アサルトルベルム プラス   作:入江友

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第3話 LGグルヴェイグ結成

 

「グルヴェイグ、とは聞いたことの無い名前ですわね」

 

 首をかしげる楓たちの前で、ティシアは少し得意げに唇の端で笑ってみせた。

 

「毎度、聖書に出てくる天使の名では工夫が無かろうと思ってな。

卿らのレギオン名は北欧神話の魔女から命名させてもらった」

 

「魔女ですか、それはちょっと不吉な感じもしますが……」

 

「私たち、魔女じゃなくてリリィだけど……」

 

 葵と結梨は胡乱な目をして眉をひそめたが、ティシアはまたも不敵な笑みをその端正な顔立ちに浮かべるばかりだった。

 

「気にすることは無い、安心せよ。

魔女と言ってもグルヴェイグの場合、その正体は女神フレイヤだという。

暗黒の魔道に身を堕とした有象無象の魔女とは全くの別物だ」

 

「そうですか、それならいいんですけど」

 

 ティシアは思慮深さを秘めた漆黒の双眸を楓たち四人に向け、更に言葉を続ける。

 

「偶然かどうかは分からぬが、親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの界隈では、魔女を自称する者が少なからず存在する。

 その筆頭はシエルリント女学薗のリリィたちだが、それ以外にもエレンスゲ女学園の校長が、自らを魔女になぞらえたという未確認情報がある」

 

「エレンスゲの校長先生は、元はシエルリントのリリィだったの?」

 

 結梨が尋ねると、ティシアはすぐに首を横に振って否定した。

 

「いや、高島八雲は御台場女学校を卒業後、イルミンリリアンラボ勤務を経てエレンスゲ女学園の校長に就任した。

 

彼女の前任者は急進派に属する人物だったとされているが、前校長は『日の出町の惨劇』の責任を取る形で更迭された。

 

失脚した急進派の前校長に代わって、高島八雲はエレンスゲを穏健派のガーデンへと改革すべく、イルマ女子から送り込まれたと考えるのが妥当だろう」

 

「でも、エレンスゲは現在でも穏健派のガーデンとは見なされていませんわ。

エレンスゲの体制そのものは、今なお急進派が牛耳っているのではありませんこと?」

 

 訝し気に楓が顎に手を当ててティシアに問い、ティシアは至って簡単にそれを肯定した。

 

「そう考えて差し支えない。

校長といっても権限は限定的なものであり、ガーデンの頂点に立つ役職ではない。

 

ガーデンの方針を決定する主体は、経営母体のアウニャメンディ・システマス社と、そこから出向している理事の面々だろう。

 

高島校長は彼女に許されている範囲の中で、自らが穏健派であることを極力表に出さず、ラボに囚われている強化リリィを地道に救出してきたというわけだ」

 

「つまりエレンスゲの内部では、急進派と穏健派がガーデン運営の主導権を巡って、勢力争いの真っ最中というわけですのね」

 

「いかにもその通りだ。

メルクリウスを始めとする反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの意向としては、急進派と穏健派の対立が激化する事態は望ましくない。

 

一つのガーデン内で急進派と穏健派の対立が全面的な内部抗争に発展し、ガーデンが事実上の崩壊に至った事例が過去にあるからだ」

 

「新宿御苑にある私立ルドビコ女学院のことですわね」

 

「そうだ。ルド女の二の舞は何としても避けなければならない。

かと言って、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの特務レギオンが、エレンスゲの急進派を武力で攻撃することは認められない。

 

特務レギオンの作戦目的はあくまで調査・偵察・救出であり、戦闘行為は任務達成のために止むを得ず選択する手段だからだ。

卿らも、その事をゆめゆめ忘れるでないぞ」

 

「合点承知ですわ。

リリィ同士がCHARMを向け合って戦うなんて、訓練以外では真っ平御免ですもの」

 

「無論、原則としてエレンスゲ内部の問題はエレンスゲの関係者が解決すべきではある。

だが、万が一の事態に備えて、高島校長と麾下レギオンであるLGクエレブレに関しては、あらゆる選択肢を用意しておきたい。

卿らに命じる任務は、そのための足掛かりと心得てもらいたいのだ」

 

「心しておきますわ」

 

 ティシアに頷く楓の傍らでは、レミエ・アレッサンドリーニが結梨に小声で囁きかけていた。

 

「G.E.H.E.N.A.って、そんなにややこしい組織なの?

