アサルトルベルム プラス   作:入江友

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第2話 メルクリウスの聖帝

 

 翌日の放課後、講義を全て受け終えた楓たち四人のリリィは、彼女たちを呼び出したティシア・パウムガルトナーの元へ向かうべく、廊下を並んで歩いていた。

 

 ティシア・パウムガルトナーは聖メルクリウスインターナショナルの生徒会長であり、同時に第5飛空艇団ラグエルの団長も務めている。

 

 ラグエル団は全員が強化リリィで構成されるSSS級の特務レギオンであり、百合ヶ丘女学院の特務レギオンであるLGロスヴァイセ同様、G.E.H.E.N.A.に囚われた強化リリィの救出と保護を主要任務の一つとしている。

 

 レギオンの成立はLGロスヴァイセよりもラグエル団の方が古く、ラグエル団を強化リリィ特化型特務レギオンの手本として、LGロスヴァイセが設立されたという経緯がある。

 

 そのラグエル団を率いるティシア・パウムガルトナーが、レギオンに所属しないフリーランスの楓たちを呼び出したことには、何の思惑があってのことか。

 

(まさか強化リリィでない私たちを、ラグエル団へ加入させる……なんてことありませんわよね)

 

「楓、どうして私たち呼び出されたの?」

 

 楓の隣りを歩いていた結梨が、きょとんとした表情で尋ねた。

 

 メルクリウスへ来てまだ日が浅い結梨は、ティシアと会ったことも無ければ人柄も知らない以上、それは当然の質問だったかもしれない。

 

 かと言って、尋ねられた楓にも、ティシアの意図は図りかねるものだった。

 

 楓は小さく首をひねって正直に結梨に答えた。

 

「さあ、どうしてでしょうかしら。

私にも皆目見当がつきませんわ。

葵さんはいかがお考えですの?」

 

「無理にでもどこかのレギオンに入るように勧告……とか?

多分、今の私たちはガーデンで浮いてると思うから」

 

 転校生の結梨はともかく、中等部からの生え抜きでありトップクラスの実力を持つ楓・葵・レミエの三人が、どのレギオンにも所属していないのは、いかにも不自然だったからだ。

 

 その根本の原因は、百合ヶ丘女学院高等部への進学を予定していた楓が、土壇場でメルクリウスに残留することを決めたことであり、そしておそらくはその時の経緯によって、楓は第一飛空艇団ミカエルへの入団を認められなかった。

 

 葵は楓と同じくミカエル団への入団を予定していたが、楓がミカエル団に入団できなかったことで、自身も入団を取り止めた。

 

 葵はメルクリウスを代表するレギオンであるミカエル団に所属することよりも、楓と共にフリーランスのリリィとして戦う道を選択した。

 

 そしてレミエ・アレッサンドリーニもまた、懐いていた楓と葵を追う形で、それまで所属していたミカエル団を退団してフリーランスのリリィとなった。

 

 葵とレミエが楓に追随する形で所属レギオンを抜けたことは、当然ながらメルクリウスのガーデンを噂となって駆け巡ったが、楓たちはそれを是非も無しとして聞き流すことに徹した。

 

(葵さんとレミエさんが私と行動を共にしてくれることには、どれほど感謝しても足りないくらいですわ。

それに結梨さんのことも考えれば、今の状態は一つの選択肢と考えるしかありませんわ。

むしろ問題はこの先、私たち四人がリリィとしてどう戦っていくか、それを考えていかないと……)

 

 自分を追ってレギオンを捨てた葵とレミエ、そして百合ヶ丘から身柄を託された結梨に対して、楓はその責任を深く自覚していた。

 

(私が不甲斐無い姿を見せるわけにもいきませんものね。

それではレギオンよりも私を選んでくれた葵さんたちに申し訳が立ちませんもの)

 

 幾分か緊張した雰囲気を漂わせつつ、楓たちは目的の場所である生徒会室の入り口に到着した。

 

 両開きの扉は大きく開かれた状態になっていて、楓たちは広い生徒会室の中に誰の姿も認めることは無かった。

 

