有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
「私が前にアシスタントをしていた吉祥寺頼子先生の作品なんですけどね!失恋したヒロインが女の子同士で慰め合ってどんどん百合の深みにハマっていくお話なんですけど、結構ドロドロねちゃねちゃしてる割には不潔感を感じない、キレイなえっちが見どころなんです!」
「あ、あはは…少女漫画出身の漫画家って、そういうさじ加減が上手いですよね……」
アビ子先生は水を得た魚のように「恋愛ビターチョコ」の見どころを語り始めた。ドロドロねちゃねちゃしてるのに不潔感を感じないとか、そんなナメクジの交尾のような表現をするのはやめて欲しい。なんだか聞いててこっちが恥ずかしくなってくる。
エロエロだと言われているのは安楽岡花火と絵鳩早苗のはずなのに、なんだか私がエロエロだと言われているような気持ちになってくるのはなんだろう。確かに演技中はシンクロ率120%ぐらいまでいってた自覚はあるけど私は安楽岡花火じゃないぞ!?
「最初は知る人ぞ知る良作って感じだったんですけど、実写化されたドラマが評判よかったのでそこからじわじわと人気が出て来たって感じですね!!」
「ごふっ」
ちょっと待って!?主役を演じた本人が目の前にいるのにその話題は非人道的行為過ぎるんですけど!!?どぼじでごんなひどいごとずるのぉおおおおおお!!!
「NTRで脳破壊された安楽岡花火がトチ狂って他の男友達とセックスしようとするけど途中で怖気づいて逃げ出して、結局絵鳩早苗に全部奪われる展開は凄く興奮しますよね!!!」
「んお゛っ」
もうやめて!有馬かなのHPはとっくにゼロよ!!
私は強烈な恥ずかしさを感じて心の中で悶え苦しんだ。例えるならば、自分の書いたエロ同人誌を家族に読まれたみたいな感じの恥ずかしさに近いだろうか。どうやらアビ子先生はこの場で私を始末するつもりらしい。
撮影が始まる前にゴミ集積所に捨ててきたはずの羞恥心がいつの間にか戻ってきて、ソイツが悪魔のような笑顔を浮かべながら「俺を捨てるなんて酷いじゃないか♪」と嬉しそうに小躍りしながら煽り始める幻覚が見える。いっそ殺してくれ。
ちなみに羞恥心の悪魔はツクヨミそっくりの顔をしていた。撮影が終わったらお仕置き確定だな。
「結局、安楽岡花火と絵鳩早苗が破局した理由って花火がセックスが下手だったからだと思うんですけど、有馬さんはどう思いますか?」
「絵鳩早苗がドスケベ過ぎただけだと思いますけどねー」
心は半分以上昇天してしまっている私であったが、プロ根性で笑顔をキープしてアビ子先生に話を合わせていく。早く終わってくれと心の中で叫びながら取材を続けていると、様子を見守っていた漆原Dが吉住ADからカンペ用のスケッチブックを取り上げ素早く文字を書いて私に見せてくる。
――『東京ブレイドでは、そういうエッチなシーンは入れないんですか?』
スケッチブックには、そんな言葉が書かれていた。
あははは。
もうどうにでもな~れ♪
「…東京ブレイドでは、そういうエッチなシーンは入れないんですか?」
私は漆原Dの指示に素直に従い、アビ子先生に質問した。
どうせ漆原Dは「俺の知らない漫画の話で盛り上がってんじゃねーよ!東京ブレイドの話しろよ!!」とか思っているんだろうけど、これは私にとっても好都合だ。「恋愛ビターチョコ」の話題を終わらせるために漆原Dの思惑に全力で乗っかっていく。
「は?いや、無理ですよ」
「いきなり何言い出すの?」といった表情でアビ子先生が返事をした。突然の話題変更に面食らった様子を見せるが、私の言葉を不快に感じている様子はない。うん、いけるな。
「そうですね。少年ジャンプでそういう『大人にウケそうな話』を入れようとすると大抵『そういうのがやりたければミドルジャンプに行けばいい』みたいなことを編集に言われて止められるんですよね」
これはバクマンであった展開だ。いくら面白そうな漫画を描いても、ターゲットとなる読者の年齢層と合わない作品を持ち込んだら編集にボツにされてしまうのは実際にある話だ。それこそ今の時代ならコンプライアンスを理由に簡単に却下出来るだろう。
「でも、はたしてそれでいいんでしょうか?」
そんな編集者サイドの常識に対して、私は疑問を投げかける。
「2020年の少年ジャンプの発行部数は150万部。全盛期の4分の1以下の発行部数しかありません。少子化とか出版不況とか色々な要素があるのは承知していますが、その中に『大人になってしまった、かつての読者の切り捨て』をしてきたのも原因の一つじゃないでしょうか?」
ちなみに2021年の少年ジャンプの発行部数は135万部、2023年になると113万部に下がっていく。紙媒体ではなく、日付が変わったタイミングの深夜0時に最速で読める電子書籍での購入に切り替えた読者がいることを考えてもこの下がり方は少々寂しい。
「ときにはタブーに踏み込む勇気も必要!エロは世界を救うんですよ!!」
私限定の尊厳破壊エロトークの影響でアドレナリンが過剰分泌されていた私は、ノリと勢いに任せてめちゃくちゃなことを口走っていた。
体が軽い…こんな気持ちで取材するなんて初めて…もう何も恐くない!!
