アサルトルベルム プラス   作:入江友

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第12話 大島情報収集任務(4)

 

 LGグルヴェイグとルサルカの戦闘が発生した通路から約100メートル上、大島地下要塞の司令部には二人の将校の姿があった。

 他の人員は既に耐爆ブロックへ退避済みであり、司令部の室内は今、その広い空間を持て余しているように見えた。

 副官らしき壮年の男性が、壁面の大型モニターに映し出されている座標の数値を見つめている。

 

「最下層付近を震源とする大規模な震動を検知。

現在、震源周辺のセンサー類は全て機能を停止しています。

おそらく何らかの爆発的事象によって、物理的に破壊されたものと思われます」

 

彼と並んで立つ司令官の将校は、見上げているモニターから視線を外さずに応じる。

 

「10分ほど前に無線で連絡があった、LGグルヴェイグというレギオンとヒュージの戦闘か。

要塞内部に易々とヒュージの侵入を許すとは、軍の防衛システムも当てにならんな。

技術将校がこの場に居れば、小一時間は問い詰めてやりたいが」

 

「ですが、ルサルカというヒュージは極めて特殊な個体であると聞いています。

人のような姿をし、人語を操りながら、少なくともギガント級相当のマギを保有していると」

 

「であれば、通常のヒュージには有効な防壁も役に立たないということか。

つくづくヒュージというものは人の手に負えん存在だな」

 

「LGグルヴェイグとの通信は途絶した状態ですが、マギ・ポジショニング・システムの位置情報は四つとも最下層付近で静止しています。

彼女たちの捜索および救助に向かう必要があるのでは?」

 

だが、その問いかけに司令官は表情を変えず、首を横に振った。

 

「向かった先にルサルカがいれば、全員死体になるだけだ。

軍の歩兵など、ギガント級ヒュージの前では紙人形も同然だからな」

 

「では、我々には何もできることは無いのですか?」

 

「人は出せん。が、ひとまずメルクリウスのガーデンに連絡を入れる。

LGグルヴェイグは要塞深部にてルサルカと交戦の後、消息を絶ったと」

 

「はい」

 

「島内外に展開中の他レギオンに支援を要請するかどうかは、メルクリウスが判断するだろう。

要塞駐屯部隊は状況の把握および外部との情報連絡に徹し、兵士の出撃は行わない」

 

「承知しました。直ちに横須賀の聖メルクリウスインターナショナルへ、その旨を打電します」

 

「各ブロックの要員は第2種戦闘配置へ移行、全ヒュージサーチャーの感度を最大ゲインで保持せよ。

併せて偵察用ドローンを最下層まで降下、生存者の確認を急げ」

 

「了解」

 

 司令官の命令を遂行すべく、副官は通信機が設置されているコンソールへと向かって歩き始めた。

 コツコツと響く固い靴音が遠ざかっていくのを聞きながら、司令官は幾つもの輝点が瞬く巨大なモニターを無言で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大島地下要塞の最下層近く、LGグルヴェイグのリリィとルサルカが戦った通路は、壁と天井が完全に崩落し、一面が瓦礫の山と化していた。

 照明設備も一つ残らず破壊され、周囲は一寸先も見えない完全な暗闇に覆われていた。

 

 ――その闇の中で、何かが動く気配がした。

 

 大小の無秩序な大きさに砕かれたコンクリート片の一つが、微かな音を立てて動いた。

 それは今まさに意識を回復した人間が、自分の周りの様子を確かめるために半ば無意識で手を動かした結果、生じた音だった。

 その音の発生源は――結梨だった。

 結梨は、自分の身体が半ば以上瓦礫に埋もれた状態になっていることに気がついた。

 

(生きてる……でも体中が痛い。動けるかな……)

 

 全身の至る所から襲ってくる痛みに耐えながら、結梨は暗闇の中で身を起こそうとした。

 するとカラカラと乾いた音を立てて、大小のコンクリートの破片が背中から床へと落ちていった。

 意識を失う直前まで持っていたトリグラフは、左右どちらの手にも握られてはいなかった。

 そして目元を隠すための仮面も外れ、トリグラフと同様に行方知れずになっていた。

 そっと顔に手を当ててみたが、幸い擦り傷だけで大きな出血はしていないようだった。

 痛みを我慢すれば手足の関節も正常に動くため、打撲のみで骨折はしていないと結梨は判断した。

 

