アサルトルベルム プラス   作:入江友

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第10話 大島情報収集任務(2)

 

 背後から聞こえてきた声に、楓・葵・結梨・レミエの四人はぴたりと足を止めた。

 すると、楓たちが止まったのを確認してか、同じ方向から再び女性の声が発せられた。

 

「聞き分けが良くて助かるわ。

そのまま手に持ってるCHARMを足元に置いて、両手を上げてゆっくり振り向きなさい」

 

 楓のすぐ後ろを歩いていたレミエが、全身に緊張を走らせながら小声で楓に尋ねる。

 

「楓、どうするの?

あの声がG.E.H.E.N.A.の強化リリィだったら、私たち捕まって人体実験されちゃうかしら?

一か八か、全員でバラバラに逃げてみる?」

 

「いえ、あの声の主が何者は分かりませんが、背後を取られている以上、抵抗するのは危険ですわ。

おそらく私たちの背中に照準を合わせて、いつでも射撃できる態勢を取っているでしょう」

 

 楓たちを呼び止めた声に殺気は感じられなかったが、隙をつけるような気配もまた感じ取ることはできなかった。

 

「ここで逃げれば確実に後ろから撃たれますわ。

それよりは相手の姿を確かめて、出方を窺う方が幾らかましですわ」

 

 楓は肩の力を抜くように小さく息を吐くと、静かにオートクレールを自らの足元に置いた。

 

 それを見た後続の三人も、それぞれの持っていたCHARMを次々と地面に横たえる。

 

 またしても、背後の同じ方向から同じ女性の声が聞こえた。

 

「よしよし、おかしな格好してる割には人の言うことをよく聞けるのね。

手荒な事をせずに済みそうで安心したわ。

じゃあ、ゆっくり後ろを振り返って。両手は頭の上よ」

 

 声に従って四人が両手を上げて後ろを振り向くと、20メートルほど離れた廃屋の陰から二人の少女が現れた。

 

 彼女らはどちらもカスタマイズされたアステリオンを油断なく構えており、右手中指に指輪を嵌めていた――二人とも、いずこかのガーデンに所属するリリィであるのは明らかだった。

 

 楓と葵とレミエは、二人のリリィが来ている隊服に見覚えが無かったが、結梨だけは違っていた。

 

「あの隊服……こんな場所で」

「結梨さん、あの二人をご存じですの?」

 

 楓の問いかけに結梨が答えるより早く、二人のリリィはグルヴェイグの四人に近づいて誰何を続けた。

 

「一体何なのよ、あんたたち。

四人そろって猫耳つけた水銀燈みたいな恰好して。

それに目元を隠すその仮面、私の見るところラ・セーヌの星リスペクトね。

まったく困ったものね。ここはコミケのコスプレエリアじゃないのよ」

 

 二人のうち上級生らしきリリィが呆れ返ったように言うと、レミエがむきになって反論を始めた。

 

「これはコスプレじゃなくて、れっきとしたレギオンの隊服なのよ。

メルクリウスの聖帝たるティシア様の個人的な趣味――じゃなくて、任務のために必要なデザインなんだから。

世界の闇の本質を知ろうとする者は、その闇に深く潜るべく、自らの身に闇を纏わねばならぬ――とか、よく分からないことをティシア様は言ってたけど、とにかく私たちのレギオンの正式な隊服なの!」

 

「あんたたち、メルクリウスのレギオンなの?

あのガーデンに四人だけのレギオンなんてあったかしら……」

「最近、LGグルヴェイグという詳細不明のレギオンが仮承認されたようですが……」

 

 上級生のリリィは首をかしげ、その様子を見たもう一人の少し背の低い大人しそうなリリィが、アステリオンを構えたまま答えた。

 

 その時、結梨が目元を隠している仮面を外して、楓たちが制止する暇もなく二人のリリィへと走り寄った。

 

「伊紀、碧乙、久しぶり。ロスヴァイセも大島に来てたんだね」

「結梨ちゃんだったんですか。こんな所で会うとは思いませんでした。

メルクリウスから大島近海ネスト調査隊の一員として参加してるんですか?」

「ううん、私たちは調査隊とは別。

私たちが知らない情報を何でもいいから持ち帰るために、ここに来たの」

 

 結梨に声を掛けられたLGロスヴァイセの北河原伊紀と石上碧乙もまた、同じく調査隊やLGサングリーズルとは別行動だった。

 

 と言うより、正確にはロスヴァイセが大島に派遣されている事実自体、調査隊にもサングリーズルにも伝えられてはいなかった。

 