カメラの隣でアビ子先生を見守っている担当編集が「余計なことをアビ子先生に吹き込むなぁああああ!!!?」と言った顔をしているが、特に問題はないので無視。アビ子先生の担当やってるんだ、胃潰瘍のおまけに結石の一つや二つ追加されたところで誤差の範疇だろう。
「東京ブレイドで、エロいこと…じゃあ、有馬さんならどんな感じにしたらいいと思いますか?」
てっきり「アホかコイツ?」といった冷たい視線を送られるものだと思っていたら、意外とアビ子先生が食いついてきた。その真剣な眼差しをまっすぐに向けられて、茹っていた頭がだんだんと冷静さを取り戻していく。
「えっと、その…新キャラで遊女を出すとかはどうでしょうか?」
刀と和服とエロの連想ゲームで鬼滅の刃の堕姫が思い浮かんだので、それをそのまま口に出す。
堕姫のデザインっていいよね、布面積が少ないくせに邪悪さと残酷さが前面に出てるせいで性的ないやらしさをあまり感じさせない絶妙なバランスだ。正直鬼の力を解放して子供用の着物がぱっつんぱっつんになった禰豆子のほうが10倍エロい。
「戦闘時は着物や帯を刃に変えて戦うキャラだけど斬られた着物や帯は再生出来ないという弱点を持っていて、その弱点をブレイドに突かれて服を切り刻まれて、裸になったところで降参、とか」
戦いの中で合法的に女性キャラの服を切り裂くシチュエーションはそれこそ昭和の漫画でよく見られた展開だ。先人たちがあの手この手で頑張ってくれたおかげでいくらでも状況が思いつく。昭和の価値観は時代遅れという風潮だが、温故知新を軽んじるのもいけない。
「でもそれだとパクリになりますよね?あ、すみませんメモ取らせてください」
「だったら着物や帯を使って戦うのはブラフで、本当は糸使いというのはどうでしょうか?糸を操る盟刀を使って張り巡らせた糸を高速で振動させてノコギリのように使うとかは定番ですけど、カッコいいですよ」
「うーん、なんかもう一捻りありませんかねぇ」
「じゃあ糸を操るんじゃなくて、髪の毛を操るとか。布や糸に髪の毛を仕込んでそれで能力を偽装しているとかどうでしょうか?」
「あっ、それはいいですね!」
取材が中断されて東京ブレイドのネタ出し大会が始まってるが、番組的にはこういうハプニングは逆においしい。箸にも棒にも掛からないエロトークを続けるよりも人気漫画の新キャラ作成の特ダネをすっぱ抜くほうが番組の注目度が高くなる。
このまま恋愛ビターチョコの話をディレクターズカット送りにしてやる…!
「火に弱いとかいう設定を付けたらキザミを活躍させられるので、そういう扱いもアリですよね。あとは楽器の演奏が上手いとかそっち方面でキャラ付けしたり色々出来そうですよ」
「なるほど、なるほど!」
「実は正体がサキュバスとか!」
「すみません!世界観が合わないです!!」
「じゃあ
「OK!採用!!」
撮影中だということを完全に忘れた様子でアビ子先生は上機嫌でメモを続ける。そんなアビ子先生に私は思いつく限りのアイデアを伝えていった。ネタが途切れて再び恋愛ビターチョコの話題に戻ったら今度こそ私は死ぬ。
そんなこんなで撮影開始から小1時間が経過し、私はそろそろもういいんじゃないかと漆原Dに視線を向けると彼はハンドサインでOKの合図を出した。
よっしゃぁ!乗り切ったぁ!!フゥ~!生きてるゥ~!!
「じゃあ十分取材させていただいたので、そろそろこの辺でお開きということで!アビ子先生、本日はどうもありがとうございました!!」
「こちらこそ!ありがとうございました!!」
アビ子先生に手を振りながら、私と「深掘れ☆ワンチャン」スタッフが会議室を後にする。
会議室の扉を閉めたところで、私は漸く顔に貼り付けていた笑顔の仮面を外した。
「つかれた…もうやだ…おうちかえって寝る……」
まさか初回から殺意MAX状態で襲ってくるとは思いもしなかった。業界受けが良い番組とは聞いていたが、対応出来なければ死ぬ戦場だったとは思わなかったぞ、オイ。
「あと3か月もこの番組に出演しないと駄目なのぉおおおおおおお!!!?」
ちなみに私のこの叫びはきっちりカメラに撮影されて、番組で使われるハメになった。
「深掘れ☆ワンチャン」スタッフのおもちゃ、バラドル有馬かな誕生の瞬間である。