有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う   作:雑穀ライス

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そこまでやれとは言ってない

「実話かぁ…これはなかなかエグいですねぇ」

 漆原が作成した企画書を読んだ「深掘れ☆ワンチャン」の演出家、小手ミモジは開口一番にそう言った。

 漆原が有馬かなと直接交渉してまとめた番組の内容とは、有馬かなの両親が離婚するまでの半生――7歳までの経歴を包み隠さず放送するというものだった。

 赤子のころからCMに出演し、3歳のころには自他共に認める天才子役として君臨していたが、子役としての人気が陰り始めると同時に両親の夫婦仲も悪化していく流れを再現ドラマで映像化したものが番組のメインとなる。最後に有馬かなの父親が登場するが、幼少期に育児放棄(ネグレクト)されたトラウマが忘れられず和解を拒否。後味の悪い結末で番組を終えるという一連の流れが企画書に記載されていた。

 番組を放送するタイミングを考えれば、「愛は地球を救う」というテーマを掲げた24時間テレビに対するアンチテーゼでありテレビ局の「偽善」に辟易とした視聴者層に向けて制作した番組だということは明確なので、視聴者に受け入れられれば大きな反響が期待できるだろう。

 …上手く事が進めばの話であるが。

 

 父親は役者に依頼して代役を準備する。「悪役」として出演させる都合上、本人を登場させて顔バレしてしまうのは流石にマズいので当然の措置と言えよう。「愛は地球を救う」というテーマなら嘘ややらせがバレるのは問題であるが、こちらのテーマは「露悪」であるので役者を使っていることがバレても特に問題はないというか、むしろ好都合である。

 

 問題なのは、次だ。

 

「私は娘役として、有馬さん本人に出演してもらいたいとおもっています」

 漆原が、会議に爆弾を投げ込んだ。

 

 彼は有馬かなに直談判した結果、「他の制作スタッフを説得出来れば出演してもいい」という条件で承諾を取り付けることに成功していた。彼女の「自分が出演する必要性はあるのか?」という質問に対して「24時間テレビに対抗できるのは有馬かなの力が必要だ」と答えたことが彼女の琴線に触れたらしい。

 こういうセンシティブな企画では代役を使うというのは視聴者にも薄々知られているが、それは子役の演技が不自然で違和感を覚えたことから気づかれたパターンが多かったりする。役者を使っていることがバレるのは別に構わないが、下手糞な演技を見せて視聴者に白けられることだけは避けたい。

 ハズレを引いて素人に毛の生えたような中途半端な演技しか出来ない子役を代役にするぐらいなら、危険を承知で自分が出たほうがマシだという彼女のプロ意識を上手く刺激出来たのが良かったのだと漆原は自分の仕事に満足していた。

 

「いやいや、この内容で本人を使って演出にリアリティを出すってのは流石にマズいでしょ」

 漆原の提案に制作スタッフの一人が反対の声を上げた。

 

「顔と名前が知られている役者を呼べない以上、上手く演技が出来る役者が来るかどうかは博打になります。その点、本人なら演技の必要がないのでクオリティは保証されるというメリットがあるし、おまけに製作費も多少は節約できる。本人も乗り気なので、わざわざ代役を用意する必要はないでしょう」

 予想出来ていた意見なので、即座に漆原は反論する。有馬かなが出演に乗り気であるというのは少し誇張が入っているが、漆原は悪びれることなく堂々と言い切った。別に難色を示しているわけでもないので「消極的な乗り気」ということで問題ないだろう。キー局の社員時代に散々無理を通してきた漆原はそんな詭弁を考えていた。

 

「代役なしでこれやるの、リスクが少し高いんじゃないかな。ウチだけじゃなくて、下手すりゃ有馬さんもヤバいでしょ?」

「今まで有馬さんを散々バラドル路線で使い倒して、いきなりこれじゃあ温度差がなぁ」

「『実際にあった出来事を元にして演出しています』みたいな説明を入れて逃げ道を作ったほうがいいよね」

 

 会議は踊る、されど進まず。

 制作スタッフの中で、ああでもない、こうでもないと会議が盛り上がっていく。

 

「いいよ、面白いじゃないか。やろう」

 そこに番組のプロデューサーである鏑木の鶴の一声が入った。

 

「このギリギリを攻める感じがウチの番組の持ち味でしょ?ウケると思うなー。それに有馬くんもやる気を出しているという話だし、任せてみるのも悪くないんじゃないかな?もし失敗したら、有馬さんには僕が謝りにいくよ」

 

 

 …結局私は、漆原Dの「離婚して絶縁状態になった親子を対面させてみよう!」という企画に当事者として出演することになった。番組との契約を延長しなかったので、これが私の「深掘れ☆ワンチャン」に出演する最後の収録になる。

 長く苦しい戦いだった。毎週スタッフの要求がエスカレートしていって、前回の撮影で本物のシャチの背中に乗る羽目になったときは本気でスタッフを訴えるべきかと小一時間ほど悩んでいた。なんでシャチなんだよ!?イルカでいいじゃん!!?

