同させて思考誘導しやがったな!?しかも未来知識の私物化とか完全にアンタ(ツクヨミ)のやっていることじゃん!なんで私が責められないといけないのよ!!?

 …思考に冷静さが戻ってくると同時に、私は今の状況にだんだんムカついてきた。

 

「はぁ…さっきの話だけど、『彼女を助けなくていいの?』だったかしら?」

 さっきは陰鬱な雰囲気に乗せられて上手く言葉が出てこなかったが、頭がすっきりした今の状況なら答えられる。よろしいならば戦争だ、レスバよわよわポケモンの色違いキャラ如きに論破されるほど私はマヌケじゃないぞ?

 

 

「――私は役者。アンタ、頼む相手を間違ってるわよ」

 私に言うな、自分でやれ。私は死者たちではなく、フェレスに向かってそう言い放った。

 

 

 大体シナリオを書くのは脚本家の仕事だ。いくら脚本の内容が胸糞展開だからといって勝手に脚本を書き替えるような真似をするつもりはないし、そんな権限もない。餅は餅屋に任せるのが通すべき筋というものだろう。

 つーか私は犠牲になった人達とは全くの赤の他人なので、彼女たちの物語において私は単なる観客にしか過ぎない。観客が舞台に上がって演劇をめちゃくちゃにすれば警備員につまみ出されて出禁にされるのが関の山だ。

 

「じゃあどうしてあなたはアイを助けたの?」

「決まってるじゃない。()()()()よ」

 

 私はアイたち本人が出演する実写化「推しの子」の即興劇(インプロ)で、自分の役割を果たしただけに過ぎない。言ってしまえばすべて成り行きみたいなものだ。

 そもそも実際身を呈してアイを助けたのはアクアだし、私の身体を使ってメフィストがやったのはB小町に「アイドル」の楽曲を提供したぐらいなのですべて私の功績だと言うのは少しばかり図々しい。これはみんなでたどり着いた結末(ハッピーエンド)であり、誰が欠けても届かなかった結末だ。

 とにかく、私に何かして欲しかったら役と舞台を用意しろという話だ。それが出来るのならば、お望み通り私が物語を全部ムチャクチャにしてやろう。

 

「私に助けて欲しかったら、それこそアンタお得意の悪縁結びでもなんでも使って私にオファーを出しなさい。出演料は割高で受けてあげるわよ」

「そこは格安で受けてあげるっていうところだと思うんだけど?」

 友達価格で引き受けてやるような関係だと思っているのか、お前は?

 

「ふふ、やっぱりこの程度じゃあなたは()()()なかったね」

「アンタのクソリプで踏み外す(ねじれる)ほどヤワじゃないわよ。…もういいでしょ、アンタの出番はこれで終わり。この先アンタの悪趣味な原作再現をやれる機会は来ないから大人しく帰りなさい」

 

 実はアイツの声が聞こえなかったら結構危なかったのだが、都合の悪い事実はなかったことにして強気な態度でフェレスと対峙する。

 次にこのクソガキが悪さする機会があるとすればルビー関連のイベントなのだろうが、アレはアクアの正体がゴロー先生だと知れば全部スキップ出来る程度のイベントだ。すでにルビーのイベント発生フラグは折れているだろうから、もはやフェレスが介入できる余地はどこにもない。お前もう用済みだから帰っていいよ。

 

「もう少しあなたで遊びたかったけど、今日はここまでみたいね。じゃあ、いつかまた遊びましょう」

 もう二度と来んなっつってんだろ!出禁だ出禁!!

 

 

 

 

 

 

「……うーん」

 ようやく長い悪夢から解放されて、私は目を覚ました。うげ、少しだけ眠るつもりが1時間も経ってるじゃん。どうして誰も起こしてくれなかったんだ。しかも冬なのに寝汗でべとべとで凄く気持ち悪い。

 

「あ、やっと目を覚ましたんだね。かなちゃん」

「…気づいているなら起こしなさいよ」

 私が起きたことに気づいた黒川あかねがこちらに近寄ってくる。知り合いの前で小一時間ほど居眠り配信してしまったわけだが、まさか寝ながら涎とか垂らしてないよね?そうなったら私の女子力の危機なんだが。

 

「大丈夫大丈夫。可愛い寝顔だったよ」

 うっせぇわ。つーかアンタにとっては私の寝顔なんて珍しいものじゃないだろジロジロ観察すんな。

 私はニコニコしながら見つめる黒川あかねを追い払って、鈍った身体に力を入れて立ち上がった。本番まであと10日もないので、少し疲れたぐらいでは稽古を切り上げる理由にはならない。

 

「…ありがとう、メフィスト」

 稽古を再開する直前、私は誰にも聞こえないような小さな声であの悪夢から助けてくれた親友に感謝の言葉を送った。




やりたかったことリストその37
()縁結び・有馬かな

――禍福は糾える縄の如し。
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