アサルトルベルム プラス   作:入江友

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第16話 午前零時の侵入者

 

「ティシアさん、あなたは自分が何をしているか分かっているのですか?」

 目の前に立つ黒衣の強化リリィに、八雲は険しい視線を向けた。

 ティシア・パウムガルトナーというリリィが何者であるか。

 そして彼女がエレンスゲ女学園というガーデンの真っ只中にいるという事実。

 それを考えれば、八雲がティシアの行動を咎めるのも全く無理はなかった。

 だが、ティシアは少しの動じる様子もなく、平然と言い放った。

「無論、十分に理解しているとも。

余とエレンスゲの校長が深夜に二人きりでこのような場所にいる。

もしそれを第三者が目撃すれば、その後どうなるか、ということを」

「――!」

 ティシアの返答を聞いた八雲は即座にその意味するところを理解し、ティシアの手首を荒っぽく握った。

 そして慌ただしく校長室のドアを開けると、八雲はティシアとともに廊下から室内へ、その身を音も無く滑り込ませた。

 後ろ手でドアを閉めると、八雲は固く握っていたティシアの手首を放し、思い切り渋い表情を作ってみせた。

「とんでもない食わせ者ですね、あなたは」

「さて、何がかな?」

 白々しくうそぶくティシアに、八雲は怒りと呆れの入り混じった感情に襲われながらも、理性的な対応を崩すことはなかった。

「他ガーデンの校長を脅迫するなんて。恐れ知らずにも程がありますよ」

「あえて少しばかり強引な方法を取らせてもらった。

こうでもしないと、いつまでたっても返事をもらえそうになかったのでな」

 顔を隠していたフードを後ろに下ろし、ティシアはその妖しい美貌と艶やかな長い黒髪を八雲の目に晒した。

 百合ヶ丘女学院、御台場女学校と並ぶ反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの雄、聖メルクリウスインターナショナルスクール。

 その特務レギオンである第5飛空艇団ラグエルの団長、ティシア・パウムガルトナー。

 親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンであるエレンスゲ女学園にとって、ティシアのようなリリィは最も警戒すべき要注意人物の一人だった。

 エレンスゲの校長を務める八雲とティシアが接触し、その事実がガーデンに露見すれば、エレンスゲにおける八雲の立場は極めて危ういものになる。

 従って、この場で八雲がティシアを拒絶することは不可能な状況だった――正確には、ティシアが意図的にそのような状況を作り出したのだが。

「同じ反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンでも、百合ヶ丘女学院の一柳隊は節度をわきまえた行儀の良いリリィたちでしたよ。

それに引きかえ、あなたは――」

「行儀良くしていては特務レギオンの任務は遂行できぬ。

それとも、クエレブレは常に行儀良く強化リリィを救出しているのか?」

「それは……」

 ティシアが煮ても焼いても食えぬ狸であると認識したのか、八雲は返答に窮して諦めたように大きな溜息をついた。

「そちらのソファーに座りなさい。話を聞きましょう」

「余の突然の不躾な訪問を受け入れてくれたこと、感謝する」

 ティシアは満足げに微笑み、優雅な所作で来客用のソファーに腰を下ろした。

 

 

 

「お茶もコーヒーも出しませんよ。用件を手短に話してください」

 教育者らしからぬ仏頂面を隠しきれず、八雲は対面のソファーに座った。

 普段は決して生徒に見せないであろう八雲の感情的な態度を目にして、ティシアは興味深げに八雲の顔を眺めている。

 貴女を困らせるつもりはなかったのだが、と一応の言い訳をしてからティシアはあらためて本来の用件を切り出した。

「始めに言ったとおり、エレンスゲ穏健派のための非常時の退避先として、メルクリウスのガーデンを選択肢に入れるよう申し入れていた。

その件についての回答をいただきたい」

 八雲の方はティシアの質問を想定していたのか、驚いた様子はなかった。

「私やクエレブレのリリィが穏健派だからと言って、簡単に反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンに身を寄せることはできません」

