全面的に会話回となっています。読みにくくてすみません。
G.E.H.E.N.A.はなぜ人造リリィを作らなくなったのか
マギとは何なのか、原初の開闢とは何なのか
について、それなりの仮説を考えてみました(あくまでもそれなりです)
「中原・メアリィ・倫夜。
ある時は御台場女学校勤務の校医、また別のある時はエレンスゲ女学園の関連ラボに所属する研究者。
現在の身分は大島地下要塞の軍医兼研究員」
意識を失う前とは似ても似つかぬ理屈っぽい口調で、『結梨の姿をした何者か』は興味深げな視線を倫夜に向けていた。
「そして、世界を救うべく『原初の開闢』の全容を解明せんとする、G.E.H.E.N.A.でも指折りの研究者――それがあなたの本当の姿だ。
変幻自在の変わり身とは、あなたのような人のことをいうのだろうね」
倫夜は一歩後ずさって、信じ難いものを見る目で、ソファーから身を起こした結梨の姿を見つめた。
(鎮静剤の量は充分だったのに、どうして……いえ、それよりも)
「あなた、誰なの?」
その身体は寸分の違いも無く、一柳結梨その人であることに変わりはなかった。
しかし、射抜くような鋭い眼差しと、狡知さすら漂わせる隙の無い微笑が、倫夜の心に決定的な違和感を抱かせていた。
「さあ、誰だろうね。あなたは僕を誰だと思う?」
「少なくとも、一柳結梨が多重人格者だという情報は無かったわ」
「それは間違っていない。僕は結梨の別人格ではないから。全くの他人だ」
「どうして別人の人格が中に入っているのかしら?
まさか、『同化と統制』の禁忌を――」
背中に冷たい汗が流れるのを倫夜は感じた。
もし稲葉檀や西村乃恵美のような人物が、結梨のような超越的能力を持つリリィに憑依すれば――そのような事態は、破滅的な災厄や惨劇をもたらす恐れが極めて高い。
だが、倫夜が抱いた危惧は幸いにも杞憂だった。
『結梨の姿をした何者か』は、簡潔にその可能性を否定した。
「それは的外れだ。僕が何者なのか知りたいのなら、由比ヶ浜ネストと甲州撤退戦について調べてみるといい。
あなたほどの優秀な研究者なら、それだけの手がかりで正解にたどり着けるかもしれない。
……そうだな、さしあたって今は、僕のことは『M』とでも呼んでくれればいい」
「――『M』、あなたはいつから一柳結梨の中に存在していたのかしら?」
幾らか落ち着きを取り戻し、倫夜は目の前に立つ『M』に問いかけた。
倫夜についての情報を結梨の記憶から得ていたとしても、『M』の人格が一般市民ではなく、リリィあるいは教導官のそれであることは明らかだった。
「捕縛命令の解除後、結梨がハレボレボッツとの戦闘で生死不明になった時かな」
「やはり、あの時に人造リリィは死んでいなかったのね」
「G.E.H.E.N.A.は結梨が生きていると考えていたのかい?」
「戦闘が終わった後、百合ヶ丘が回収したのはコアが全損したCHARMだけ。
遺体も認識票も指輪も見つかっていないのよ。
その状況で生存の可能性を捨てることはありえないわ。
当然、付近の海岸と海上は秘密裏に捜索を続けたわ。
最悪、遺体の一部でも回収できればいいと」
「賢明な判断だ。結果としては百合ヶ丘の特務レギオンに先を越されたけど」
「それは運としか言えないわ。大げさに言うなら運命とも。
仮にG.E.H.E.N.A.が先に彼女を発見していたら……」
「当初の予定通り、結梨を人体実験の材料にしていた?」
「いえ、その可能性は低かったと思うわ。
ハレボレボッツとの戦いを見た後では、人造リリィについてのG.E.H.E.N.A.の認識は一変したから」
「どう変わったと?」
「G.E.H.E.N.A.が人造リリィに求めていたのは、大量に生産できる消耗品のリリィであり、戦闘能力は平均的な水準を達成できていれば、それでよかったのよ。
でも、現実にはただ一人だけが繭からの誕生に成功し、異次元としか言いようのない能力を有していたわ」
「複数レアスキルの同時使用、ヒュージネストのマギを自分のエネルギーとして攻撃、この二点だけでも同じことをできるリリィは他に存在しない」
「そう。G.E.H.E.N.A.は人造リリィの能力が余りにも想定から逸脱していることに疑問を抱いたわ。
これは偶発的な事象ではなく、意図的に仕組まれたものではないかと」
「G.E.H.E.N.A.が陰謀の仕掛け人ではなく、仕掛けられた側だって?
