星に惹かれた蓮の歌   作:紅葉555

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特別編 その蓮華が朽ちる時
10話 キヲク


 

 バンドマン。俺はそれが大嫌いだった。

 

 夢を追っかけるだのなんだの言って、自分のことだけを考えてバカのように進む。自分勝手でクズ。そう思っていた。

 

 全てがそうでは無いのかもしれない。けれど少なくとも俺はそんな奴を1人だけ知っているから……当時の俺は強くそう思っていたのだ。

 

 だから、絶対にああはならないと心に決めていた。

 

 最後の最後まで母を見捨てた、父のようにはならないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 4年前────

 

 

 

 

 

 

 

「母さん。親父はどこにいるの?」

 

 それは、当然の疑問だった。

 

 中学生になる手前、俺がまだ小学六年生の頃の記憶だ。家に帰ると決まって父親の姿は無かった。

 

 俺は、父親の顔をよく覚えていない。いない訳では無いのだ、俺の知らないところで帰ってきていたりするだろう。けれど……会う頻度は極端に少なかった。

 

「お父さんはね、夢を叶えるために頑張ってくれているんだよ」

 

 母からは決まってこの言葉が帰ってくる。その瞳は曇る様子もなく、どこまでも信じきっている純粋な瞳だったのを覚えている。

 

 姿もろくに見せない父とは違って、俺は母のこの瞳が大好きだった。

 

 厳しくも優しく、愛で包まれているような気がしたからだ。

 

「夢って……そんなに大切な事なの?」

 

 けれどその言葉の意味は理解し難いものだった。いや、文面の意味は理解している。納得がいかなかったのだ。

 

 毎日毎日、仕事の合間に音を奏でに行く日々を生きる親父。たまにフラッと帰ってきたかと思えばものの数分で出かけて言ってしまう父。

 

 大嫌いだった。

 

「夢はね、人の生きる力の源なんだよ」

 

「それって、家族よりも大切なの?」

 

「家族の為なのよ」

 

 当時の俺は全く理解出来ていなかった。親父の夢は別にどうでもいい。俺なんかに会いに来なくても別にいい。

 

 けれど、俺のいない時にたまに見せる寂しそうな母の表情が不安や苛立ちを募らせていったのだ。

 

 何故母さんに毎日会ってやらないのか。

 

 何故母さんを寂しがらせるのか。

 

 俺には家族を捨てているようにしか見えなかった。

 

「母さんにすら、会いにこないじゃないか」

 

「蓮太は優しいね」

 

 そんなひねくれた俺の頭を、母は優しく撫でてくれた。

 

 

 

 …………

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 自分の部屋に戻るその途中、俺はすっかりと誰も使わなくなったひとつの部屋の扉を開ける。

 

 中にはよくわからない音楽機材や大量のCD、楽器を扱うための本、そして…………

 

 

 

 

 

 何故かずっと使われない、“新品状態”のベースギター。

 

 

 

 

 

 数ある物の内、何故かこの1本だけが使われていなく、常に手入れをされている状態になっている。

 

 普段は母が綺麗にしているんだろうけど、きっとたまに親父が帰ってきた時はこれの確認なんだろうなと子供ながらに勝手に察していた。

 

「母さんより、こんな物の方が大事かよ……!」

 

 考えただけで虫唾が走る。何度これを壊してやろうかと考えたことか。こんなものが無ければ、親父は母さんを大切にするんじゃないか? なんてくだらないことを何度思いついたことか。

 

 けれど、それはしなかった。

 

 それをしてしまえば、自分の勝手で人の大切なものを傷つける。“親父”と同類に堕ちると考えたからだ。

 

 そんなら嫌悪感を振り切るように頭を振り、部屋を後にしようとする。すると、リビングの方からすっかり聴き慣れてしまったとある歌が流れてきた。

 

 俺の嫌いな人の声。

 

 聞きたくもないけれど……母はその歌が大好きだった。

 

 

 

 

 

『キミの夢が叶うのは 誰かのおかげじゃないぜ 風の強い日を選んで走ってきた』

 

 

 

 

 前に話してくれたこと、親父と母さんの思い出。

 

 母さんは元々は金持ちの娘だったらしい。らしいと言っても、何度もじいちゃんとばぁちゃんに会ってるからそこはわかってるんだけどさ。今は優しい2人も、昔はそれなりに厳しかったようで、母さんは今まで自分で選ぶことなく人生を歩んできたのだと言う。

 

 父親や母親に習って、いわゆる敷かれたルールの上を歩く人生。

 

 でも学生時代に親父と出会い、ミュージシャン目指して日々音を鳴らす親父に惹かれていった。

 

 けれど親は当然許さない。将来も不安定、何よりも学歴は半端、貧乏暮らしは必須。この気持ちよりも親の思いやりを大切にする母さんの家庭は猛反対だったのだという。

 