「それは余も承知している。

万が一の退避先としては、貴女の派遣元であるイルマ女子が最優先の候補であろう。

だが、ルド女の崩壊や御台場での事件を見れば、イルマ女子とていつまでも安泰とは言い難い。

イルマ女子に過激派の人間が入り込んでいないとは言い切れまい」

「……」

「西村乃恵美の死亡によって、エレンスゲにおける過激派の影響力は大きく低下した。

だが、まだエレンスゲの過激派勢力は完全に力を失ったわけではない。

今後、かつてのルド女と同様に過激派が暴挙に出れば、穏健派レギオンとの間で武力衝突に発展する可能性がある」

「その可能性を否定するつもりはありません」

 ティシアの発言内容は、八雲が常々念頭に置いていた懸念事項そのものだった。

 八雲はティシアに先を促すかのように視線を送り、ティシアはその意を汲んで説明を続けた。

「その場合の善後策の一つは、事態収拾のための他ガーデンによる介入。

もう一つは穏健派レギオンのリリィを他のガーデンへ退避させること。

どちらの場合も主体となって動くガーデンはイルマ女子だろう。

だが、当然そんなことは過激派も見透かしている。

先回りしてイルマ女子に工作を仕掛け、時機を見計らってエレンスゲとイルマで同時に混乱を引き起こし、退路を断ってエレンスゲの穏健派を一掃する――そう画策しても何ら不自然ではない」

「メルクリウスは既に何らかの情報をつかんでいるのですか?」

「否。今の時点ではそうした兆候は見受けられておらぬ。

しかし転ばぬ先の杖ということもある。

備えは万全にしておくべきだと思うが」

 ティシアは八雲の返事を待たずに、客観的な口調で更に言葉を続ける。

「もし過激派が強権的な手段でガーデンの主導権を握ろうとした場合、エレンスゲが第二のルド女となる可能性は決して低くないと、メルクリウスでは考えている。

ルド女崩壊時の戦闘で何人のリリィや教導官が命を落としたか、貴女が知らぬはずはない。

ラボの実験体ヒュージが大量に逃げ出しガーデンに侵入、ヒュージとの戦闘によって多数のリリィと教導官が死亡。

戦死者のほとんどは穏健派であり、ガーデンの秩序は過激派の手によって取り戻された――というシナリオが用意されるのであろう」

「あなたの言っていることは理解できます。

ですが、エレンスゲが反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンに直接的な支援を受けるかどうか、その判断は私個人の一存でできることではありません」

「つまり、貴女の上役であるイルマ女子が承認の権限を持っており、そのイルマ女子が判断を保留しているのだな」

「そういうことです。イルマ女子のガーデンが可否の判断を示さない限り、私がメルクリウスに回答することはできません」

「それが今日まで無回答を続けてきた理由というわけか」

「気を悪くしましたか?」

「いや、大方そのような事情によるものであろうとは思っていた。

元より貴女を責めるつもりはなく、今宵は余が自ら意思確認をするつもりで来たのだ」

 ティシアの反応が存外に穏やかなものだったので、八雲は内心で胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

「だとすると、やはり交渉の鍵を握っているのはイルマ女子なのだな……」

 反G.E.H.E.N.A.主義ガーデン特務レギオンの嚆矢たるラグエル団、そのトップを務めると同時にメルクリウスの聖帝と呼ばれるリリィ――ティシア・パウムガルトナー。

 その彼女が今は眉間に皺を寄せて、悩ましげな表情を見せている。

 思わず八雲はティシアの顔を覗き込んだ。

「何か問題でも?」

「実は、メルクリウスはイルマ女子と協力関係を結ぶべく、以前から水面下で交渉しているのだが、これが遅々として進んでおらぬ」

「イルマの方が交渉を進めたくない、あるいは交渉を成立させたくないということですか?」

「それが今一つ判然とせぬ。

イルマ側の交渉担当者が篠田という教導官なのだが、これが少々困った人物でな」

「今、何と? 篠田と言うと、まさか『あの』篠田澪瑚さんですか?」

 八雲の肩がぴくりと動き、その眉間には僅かに皺が寄った。

「そうか、貴女は篠田教導官と知己の仲であったな。

それならば何が問題か、余が説明するまでもあるまい」

「まさか、澪瑚さんはメルクリウスの担当者に……」

 膝の上に乗せた八雲の両手が細かく震えているのを、ティシアは見逃さなかった。

「二人きりの状況になると、篠田教導官は隙あらば口説いて事に及ぼうとするので、こちらの担当者は常に貞操の危機にさらされ、交渉どころではないそうだ」

「澪瑚さんは性的に奔放というか、恋多き女性というか、決して本人に悪気はないのですが……」

 一転して今度は八雲が苦悩する様子を見せ始めたので、ティシアは話が横道にそれないように断りを入れた。

「余は篠田教導官の多情を咎めるつもりで話をしているのではない。

重要なのは、イルマ側が篠田教導官のような人物を交渉役に据えたことだ。

すなわち、イルマのガーデンは意図的に篠田教導官を交渉役に任じ、メルクリウスとの交渉を遅滞させようとしているのではないかと」

「何のために?」

「さてな。ただ、時間稼ぎも交渉の戦術であることは間違いない。

万が一の事態に備えて、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンと秘密裏に手を組むかどうか。

そのリスクとリターンを天秤にかけた結果、イルマとしては今はまだ判断を棚上げにしておきたいのかもしれぬ。

それ以上のことは――これから互いに腹の探り合いになるであろうな」

 今後の状況次第で、イルマもメルクリウスもどう動くか分からない――現時点で言えるのはそれだけだった。

 

