有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う   作:雑穀ライス

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エピローグ 父親

 私は家族への情が薄い。

 

 子供のころに親から受けた児童虐待(ネグレクト)が原因ではない。「推しの子」の原作知識と大人の判断力を持って生まれたせいで、私が両親のことを自分の親だと上手く認識出来ていなかったことが原因なのだろう。

 当時私の肉体はツクヨミ(メフィスト)が主導権を握っていて、アイツは私の両親を「有馬かなの父親」、「有馬かなの母親」という配役(キャスト)で認識していた。そしてその認識を私も受け継いでしまったというわけだ。

 

 母親が厄介な性格をしているのも、そんな母親に愛想を尽かせて父親が離婚をするのもまあ仕方ない。だって、()()()()()()()()()()()

 そんな冷めた視線を、ずっと自分の親に向けていた。

 

 別の女性と再出発した父親に対して恨みを抱くこともなかったが、こちらからアプローチすることもなかったので父親とはいつの間にか没交渉になってしまった。仕事や稽古が忙しかったというのは言い訳にすらならない。結局私は最後まであの人を父親と思えなかったのだ。

 

 …私にとって、実の父親も父親役の役者もあまり変わらない。父親が父親でなくなって、彼が新しい家庭を作って10年以上の月日が流れた今となっては、もはや私の中では「()()()()」にしか過ぎない存在になってしまった。

 だから、きっと私は心の奥底でこの状況を望んでいたのだろう。

 

 

 なんのわだかまりもなく、父親に罵声を浴びせ(あまえられ)るこの瞬間を。

 

 

 

 

 お通夜のように静まり返ったスタジオで、私と父親役の役者に視線が集中する。

 お互いに見つめ合ったまま、何もしゃべらない。私は涙で滲んだ瞳に怒りと悲しみと諦めの感情をミックスさせて、父親役の役者を見つめる。

 その状況が少し続いた後、私のパフォーマンスが終わったと判断した漆原Dがスタッフに合図を出した。スタッフが私と父親役の役者を別々の方向に案内して、スタジオからの退席を促す。ここで私の出番は終了だ。

 私はこの状況で、胸のつかえが取れたような昏い満足感を得ていた。しかし次の瞬間、自分のやったことが間違いだったことに気づかされる羽目になる。

 

 

「はぁ…ちょっと重たい話でしたね。アクア君、どう思いますか?」

「最悪ですね」

 

 司会のサワさんに話題を振られてアクアが短く返答した。アクアが普段演じている毒舌クールなキャラらしくない、ややキレの悪い無難な回答だった。

 一見するとセンシティブな話題なのでヘタにイジって炎上するのを避けたかのように見えるが、私には分かる。今のアクアには本当に余裕がない。そしてそれは、私が原因だということも。

 

 アクアにとって「子供を愛さない親」というのは逆鱗ポイントだ。そのことを今の今まで完全に忘れていた。私が父親に八つ当たりをしようと邪念を抱いたせいで、それがアクアの心を傷つけてしまう結果になってしまったことに気づいて私は愕然とした。

 

「うーん、じゃあMEMさん、何か一言どうぞ」

 

 私が自分の失敗に気づいて落ち込んでいても、そんなことはお構いなしに番組は続く。アクアに話題を振って重たい空気を払拭するのに失敗したサワさんは、今度はターゲットをMEMに変更した。

 

「愛で地球を救うのは中々難しいですねぇ」

「…君、今のトーク、スベってんで?」

「酷っ!なんでこんなお通夜みたいな雰囲気の中で私がヨゴレ役しないといけないんですかぁ!!!?」

 

 サワさんの容赦ないツッコミをMEMは見事に拾い上げ、スタジオに笑いを巻き起こした。MEMの慌てぶりにコメンテーターたちがこぞって笑い声をあげるが、アクアだけはまだ表情が硬いままだった。

 アクアの痛みを堪えるかのような辛そうな顔を見て、私はこの企画に出演したことを今更ながら後悔した。

 

 

――そして「深掘れ☆ワンチャン」の収録から1か月が経過し、季節は秋へと変わった。

 24時間テレビが放送された次の週に「離婚家族」をテーマにしたあの企画が放送されたが、そこそこの反響はあったものの私が危惧していた炎上騒動までには発展しなかった。

 

 炎上しなかった理由の一つは、「番組のやらせ」を疑われたことである。

 番組の中での私の態度が前週までバラドル路線でバカやってたときの印象と温度差がありすぎて視聴者が混乱し、それが状況を冷静に考えさせるきっかけとなった。

 よく考えてみると、この企画はカメラの前で親子喧嘩をしただけで番組に出演するメリットが父親にも娘にもなく、逆に不実を働いたことに対する誹謗中傷をSNSで受けるデメリットは無限大である。そして娘は過去に「10秒で泣ける天才子役」とまで称された若手の役者だ。

 考えれば考えるほど、この番組が「演劇」であったという状況証拠が挙がってくる。

 

 メディアに不信を抱いている人間にとって「メディアにいいように騙される」というのは最も避けたい行為である。なので、「メディアが嘘をついている」という状況証拠を並べてやれば世論は自然とそちらのほうに傾いていった。

 番組への批判の意見もそこそこ見受けられたが、この番組をやらせだと断じる「こんなばんぐみに まじになって どーすんの」派が番組の内容を炎上商法だと決めつけ、その意見が火消しの役割を果たしたためせいぜい小火(ボヤ)程度の騒ぎにしかならなかった。

 