(まっくらで何も見えない。CHARMがどこにあるかも分からない。

早くここから移動しないと、ルサルカが現れたら何もできずにやられちゃう)

 

 周りに何者かが存在している気配は感じられなかったが、声を出して楓たちを探すのは余りにも危険すぎた。

 ルサルカが近くにいれば、自分の居場所を知らせるようなものだからだ。

 それに、あの時は結梨はルサルカを挟んで楓たち三人と反対側にいた。

 ルサルカが何らかの方法で爆発を起こしたとすれば、結梨は楓たちと逆方向に吹き飛ばされたことになる。

 だとすれば、現在の自分がいる位置は、楓たちとは相当離れていると考えるのが妥当だった。

 

(通路の端まで行けば、上の階に上がるための階段があるかもしれない。

まず、そこまで行ってみないと)

 

 結梨は手探りで床を這うようにして、できる限り物音を立てないように、暗闇に覆われた通路をごく慎重に前方へ進み始めた。

 そして、瓦礫だらけの通路を何度も曲がりながら100メートル近くも進んだ頃だろうか、ようやく階段への入り口のような場所にたどり着いた。

 そこはわずかな光が上方から漏れて、うっすらと階段と踊り場の形状が浮かび上がっていた。

 結梨は一旦トリグラフと仮面の回収を断念して、痛む身体を引きずるように階段をぎこちない足取りで上がり始めた。

 数フロア分を上って階段を出たところで、結梨は力尽きたように、がくりと床に膝をついた。

 その階の通路はどこも破損しておらず、照明も正常に点灯していた。

 結梨があらためて自分の身体を見ると、黒を基調とした隊服はコンクリートの灰燼にまみれ、何箇所も大きく破れていた。

 

(誰か、いないかな……)

 

 その階の通路は階段の出口で三方向に分かれていた。

 左、正面、右の順に結梨は通路を見渡していく。

 すると、右へ伸びる通路の20メートルほど先にあるドアが開くのが目に入った。

 そこから現れたのは白衣を着た妙齢の女性だった。

 女性は満身創痍で床に膝をついている結梨の姿を目に留めると、驚いた様子で小走りに駆け寄ってきた。

 そして結梨の傍まで来るとしゃがみこんで、興味津々の様子で結梨の顔を覗き込んだ。

 

「あらあら、埃まみれでひどい格好ね。

さっき下の階から爆発音が聞こえたのは、あなたが戦っていたからなのね」

「先生……こんなところで……」

「あなたこそ、まさかこの大島で会えるとはね」

 

 その女性――中原・メアリィ・倫夜は、にやりとしか形容できない企みめいた笑みを浮かべ、結梨の全身を眺めた。

 そして両手を伸ばして、結梨の身体のあちこちを指先と掌で軽く触れるようにして確認していった。

 

「全身の十数箇所を強度の打撲と擦過傷、幸い骨折や大きな裂傷は無いようね。

ひどく消耗しているようだから、とりあえず横になれる所まで移動しなくちゃね。

さあ、行きましょう」

 

 倫夜は結梨の返事を待たずに、結梨の身体を半ば担ぎ上げるようにして持ち上げた。

 そのまま倫夜は結梨と一緒に、先程出て来た部屋の中へと姿を消した。

 ドアが閉じられると、通路は何事も起きなかったかのように、再び無人の静寂に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そう、ルサルカと戦ったのね。

ジャガーノートは調査隊とサングリーズルが倒したけれど、やはりルサルカは生きていたのね」

「すごく強かった。攻撃も全然あたらなかったし」

 

 倫夜から差し出されたコップに入った水を、結梨はこくこくと飲んだ。

 倫夜の研究室の中で、結梨はリクライニングの利いたソファーに背を預けて深く座り、その身体を休めていた。

 

「それは無理も無いわ。

ルサルカは潜在的には超級ギガントやアルトラ級にも匹敵するかもしれないヒュージよ。

複数の旗艦レギオンで完全に包囲しなければ勝機は無いでしょう」

 

「でも、戦うしかなかった」

 

「ヒュージとの突発的な遭遇戦では、戦う以外の選択肢は無いものね。

生きて戻れただけでも立派なものよ。あなた以外のレギオンメンバーは?」

 

「わからない。私が一番ルサルカの近くにいたから、私よりは大丈夫だと思うけど……」

 

「そう。要塞には私から連絡を入れておくわ。

LGグルヴェイグのリリィ一名を保護したと。

氏名は――『北河原ゆり』と名乗っているのね、今は」

 

