有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
舞台版「推しの子」が割と良い感じで草。
「今日あまクオリティ」と「東京ブレイドクオリティ」という言葉が脳裏に浮かびました。
実写版のキャストもかなりいい俳優揃えてるのに、第一印象のせいで損してる感じが酷い。
かくして『東京ブレイド』の舞台は、万雷の拍手の中で幕を下ろした。
「つっかれたー!早く家帰って靴下脱いで寝っ転がりたーい!!」
初回の公演を終えて私服に着替えた私は、楽屋でソファにどっかりと座って気が抜けた姿を晒していた。
いやもう早く帰りたい。靴下と言わず全裸になってエアコンガンガン効かせた部屋でゴロゴロしたい。でもまだやることあるんだよなぁ。
私は最後のシーンで脚本の内容を無視して大立ち回りしたので、GOAさんと金田一さんに謝罪しておかないといけない。社会人には自分が悪いと思ってなくても頭を下げなければいけないときがあるのだ。そういやこの時代って、有給1日取っただけで同じ部署の人に頭を下げて回る悪しき昭和の慣例はまだ残ってるのかな?
まあ取り敢えず筋だけは通して、その結果あのアドリブが今後はお蔵入りになるとしてもそれはそれで良し。あの演技はアビ子先生狙いの個レスだったので目的はすでに達している。それにメルトと黒川あかねも一蓮托生で怒られてくれるので、赤信号みんなで渡れば怖くないというやつだ。
というわけで、タンク役2人を連れて突撃。サーセン反省してまーす、許してちょんまげ?
「明日以降もあの調子で頼むよ」
「次の公演で今日の演技よりもクオリティ下がっていたら許さんぞ」
怒られはしなかったが、明日以降もあのクオリティで全力演技をすることを約束させられた。えっ、これをあと一か月もやんなきゃいけないの?今日以上の事そうそう出来ないって!
「かなちゃんなら簡単に出来るよね?」
「私を誰だと思ってるのよ」
急に黒川あかねが煽ってきたので脊髄反射で返事をしていた。出来らぁ!
なお私とメルトのアドリブはOKを貰えたが、黒川あかねのアドリブにはNGが出た。あんな狭いステージを走り回ったらマジで事故が起こるので残念ながら当然の結果である。
…それから一週間と少しの時が流れて、12月もそろそろ終わりに差し掛かったある日のこと。正月休みを前にしてようやくアビ子先生の状況が若干マシになったので、私達はアビ子先生のスタジオにお邪魔することになった。
ひと月前にアビ子先生が参加出来なかった、キャスト同伴のご飯会のリベンジである。
「おじゃましまーす!」
「よ…ようこそ……散らかっていますが…どうぞ……」
私達は、先月吉祥寺先生のスタジオにお邪魔したメンツに姫川大輝を加えたメンバーでアビ子先生のスタジオを訪れた。ちなみに私達の平均年齢は17.2歳である。吉祥寺先生は死ぬ。
「わー、みんな久しぶりー!元気だったー?」
はにかみながら応対してくれるアビ子先生に案内されて部屋に入ると、一足先にアビ子先生のスタジオに現地入りしていた吉祥寺先生が一緒に私達を歓迎してくれた。多分気を利かせて私達が来る前にアビ子先生のスタジオの掃除を手伝っていたのだろう。苦労人ポジションは大変だなぁ。
スタジオは思ったよりも綺麗な状態であり、アビ子先生の身の回りの世話をしてくれる人たちの苦労がしみじみと感じられた。取り敢えず並べて重ねて隅に置いただけの資料や資材とゴミ分類の回収日が合わなくて捨てにいけなかった資源ゴミの袋は武士の情けで見なかったことにする。スメハラがなければセーフセーフ。
「お久しぶりですアビ子先生、吉祥寺先生。お忙しいところお時間いただき本当にありがとうございます」
「ぜんぜん!有馬さん達が来てくれるって言うならいくらでも時間作ります!」
嬉しいこと言ってくれるじゃないの。それじゃあとことん喜ばせてやるからな!