お姉ちゃんのレギオンは特務レギオンじゃないから、G.E.H.E.N.A.のことはあんまり聞いたことがないの」

 

「……えっと、G.E.H.E.N.A.にはいろんな研究をしてる人がたくさんいて、悪い人もいれば、いい人もいるみたいなの」

 

「じゃあ、G.E.H.E.N.A.の中にいる人が、誰が悪い人で誰がいい人かを調べてくるのが私たちの任務で、いい人とは協力しようってことね」

 

「たぶん、そういうことだと思う……」

 

 ティシアはレミエと結梨の会話にはあえて口を挟まず、話を先に進めることにした。

 

「それに、ヒュージとの戦いとは違い、G.E.H.E.N.A.が関与していると思われる諸々の事象には、少なからず一般的な常識では計り知れない現象が確認されている。

死者の蘇生しかり、記憶や人格、更にはレアスキルの別人への移植しかり」

 

「そんなことがG.E.H.E.N.A.には可能ですの?

世界中の医学の粋を極めても、到底実現できるとは思えませんわ」

 

 驚きに目を丸くする楓だったが、自分の隣りにいる結梨がヒュージ幹細胞からヒトの遺伝子を抽出して生み出されたリリィであることを、今この時は失念していた。

 

「実際にそうとしか考えられない事例が複数確認されているのだ。

それらの全てが第一級の機密事項ゆえ、一般の生徒には公表されておらぬが」

 

 それはおそらくは、マギの持つ魔法的性質に着目した、物理法則では実現できないオカルト的とさえ言える研究の結果に違いないと、ティシアは推測していた。

 

「ともあれ、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの想像を超えた未知の領域へと、G.E.H.E.N.A.が手を伸ばしていることは疑いの余地が無い。

 

その試みが人類社会の幸福と平和に繋がるものでないなら、我らはG.E.H.E.N.A.の目論見を阻止せねばならぬ。

 

それを確かめるためには、何者が真の敵なのか、そして限定的であっても反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンと協力しあえる勢力は存在するのか、自らの目で見極めねばならぬ。

 

LGグルヴェイグが任務の目的とするのは、正にその点に他ならないのだ」

 

 ティシアは楓たちに、平素はフリーランスのリリィとして活動し、ガーデンからの直命が下れば直ちに参集して任務へと赴くように伝えた。

 

 そして、LGグルヴェイグの任務遂行に当たって必要な情報については、情報解析室の指定書架に収蔵されている資料に目を通しておくことを命じた。

 

「書架のセキュリティロックは卿らのIDで解除可能になっている。

現時点でメルクリウスのガーデンが入手しているG.E.H.E.N.A.関連の情報に、卿らは制限なくアクセスする権限が与えられている。

それらを全て頭に叩き込んだ上で、卿らには任務に当たってもらいたい」

 

 そうは言ったものの、レミエと結梨が機密情報を隅々まで理解することはまだ難しいだろうとティシアは考えていたので、それについては楓と葵に一任することにした。

 

 かくして、威力偵察や強襲救出作戦を任務としない極めて変則的ともいえる特務レギオン、LGグルヴェイグが聖メルクリウスインターナショナルの生徒会室において秘密裏に結成されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルクリウスのガーデンでLGグルヴェイグが結成されてから約一ヶ月の後、深夜の六本木で一隊のレギオンがヒュージの群れを相手に戦闘を繰り広げていた。

 

 暗闇に溶け込むかのような黒っぽい色の戦闘用スーツを着用し、四人のリリィは華麗なチームワークでヒュージを任意の方向へと誘導しつつあった。

 

「目的のラボまで、あと200メートルを切ったわ。

このままヒュージの数を漸減させつつ、後退を装って北東方向への誘導を続ける」

 

 隊長らしきリリィがレギオンメンバーの三人に呼びかけると、彼女たちは一糸乱れぬ動きで縦横無尽に市街地の路上を駆け抜け、ヒュージの進路を一定の方向へとおびき寄せようとする。

 

 その一人が両手に持ったアステリオンマギカノンを振るいながら、緊張感に欠けた軽口を叩く。

 

「毎度のこととは言え、ヒュージの攻撃をかわしながら適当に数を減らして、目的地まで誘導しようなんて。

あたしら、いつまでこんな曲芸師みたいなこと続けなきゃならないんだろうねえ」

 

「蒔菜、無駄口を叩く暇があったら、もっと誘導の精度を上げてください。

スモール級が何体か、あらぬ方向へ進もうとしていましたよ」

 

 少し離れた所から、長い黒髪の少女が声を大きくして注意を促した。

 

 蒔菜と呼ばれたリリィは、相変わらず飄々とした口調でそれに応える。

 

「そいつらは結爾が元の進路に戻してくれたんだろ?