 もしロスヴァイセが調査隊やサングリーズルと遭遇した場合は、負傷者が出た事態に備えて衛生レギオンとして派遣されたと説明する予定になっていた。

 

 結梨の説明を伊紀の隣りで聞いていた碧乙は、何となく釈然としない様子だった。

 

「それはまた随分とアバウトな内容の任務ね」

「私たちはまだ出来たてのレギオンだから、細かい指示は出さないってティシアが言ってた」

「ふーん。でも未知の情報を集めるってことは、普通の任務じゃなくて特務っぽい内容よね。

結梨ちゃんは百合ヶ丘でロスヴァイセ預かりだったから分かるけど、他の三人はどうなの?」

 

 碧乙の質問に答えたのは結梨ではなく伊紀だった。

 

「えっと、私の情報ではLGグルヴェイグのリリィは楓・J・ヌーベルさん、石川葵さん、レミエ・アレッサンドリーニさん、『北河原ゆり』さんの四名です。

他に名誉隊長としてティシア・パウムガルトナー様の名前がありますが、詳細は不明です」

 

 それを聞いた碧乙は思わず口笛を吹いた。

 

「楓・J・ヌーベル、石川葵、レミエ・アレッサンドリーニって、中等部時代の世界最高格付けメンバーよね。

でも、いくら優秀でも1年生だけでこんな物騒な所に来て大丈夫なの?」

 

 結梨の後を追って伊紀と碧乙の近くまで来ていた三人のうち、葵が碧乙に答える。

 

「はじめまして。LGグルヴェイグの石川葵です。

私たちの目的はヒュージやG.E.H.E.N.A.の強化リリィと戦うことではなく、あくまでも情報収集です。

もちろん、襲ってくる敵が現れれば応戦しますが」

「ま、それはリリィとしては当然よね」

「せっかく百合ヶ丘のリリィとお会いしたので、幾つかお尋ねしたいことがあるのですが」

「いいわよ。答えられることは答えてあげる。

でも、今ここで答えられることなんて、いずれ百合ヶ丘からメルクリウスへ伝えられるものばかりだけど」

 

 碧乙の言葉を聞いた葵は、礼儀正しく一礼した。

 

「ありがとうございます。それでも十分助かります。

……今はデスゾーンが一時的に解消され、強化リリィの成れの果てである『最果ての花々』は、ルサルカとの戦いで一名を除いて戦死しました。

ただ一人の生き残りは名を山口千尋といい、以前は百合ヶ丘女学院初等部のリリィだった人です」

 

「そのとおりよ。サングリーズルが上げた報告がメルクリウスにも共有されているのね」

「はい。ですが、それ以上のことを私たちは知りません。

彼女は今は百合ヶ丘に?」

「ええ、百合ヶ丘のガーデンが保護しているわ。

当分の間は特別寮で生活する予定よ」

「そうですか……それは良かったですね。

でも、私たちが気になっているのは、彼女ではなく『最果ての花々』の背後にいた人物のことです」

「……」

 

 碧乙の沈黙を消極的肯定と受け取った葵は、そのまま発言を続けることにした。

 

「小島撫子という民間人の研究者が、大島の要塞にいたことは分かっています。

彼女はかつて百合ヶ丘女学院のリリィであり、教導官を務めていたこともある人物です。

彼女はこの大島地下要塞のどこかで、自身の研究に没頭していたようです」

 

 碧乙も伊紀も何も言葉を発しない。葵は淡々とした口調で更に説明を進める。

 

「奇しくも、調査隊とサングリーズルの前に『最果ての花々』と呼ばれる強化リリィの成れの果てが現れ、彼女たちはレギオンのように集団で行動していたそうです。

メルクリウスでは当初、軍医兼研究員として要塞に勤務していた中原・メアリィ・倫夜が『最果ての花々』と関係しているのではないかと推測しました。

しかし、彼女は強化リリィを『紛い物』と呼び、関心を示したり研究対象とすることはありません。

では中原・メアリィ・倫夜以外の何者が、自我を持たない『最果ての花々』を調査隊とサングリーズルに仕向けたのか。

メルクリウスが次に目を付けたのが、当時大島地下要塞にいた、もう一人の研究者である小島撫子でした。

彼女は中原・メアリィ・倫夜とは違い、強化リリィの力――正確には『ヒュージの姫』の力が世界を救う、という思想を持っていました」

 

「葵さん、最後の情報をどこから得たんですか?」

 

