アサルトルベルム プラス   作:入江友

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第15話 大島情報収集任務(7)

「あの……彼岸のリリィ、とはどのような意味ですの?」

 楓たち四人はティシアが口にした言葉の意味を解しかねて、頭の上に見えない疑問符を浮かべるのみだった。

「余が単純に答えを教えても卿らの思考力は磨かれぬ。

まずは卿ら自身で考えてみよ」

 まるで教導官のような口ぶりで、ティシアは四人に指示を出した。

 それに逆らうわけにもいかず、しばし黙り込んでそれぞれに頭を悩ませていたが、最初に発言したのは楓だった。

「……お言葉どおりに解釈すれば、彼岸とは死後の世界、つまり死亡したリリィということになりますわ。

死んだリリィがその文章を書いたと、ティシア様はおっしゃいますの?」

「いかにも。卿の言うように、これは死者によって書かれたものだ。

そう考えると実に興味深い」

 ティシアは手に持ったA4サイズの一枚の紙を、貴重な古文書でも見るかのように知的好奇心に満ちた目で眺めている。

「これを書いたリリィに、できれば直接会って話をしたいものだが……故人ではそれも叶わぬ」

「今は死者となったリリィが生前に書いたものを、誰かが結梨さんに持たせた、ということですの?」

「そうではない。メルクリウスのガーデンが調査したところ、この文書の紙自体は数ヶ月以内に製造されたものだと判明した。

そして書き手のリリィは一年以上前に戦死したことが公式に記録されている。

ゆえに、これはそのリリィが死者となった後に、正にそのリリィ本人によって書かれたものだ」

「そんなこと、どう考えてもありえませんわ。

幽霊が紙に文章をしたためるなんて、わたくしの知る限りでは聞いたことがありませんわ。

そんなことが仮にあったとしたら、偽物に決まっていますわ」

 どうにも承服しかねる様子で、楓は席に座ったまま憤然と腕組みをした。

 

 楓が納得できない態度を露わに発言を終えた後すぐに、隣の席に座っていた葵が挙手をする。

「そもそもティシア様のお話では、誰がその文書を記したのかご存じなんですね。

どうやって書き手を特定できたんですか?

紙に書き手の指紋が残っていたとか?

でも幽霊に指紋なんて――」

「無論、紙片に付着していた指紋の採取も行ったが、検出されたのは卿ら四人の指紋だけだった。

従って、指紋は書き手を特定する手掛かりとはならぬ」

「逆に、ティシア様は中原・メアリィ・倫夜がこれを書いたのではないと、どうしてお分かりなんですか?

その紙片に書かれていた内容は、もしそれが真実ならという前提ですが――マギに関する極めて核心的な情報でした。

G.E.H.E.N.A.の関係者、それも第一級の機密情報にアクセス可能な者でなければ知りえない内容です。

それなら、中原・メアリィ・倫夜が手袋をした上で、紙片に文章を書いた可能性も考えられると思います」

「それも違う。この文書は中原・メアリィ・倫夜によって書かれたものではない」

「断定できる根拠はあるんですか?」

「この文書に記されている文字は活字ではなく手書きだ、と言えば答えは明白であろう」

 そこまでティシアが言うと、葵は己の迂闊さを嘆くかのように右手を額に当てて天を仰いだ。

「筆跡……ですか」

「いかにも。御台場女学校に保管されている中原・メアリィ・倫夜が記した書類と、この文書の筆跡を照合した結果は不一致だった」

「御台場に協力を依頼したんですね」

「御台場だけではない。反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンをはじめ、協力を得られる全てのガーデンに筆跡鑑定を依頼した。

無論、この文書全体ではなく、鑑定に必要な最低限の文字データを提供する形でだ」

 その結果は?とティシアの言葉を求めるかのように、四人の視線がティシアの顔に注がれる。

 ティシアはそれまで黙って話を聞いていた結梨の方をちらりと見た。

「書き手の名は川添美鈴。

甲州撤退戦で戦死した百合ヶ丘女学院のリリィだ――いや、正確には強化リリィか」

「美鈴、強化リリィだったんだ……わたし知らなかった」

「強化リリィということは、過去にG.E.H.E.N.A.と関係があったということですの?」

 楓の質問に対して、ティシアは肯定も否定もしなかった。

「川添美鈴が強化リリィだったことは、百合ヶ丘でも機密情報に指定されている。

LGグルヴェイグは仮承認とはいえ反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの特務レギオンであるから、情報開示の対象に含まれている。

だが、決して口外してはならぬ」

 口外した場合は重大な罰を受けることになる、とティシアに釘を刺され、結梨とレミエは硬い表情でこくこくと首を縦に何度も振った。

 

