アサルトルベルム プラス   作:入江友

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 長らく更新が途絶えてしまってすみませんでした。
 今回投稿分から一人称を以下のように変更しています。

結梨ちゃん:私→わたし
楓さん:私→わたくし
葵ちゃん:私(変更なし)
レミエさん:あたし(変更なし)

 また、アサルトルベルムの公式設定と舞台では、楓さんが葵ちゃんの名前を呼び捨てで呼んでいますが、本作では「さん」付けにしています。
 今年はほとんど更新できないかもしれませんが、細々と書き続けていくつもりなので、よろしくお願いします。



第14話 大島情報収集任務(6)

 

「ん……」

 結梨がぼんやりと意識を回復した時、背中に冷たく硬い壁の感触が隊服越しに伝わってきた。

 コンクリートの壁に背中をもたれかけ、灰色の床の上に座り込んでいることを結梨は認識した。

 結梨はゆっくりと首を動かして周囲の様子を窺う。

(ここは……地下要塞のどこかの通路?)

 ちょうど軍用車両1台が通れるほどの幅の通路が、視線の先にまっすぐ伸びている。

 しんと静まり返った通路上に、人の姿は見えなかった。

(そうだ、わたし、倫夜先生の部屋で……)

 満身創痍だった結梨は中原・メアリィ・倫夜に発見されて、彼女の研究室で休息を取らせてもらった。

 その際のやり取りで、リリィ同士を戦わせる実験をしないようにとの結梨の求めを倫夜は受け入れず、それに怒った結梨は部屋を出て行こうとした。

 それからは――どうなったのか思い出せない。

 記憶はその時点で断絶し、気がついた時には、この通路に座り込んでいたのだ。

(倫夜先生と会った時とは違う階にいるみたい……通路の幅も照明の明るさも違う)

 

 結梨はまだあちこちに痛みの残る身体でおもむろに立ち上がり、前方に伸びる通路の先へ目を凝らした。

 すると、通路の遥か先に小さな人影のようなものが見えた。

 薄暗い照明と長い距離のために、その人影が何者であるかは判然としない。

 軍の兵士か、中原・メアリィ・倫夜か、それとも――ルサルカか。

(あれがルサルカだったらどうしよう)

 ルサルカが起こした爆発の衝撃で、結梨はトリグラフもヒュージサーチャーも喪失していた。

 今ルサルカと再び遭遇すれば、素手の結梨に戦う術は無い。

 かと言って縮地で逃げられるかどうか、結梨は全然自信が無かった。

 それにこちらから人影が見えているということは、向こうからもこちらが見えているはずだ。

 

 一か八か、まだ使ったことがないレアスキルを試すしかないと結梨が考えた時、まだ遠くの小さな人影が声を発した。

「そこにいるのは結梨さんですの?あちこち探しましたのよ」

 それは聞き慣れた楓の声だった。

「ごめん、ここがどのあたりか分からなくて」

 ほっと安心して結梨は全身の力を抜いた。

 そして痛みを我慢しながら足をひきずって、結梨は声の聞こえた方へ歩き始めた。

 

 距離が縮まるにつれ、人影は全部で三つであることが視認できた。

 それは言うまでもなく、LGグルヴェイグのリリィ――楓、葵、レミエの姿だった。

 近づいた楓は落ち着いた様子で結梨の全身に軽く触れていき、負傷の程度を冷静に確認する。

「だいぶやられましたわね。でも大きな怪我はなさそうで一安心しましたわ」

「トリグラフとヒュージサーチャーをなくしちゃった」

「それくらい、どうということはありませんわ。装備の替えはききますが、結梨さんの代わりはいませんのよ」

 楓たち三人は、いずれも結梨より軽傷に見えた。

 結梨とともに前衛で戦っていた葵も、トリグラフこそ失っていたが、結梨に比べれば負傷や隊服の損傷は明らかに軽微だった。

「わたし、逃げ遅れちゃった」

そう呟いて消沈した様子の結梨の肩に、葵が軽く手を置いた。

「何事も経験よ。生き残れたんだから、戦闘の経験値は上積みできたってこと。

だから次はより適切な判断ができる、そう考えなさい」

「うん、そうする。ありがとう、葵」

 