「……」

 

「あなたの名前が何であっても私は気にしないわ。

私が知りたいのはあなたの名前ではなくて、あなたのリリィとしての本質的な力だから」

 

 結梨は倫夜の言葉を意図的に無視して、会話の流れを強引に変えることにした。

 

「……私、先生に言いたいことがある」

 

「何?言ってみて、ご希望に添えるかどうかは分からないけど」

 

「リリィどうしを戦わせる『実験』をするのはやめて」

 

「……」

 

「先生が御台場にいた時に、特異点のリリィどうしが戦うことが何度かあった。

それは『原初の開闢』っていう現象を再現するために、先生がわざとそうしたって」

 

「それを誰から聞いたの?」

 

「言えない。先生が『実験』をやめるまでは」

 

 重い疲労を顔ににじませながらも、結梨は頑として倫夜に譲歩する様子は無かった。

 そして倫夜もまた、結梨を問い詰めることに拘泥するつもりは全く無かった。

 

(……まあいいわ。『北河原ゆり』は百合ヶ丘の特務レギオンであるLGロスヴァイセ預かりの処遇だった。

御台場から百合ヶ丘に内部の機密情報が伝達され、それは理事会だけでなく特務のリリィへも伝えられた……と考えれば筋が通るわね)

 

 さしずめ情報の経路は司馬燈からアキラ・ブラントン、そして更に御台場の理事長から高松祇恵良へというところか、と倫夜は推測した。

 

「困ったわね。『原初の開闢』は私の研究の核心をなすテーマなの。

強化リリィみたいな『紛い物』に固執して、挙げ句に『同化と統制』のような禁忌にまで手を伸ばす人たちとは違う。

私は『原初の開闢』の全てを解明してこの世界を救うまで、『実験』をやめるわけにはいかないの」

 

「どうしても?」

「どうしてもよ」

 

「それなら、私は先生の『実験』を止める」

「どうやって?あなたは私が『原初の開闢』を再現しようとしていることしか知らないでしょう」

「止め方は……考える。今はわからないけど」

 

「私の『実験』の邪魔をしようなんて考えずに、あなたのレギオンがなすべきことだけに専念しなさい。

それがあなたにとっても私にとっても最善の選択肢だと思うわよ」

 

「先生のわからずや。私、もう帰る。さよなら」

 

 結梨は憤然と頬を膨らせてソファーから立ち上がり、そのまま部屋を出ていこうとした――が、その足取りはふらつき、数歩を踏み出したところで全身から力が抜けた。

 床に倒れこもうとする結梨の身体を、咄嗟に倫夜は機敏な動きで支えた。

 ――まるでそれを予期していたかのように。

 結梨は意識を失って、倫夜の腕の中で穏やかな呼吸をしている。

 その様子を確認して、何かを企んでいるような妖しい笑みが、倫夜の口元に再び浮かび上がった。

 

「鎮静剤が効いたようね。よく眠っているわ。

差し出された水を素直に口にするなんて、特務レギオンのリリィとしては失格ね」

 

 倫夜が傍にあるテーブルの上に視線を移すと、そこには結梨が水を飲み干して空になったコップが置かれていた。

 その水に無味無臭の鎮静剤が溶け込んでいたことに、結梨が気づく筈も無かった。

 

「世界に一人しかいない人造リリィ、今それが私の手中にある。

これってまたとない幸運よね。

せっかくの機会だから、いろいろ調べてみたくなっちゃうのは当然ね。

傷ものにするわけにはいかないから、血液と組織のDNAサンプルだけでも採取させてもらおうかしら。

それからスキラー数値とかマギ保有量とか、それからそれから……ああ、たくさん調べたいことがありすぎて困っちゃう。

えっと……落ち着いて、まずは採血から始めましょう。準備準備っと」

 

 湧きあがる興奮の感情を抑え、倫夜は結梨の身体を先程のソファーに寝かせて、採血のための器具を取りに収納棚の方へ向かおうとした。

 その時、背後から小さな囁きが倫夜の耳に届いた。

 

「学生に一服盛って遺伝子情報をサンプリングしようなんて、とんだ校医もいたものだ――いや、元校医か。

御台場のリリィには同情を禁じ得ないな」

 

 思わず倫夜が振り返ると、意識を失って眠りについているはずの結梨がうっすらと目を開けて、覚束ない動作でゆるゆると上半身を起こそうとしていた。

 

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