「失礼しますわ」

 

 楓が無人の室内に呼びかけ、そのまま四人のリリィは中へと足を踏み入れた。

 

 そこには生徒会のリリィが会議や打ち合わせを行うであろう、大きな楕円形の円卓が中央に置かれ、壁の両側は背の高い書架が隙間無く並んでいる。

 

 部屋の奥には、緞帳のような背の高いカーテンが壁全体を覆うように掛けられており、その向こう側には建物の外へと繋がる窓があるものと思われた。

 

「誰もいないね。時間どおりに来たのに」

 

「ティシア様のことだから、きっと何かお考えがあるに違いないわ。

あのお方はそういうお方よ」

 

 結梨とレミエが生徒会室の中をぐるりと見回して言葉を交わした時、部屋の奥の重厚なカーテンがゆらりと動き、その隙間から一人の女性が姿を現した。

 

「――来たか、待ちかねたぞ」

 

 その長身の女性は漆黒の長い髪を揺らめかせ、コツコツと無機質なヒールの音を響かせて楓たち四人の前に立った。

 

 女性は楓たちよりも頭一つ分ほど背が高く、どこか魔女を思わせる妖しい光をその黒い瞳に宿していた。

 

 楓と葵は思わず背筋を伸ばして、半ば反射的に女性に対して直立不動の姿勢を取った。

 

 それを見た女性は、余裕に満ちた表情で厳かに自らの名を名乗った。

 

「余が聖メルクリウスの聖帝、ティシア・パウムガルトナーである。

苦しゅうない、楽にせよ」

 

 結梨を除く三人は既にティシアと面識はあったが、この口上はティシアの口癖のようなものであり、誰も突っ込みを入れる者は無かった。

 

(……ひょっとして、ティシア様はこの登場をするために、カーテンの向こう側に隠れて私たちが来るのをお待ちになっていたのかしら)

 

 ティシアが筋金入りの中二病であることは、メルクリウスのリリィであれば誰もが知っている事実だった。

 

 その表れなのかどうか、ティシアはモノトーンで色彩統一されたゴスロリ調の服を身に纏い、大きな紫の薔薇の髪飾りを頭に着けている。

 

 どう見てもガーデンの制服ではなかったが、何がしかの理由で私服の着用を黙認されているのだろうと、楓たちは想像するしかなかった。

 

 そんな彼女たちの胸中を知ってか知らずか、ティシアは円卓の上座に優雅に腰を下ろすと、楓たちに着席するよう促した。

 

「ティシア様、本日は私たちをこの場にお招きいただき、誠に――」

 

 席に着いた葵が最初に謝辞を述べようとすると、ティシアはそれを途中で遮った。

 

「堅苦しい挨拶などせずともよい。

ここには余と卿らしかおらぬのだからな。

――余が卿らを呼んだ理由が分かるか?」

 

 ティシアの問いに対して、恐る恐るという感じで手を挙げたのは結梨だった。

 

「私たちがどのレギオンにも入ってないから……?」

 

「いかにもその通り。

卿は百合ヶ丘女学院に在籍中、当初はLGラーズグリーズという新設のレギオンに所属し、戦死扱いとなって以降は特務レギオンであるLGロスヴァイセ預かりの身となった」

 

 その後、対由比ヶ浜ネスト前線基地として建設された百合ヶ丘の校舎では警備レベルが不十分との理由で、聖メルクリウスのガーデンが結梨の身柄を預かる運びとなった。

 

 その際、百合ヶ丘が用意したLGロスヴァイセ隊長の従姉妹としての戸籍も引き継がれている。

 

 身分証を兼ねた生徒手帳として、聖メルクリウスから支給されている結梨のIDカードには、氏名欄に一柳結梨ではなく北河原ゆりと印字されている。

 

 百合ヶ丘にいた時と同様、結梨の生存を知る者はガーデン教職員と生徒会など、ごく一部の人間に限られている。

 

「従って、卿を取り巻く状況が解決するまで、卿はこの聖メルクリウスにおいても、表向きは北河原ゆりとして振る舞わねばならぬ」

 