 葵は結梨の肩に手を置いたまま、振り返って楓とレミエに言う。

「私と結梨はCHARMをロスト。そして程度の差はあっても四人全員が負傷している。

LGグルヴェイグはレギオンとしての作戦継続不可能と判断するわ」

「ごもっともですわ。今のわたくしたちにできることは何もありませんもの。

さあ皆さん、こんな所からはさっさと撤収いたしましょう。

今ルサルカに出くわしたら、わたくしたちは確実に全滅ですわ」

 楓の隣りにいたレミエは、楓の提案を聞いて真っ先に賛同の意を表した。

「賛成、早くメルクリウスのガーデンに戻ろう。

あのルサルカっていうヒュージ、悔しいけどあたしたちじゃ全然歯が立たなかったし」

「要塞の司令部には私から連絡するわ。作戦の継続が不可能になったので、ここから撤退すると」

 葵がそう言って無線通信の準備を始めた時、不意に楓の声が耳に入った。

「あら、それは何ですの?」

 結梨に肩を貸そうとした楓は、結梨の隊服の胸元に、ふと目を止めた。

「えっ?」

 楓に尋ねられた結梨は、自分の隊服のポケットから白い紙片のようなものがはみ出ていることに気づいた。

「何だろう?知らない」

 結梨はその紙片をポケットから取り出した。

 紙片は何重にも折りたたまれた状態で、それを開くとA4版ほどの大きさの一枚の紙になった。

 紙の両面には細かい字でびっしりと文章が書きこまれている。

 それを読もうとして、結梨は早々にあきらめた。

「難しいことがいっぱい書いてあって、よくわからない」

 そう言って結梨は無造作にその紙を楓に手渡した。

「結梨さんがご自分で書いたものではありませんでしたの?」

 受け取った楓は怪訝な様子で紙面上の文章に目を通し始めたが、幾らも経たないうちにその手は細かく震え始めた。

「どうしたの?楓」

「こ、これを誰から受け取りましたの?結梨さん」

「いつの間にかポケットに入ってたから、わたしもよくわからない……倫夜先生かもしれない」

「倫夜先生って、中原・メアリィ・倫夜のことですの?結梨さんは彼女に会いましたの?」

「うん、先生の部屋で休ませてもらって水も飲ませてもらったの。

でも、リリィどうしを戦わせる実験は止めないって先生が言ったから、わたしは怒って部屋を出ていこうとして――それからのことは何も覚えてないの」

「楓、その紙に何が書いてあるの?」

 葵が尋ねると、楓は何も言わずに、より正確には何も言えずに、震える手で紙片を葵に差し出した。

 それを読んだ葵もまた、重苦しい表情を隠すことはできなかった。

 葵は肩で大きく息をつくと、紙面から目を上げて楓の顔を見た。

「……この内容はこの場では判断できないわ。ガーデンに持ち帰って、情報収集任務の成果として報告しましょう」

 葵は紙片を楓に戻すと、大島地下要塞の司令部と連絡を取るべく携帯通信機の回線を開いた。

「――LGグルヴェイグの石川葵です。最下層付近で人型ヒュージ、ルサルカと交戦、作戦の継続が不可能となったため、状況を終了し地上へ戻ります。

まだルサルカが要塞地下に潜伏している可能性がありますので、軍の救援出動は無用です。以上」

 手短に葵が通信を終えると、LGグルヴェイグの四人は気を取り直し、上階へつながる階段へと向かうべく、無機質に静まり返った通路を黙々と進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大島地下要塞の地上へ向かう帰途、四人はルサルカに再遭遇することなく無事にメルクリウスのガーデンに帰還した。

 そして、LGグルヴェイグの控室にティシア・パウムガルトナーが姿を現したのは、帰還から一週間余りが経過した頃だった。

 まだLGグルヴェイグは正式なレギオンとしてガーデンに承認されておらず、校舎の端にある空き教室の一つが仮の控室に指定されていた。

 

「あーあ、こんな校舎の隅っこの、ただの空き教室が控室だなんて、あたしも落ちぶれたものね。

仮にも中等部予備隊が世界格付け1位を取った時のリリィなのに」

 レミエ・アレッサンドリーニは溜息をついて、いかにも意気の上がらない様子で机に頬杖をついていた。

 窓際に立っていた楓は、レミエの様子を見て顔を曇らせている。

 今の状況を生み出した原因は自分にある。自分について来てくれた葵とレミエも、自分と同じく出世コースからドロップアウトしたリリィになってしまった――

「全てはわたくしの優柔不断、気の迷いが招いたことですわ。葵さんとレミエさんには何の責もありませんもの」

 だが、レミエは楓の自責の念を否定するかのように、首をぶんぶんと勢いよく横に振って答えた。

「あたしはそんなつもりで言ったんじゃないわ。悪いのは楓のミカエル団入団を認めなかったガーデンよ。

最終的に楓はメルクリウスの高等部に進学したんだから、途中で百合ヶ丘に行こうとしてたことなんて不問にすべきよ」

 レミエは同意を求めるように、少し離れた席に座っていた葵の方を見た。

 