 

 ちなみに私は漆原Dの口先三寸に乗せられて出演を承諾したわけではない。一つ目の理由は原作で漆原Dが企画した夏コミのコスプレ企画が消滅したので、代わりにこちらの企画で炎上騒ぎが起こってしまうことを危惧したからだ。

 私の契約は今回の収録をもって終了になるので、もしも歴史の修正力が発動して炎上騒ぎが起こってしまったときは私はもう漆原Dを助けることは出来ない。流石に妻子持ちの大人が職を失うのを黙って見ているのは寝覚めが悪いので、後で責任を感じて後悔するぐらいならがっつり介入して「やれることはやった」と言い訳出来る程度には行動しておきたいという気持ちがあった。

 

 そして二つ目の理由。私としてはこちらの理由のほうが比重が大きい。

 それは、この企画は24時間テレビに対抗して企画された内容だということだ。

 

 漆原Dたちが意識をしている24時間テレビを制作したテレビ局は、実は2年後に「セクシー田中さん事件」を起こすことになるテレビ局である。そんなテレビ局が制作した番組のアンチテーゼだと言われてしまえば、私の中に多少のリスクは無視してでも番組を成功させてやりたいという欲が出てきてしまう。そんなくだらない理由で、私はこの番組への出演を決めたのだった。

 PSYCHO-PASSのシビュラシステムでもあるまいし、まだ犯してもいない罪で逆恨みされるのは理不尽かもしれないが直接ネガティブキャンペーンをするわけでもないので特に問題はないだろう。

 

 そんな経緯で、私は今回の収録ではリポーターではなくコメンテーターの席に座る。

 そして空席となったリポーター役を埋めるため、私の後続として現れたのはルビーではなく、なんとMEMだった。

 

「新人深掘りリポーターのMEMでーす!ソロでアイドルやってまーす!よろしくお願いしまーす!!」

 

 MEMがカメラ目線で元気よく挨拶をする。彼女が今ここに立っている理由はMEMが「今ガチ」に出演したときに出来たコネを使って鏑木Pがオファーを出したといったところか。その縁で現在『ちゅ。多様性』の効果で大バズりしているMEMを旬の時期に番組に呼べるのだから、鏑木Pもいい買い物が出来たと喜んでいることだろう。

 

「MEMさん、デビュー曲の『ちゅ。多様性』が大ヒットしていますね!」

「ありがとうございます!でもアレは私にとってドーピングみたいなものですから、これからもっと実力をつけていきたいと思っています!」

 MEMの返事を聞いてスタジオに笑いが巻き起こった。「ちゅ。多様性」というドーピングの副作用でアイドル志望だったのに順調にバラドル路線に転げ落ちていく様は見ていて本当に面白い。

 きっとMEMも私と同じやり方で深掘りスタッフの玩具にされるのだろう。私はこれからMEMに訪れる未来を哀れんで心の中で合掌した。南無。

 

「それじゃあMEMさん、これからも一流芸人を目指して頑張ってくださいね!」

「芸人じゃなくてアイドルだよぉ!!?」

 

 最後に司会のサワさんにMEMがイジられてオープニングが終了。MEMの持ちネタ披露という名の自己紹介が終わり、番組は本題に入る。

 

「はい!それでは気を取り直して、今回の取材対象はこちら!『離婚家族』です!!