「でも、もし私が一柳結梨だって気づく人がいたら……」

 

「その時は、他人の空似、人違いだと押し通せばよい。

世界には自分と同じ顔の人間が三人いるというではないか」

 

 その点に関しては、ティシアは全然心配していないようで、あっけらかんと言い放った。

 

 偽名である北河原ゆりの名は、百合ヶ丘のガーデンが内務省の反G.E.H.E.N.A.派閥に協力を仰いで用意したものだった。

 

 公的な正当性が担保されたものである以上、指摘は言い掛かりの域を出ない。

 

「現実的にリスクがあるとすれば、G.E.H.E.N.A.が実力行使で卿の身柄を奪おうとする場合だが、その時は余が統べるラグエル団の出番となろう。

我がレギオンの力の程、G.E.H.E.N.A.の狂信者どもの歪んだ眼に焼き付けてくれようぞ」

 

 ティシアの髪の色と同じ漆黒の瞳には、叡智と戦意が混然となった意志の光が宿っている。

 

 ともすれば狂気と紙一重の物騒さを感じさせる程に、ティシアの自我の強さは楓たち四人のリリィを圧倒していた。

 

(リリィがCHARMを向けるのは、ヒュージだけにして頂きたいものですわ)

 

 ティシアの発言を聞いていた楓は、心の中でそう呟いた。

 

 百合ヶ丘では、結梨は途中から特務レギオン預かりの身となり、強化リリィ救出の作戦にも何度も参加してきたと聞いている。

 

 だとすれば、対人戦闘についても、既に実戦レベルの能力は十分に身につけていることになる。

 

 外見からは結梨は新米のひよっこリリィにしか見えないが、それを言うなら結梨の隣りに座っているレミエとて、幼い外見や言動に似つかわしくない実力の持ち主なのだ。

 

(それでは、ティシア様はフリーランスのリリィである私たちに、どのような役割を担わせようとお考えなのでしょうか?)

 

 楓が物言いたげな表情をしていたのがティシアに伝わったのか、ティシアは口元を少しだけ綻ばせて楓を見た。

 

「卿らに来てもらったのは、既存のレギオンでは担いきれない任務を担当してもらうためだ」

 

「それは、どのような内容の任務なんですか?」

 

 葵が尋ねると、ティシアは座っていた椅子に深く腰掛け直して、両手を肘掛けの上に乗せた。

 

「――端的に言えば、これまで以上にG.E.H.E.N.A.の内情を知ることだ。

過去に反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンが収集してきた情報だけでは、その正確性に問題があることが少なくない。

その一例として、直近において東京で発生した事例を挙げてみよう」

 

 ティシアは実例として、六本木に位置するエレンスゲ女学園で発生した事変についての説明を始めた。

 

 それによると、従来は親G.E.H.E.N.A.主義急進派に分類されていたLGクエレブレ及び高島八雲校長は、実際には穏健派に属していた。

 

 逆に、親G.E.H.E.N.A.主義穏健派であると思われていた西村乃恵美教頭は、最も急進的な派閥の人物だったことが明らかになった。

 

 これは、エレンスゲの関連ラボが次々と襲撃され、破壊された一連の事変によって、初めて判明した事実だった。

 

「つまり、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンは、エレンスゲ女学園における関係者の認識を誤っていたことになる」

 

 反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの特務レギオンが、エレンスゲのラボに囚われている強化リリィを救出しようとする場合、障害として立ちはだかるのは、高島八雲校長と麾下のレギオンであるLGクエレブレだと想定されていた。

 

 だが蓋を開けてみれば、LGクエレブレの破壊活動はラボから強化リリィを救出するためのものであり、その実態は反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの特務レギオンと極めて近しいものだった。

 

「不正確な情報を元に作戦を立案すれば、真の敵を見誤る――その危険性が此度の事変で誰の目にも明らかになったのだ。

 

だが、既存のレギオンは外征や強化リリィ救出任務でリソースに余力が無い。

 

それゆえ、G.E.H.E.N.A.内部における勢力分布や派閥関係――それらを正確に把握するための新たなレギオンが必要と判断されたのだ」

 

「ティシア様は、私たちに新レギオンとしてその任務を担当しろと仰るのですか?