 葵はレミエと異なり、ガーデンの判断に面と向かって異を唱えるつもりは無かった。

 客観的に考えれば、楓が百合ヶ丘の引き抜きに応じようとした事実自体は、メルクリウスからマイナス評価されても致し方ないと認めざるを得ない――ただしミカエル団への入団を承認しないというペナルティーが妥当なものかどうか――葵にはその判断はつきかねた。

 だが、そのような外面的な物差しとは別に、葵は自分がどうするべきか内面的な確固たる基準があった。

「私は楓と一緒に戦いたいから、ミカエル団に入らなかった。レミエも私と同じよ。

レミエの言うように、私たちは確かに落ちぶれたのかもしれない。でもリリィとして終わったわけじゃないわ。

ミカエル団で戦う以上の実績を上げれば、私たちの選択は正しかったことになる。

望む未来は自分たちの手で創らなければいけないのよ」

 葵は席を立つと、つかつかと窓際にいた楓に近づき、その瞳を真正面から見つめる。

「葵さん……」

 楓は葵の決意に満ちた眼に魅了されたかのように、両腕を葵の背中に回そうとして――

 

 その時、コンコンと教室の扉をノックする音が響いて、楓と葵は慌てて互いの距離を取った。

 わざとらしく咳払いをしてから、楓が扉の方へ向けて上ずった声を発した。

「ど、どうぞ、お入りくださいませ」

「あーあ、いいところだったのにね、結梨」

 レミエが隣りの席に座っていた結梨を見ると、それまで感心したように葵と楓の様子を見ていた結梨は、我に返ったようにレミエの方を振り向いた。

「二人ともすごく大人っぽく見えた。わたしと同じ1年生なのに」

「目の毒っていうのよ、さっきみたいなの。覚えておくといいわ」

 妙に大人ぶった態度でレミエが結梨に教えたのと同時に、教室の扉が静かに開かれた。

 

 姿を現したのは、特務レギオンであるラグエル団の団長にして、メルクリウスの聖帝を名乗る2年生のティシア・パウムガルトナーだった。

 ティシアは教室の中を一瞥すると、何かに納得したかのように小さく頷いた。

「全員揃っているな、結構。では先日の作戦結果についてのレビューを始めよう」

 ティシアの長い髪、瞳、服装は全て闇夜のような漆黒だが、肌は陶磁器のように白い。

 均整の取れた長身と併せて、いかにも只者でない雰囲気を全身に纏っている彼女が、ゆっくりとした足取りで教壇に立った。

 

 講義よろしく起立と礼をするべきかレミエと結梨が迷っていると、ティシアはそれに先んじて二人を手で制した。

「構わぬ、そのまま座っておれ。楓と葵も席に着くがいい」

 楓と葵が結梨とレミエに並んで着席すると、ティシアは教壇から教導官さながらの威厳に満ちた態度で話し始めた。

「まずは卿ら四人、LGグルヴェイグが大島地下要塞での作戦行動から無事に帰還したことに、余は安堵している」

「安堵、ですの?わたくしたちはリリィですわ。作戦に赴く時には常に戦死する可能性がありますのに」

「全員が1年生の、それもわずか四人のレギオンに特務の活動を命じるのだ。リスクは正規レギオンの比では無い。

現に今回、卿らは探索中にルサルカと遭遇した。一歩間違えれば全滅も十分にありえた。

それを鑑みれば、全員が生還し、あまつさえ戦闘データと『紙片』を持ち帰ることができたのは僥倖と言う他無い。

「それはそうかもしれませんけれど……結局ルサルカに傷一つつけられませんでしたし」

 