 

 

 

 これ以上の長居は無用と、ティシアはフードを被り直し、おもむろに座っていたソファーから立ち上がった。

 簡潔に礼と別れの言葉を言い、背中を向けてドアへと歩き出したティシアに八雲は問いかけた。

「ところで、あなたはどうやって校長室の前まで監視システムに見つからずに来られたのですか?

深夜とはいえ、あなたの姿を見落とすほどエレンスゲの監視システムは脆弱ではないはずですが」

 ドアへと歩きながらティシアは素っ気なく答える。

「便利なレアスキルを持つリリィが転入してきてな。

今夜は彼女の力を借りてここまで来たのだ」

「この時期に転入生ですか。それは随分と特殊ですね」

 ティシアの手伝いをするということは、その転入生が特務がらみのリリィであろうことは察しがついた。

 それならば、その転入生の名前やレアスキルを尋ねたとて、ティシアが答えをはぐらかすだろうことは明らかだった。

(ティシア・パウムガルトナーは納得してメルクリウスのガーデンに戻る。

私はエレンスゲ女学園の校長として今日の残務処理に戻る。

それだけ考えていればいい。何も問題は起こらなかったのだから)

 八雲はそう自分に言い聞かせ、ごく事務的にティシアを見送ることにした。

 前を歩くティシアが校長室のドアノブに手をかけようとした時、ノックの音と同時にドアが勢いよく開かれた。

「八雲先生いるか? ちょっと確認しておきたいことがあってよ――」

 いきなり開かれたドアの向こうに見えたのは、いかにも生気に満ち溢れた闊達そうなリリィの顔だった。

 ティシアはドアのすぐ向こう側に現れたリリィと至近距離で向かい合う形になった。

「卿は――」

 ティシアの反応を待つことなく、リリィは間髪を入れず後ろへ跳び下がっていた。

 CHARMは持っていないが、完全な戦闘態勢を取って、フードに隠されたティシアの顔をまっすぐに睨みつける。

「何だお前は? 魔法使いみたいな恰好しやがって。

なんで校長室の中にいた? 過激派のアサシンか?」

「苅谷さん、この人は……」

 ティシアの後ろから顔をのぞかせた八雲は、何と説明したものかと言葉を詰まらせた。

「八雲先生、無事か? この黒ずくめにカチコミかけられたんだな。

ちょうどいい所に居合わせたもんだ。

おい黒ずくめ、お前も強化リリィか何かだろ。

八雲先生に手出しするのは、あたしとタイマンして勝ってからだ」

 肉食獣のように爛々と輝く双眸をティシアに向ける戦意満々のリリィ。

 廊下に出たティシアは特に構えも取らず、悠然とリリィの正面に立っている。

「クエレブレの苅谷緋紅か。情報どおり喧嘩っ早いようだな」

「あたしはお前のことなんて知らねーよ。

誰かは知らねーが、さっさとお前をぶちのめして、そのフードの下の顔を拝ませてもらうぜ」

 言うが早いか、緋紅はティシアの懐に瞬時に飛び込み、胸元に当て身をくらわせようとする。

 緋紅の渾身の一撃を、ティシアは半身を引いて寸前で回避した。

 だが、それで緋紅の攻撃が途切れることはない。

 初撃を外されても緋紅の姿勢は少しも乱れることなく、鞭のようなしなやかさでティシアの急所に打撃を叩き込まんと襲いかかる。

 ティシアはそのことごとくを最小限の動きで紙一重でかわし続け、二人のリリィは舞踏の如き攻守一体の動きを、いつ終わるともなく繰り広げ続ける。

「良い動きだな。粗にして野だが卑ではない。

高島校長は優秀な教え子をお持ちの果報者だ」

「知った風な口きいてんじゃねーよ。

お前にあたしたちの何が分かるってんだ?