 親父と結ばれるには説得が必要、けれどそれは今までの家族に対する裏切り。母さんは悩んでいた、俺が想像するよりも遥かに深く悩んだだろう。

 

 その時に、親父に言われたらしい。

 

「自分の人生なんだから自分で決断しなきゃ。俺はキミが決めた決意を全力で応援する」

 

 多分だけど、あえて母さんに問題を投げたんだと思う。

 

 自分の殻を破りかけていたその時の後押しに回ったんだ。

 

 そして、親父はひとつの約束をして母さんに歌を送った。

 

 

 

 

 

 

 それがこの歌。

 

 母さんは、この歌を聴いてる時は心の底から笑っていて……

 

 “生きていた”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数ヶ月後…………

 

 

 母さんは事故に巻き込まれて意識を失った。

 

 親父の誕生日の日、母さんはいつもよりも楽しそうにあの歌を聴いて、買い物に出かけたんだ。

 

 そして運悪く母さんの真横で車の衝突事故が発生、激しくぶつかった車が歩道の方へと歩いていき…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 母さんは聴力を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 音を聴けなくなったせいで、平衡感覚も失い、歩くことすら出来ない状態。

 

 次第に言葉も発せなくなっていった。

 

 事故が起きた日、親父は1度だけ母さんに会いに来たが、次の日からは来なくなった。

 

 どうやら職場にも顔を出していないらしい。

 

 親父が見舞いに来た日、俺はなんとなく腹が立って病室を出ていったからわかんないけど、扉を開けて母さんのいる病室を後にする時の親父の表情は、何かを決意を感じるものがあった。

 

 何を今更。

 

 お前はどれだけの間母さんを捨ててきた。

 

 どれだけの間放置した。

 

 怒りすらも出てこなくなる。

 

 そして病室に戻ると、母さんはこれ以上ないほどに嬉しそうな表情でCDを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に1ヶ月。

 

 とうとう母さんは先に旅立ってしまった。

 

 最後まで笑っている母さん。姿が見えなくなるその時まで幸せそうに笑っていた。

 

 

 

 全てが終わったその日、家に帰ろうとしていると、母さんが入院していた病院の看護師さんから手紙を貰った。

 

 それは生前に母さんが書いた俺へのもの。

 

 そこには、母さんの想いが沢山詰まっていた。

 

 今までの思い出、母さんの人生で得た幸せが一文字一文字に詰まっており、そこに確かな愛があった。

 

 親父の悪口もなく、俺への叱責もない。

 

 ただただ本当に、幸せな愛だった。

 

 

 でも一つだけ、母さんの気持ちに答えられなかったことがある。それは親父のことだった。

 

 生前何度も言われたこと。

 

「お父さんを嫌わないであげてね。お父さんは家族が大好きで、約束を守ってくれる為に頑張ってくれてるだけだから」

 

「お父さんは優しい人、母さんを助けてくれた世界一格好良い人。だから蓮太もお父さんの様な人を思いやって助けられる格好良い大人になってね」

 

 

 返事は返せなかった。

 

 俺にはそう感じられなかったからだ。

 

 だから誤魔化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして母さんが亡くなってから、じいちゃんとばぁちゃんが俺の面倒を見てくれた。

 

 親父の事は口に出さずに、暖かく迎え入れてくれた。

 

 辛い時は友達と会っていた。

 

 昔からの親友、庵と咲真と3人でよくバカをやっていたんだ。

 

 そうしてなんとか色んな人に支えてもらって、1ヶ月が経過した頃。

 

 

 

 親父も母さんの元へと旅立った。

 

 

 

 

 どうやら何かの病気らしかったが、そんなことはどうでもいい。

 

 母さんを大切にしないからバチが当たったんだ。

 

 死んで当然だ。あんなやつ。

 

 

 

 

 そんな思いを忘れるように俺はバスケを始めた。

 

 体を動かして、無我夢中になって、少しでも親父の事と母さんの事を忘れようとしていたんだ。

 

 そんな時、庵と咲真がギターとドラムを弾き叩き始めた。

 

 最初こそは嫌悪感があったが……2人の奏でる音は心が安らいでいく様な気がした。

 

 そうだ、音に罪は無い。

 

 だから音は好きになった。

 

 

 

 

 

 でも、俺の心の奥底にあるモヤは晴れない。

 

 母さんは親父のことを一生懸命に今を生きていると言っていたが……俺はそうは感じない。

 

 むしろ今を投げ出して、逃げているように感じた。

 

 だから“今を生きていない”人間が大嫌いになった。

 

 心が笑っていない人間が。

 

 

 

 

 

 

 そしてこの日、心の音が止まった気がした。

 

 心が壁を作ってしまった。

 

 その壁が壊され、さし伸ばされた手と共に音を聴かせられるのは……

 

 

 

 

 もう少し、先の話だ。

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