「筆跡が一致した以上、これを書いたのが川添美鈴であることは間違いない。

だが、『どのようにして』という手段や方法は全く不明であり、確たることは現時点で何も分かっていない。

我等にできることは、残されたこの紙片に記されている情報を読み解くことだけなのだ」

 興味深げな面持ちで、ティシアは手に持っている紙片に視線を落とした。

 間を置かず、それまで黙って話を聞いていたレミエが挙手をして意見を述べ始めた。

「ティシア様、それに書いてあったこと難しくて、あたしはよく分かりませんでした。

マギが別の宇宙から地球に流れ込んでるエネルギーだっていうことくらいしか。

大体、あの文章は無駄に勿体ぶって回りくどくて、読んでると頭が痛くなってくるわ。

川添美鈴って人は頭は良かったのかもしれないけど、思い込みが激しくて独りよがりなタイプだったんじゃないかしら」

「確かに彼女は曲者で、一筋縄ではいかぬリリィだったのは間違いないようだ。

なにせ生前は百合ヶ丘のガーデンに対して、自分のレアスキルを偽装していたそうだからな」

「何ですの、それ……ちょっと信じられない話ですわ。

それが本当なら、中原・メアリィ・倫夜や稲葉檀のように、川添美鈴がG.E.H.E.N.A.の間者だった可能性はありませんの?」

 楓の疑念はもっともなものだったが、百合ヶ丘から美鈴の情報を得ていたティシアはそれを簡潔に否定した。

「少なくとも百合ヶ丘女学院に在籍していた期間、彼女がG.E.H.E.N.A.に通じていた事実は確認されていない。

シルトへの個人的な愛情が歪な形で発露した結果の行動だったと、百合ヶ丘では結論付けているようだ」

「どこまでも面倒くさそうなリリィなのね。

あたし、そんな人のシルトじゃなくてよかったわ。結梨もそう思わない?」

「うーん……」

 何と言っていいものか、レミエに同意を求められた結梨は、返答に窮して黙り込んだ。

 結梨が過去に見た美鈴の幻――という表現が適切かどうかは分からないが――は理知的で聡明な人格であり、誰かを陥れるような悪人とは思えなかった。

 しかし一方で、美鈴のシルトである白井夢結は、シュッツエンゲルの美鈴に強く依存した結果、美鈴が戦死した後は心を病んでしまった。

 夢結の精神が不安定化した原因の一つとして、美鈴が夢結の記憶を改変していた事実が、百合ヶ丘の内部資料では指摘されている。

 また、白井夢結の姉である白井咲朱は、美鈴が死の間際に夢結の記憶から咲朱の存在を抹消したことに激怒していた。

 つまるところ、川添美鈴というリリィは、単純に善人か悪人かで定義できる人物ではなく、彼女自身が持つ業の深さゆえに様々な影響を周囲に与えてしまう――そのような存在なのだろう。

 

 つい考え込んでしまった結梨の意識を戻そうとするかのように、ティシアは一つ咳ばらいをしてみせた。

「ともあれ、この文書が誰によって書かれたものかは判明した。

今後は内容の精査と、川添美鈴に関する未知の情報を入手できるかどうか――それが当面の課題であろうな」

 本日の集まりをもって、大島における情報収集任務は完了とする。各自、次の指令が下るまで休養と訓練に勤しむがよい――そう言い残して、ティシアは不敵な笑みを浮かべながら教壇を降り、そのまま悠然と教室の外へと歩み去った。

 廊下へ出たティシアは、歩きながら窓の外を遠望した。

 視線の先には、数10キロメートル先にそびえる首都の摩天楼が白っぽく霞んで見える。

「『向こう』から返事を聞いておく必要があるな。

いつまでも、なしのつぶてのままにはしておけぬ」

 ティシアの独り言は、誰もいない廊下の奥へ吸い込まれるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜遅く、エレンスゲ女学園の廊下を一人の女性が足早に歩いていた。

 女性は名を高島八雲といい、エレンスゲ女学園の校長を務める人物だった。

 十数枚の書類を脇に抱え、彼女は残りの業務を片付けるべく校長室へ向かっているところだった。

 既に時刻は午前零時に近く、廊下の照明は消されている箇所が所々にあり、煌々とした明るさとは程遠いものだった。

 窓の外には満月が宙天高く昇っているはずだったが、今は雲に隠れて見えなかった。

 

 校長室まであと10メートルほどのところまで来た時、八雲はぴたりと足を止めた。

 校長室の扉の前は薄暗い間接照明が灯っているが、その先の廊下は照明が消されていてほとんど暗闇に近い状態だった。

 その暗闇に向かって、八雲は凛とした声を発した。

「そこにいるのは誰ですか。気配を消していても存在は分かります。

出てこなければ、こちらも相応の対処を取らせてもらいます」

 そうは言ったものの、今の八雲はCHARMを携行していない。

 相手が何らかの『敵』である場合、校長室に入ってCHARMを手にするか、それとも廊下を逆方向へ遁走するか――

 八雲は後者の選択肢をすぐに排除した。

 相手が銃器を所持していた場合、背後から撃たれることが容易に想像できるからだ。

 であれば、前に進むより他に道は無い。

 

 八雲が覚悟を決めた時、前方の暗がりの中から声が返ってきた。

「やはりレアスキル『鷹の目S級』の前では、気配の有無など問題にならぬか」

 それは落ち着いた女の声だった。

 暗がりから、ゆっくりと黒い影が進み出る。

 その姿は魔導師のような漆黒のトーガを纏い、フードを深く被った顔は照明の陰になって判然としない。

 女はまっすぐ八雲の方へ歩き続け、二人の距離は次第に縮まっていく。

 女の動作に隙は無いが、その怪しい外見とは裏腹に、殺意は感じられなかった。

 女に敵意がないことを察した八雲は、そのまま距離が近づくに任せた。

 

 やがて女は手を伸ばせば届くほどの近さで歩みを止めた。

 その時ちょうど雲間から月光が差し込み、フードの陰に隠されていた女の顔を八雲は見た。

「あなたは――」

 息をのむ八雲に、女は自らの名を名乗った。

「余はメルクリウスの聖帝、ティシア・パウムガルトナー」

 ティシアは黒曜石のごとく光る双眸を八雲の瞳に向け、妖艶な笑みを浮かべていた。

「過日、LGグルヴェイグのリリィ四人がLGクエレブレの戦闘に介入した際、一つの申し入れをした。

貴女はその内容について報告を受けたであろう」

 ティシアは八雲の返事を待たず、一歩前に出た。

「今宵、その答えを聞かせてもらいに来た」

 

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