これでも喰らってくたばりやがれ!」

 ティシアの細い顎を狙いすました緋紅の右アッパーは、ティシアのスウェーによって空を切った。

 だが、緋紅の右アッパーはティシアの回避動作を誘うためのフェイントだった。

「こっちが本命だ!」

 空振りしたアッパーの勢いを利用して、緋紅はそのまま後ろへ倒れこむように上半身を反らせ、右足を思い切り上方へ蹴り上げた。

「くっ――」

 既にスウェーの動作によって上半身を反らせていたティシアは、緋紅の追撃の蹴りを完全に回避することはできなかった。

 緋紅の右足の先が僅かにティシアの顎をかすめ、姿勢を崩したティシアは後方へ大きく宙返りして緋紅から距離を取った。

 ティシアの顔を隠していたフードが宙返りによって背中側に落ち、ティシアは黒曜石のような瞳で緋紅の顔を射抜くように見据えた。

「何だと……マジかよ」

 思わず動きを止めた緋紅と、その美貌を薄暗い照明の下に晒したティシアは、10メートルほどの距離を置いて向かい合った。

「やれやれ、卿に余の顔を見られる予定は無かったのだがな……ん?」

 困惑混じりの苦笑を浮かべたティシアが、何かに気づいたように斜め後ろを振り向いた。

 ――いつからそこにいたのか。

 ティシアと同じ漆黒のフード付きトーガを纏った何者かが、ティシアの黒衣の袖を指先でつまんで引っ張っていた。

 被ったフードによってその顔は隠され、誰であるかは全く分からない。

 だが、今の状況からして、ただの人間が突然ここに現れることはありえない。

 ならば答えは一つ。ティシアの仲間のリリィだろう――その点において八雲と緋紅の認識は一致していた。

「もう時間。帰らないと」

 明らかにティシアより低い身長と子供っぽい少女の声で、そのリリィはティシアに呼びかけた。

「そうであったな。余としたことが、つい夢中になってしまった。

メルクリウスの聖帝を名乗る身としては、いささか軽率な振る舞いであった」

「わたしはちゃんと時間どおりに迎えにきたよ」

「よく来てくれた。余も一応の目的は果たした。

これ以上闖入者が増えぬうちにメルクリウスに戻るとしよう」

 ティシアはすぐ隣りに現れたリリィの肩に手を置いて、彼女の耳元で囁いた。

「別れの挨拶は卿がするといい。何事も練習と慣れが必要だ」

 ティシアに促されて、体躯の華奢なリリィはぎこちない動きで一歩前に出た。

「ほ、ほんじつは、やぶんおそくおじゃまして、すみませんでした。

つぎのきかいには、ごしどうごべんたつのほど、よろしくおねがいします。

それから、えっと……おやすみなさい、さようなら」

 リリィはたどたどしく言い終えると、フードを被ったまま子供のようにぺこりと頭を下げた。

「うむ、かなり端折ったが、まあよかろう。

ではエレンスゲの敷地外まで頼む」

「りょーかい」

 リリィがティシアの服の袖をつかみ直すと同時に、二人の姿は八雲と緋紅の視界から消失した。

「な……」

 緋紅は狐につままれたような表情をしていたが、やがて気を取り直したように周りを見回した。

 緋紅の視界に映るのは八雲ただ一人だった。

「魔法みたいに消えやがった。気配も全然残ってねー。

八雲先生、あれは一体何だったんだ?」

「あの消え方に見覚えがあります。澪瑚さんのレアスキルと同じ。

縮地S級『異界の門』。高速移動ではなく空間転移、ワープの能力です」

「あの細っこくて小さい方のリリィが、S級のレアスキルを使ったっていうのか。

どう見ても1年生か中等部くらいの体つきだったぜ」

「あれが例の転入生……」

「転入生?」

「いえ、何でもありません。

それより苅谷さん、このことは誰にも口外しないように。

クエレブレのリリィにもです」

「仕方ねーな。メルクリウスの聖帝がこんな所にいたなんてバレたら、あたしも八雲先生もどんな尋問をガーデンから受けるか分かったもんじゃねーからな」

「そういうことです。私たちは誰にも会わなかった。

私は残務を片付けに校長室に戻り、そこに苅谷さんが訪ねてきた。

ただそれだけのこと」

「合点承知。じゃあ時間も遅いことだし、早速あたしの用件に付き合ってもらうぜ。

次の救出作戦の突入ルートなんだけどさ……」

 二人は何でもない風を装って、そのまま校長室の中に入っていき、八雲の手によって扉が静かに閉じられた。

 午前零時を幾らか過ぎたエレンスゲの校舎は、深夜にふさわしい本来の静寂をようやく取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝、結梨がいかにも眠そうに目をこすりながらグルヴェイグの控室に入っていくと、そこには楓・葵・レミエの三人のリリィだけでなく、ティシアの姿までもがあった。

