「ごほっ……! けほっ……!!」
「うわっ! だ、大丈夫!?」
飲み物を飲んでいた途中の俺にはあまりにも衝撃的な光景だったため、思わず吹き返して器官を痛めつけてしまう。
「ほ……ほら! 落ち着いて! ゆっくり呼吸を整えてっ」
「ご……! ごべん……!!」
「喋らなくていいからっ!」
肺に液体が入っていく気持ち悪さを何とか耐えながら、言われた通りにゆっくりと息を整えていく。
その間、金髪の子はずっと背中を摩ってくれていた。
有難いことなんだけど、やっぱりこんな優しい子がこのダンボールの中の人をぼっちと呼ぶのっておかしいよね。悪口のつもりで言ってないんだろうけど……誤解を産みそうなあだ名だな……
「……ご、ごめんなさい。また迷惑かけちゃって」
「まぁしょうがないよ! あたしも突然完熟マンゴーが隣に現れたら同じようになるだろうし……」
「ごほっ……」
呼吸がある程度落ち着いてきたので、改めて完熟マンゴーダンボールの方に視線を向ける。
まぁ相も変わらず堂々とその箱は立ち尽くしているのだが……よく見ると上の方に四角い形で切れ込みが入っている。
「それで……この完熟マンゴーダンボールは何? バンドのパフォーマンス? それとも置物? 荷物?」
「あ〜……いやぁ……そうじゃなくてね、一応中に人が入ってて……」
うん……まぁ多分そうなんだろうなぁ……とは思ってたけどさ。ステージの上にもあって存在感バリバリあったし。むしろ今日誰よりも目立ってただろうし。
ガダッ……ゴトッ…………
なんか動いてるし。
「あー! もう! せめて挨拶はしようよ! ぼっちちゃん! この人あたしたちのライブ聴いてくれた人だよ!? しっかりしないと!」
「あ……はい…………」
暗っ! なにこの嫌々オーラ満載の声のトーン!? どんだけ話すの嫌いなんだよっ!
「こ……こんちに…………こんにち……こんにちは…………」
1回間違えたな。
「ぼっち噛んだ」
山田リョウが揚げ足とってる。性格悪いな。
「〇△✕〜*<々」
なんか言ってる。
「ご、ごめん……完熟マンゴーの壁に阻まれてちょっとよく聞こえない……」
「…………」
あ、分かりやすく落ち込んだ。
「はぁ……ほーらぼっちちゃん! 完熟マンゴー外すよ〜」
「えっ!? あっ! 虹夏ちゃ────」
このままじゃ埒が明かないと思ったのか、それともバンドとしてを考えるとダンボールニートじゃまずいと思ったのか。
単純に人としておかしいと思ったのか。金髪の子が完熟マンゴーを持ち上げていく。中の人物はうろたえてしまっていたが、そんなものは容赦なく跳ね除ける。
そしてついに足元からその姿を徐々に現していくが…………
見覚えのあるスカートから、一気に派手な桃色のジャージが見えてきて、俺の脳内が何かを思い出させるように過去を探り始めた。
「……あれ?」
とうとうその姿の全てが見えた時、その以外な人物に驚いてしまう。
桃色の髪にどこかで嗅いだことのある防虫剤の匂い。記憶に新しい猫背、そして死んだ魚のような瞳。
「「…………あっ」」
俺が気がついた時には彼女もまた目を見開いていた。あのダンボールの中じゃ全然前が見えないだろうから、俺と同じタイミングになったのだろう。
その中の人物は……
「あっあの……」
「朝の陰キャの人!」
「グエッ!!!!」
ついそう叫んでしまうと、桃色の彼女はお腹を激しく殴られた時のように激しく仰け反り、失神しながら倒れてしまった。
「ど、どうも……名前すら覚えられない朝の陰キャの人でーす……1ヶ月経っても友達が出来なくて今日校内で初めてクラスメイトと会話ができたプランクトン後藤でーす…………」
「いや確か会話はしてなかったけど……」
「クラスメイトと会話もできないミジンコでーす…………」
精一杯のミジンコポーズをしながら床に転がっているプランクトン後藤さんはそれからブツブツと一人でなにかを語り出して、自分の世界に引きこもってしまう。
「え? 君、ぼっちちゃんのこと知ってるの?」
そんな時に金髪の子は少し驚いた様子で俺に聞いてきた。
「知ってるって言うか……同じクラスで今朝偶然話したんですよ。まぁ本当にちょっとだけで返事は貰えなかったんだけど……」
「同じクラス……ってことは秀華高校なんだ!」
「そう、秀華高校1年、竹内 蓮太。ま、まぁ……プランクトン後藤さんとは今朝しか話したことはないんだけど」
あはは……と金髪の子が流すように笑うと、今度は彼女が自己紹介をしてくれた。
「あ! まだ自己紹介してなかったよね、あたし伊地知 虹夏。下高なんだっ! そしてこっちが同じ学校の……」
「あぁそっちは聞いたよ。山田リョウさんでしょ?」
「そうそう! そして…………ほら! ぼっちちゃん起きて!」
「…………はっ!?」
伊地知さんはプランクトンを起き上がらせると、ミジンコの腕を肩に回すようにして起き上がらせた。
「この面白い子が後藤ひとりちゃん。ね?」
「あ、はい……後藤ひとりです……………………」
「あだ名はぼっち」
その自己紹介のタイミングで山田リョウのボソッとした補足が入る。やっぱ良い性格してるよな。
「そ、そうか……よろしく」
にしてもなんだ……この負のオーラは……!? この子の近くにいるだけでこっちまでやや暗くなってしまいそうになる……!?