珍しいこともあるものだね」
皮肉げに唇をゆがめて笑う結梨の姿は、彼女の性格を知る者が見れば目を疑ったに違いない。
だが、倫夜の関心は今はそちらには向いていなかった。
「繭からの誕生に失敗した人造リリィの遺体を回収して調べると、一柳結梨とは遺伝子の配列が決定的に異なっていることが分かったわ」
「誰が何のためにそんなことを?」
『M』がちらりと探るように倫夜の顔を見ると、倫夜はふんと鼻を鳴らして腕組みをしてみせた。
「白々しい。あなたが一柳結梨の記憶から私の情報を得たのなら、人造リリィの計画についても裏の事情を知ってるんでしょう?」
「まあね。仕掛け人はG.E.H.E.N.A.の内部ではなく、当時技術提携していたグランギニョル社の中にいた。
『彼』は人造リリィを対ヒュージ戦闘用の消耗品ではなく、究極的な人類の進化系として実現しようとした。
つまり、ヒュージ棲息化の環境においても生存可能な人類を創造するべく、『彼』は人造リリィの遺伝子を設計した」
「そう。『彼』は人工的に進化したヒトのプロトタイプとして、ただ一人の人造リリィを誕生させたわ。
彼女は第一接触者である一柳梨璃によって一柳結梨と名付けられた。
生死不明となった後は、北河原伊紀の架空の従姉妹『北河原ゆり』としてロスヴァイセ預かりの身分を用意され、現在は聖メルクリウスインターナショナルに転校している。
この情報で間違いないかしら」
「さすがにG.E.H.E.N.A.はよく調べ上げているね。
あなたの発言内容は事実に相違ないよ」
倫夜と『M』は互いの認識が一致していることを確認し、加えて『M』には更に倫夜に問うておきたいことがあった。
「結梨の遺伝子情報は政府機関に提出済みだ。
その気になればG.E.H.E.N.A.は遺伝子情報を利用して、結梨と同じ遺伝子を持つ人造リリィを生み出すことは可能なんじゃないか?
なぜそれをしない?
G.E.H.E.N.A.が倫理や人権に配慮しているわけでもないだろうに」
『M』の問いに対する倫夜の回答は実にシンプルなものだった。
「理由はいくつかあるけど、最大の問題は暴走した時に誰も止められないからよ。
彼女のような人造リリィの量産に成功したとして、正気を失ったり、あるいは自分たちが世界の支配者になる野望を抱いたら、それを排除できるリリィは存在しないわ」
「ヒュージとの戦いに加えて、人類は人造リリィとも戦わなければならなくなる、か。
リリィ脅威論をさらに先鋭化させたような、実にぞっとしない話だ」
「だからG.E.H.E.N.A.は一柳結梨が生きていることを知りながら干渉せず、の方針をとっているのよ。
それは『ヒュージの姫』の頂点に君臨する白井咲朱も同じ。
彼女を拘束することは、G.E.H.E.N.A.の力をもってしても不可能だから」
「自分たちが生み出したリリィが、自分たちの手に負えない存在になってしまったとはね。
何やら寓話めいた話だけど、それならG.E.H.E.N.A.は『普通の』強化リリィを主戦力としてヒュージとの戦いに勝つつもりなのかい?」
「そういう研究者もいるけど、私は別の方法でヒュージとの戦いを終わらせるつもりよ」
「それが『原初の開闢』の研究にあなたが固執する理由か。
『原初の開闢』はヒュージネストが初めてこの世界に現れた時の事象。
その発生メカニズムを解明すれば、ネストとヒュージをこの世界から消滅させる手がかりが得られるかもしれない、いや必ず得られるに違いない――あなたはそう考えているのだろう」
「大筋としてはその通りね。否定はしないわ」
「それを実現するには『原初の開闢』を再現する実験が不可欠であり、そのために特異点のリリィ同士を戦わせる状況を、あなたは御台場女学校で何度も作り出した。
リリィが死亡するかもしれないリスクと引き換えに、あなたは『原初の開闢』の核心に迫ろうとした。
その行いの是非を論じるつもりは無い。
僕があなたに伝えておきたいのは、『原初の開闢』がネストとヒュージの存在の出発点ということは、マギの存在の出発点でもあるということだ」
『M』の言葉を聞いた倫夜は、その美しい顔から妖艶な微笑をすっと消し、その代わりに知的好奇心を帯びた探るような視線を向けた。
「その話、続きがあるんでしょう?