私たち四人は全員が1年生ですよ。

そのような任務は、酸いも甘いも嚙み分けた上級生のリリィが適任ではないですか?」

 

 半ば呆れたような口調で葵はティシアに反論したが、ティシアは持論を譲る気は全く無かった。

 

「これは諜報任務とは似て非なるものだ。

こちらの立場を隠して接近するのではなく、いわば胸襟を開いて相手の真意を引き出し、不倶戴天の敵なのか、限定的にでも譲歩や妥協が成立する相手なのか、それを見極めることが最大の目的だ」

 

「……ティシア様のお考えは理解しました。

ですが、やはり私たちには荷が勝ち過ぎる任務に思えます」

 

「卿がそのような謙遜家であったとは思わなんだ。

メルクリウスの1年生では、卿と楓より知略に富んで目端の利くリリィはおらぬと、余は考えておる。

それに、結梨とレミエは、卿ら二人では思いもよらぬ搦め手から情報を得られるかもしれぬ」

 

 そう言われて、結梨とレミエは思わず顔を見合わせたが、二人ともティシアの言葉の意味を測りかねて、頭の上に疑問符を浮かべるばかりだった。

 

 葵、結梨、レミエの三人が判断を決めかねる中で、決断を下したのは楓だった。

 

「その任務、お受けいたしますわ。

フリーランスのリリィをいつまでも続けるよりは、特殊な任務であってもレギオンを結成して成果を上げるに勝るものはありませんもの。

葵さん、結梨さん、レミエさん、やってみましょう」

 

 葵の呼びかけに最初に答えたのは結梨だった。

 

「わかった。G.E.H.E.N.A.の中にも悪い人と悪くない人がいる。

悪くない人と仲よくできるなら、私はそうしたい。

悪い人も、悪くない人に変わってほしい」

 

 次いで、葵とレミエも楓に賛同の意を表す。

 

「……まだ自信はありませんが、楓と一緒のレギオンにいられるなら、私はティシア様のご意向に従います」

 

「私も、新しいレギオンでいっぱい手柄をあげて、お姉ちゃんを見返してやるんだから」

 

 それを聞いてティシアは安堵したように小さく頷くと、四人の1年生リリィをぐるりと眺めた。

 

「卿らの協力に感謝する。

新レギオンの任務に当たって必要な訓練は、後ほど余から指示を出すゆえ、それに従うように」

 

 楓たちを生徒会室に呼び出した時点で、ティシアは既に新レギオンの構想を固め、ガーデンとの調整も終えていたに違いなかった。

 

 ようやく議題の山を越えたティシアは肩の荷が下りたのか、彼女本来の中二病ぶりを取り戻しつつあった。

 

「卿らの新レギオンについてだが、レギオン名も余が考えてある。

いつも聖書に出てくる天使の名では工夫が無いので、此度は別方面から考えてみた。

それと、新レギオンの隊長は、余がラグエル団の団長と兼任する。

ただし平素はラグエル団の任務から離れられぬゆえ、新レギオンの任務には参加できぬ。

もしも卿らの身が危うくなるような事態が生じれば、必ず余が直々に介入して卿らを救出する。

案ずるな、真打ちは最後に颯爽と華麗に登場するものゆえな」

 

「……あの、とりあえず新レギオンの名前だけでも、先に教えていただけますかしら」

 

 ティシアの口上が止まらなくなりそうなのを察知して、楓が至って控えめに割り込んだ。

 

 ティシアは気分を害した様子も無く、一つ咳ばらいをすると、一転して妙に重々しい口調で言葉を発した。

 

「本日この瞬間より、卿らのレギオンはLGグルヴェイグと名乗るがよい」

 

 ティシアが楓たちに告げたのは、北欧神話に登場する魔女の名だった。

 

 





次回は楓さんたちとLGクエレブレが接触するエピソードになります。
次回更新は9月18日頃の予定です。
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