 先程まで見せていた柔和な表情は消え、伊紀の顔は緊張に引き締まっていた。

 

「それは私たちには分かりません。ティシア様が話して下さったことですので」

 

「ほら、あの人は特務レギオンの親玉みたいなリリィだから、百合ヶ丘とは違う情報源を持ってるんじゃない?」

 

「碧乙御姉様、そんなに簡単に別の情報源なんておっしゃらないで下さい。

百合ヶ丘の面目が立ちませんから」

 

 伊紀は渋い表情をして非難がましく碧乙の顔を見上げた。

 小島撫子元教導官の研究者としての経歴は、百合ヶ丘でもまだ全貌を把握できていなかった。

 一時期は鞍馬山のラボに在籍していた可能性が指摘されているが、それも断片的な未確認情報にすぎない。

 どこまでの事実を、ティシア・パウムガルトナーは知っているのか――

 

「そして『最果ての花々』に関係する重要参考人として、百合ヶ丘は小島撫子の行方を追っている……

ロスヴァイセはその手がかりを探すために、この大島へ派遣された……なんてことはありませんかしら?」

 

 隠しきれない知的好奇心と高揚感をにじませながら、楓は私立探偵よろしく伊紀と碧乙に自分の推理を示してみせた。

 

 が、それに対する伊紀の返答は実につれないものだった。

 

「小島撫子元教導官について、何もお話しすることはできません。

ロスヴァイセが彼女を探しているのかについても、一切お答えできません」

 

 頑なに回答を拒む伊紀の生真面目さに、葵は思わず失笑してしまった。

 

「伊紀さん、もう少し上手にはぐらかさないと、特務レギオンの隊長は務まらないわよ」

 

「えっ――」

 

「伊紀は私たちに本当のこと教えてくれないの?

結梨から聞いてた話と違って、伊紀って意地悪なリリィなのね。失望しちゃったわ」

 

「いえ、そういうわけでは……」

 

 柳眉を逆立てて伊紀を難詰するレミエの肩に、葵は軽く手を置いた。

 

「レミエ、人には立場ってものがあるのよ。

あなただって、アルテア様とのことを根掘り葉掘り聞かれたくはないでしょう?」

 

「……わかったわ。そういうことなら伊紀の立場を尊重して、今日のところは引き下がってあげるわ。ありがたく思うことね」

 

「お気遣いいただきありがとうございます。

私と碧乙御姉様は引き続きこの付近の哨戒に戻りますので、これで失礼します」

 

「あなたたち、まだ四人とも1年生なんだから無茶したらだめよ。

まずは全員無事にガーデンに戻ることを考えなさい」

 

「うん。伊紀と碧乙も気をつけてね。後でまた会えるといいね」

 

 結梨が伊紀と碧乙と握手している様子を眺めながら、楓は心の中である意味リリィらしい意欲を燃やしていた。

 

(私たちだって子供の使いではありませんから、手ぶらでガーデンに帰るわけにはいきせんわ。

何か一つでも大きな発見をして、レギオンの評価を上げていかなければ……)

 

 楓の意気込みは、その後しばらくして思いがけず実現の手がかりを得ることになる。

 ただし、それは通常のレギオンと同様に、生命を失う危険と隣り合わせであることに変わりは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊紀たちと別れたグルヴェイグの一行は、ごく普通に要塞のゲートから内部に入った。

 大型車両1台が通行できるほどのアーチ型のゲートで、衛兵に要塞内部の調査任務で来訪したことを伝える。

 既にメルクリウスのガーデンから要塞司令部へ当該の予定は連絡されており、四人がCHARMと指輪を見せるだけで通行は許可された。

 要塞と言っても、通常兵器ではミドル級までのヒュージにしか対抗できないため、駐屯している将兵の主な活動は海上のネスト活動とケイブ発生状況の観測が大半を占めていた。

 ネストまたはケイブから出現したヒュージがミドル級以下であれば、原則として要塞駐屯兵力で迎撃する。

 ラージ級以上の個体が出現した場合は、速やかに管轄のガーデンへ連絡を行う。

 ガンシップ到着までの間は人員を要塞深部へ退避させ、地上は誘導ミサイルや無人機によるスモーク散布等で遅滞戦術に徹する。

 

「これまではネストの活動自体はそれほど活発なものではありませんでしたから、深刻な事態に至ることはほとんどなかったのですが……」

 

