「頑張るって言ったって……」
まさかいきなりスターティングメンバーとして参戦することになるとは……
「それじゃあまず、あなたの得意分野を聞かせて欲しいわ! 何が得意?」
あ……勝手に話を進められてる。
「俺は……別にどこでもいける」
もうしょうがない。1度は乗りかかった船だし、こうなりゃやれることをやるだけだ。
「それじゃあまず────」
…………
……
……
そうしてバスケ部のスケットとして試合に参戦した後のこと。すっかりと暗くなってしまった外で、適当に飲み物を買ってあの赤い髪の子に手渡す。
「はい、お疲れ様」
「え? あ、それじゃあお金を……」
「お金は別にいいよ。部員の人達が今日はお疲れ様って事で部費から出してもらってるから」
「そうなの? それじゃあ後でお礼を言っておかないとね」
だな。と一言だけ返事をして、彼女の隣に座る。
もう辺りはすっかり暗くなってしまっており、明かりがないと薄気味悪さすら感じるレベルの暗闇だ。
「喜多さんって運動好きなの?」
そんなことが気になって聞いてしまう。気になった理由は、彼女は少なからずあの試合中は生きていたからだ。
結果は負けた。序盤で40点もの大差を許し、俺たちチームがぼろ負け。空気が重くなり始めた時に彼女だけが諦めることを許さずに皆を励ましていた。
内心状況を理解していたであろうにも関わらず、楽しむことを忘れていなかったのだ。
皆を励ますための笑顔だとはいえ、あれは嘘であるものじゃないと感じた。
だから俺も動かされたのだ。
そんな状態で始まる後半戦は、蒸気機関のようにゆっくりとゆっくりとエンジンがかかっていく。先制点を彼女が決め、徐々に士気が上がっていく中、相手チームの“故意”であるラフプレーの被害に彼女は巻き込まれてしまった。
それでも彼女は「動きの激しいスポーツだからこんなこともあるわ」と相変わらずの笑顔で乗り切った。
それからだ、俺が彼女を気になり始めたのは。
「ええ! 体を動かすのは気持ちがいいから好きね」
「楽しそうだったもんな。負けちゃったけど」
せめて……勝たせてあげたかった。
「怪我の方は大丈夫? 途中でぶつかられてただろ?」
「え? ああ! これのことなら大丈夫よ、少し当たっちゃっただけだから」
「一応見せて」
正直大事になるほどの怪我では無いと思う。腫れも無いし、色の変化も無い。ただ、女の子がちょっとぶつかっただけでも内心はハラハラとするもんだ。
だからか、必要以上に応急処置をしてしまった。
そして差し出された左腕を確認する。
「それにしても竹内くんって経験者だったのね! とっても上手だったし、応急処置も出来ちゃうなんて」
「まぁね……」
よし、見た目は何も変化なし、仮に内側に微量の痛みがあったとしても数日あれば十分に痛みは引くだろう。
…………ん?
「喜多さん、ギターやってたんだっけ」
「え?」
「バスケ部で仲良さそうにしてた子が、歌が上手いしやめちゃったけどバンド経験者って言ってたの思い出したからさ」
「え……あ……えっと…………」
「それに、指の皮が少し厚くなってる。よっぽど音楽が好きなんだね」
昔の庵と似たような指だ。アイツもひたすら弾いて弾いて弾きまくってこんな感じになってたっけ。
それほどまでに好きってことだ。こんな指になっても気にならないほどに熱中できる好きなことがあるってこと。
羨ましい。
「俺にはそんなに熱中できる好きなことがないからさ。ちょっと羨ましい」
「で、でも! あんなにバスケットが上手だったのはやっぱり好きだったからじゃないの?」
「いや、逃げてただけなんだよ。音楽からさ」
「逃げ────」
あの時の俺は……いや、今もきっと変わらない。
庵や咲真がいなければ、音を好きになることは無かっただろう。
ましてや……バンドマンなんて。
「はい、終了! 特に問題無さそうだったし、大事にならなくてよかった」
「あ……ありがとう」
「うん、どういたしまして」
ポンっと優しく手を叩いてその場から立ち上がり、大きく背伸びをする。なんだかんだと話したりしていたが……実はまだユニフォームから着替えていないのだ。
徐々に疲労を感じてきたし、そろそろ着替えて帰っておきたい。
「音楽から逃げたって……竹内くんもなにかの楽器をしていたの?」
無理やり切り上げた話を続けるように喜多さんがそう聞いてくる。
「…………」
「いや、何もしてない。ただまぁ……ちょっと色々あってさ、一時期音が嫌いになってた時があって、嫌なことを忘れたくてバスケをやってたんだ」
体を動かしてると、汗とかと一緒に嫌なことが出ていってるみたいで心地よかったから。
忘れられれば何でも良かったんだ。
何でも。
「私もね、逃げてきちゃったの」
「喜多さん?」
何やら重い表情で彼女はその気持ちを吐露する。まるで自分の罪を告白するかのように。
「私、ギターなんて弾けないのに、先輩目当てで見栄張って嘘ついちゃってね。大好きな人を騙して輪に入ろうとしてたの」
「でもやっぱり上手くいかなくて、それで逃げ出しちゃった」
……なるほどね。年頃の乙女って感じの失敗だな。
でも、悪い人じゃない。きっと。
「それで練習してたのか」
「ええ、でも私どうしても下手で……」
「って、どうしてこんなことを言っちゃったんだろう。ごめんね、いきなりこんなこと聞かせちゃって」
「いいよ別に。知識がないから俺は何も出来ないけど……話を聞くぐらいはできるからさ」
でも、そうか。彼女はきっと後悔してるんだ。嘘をついちゃったことや迷惑をかけてしまったこと。罪悪感を抱いている。
じゃないと逃げ出したのにあんな指になるまで練習なんてするもんか。
俺になにか出来ることはあるだろうか?
「ま、そろそろ着替えた方がいいんじゃない? 冷えてきたしさ」
「……そうねっ」
「その可愛い姿が見られなくなるのはちょっと寂しいけどね」
と軽く場を誤魔化すつもりでキザっぽい言葉を言ってみる。正直嘘でもなんでもなくてマジでこの人可愛いけど。
あはは〜って話を流せるならなんでもいいや。と思ったから。
「やっぱりそう思う!? このユニフォーム可愛いわよね!」
え?
「こんな機会でもないと着ることできないからちょっと嬉しかったのよね! 記念に写真撮っちゃお!」
あ、この子そう言うタイプの子だったのね。割と自覚あるタイプの女の子だ。
妙に自撮り慣れしてるし。
「あ! そうだ! 竹内さんも一緒に撮りましょ! 助っ人記念に!」
「…………はっ!? えっ!?」
「せーの!」
ガバッと近くによってきたかと思えば片手を高らかに空がある方へと上げると、インカメにしたスマホが見えてくる。
そしてそこには同じユニフォームを着た2人の人影が。
「や! 俺は別に……! ちょっ!?」
「チーズ!」
と喜多さんの合図とともにシャッター音が鳴る。
その時の俺の頭はもう写真とか着替えとかどうでもよかった。
隣から香る彼女の良い匂いが脳内を刺激して…………
気絶してしまいそうなのを根性でなんとか耐えて見せた。