 そしてそして!今回深掘りされてしまうのは前任の深掘りリポーターである『有馬かな』さんの家族です!!」

 

 MEMのアナウンスに合わせてカメラが切り替わり、私の姿をアップで映した。これから私の過去が丸裸にされていくわけだが、すでに覚悟は完了している。わざわざ茨の道を選ぶなんて馬鹿なんじゃないかと言う人もいると思うが、むしろ代役の役者に私の人生を語らせるほうが気持ち悪さを感じるのでこれはこれで間違ってはいないはずだ。

 そして番組のプログラムは次の段階に進み、私の半生を再現したドラマが映し出された。

 

 

 ――有馬かな。芸能人になりたかった母の下に生まれて、哺乳瓶を握ってる年齢で芸能界デビューを果たす。3歳のころに出演したドラマの泣き演技が評価されたことで天才子役と持て囃される黄金時代が到来。この時期は有馬かなの人生で一番幸せと言える瞬間であった。

 しかし、5歳を機にその栄光の日々に陰りが見えてくる。有馬かなの出演するドラマにヒット作が生まれなくなったのだ。

 児童就労が認められる1日7時間の仕事の後に演技の練習を行うという過酷なスケジュールをこなしているにも関わらず、じりじりと人気が落ちていくことに焦りを感じる日々。そんな貯蓄を食いつぶすような不安を抱えている中で、家族の仲が段々と悪くなっていく。

 娘の努力が実らず思うようにいかない毎日に母親がストレスを感じるようになり、家族に当たるようになったのが原因だった。そんな母親に嫌気が差した父親は、妻以外の女性に癒しを求めるようになる。

 そうやって刻々と夫婦仲が冷え込んでいくところに、決定的な事件が起きた。

 

「ただいまー」

 仕事を終えて帰宅する有馬かな。その日は彼女の7歳の誕生日であった。

 しかし家には両親の姿はなく、待っていたのは一枚の書置きであった。

 

 "友達と食事に行ってます。帰りは遅くなります。晩御飯は、冷蔵庫にお寿司が入ってます"

 

 父親も会社の仕事が終わらず、不在。自分以外に誰もいない自宅でその書置きを見つけた彼女は、呆然と立ち尽くす。

 辛うじて繋がっていた家族の絆がついに切れてしまったことに気づいて、彼女は涙を流した。

 

 

 …スタジオに広がる重苦しい雰囲気の中、私は再現ドラマを無言で視聴していた。

 ほぼ実話なのだが、客観的に見ると余りにも救いのない物語だ。これで私が父親と和解する結末ならむしろそちらのほうが炎上の原因になりそうな予感がする。

 やりすぎとも言える深掘りスタッフの見事な仕事により、私の退路は断たれてしまった。もはやこうなってしまえば後はこれから現れる父親に引導を渡すしか道はない。父親が代役で本当に良かったと私は心の奥底から安堵した。

 

「…今回、スタジオに有馬かなさんのお父様をお招きしました。どうぞ」

 私の壮絶な過去にドン引きしながらも、MEMは番組の進行役を務める。MEMの言葉を聞いて父親役の役者がカメラの前に姿を現したが、父親の登場に合わせての拍手も起こらず歓迎されていないアウェーの雰囲気がスタジオの中を包み込んでいた。

 そんな微妙な空気の中で私はコメンテーター席から立ち上がり、スタジオの真ん中で父親役の役者と対峙する。

 

「…自分のせいで、かなちゃんに辛い思いをさせてしまった。すまなかった」

 父親役の役者が私に頭を下げた。素人臭さの残る固い演技だが、芸能人でもない私の父親がテレビ慣れしていたらそちらのほうが不自然なのでこの演技で正解である。

 

「…今更何を言ってるの」

 自分の罪悪感を解消するために都合のいいことを言い出す父親に対して私は感情を露わにする。しかし、この怒りの感情はすべて演技だ。今の私に父親や母親への怒りはない。

 

 

――私は両親に怒りを覚えるほど、彼らに期待をしていない。

 

 

「あの7歳の誕生日!一人でホットケーキの上に蝋燭刺して食べたこともお父さんは知らないでしょ!!?」

 私は声を荒らげて、父親を責める。しかし、こんなに感情を露わにする演技をしているのに私の心はどこまでも冷え切っていた。

 

 愛の反対は憎しみではなく、無関心。

 愛していなければ、憎むことすら出来ない。期待していなければ、裏切られることもない。

 私はあの7歳の誕生日に、()()()を完了させてしまったのだ。

 

「一度捨てたんだったら…最後まで他人でいてよ……!」

 

 お膳立てされた脚本(シナリオ)に従って、私は父親に恨み言を言い続ける。愛していたから恨んでいる、期待していたから幻滅しているという「嘘」を父親に叩きつける。

 

 …嘘の感情に引き摺られて、私の目からぽろぽろと涙が零れていった。

 大丈夫、これは全部嘘だから私は傷ついていない。傷つく理由なんてどこにもない。




次回、深掘れ☆ワンチャン編ラスト。
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