話してごらんなさい。聞いてみたくなっちゃったわ」
「あなたほどの研究者にそう言ってもらえるとは光栄だね。
ではお言葉に甘えて、僕の考えを聞いていただくとしよう」
『M』は一呼吸の間を置いて、自らの学説を教授に説明するかのごとく語り始めた。
「まず一般に、マギは魔法エネルギーと呼ばれているが、その表現は正確なものとは言えない。
現在の科学では説明できない現象を誰でも理解できるよう、魔法という単語を便宜的に用いているだけのことだ。
相対性理論や量子力学が存在しなかった時代では、超電導や原子核反応は理解不能の現象だっただろう――もっとも、それらの現象を実際に目撃した人はいなかっただろうけど」
「悪くない視点ね。続けてちょうだい」
「マギも同じように、限定的ではあるがCHARMの動力源として利用できる以上、そのレベルまで原理は解明されていると言える。
術式と呼ばれるルーン文字の配列は、一種のプログラムのような働きをしている。
代表的な例としては、指輪とマギクリスタルコアを介してリリィのマギをCHARMへ流し込み、ヒュージの爪や牙に匹敵する強度を持たせている。
この術式の理論こそが、マギを外部エネルギーとして利用するための決定的な情報であることは間違いない。
だが、その理論の核心部分を誰が構築したのか、ソースコードに相当する術式へのアクセスが許可されているのかいないのか、寡聞にして僕は知らない。
おそらくは――」
そこで『M』は言葉を切って、倫夜の目を正面から見つめた。
「マギに関する核心部分の理論はG.E.H.E.N.A.が独占的に握っている。
その理論に基づく技術の一部をCHARMメイカーやラボに提供し、ヒュージとの戦いを優位に進めようとしているわけだ。
それはそれで非を唱えるつもりは無い。僕の興味はそこには無いからだ。
僕が最も関心を寄せているのは、マギの理論が既存の物理学とは全く異なる体系によって構築されているであろうことだ。
つまり魔法エネルギーとは、既存の物理現象とは根本的に別種の、文字通り『異次元』のエネルギーだと理解するべきだ」
「なかなか独創的な考えね。
『原初の開闢』はネストとヒュージの始まりであると同時にマギの始まりでもある――確かにあなたの言う通りだけど、その仕組みについてはどう考えているのかしら」
「思考の手がかりは、ヒュージがケイブを生成できることだ。
ケイブは一般に異次元ワームホールとして理解されている。
物理学の理論上でしか確認されていないワームホールを、ヒュージという異形の生命体はいとも簡単に生み出せる――その厳然たる事実こそが、マギの何たるかを知るためのヒントだ」
僕の仮説はこうだ、と結梨の身体で『M』はわずかに精神の高揚を声ににじませながら説明した。
「『原初の開闢』が起こった時、『異次元』――すなわち高次元宇宙と地球の間に一つのワームホールが形成された。
そのワームホールを経由して、高次元宇宙に存在する未知のエネルギーすなわちマギが地球へ流れ込み、周辺の生物をヒュージへと変異させた。
これが『原初の開闢』の本質であり、マギが地球上に存在するようになった始まりであり、ネストとヒュージの始まりでもあった――僕はそう考えている」
「……」
黙ったままの倫夜に『M』はなおも語り続けることをやめない。
「世界中で絶えず生物がヒュージに変異していることから、高次元宇宙へつながるワームホールは、今もこの地球のどこかに存在し、マギを供給し続けていると考えるべきだ。
そのワームホールがどこにあるか、それは誰も知らない。
だが、人類の目につく場所にそれが無いということは、そうでない場所にあるということだ。
例えば――そうだな、深海底か、それとも南極大陸の厚さ2000メートルを超える氷床の下とかね」
「……あなた、何をどこまで知っているの?」
「僕はあくまでも根拠の無い仮説を述べているにすぎない。
だから、そう剣呑な顔をされると困ってしまうな」
倫夜の睨みつけるような視線を浴びて、結梨は、いや『M』はおどけるように肩をすくめてみせた。
「とにかく、僕の考えを最後まで聞いてくれたことには感謝している。
僕の人格が外に出られる機会は滅多に無いのでね。
でも、後で結梨にちょっかいを出されるのは非常に迷惑だ。
だから、あなたにはここでの出来事一切を忘れてもらう。
僕が話した内容も含めて、全てをね」
「何を言っているの? あなたは催眠術でも使えるの?
だとしても、私が素直にそんなものにかかるとでも……」
倫夜が言い終える前に、『M』は左手を伸ばして倫夜へ向けた。
思わず身構える倫夜に向かって、『M』は表情を消して言い放つ。
「最後に僕のことを教えてあげよう。
僕は川添美鈴、生前は百合ヶ丘女学院のリリィだった。
レアスキルは――ユーバーザインS級だ」
『M』の掌にルーン文字が赤く浮かび上がり、その輝きを増した時、倫夜の意識は瞬時に漂白され、その身体は糸が切れた人形のように冷たい床に倒れ伏した。