 もう一つの理由は、MEMに話題を搔っ攫われたせいだ。

 リポーター役の初仕事で親子の修羅場に放り込まれた挙句、お通夜のような雰囲気になっている番組を盛り上げるために汚れ役になってまで笑わせたその有様がウケて私の話とは別口で話題になっていた。やらせ派とブチキレ派とMEMかわいいよ派が三つ巴で争った結果、この話題に結論が出ないままトレンドは次の話題に移り変わっていく状況になってしまったのであった。

 

 一週間も経てば私のことなどすっかり忘れ去られて、今度はMEMの活躍が注目されるようになっていく。

 MEMの次の深掘りリポーターとしての仕事は「頂き女子に祖母から相続した別荘を貢いでしまった20代の男性」への取材だった。ある意味私のときよりエグい内容である。

 

 番組の調査の結果、別荘を貢いだ頂き女子は発見されるがソイツは他にも男を手玉に取っている生粋のワルだった。そしてスタッフの用意した潜入捜査官が「年商20億のベンチャー会社の社長」を装ってその頂き女子に近づくが、その後の展開もまあ酷い。社長に色目を使って取り入る頂き女子に白紙切手を渡して「好きな金額を書き込んでいいよ」と言えば、頂き女子が小切手に書き込んだ金額はなんと2億円。スタジオ中が大爆笑した瞬間であった。

 「20億も持ってるなら2億ぐらいイケると思った!」とか言っていたが、年商と年収の区別がついていないレベルのアホさ加減が逆にリアルさを感じてちょっと怖かった。普通に顔出ししてたけど、当然これも役者を使ったフィクションだよね?身バレしたら普通に社会から抹殺されるよ?

 

 まあそんなわけで、私が身体を張って出演した「離婚家族」の企画も数あるギリギリ企画の一つとして埋もれていく羽目になった。炎上騒ぎになるよりはよっぽどマシな展開だとは分かっているが、どうも納得がいかない結末だ。結局MEMかわいいよ派の一人勝ちである。

 

 

 

 

「愛ってなんだろう」

「ためらわないことさ」

「ごめん、真面目な話のつもりだったんだけど」

 

 私は久しぶりのツクヨミ神社でツクヨミと駄弁っていた。未だにコイツの住んでる神社の正式名称は覚えてないが、まあ覚えなくてもツクヨミ神社で通じるから大丈夫だろう。多分。

 私は私の悩みをギャバンネタ(1982年放送)を使って聞き流されたことに若干腹を立てながらもツクヨミと会話を続ける。昨日まで残暑が厳しかったのに、今日はかなり気温が低い。服装のコーディネートを失敗したせいで風が吹くたびに肌寒くて鬱陶しい。

 

「真面目に答えてよ」

「うーん、それじゃあ…『想い続けること、信じ続けること』かな?」

 ツクヨミはほっぺたに指を当てて可愛らしい仕草で少し考えた後、そんなことを言い出した。どうせコイツのことだ、どこかに引用した元ネタがあるのだろう。

 

「今度は誰の受け売りなのよ」

「カミキヒカル」

「えぇ…」

 一気にきな臭い話になってきた。

 

「星野アイを超え得る者を殺める事で、星野アイの命の重みが増す。僕らは星野アイのことを想って、いっぱいいっぱい殺してきてる。それだけ『推しの子(星野アイ)』の物語は輝きと美しさと残酷さを増すことが出来るんだ。星野アイは永遠さ。そう、ネバー・ダイなんだよ」

「それがお前の宗教か。素晴らしい考え方だな…って、途中からブラックラグーンになっているわよ」

 また担がれたのかと思ったら、ツクヨミはこちらを見てニヤニヤしている。これはもしかして本当(マジレス)なんだろうか。

 

「結局、『彼方の世界』ではミキさんはどうなったのよ」

「…アクアに殺されたよ」

「…へぇ、てっきり許す流れかと思っていた」

 

 まさかのブラックラグーン展開に驚いていたところに、更に爆弾が投げ込まれる。「15年の嘘」はカミキヒカルへのアクアなりの優しさじゃなかったんかい。今までの展開は一体何だったんだよ?

 

「カミキヒカルは己の信条に従って、ルビーを殺そうとした。それが一度は見逃がそうとしたアクアの逆鱗に触れた。改心するチャンスはあったんだけどな」

「実の娘を…星野アイの娘を殺そうとしたんだ、あの人」

「星野アイと星野ルビーは別人さ。アイツはアイのことを愛していたけど、ルビーのことは愛していなかった。アイツにとって、『星野アイを愛する』ということと『星野ルビーを殺害する』ということは矛盾しなかったんだよ」

 

 ツクヨミがつらつらと「推しの子」の物語の経緯(いきさつ)を語る。話を聞いてるだけだとどんな展開になったのか全く想像がつかないが、ハッピーエンドにならなかったことだけは理解出来た。

 …いや、連続殺人鬼が死んでめでたしめでたし、という結末か。星野アイを殺した報いと言えばそれまでだが、「此方の世界」のミキさんを知っている身としてはなんだかやるせない気持ちが拭えない。

 私たちの周りを、妙に冷たい風が吹き抜けていく。

 

「―――星野アイへの愛が、姫川愛梨への憎しみに負ける物語なんて見たくなかった

 

 ツクヨミが最後に小さく呟いた言葉は、風の吹く音に紛れて私には聞き取れなかった。




やりたくなかったことリスト
カミキヒカルが殺したかったのは、星野アイを超え得る者ではなく姫川愛梨を連想させる女性だった。


 改心のチャンスを与えられたにも関わらず女性を殺す悦びを忘れることが出来なかった俗物ではなく、誰にも理解されないまま自分なりの愛を貫き通す狂信者であって欲しかった。










でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ、アクア。
だから──この話はここでお終いなんだ。
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