 グルヴェイグの控室は空き教室の一つをあてがわれたもので、実のところ控室とは名ばかりだった。

 ティシアに言わせると、四人プラス名誉隊長一人の仮承認レギオンに正規の控室を用意するのは、ガーデンの許可が下りないということだった。

「余の権限を濫用すれば不可能ではないが、聖帝たる者が公私混同するわけにはいかぬ」

 ということで、これまでLGグルヴェイグは校舎の片隅の空き教室を控室として使用してきたのだった。

 先日と同じくティシアは教壇に立ち、楓たち三人は最前列の机にそれぞれ着席している。

「来たか。昨夜は卿に夜更かしをさせてしまったので、昼まで寝ていてもよかったのだぞ」

「わたしだけ後から説明を聞くのはいやだから、がんばって起きてきた」

「そうか、余は卿の意思を尊重しよう。空いている席に座るがよい」

「うん」

 結梨がレミエの隣りの席に座ると、すぐにレミエが椅子を寄せて話しかけてきた。

「結梨、ゆうべはティシア様と一緒にエレンスゲに行ってたんでしょ。

エレンスゲで何をしてたの? 部屋に戻ってきた時には日付が変わってたけど」

「わからない。わたしはガーデンの外で待機して、時間が来たらティシアを迎えに行っただけだから」

 余が説明しよう、とティシアは教壇の上からレミエに話しかけた。

「メルクリウスとエレンスゲが協力関係を結ぶ申し入れをしていた件について、高島校長に直接返事を聞きに行ったのだ」

「答えはどうだったんですか?」

「イエスでもノーでもない。今はまだ回答できない、という回答だった」

「何ですかそれ。エレンスゲの校長ってやる気なさすぎだわ」

「そうではありませんわ、レミエさん」

 あきれ返った様子のレミエを見た楓は、ティシアの代わりに高島校長の名誉のための説明をすることにした。

「エレンスゲの高島八雲校長は、穏健派のイルミンリリアンラボから赴任した人物。

つまりイルマ女子のガーデンは高島校長の実質的な上司として、彼女の判断を承認するか決めているのでしょう。

異なる主義のガーデンと手を組むかどうかの決定は、極めて重大なものですから、高島校長個人にはその権限がないのですわ。

ですから、今はまだ回答できないというのは、高島校長ではなくイルマ女子の意思ということになりますの」

「うわー、すっごく面倒くさそう。そんな足かせだらけの上下関係なんて、あたし絶対関わりたくないわ」

 レミエは人形のように整った可憐な顔立ちに似合わない、苦虫を嚙み潰した表情を作ってみせた。

「昨晩、余が高島校長に直接確認した結果、この件は棚上げとなった。

この先、エレンスゲとイルマを取り巻く状況が変われば、事態が動くかもしれぬ。

それまで卿らは本件について考える必要はない。

その代わりとして、新たな任務をここに命じる」

 ティシアは教壇の下から一枚の大きな地図を取り出し、黒板に張り出した。

「東海地方の地図……このどこかに私たちが行くんですね」

 そう言いながら葵は頭の中で、どの地域にどのガーデンのレギオンが展開し、それぞれの戦線でリリィとヒュージのどちらが優勢か、目まぐるしく情報を整理していた。

「そうだ。今回の任務は軍からの依頼に基づくものでな。

軍の戦力では手に負えない内容のため、当該地域に部隊を展開しているメルクリウスを頼ってきたのだ」

 東海地方の中で、現在メルクリウスが外征レギオンを派遣している地域といえば――四人の視線が地図の一部分に集中する。

 それを待っていたかのように、ティシアは至って事務的な口調で四人のリリィに任務を告げた。

「静岡の陥落地域に、軍の旧司令部が無人の廃墟となって残っている。

卿らの任務はその旧司令部の中を探索し、未知の新たな情報を得ることだ」

 

 





 長らく更新が滞っていて大変申し訳ありませんでした。
 これまでよりは時間が確保できる環境になりましたので、今後は毎月更新できるよう鋭意努力いたします。
 今の時点で大きなテーマとしては、『戦後』世界の展望と、結梨ちゃんはどう生きるか、の二点を軸に話を展開していくつもりです。
(漠然としすぎていて自分でも無理筋だとは思っていますが)
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