「お菓子も飲み物もいっぱい買ってきましたので、取り敢えずこれで乾杯と行きましょう!」
そう言って私は吉祥寺先生のスタジオに遊びに行ったときと似たようなラインナップのお菓子を並べていく。当然すしのことピザポテトの準備は欠かしていない。
「また『すしのこ』買ってきたのかよ」
ネタの使いまわしをする私をジト目で見ながらアクアがツッコミを入れてきた。なんだよ未来のすしのこアンバサダーだぞ私は。営業熱心と言え。
「あっ…それならいいのがありますよ」
そういうとアビ子先生は棚からお茶の入った筒を取り出してきた。
「これ、100g2万円する凄いお茶なんですよ。良かったら飲んでみませんか…?」
アビ子先生の持ってきたのは高級玉露。流石は発行部数5000万部越えの漫画家だ、金の使い方が違う。
「へぇー、私、
買うだけなら私の稼ぎでも出来るのだが、お湯を冷ますのがめんどくさいので買ったことはない。毎日飲むなら80℃で飲めるお茶がコスパもタイパもいいというのが私の持論だ。
私は紅茶はペットボトル入りのものしか飲まないので、いちいちポットの温度を変える必要がないところも良い。
「えっ」
「えっ」
私の言葉を聞いて、アビ子先生がきょとんとした顔をしていた。
…マジか、玉露の適温は50℃って常識だと思ってたけど雑学の類だったんかい。
「苦くて渋いのが高いお茶の特徴だと思ってました……」
「…ま、まあ漫画のネタで使えるかもしれないということで」
折角なので、お高い玉露をお手本通りにきっちり煎れてみんなで飲むことにした。めんどくさい手順が必要なだけあって、味は中々のものだった。
流石に二杯目以降は自分で煎れる気がしなかったので黒川あかねに任せておいたら、張り切ってお茶くみ係をこなしていた。焼肉奉行といい、こういうの好きだよね。この子って。
「…そうなんですか、舞台が終わった後に週一ペースで飲み会やってるんですね」
「一度アビ子先生に見て欲しい光景だと思いますよ。新宿クラスタと渋谷クラスタの徒党が一緒に酒盛りしている風景、想像しただけで捗りませんか?」
「わぁ…それは凄いですね……!」
私はアビ子先生とお喋りを続けていた。基本的に陰キャ気質のアビ子先生だが得意分野での話となると途端に饒舌になる。時折他のメンバーにも話を振りながら、私はアビ子先生のホステス役としての務めを果たしていた。
それはそうとして、死闘を繰り広げた相手と酒盛りをして和解する東方プロジェクトみたいな展開は私も大好きだ。ブレイドとつるぎは何も考えずにどんちゃん騒ぎを楽しむだろうし、刀鬼と鞘姫は戦いで生まれた憎しみの感情を酒と一緒に飲み込んで、身体から洗い流すことを選ぶのだろう。宇佐美は家族を殺した貫のことが許せず宴会から抜け出すのかもしれない。
「あの……どうしてあんなことしたんですか?」
「えっ?」
そんな感じで私達は楽しくお話していたのだが、突然アビ子先生がそんなことを私に聞いてきた。
「ブレイドと鞘姫の最後の決闘、あの演技は有馬さんがアドリブだったと聞きました。
突然私の知らない展開になって、でもこっちのほうが鞘姫らしいんじゃないかと私の認識のほうが変わっていって、最後はこの結末以外はあり得ないって気分で…いつの間にかこちらが洗脳されてしまっていた、みたいな?」
アビ子先生常識改変洗脳NTRもの。どこ向けの需要なのかな?
「それにそれに!心を病んでる女性をぶん殴って正気に戻すところとかすごくブレイドらしいと思いました!!」
言い方ァ!
ま、まあアビ子先生本人のお墨付きが出たのだからいいか。
「有馬さんの鞘姫の演技も、鞘姫の情念そのものが乗り移っているような鬼気迫る演技で凄かったです。どうしてあんな魂が籠った…いえ、命を絞り出すような演技をやろうと思いついたんですか?」
そう言いながらアビ子先生が真剣な眼差しでこちらを見つめてくるので、そこで私はどう答えたものかと思考を巡らせた。
きっと「設定から読み取った鞘姫の生い立ちに共感したから」というふわっとした返事ではアビ子先生は納得しないだろう。文字通り命を削って漫画を描いている彼女たちにとって、その程度のキャラ愛は持っていて当然という話だからだ。
だから、この想いを言葉ではなく
「相合傘…ですね」
「相合傘?」
「仏頂面で傘を差す刀鬼と、まんざらでもない表情で刀鬼に寄り添う鞘姫。そんな他愛もない日常に、かけがえのない幸せを感じるといったワンシーン。…怒りや悲しみそのものよりも、その感情の基になる幸せな日々が在ったことに気づいて欲しい。知って欲しい。
そう思いながらあの演技をしました」
混血の鞘姫は、親にすら見放されて刀鬼しか頼れる人がいなかった。
――それは天童寺さりなと、雨宮吾郎の関係によく似ていた。
鞘姫が、ルビーが雨宮吾郎の死体を見つけたときの絶望と同じぐらいの感情を持っていたと考えればこちらも命を懸けた演技をしなければ無作法というものだ。
「…有馬さんは、怒りや悲しみの感情の中にまで幸せな日々を見出そうとするんですね」
「あいにく、そういう事例ばかり見てきましたからね。幸せな思い出があるからこそ、喪ったときの悲しみは計り知れないものになる。…それでも、私はこの世界をそんなに悲観していないんですよ」
そしてここで、アビ子先生に
「その絶望の先にも、光があると信じられるから」
「あっ……」
「今日あま」の名ゼリフを使って、アビ子先生に鞘姫への想いの深さをアピールした。
自分や身内が理不尽な目にあった人からすれば、私の言ってることなど綺麗事に過ぎないと思われるだろう。あいにく私の手の届く範囲は短くて、狭い。多少の未来知識があったところで、その不幸のすべてを止めることは出来ないだろう。
――だけど、自分の手の届く範囲ではそんなことは起こさせるつもりはない。
私はアビ子先生のスタジオに集まったみんなの顔を見渡して、もしもそんなことが起こったときは神様が準備した脚本をアドリブで無茶苦茶にして無理やりにハッピーエンドに書き替えてやろうと思った。
その翌月、ジャンプに掲載されていた「東京ブレイド」の巻頭カラーの扉絵に描かれていたのは刀鬼と鞘姫が仲睦まじく相合傘をする姿だった。
仏頂面の刀鬼と、口元が少しだけ緩んだ鞘姫のツーショット。
この回を皮切りとして刀×鞘人気がだんだんと高まっていくことになるのだが、それはまた別の話。
これにて東京ブレイド編、閉幕です。