 不本意そうな四人のリリィを見て、ティシアは思わず苦笑いを隠せなかった。

「卿らは大した度胸の持ち主だな。ルサルカは知性を持ったギガント級以上のヒュージだ。

下手をすればサングリーズルの近藤貞花のように、拐かされていたかもしれぬのだぞ」

「今、何とおっしゃられましたか?」

 驚いた様子の四人に、ティシアは淡々と事実のみを述べる。

「百合ヶ丘からの情報によると、大島での戦闘の後、近藤貞花はルサルカに拉致され、甲州方面へと連れ去られた。

ルサルカは山中湖ネストで『流転の悪喰』カリブディスが来るのを待ち、カリブディスに近藤貞花を喰わせるつもりだった」

「リリィをヒュージに喰わせるですって……何のためにそんなことを」

「セイクリッドドミネーターのレアスキルに覚醒した近藤貞花――彼女を喰ったカリブディスからどのようなヒュージが生まれるのか、それをルサルカは期待していた」

「なんてことを……ちょっと、結梨さん、レミエさん、大丈夫ですの?」

「気持ち悪い……ものすごく……ヒュージに食べられるなんて絶対いや」

「あたし、そんな死に方絶対したくない……!」

 ティシアの説明を聞いた結梨とレミエは、蒼白な顔色になって、かろうじてそれだけ言った後は黙り込んでしまった。

 

「そ、それで貞花様はどうなりましたの?まさか――」

「大島から甲州へ転戦したサングリーズルと増援によって、カリブディスが来る前にルサルカは退けられ、デスゾーンは解消された。サングリーズルは近藤貞花の奪還に成功した」

 それを聞いた四人のリリィは、ようやく肩の力を抜くことができて、ふーっと息をついた。

「それはよかったですわ。でもルサルカは仕留められませんでしたのね」

「ルサルカの知能は人間の子供のように発達し続けている。

マギスフィアの大きさを見て、自分が勝てないと判断すると一目散に逃げたそうだ。

ルサルカの発生にG.E.H.E.N.A.が関与している可能性も否定できないが、今のところ何の証拠も手掛かりも無い」

「どうにも私たちの手に負える相手ではなさそうですわね。

現に葵さんと結梨さんが二人掛かりでも歯が立ちませんでしたもの」

 楓の発言を受け、葵は口惜しさと歯がゆさが入り混じった感情を抑え込んで、極力理性的に説明しようとした。

「身のこなしは子供同然でしたが、反応速度がリリィのそれを遥かに上回っていました。

ルサルカは私たちの攻撃を見てから動き始めて、私たちより早く動き終わっていました。

デュエル戦闘でルサルカに勝てるリリィはいないでしょう」

「咲朱なら勝てるかも……」

 結梨のぽつりとした呟きを聞きとめて、ティシアの唇の端が僅かに持ち上がった。

「白井咲朱、『御前』のことか。彼女は『ヒュージの姫』の頂点であるから可能性はあろうな。

だが今回は『御前』の介入は無かった。高みの見物を決め込んでいたのか、それとも別の策を講じていたのか。

いずれ機を見て姿を現すであろうが……」

 

 結梨以外の三人は『御前』についての情報は特務レギオンとして得ているが、実際に彼女を見たことは無い。

 だが、ルサルカと戦って勝てる可能性があるだけでも、『御前』が桁違いの力を持つことは理解できた。

 一方のティシアは『御前』に関して、今はそれほど重大に考えていないようだった。

「ルサルカについては、甲州奪還戦の一部として、サングリーズルを始めとする百合ヶ丘の外征レギオン群が奴を追撃するであろう。

戦場が甲州に移った以上、卿らが関わる可能性はほぼ無くなったと考えてよい。

『御前』についても、彼女が姿を隠して潜伏している状態では、こちらから接触することは不可能に近い。

だが、彼女が目指しているという『高み』、それを実現するために彼女は再び姿を現す。

その時が来るまで、卿らには別の任務に赴いてもらう」

「その、別の任務とは何ですの?」

「他でもない、これだ」

 

 ティシアは漆黒のドレスに似た服の胸元に手を入れ、中から一枚の紙片を取り出した。

 その紙片にびっしりと書かれた細かい字に、楓は見覚えがあった。

「それは結梨さんが持っていた……」

「そうだ、この紙きれに世界の行く末を左右するかもしれぬ情報が記されていた。

卿らも読んだのであろう?これに書かれていた内容を」

「え、ええ……ガーデンに戻るまでの間に一通り目を通しましたが、一体誰がこんなことを考えたのか……

やはり結梨さんが要塞で出会ったという中原・メアリィ・倫夜でしょうか」

 困惑を隠せない様子の楓だったが、ティシアは楓の推測をあっさりと否定した。

「この紙に文章をしたためたのは中原・メアリィ・倫夜ではない。彼岸のリリィだ」

 ティシアはそう言って、魔法を見せられた子供のように、興奮に目を輝かせて妖しい笑みを浮かべた。

 

 





サングリーズル舞台での楓さんと葵ちゃんが、想像の3倍くらいラブラブでびっくりしました……
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