「いきなり四つもネストが増えて、デスゾーン成立のリスクが急に発生したのよね。

それで急遽、調査隊と百合ヶ丘のサングリーズルが派遣されて現地入りしたら、ジャガーノートはいるわ、ルサルカっていう野生の人型ヒュージが出てくるわ、『最果ての花々』は襲ってくるわで、大変だったみたいよ」

 

 地下要塞の下層へと階段を下りながら、楓と葵が結梨とレミエに改めて状況を説明する。

 

 要塞の通路は幅4メートルから5メートル、高さは3メートル程で、リリィが全力で動き回って戦うにはいかにも狭苦しい環境だった。

 

 隊列の先頭を葵が歩き、その後ろに結梨とレミエが続く。

 最後尾の楓は、後方にケイブやヒュージが出現しないか用心深く注意を払っている。

 

「ジャガーノートって、ルドビックラボで作られたヒュージだったんだね」

 

 結梨がすぐ前を歩いている葵の背中に向かって言うと、葵は前を向いたまま少し間を置いて、歯切れの悪い口調で答える。

 

「それも本当はエビデンスがよく分からない話で、調査隊やサングリーズルが中原・メアリィ・倫夜や小島撫子から聞いた話だったら、眉唾物にも程があるわ」

 

「ルサルカはカリブディスっていうアルトラ級から生まれたって……」

 

「それはルサルカが自分で言ったのを調査隊とサングリーズルのリリィが聞いてるから、ほぼ間違いないでしょうね。

ノインヴェルト戦術のことも知っていたそうだから、結構な知能を持ってるんじゃないかと思うわ」

 

「そんなヒュージとどうやって戦えばいいのかな……」

 

 既に四人は要塞の最下層近くまで下りて来ていた。

 通常はほとんど使用されていない区画らしく、壁が一部崩れていたり、照明が切れたままになっている個所が至る所にある。

 予定では、ひとまず限界まで深く下りてから、G.E.H.E.N.A.関連の実験設備なり放棄された資料やデータなりが存在しないか、確認するつもりだった。

 だが、その予定は意外に早く変更を余儀なくされる結果となった。

 

 先頭を歩く葵の足が止まった。

 それに合わせて後続の三人も同時に前進を停止する。

 

「ヒュージサーチャーに感あり。

2時の方向80メートル、数は1。

通路上を微速で直進中の模様。

推定されるヒュージ等級は――ギガント級、あるいはそれ以上」

 

 自分の背後に立つ三人が息を呑むのが、葵には分かった。

 レミエと結梨が驚きをあらわにして、振り返って楓に問う。

 

「こんな狭い通路に、ギガント級以上のヒュージがいるの?」

「サーチャーの故障かしら?」

「いえ、私のサーチャーも葵さんと同じ反応を示していますわ」

「私たちの近くにギガント級以上のヒュージがいる……」

「い、いきなり大当たりを引いたみたいね、私たち」

 

 レミエの言葉が空元気であることが三人には分かったが、それに軽口で返す余裕は無かった。

 会敵したところで、たった四人のレギオンではギガント級以上を倒すことなど到底不可能、これ以上距離が縮まる前に全速で後退するべきだったが――

 

「リリィ、みつけた」

 

 照明の切れた通路の向こうから、ぽつりと少女の声が聞こえた。

 グルヴェイグの四人よりも幼い声で、妙に楽しそうで、それでいて嗜虐的で残忍そうで、この世のものでない現実離れした印象を受ける声だった。

 

「気づかれた。後退しても追撃される。

ここで戦うしかないわ」

 

 葵は覚悟を決めてトリグラフを正面に構えた。

 後ろに続く三人も、立ち位置を調整して一直線に並ばないように移動する。

 

「逃げないんだ、さすがリリィだね。

まあ、逃げてもみんな殺しちゃうけど」

 

 足音が少しずつ近くなり、やがて暗がりから少女の姿が現れた。

 その少女は死人のように白い肌と、灰白色の髪、そして三つの赤い瞳――人のようで人でないその姿を、グルヴェイグの四人は既に知識としては知っていた。

 

「ルサルカ――『流転の悪喰』カリブディスから生まれ、知性と自我を持ち、言葉を話す人型ヒュージ。

相手にとって不足なし。私たちはお前と戦って、勝つ」

 

 隊列の先頭に立つ葵は、ルサルカの妖気に満ちた顔を見つめて宣戦布告した。

 





 長らく更新が途絶えていてすみませんでした。
 雑事多く、次回更新日を予告できる状態ではありませんが、できる時に少しずつ進めていきます。
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