「じ、じゃあこの三人でバンド組んでるんだね」
「そう! といってもまだ結成したてだけどね」
まぁそうだろうな。音は好きだけど、音楽として見た場合はまだまだ一体感もなかったし……その辺はこれからだろう。
「でも結束バンドの奏でる音は好きだから、また次があったら聴きに来るよ」
「本当!? それは嬉しいなっ! ありがとう!」
元気いっぱいな伊地知さんの笑顔。
凄いな、あの
バンドってこうやってバランスとってるんだなぁ……
「虹夏の言ってた事も、この人には伝わっていた」
「言ってたこと?」
「感情は音に現れるって。この人は楽しんでくれてた」
「……そっか!」
「それで……次のライブはいつになるんだ? 予定があるなら聞いておきたいんだけど」
よくよく考えたら俺は頻繁に調べたりする奴じゃないからわからないんだよね。結束バンドって調べても絶対検索にヒットしないだろうしさ。
予定が決まっているのならここで聞いておきたい。
「あ、まだ次のライブは決まってないんだよね……あはは」
「そっか、でもちょっと困ったな。結成したてなら調べても認知度的に出てこないだろうし……お金もないからバイトも探さないといけないし」
「バイト?」
「うん、家は小遣いとかないからさ。いつライブの日が決まってもいいようにお金は稼いどきたいし」
まぁ完全に素寒貧って訳でもないんだけどさ。今までお金を使うことがあんまりなかったから、今までのお年玉や誕生日とかでのそれなりの蓄えはあるんだけど……
それに頼ってばかりじゃいられないし。
「それじゃあここでバイトしたらいいよ!」
「へ?」
「このライブハウスはね、あたしのお姉ちゃんが経営してるんだ! 頼んだら入れて貰えると思うし、内容もドリンク接客とか掃除とかがメインだから簡単だよ!」
「え? あ、へ?」
「それにぼっちちゃんも来週からバイトを始める予定だったんだけどさ、同じクラスの子がいてくれた方が気が楽になるかもだし……どうかな?」
なんかめっちゃグイグイ来るんですけどこの人!?
なんで? あ、このバンドが好きって言ったから? これからも確実に客として来させるための作戦なのか!?
「でも……ってそうか、ここにいたら次の結束バンドのライブ情報も自然と入ってくるのか」
「そうそう! 人では増えても困らないしね、どう?」
「まぁ……別に断る理由は無いし、こっちとしても有難いから嬉しいんだけど……勝手に決めちゃっていいの?」
「大丈夫だよ! じゃあ決まりね! お姉ちゃんにはあたしから伝えておくから、ぼっちちゃんと同じ来週からで良いかな?」
「え……あ、うん」
す、凄い……元気っ子の迫力強い……! みるみるうちに流されていっていつの間にか輪の中に引きずり込まれた!
この子……捉えた獲物は逃さないつもりだ! 釣りで魚を釣って帰る時にリリースしないタイプの人だ! (もちろん蓮太の偏見です)
「じゃ、お姉ちゃんに伝えてくるねー!」
話の結論が決まると、相変わらず明るい笑顔をこっちに向けながらかけ出すように走って出ていってしまった。
あの子……なんか凄いな(語彙力の欠如)
そして部屋に取り残された俺と後藤ひとりと山田リョウ。互いに何も喋らない。
「……俺この先大丈夫なのか?」
こんな個性溢れる人たちの中で生きていけるのだろうか。そんな気持ちが言葉になって出てきてしまった。
「大丈夫、レン。ここはアットホームで和気あいあいとした職場です」
「が、がんばるます……」
なんで急にあだ名で呼び始めたんだろうこの人。