この辺りはもう避難済みで、あたしたち以外誰もいないから、スモール級の一匹や二匹逃げたところで実害は無いさ」

 

「スモール級でも取り逃がせば他のエリアで被害が出るかもしれません。

それに、逃げ出した個体が別の個体を呼び寄せる可能性も――」

 

 結爾と呼ばれたリリィが渋面を作って蒔菜に反論しようとした時、胸元のヒュージサーチャーが警告音を発した。

 

「ラージ級……いえ、グレーターラージ級2体出現。

距離約300メートル、左右から急速にこちらへ接近してきます」

 

 結爾の言葉を聞いた三人のリリィの顔色が変わった。

 

 年長と思しきリリィが緊張を孕んだ声で隊長のリリィに言う。

 

「優珂、不味いぞ。

グレーターラージ級2体を相手にしながら、他のヒュージをラボまで誘導するのは不可能だ」

 

「並のラージ級なら一対一のデュエル戦闘でも倒せるのに、よりによってグレーターラージ級が出現するなんて……」

 

 唇を嚙んでCHARMを握りしめる隊長のリリィ――LGクエレブレの松村優珂は、広い道路の向こうに姿を現した巨大なヒュージを睨みつけた。

 

 その優珂に向かって、2年生の牧野美岳が冷静に言葉を掛ける。

 

「何とも間の悪いことだが、時にはこういうこともある。

ラボへのヒュージの誘導は中断して、2体のグレーターラージ級を倒すことに専念すべきだ。

強化リリィの救出作戦はまたの機会を待つしかない」

 

「でも、次の機会なんていつになるか分からない」

 

「私たち全員が全力を出さなければ、2体のグレーターラージ級は倒せない。

いや、全力を出しても倒せるかどうか分からない、と言うべきだ。

事によると、他のレギオンの支援を仰がなければならないかもしれない」

 

 美岳に指摘されるまでも無く、抜き差しならない状況は優珂にも分かっていたが、救出作戦を断念するのは優珂にとって耐え難い事だった。

 

「もう少しでラボに囚われている強化リリィを助け出せるのに……」

 

 だが、出現した2体のグレーターラージ級と戦わねば、自分たちの命すら失われ、それは永遠に救出作戦が不可能になることを意味していた。

 

 僅かの逡巡の後、優珂は手に持ったマルテを握り直し、覚悟を決めたように美岳に答えた。

 

「美岳様、分かりました。

私が感情に流されて皆の命を危険にさらすわけにはいきません。

今回の救出作戦は中止、接近中のグレーターラージ級を倒すことにレギオンの全戦力を集中します」

 

 美岳は黙って頷くと、1年生の蒔菜と結爾に指示を出す。

 

「私と優珂は右のグレーターラージ級を攻撃する。

蒔菜と結爾は左だ」

 

「了解しました。お二人とも、御武運を」

 

「あーあ、今夜は割と楽に終われそうだったのに、とんだ大物が割り込んできたもんだ。

あんなデカブツ、何十発弾を撃ち込まないと息の根を止められないんだろうねえ」

 

 蒔菜と結爾が離れていくのを見送って、美岳は優珂と並んで、右側から地響きを立てて近づいてくるグレーターラージ級を迎え撃つ態勢を取った。

 

 二人が同時に跳躍してグレーターラージ級に襲い掛かろうとした瞬間、二人の意識に結爾のテレパスが飛び込んできた。

 

(別方向からグレーターラージ級に攻撃が来るイメージ?

すぐに距離を開ける必要がある)

 

 ファンタズムのイメージを感じ取った優珂と美岳は、瞬時に方向を転換してグレーターラージ級との間合いから離脱した。

 

 その直後、二条の白い光線がグレーターラージ級の巨大な体躯を垂直に貫き、そのままアスファルトの路面に突き立った。

 

 大出力のビームで脳天から体の中心を貫通されたグレーターラージ級は、そのエネルギーに耐えられず、青い体液を周囲に撒き散らして全身を爆発四散させた。

 

 爆風が吹き荒れ、アスファルトは融解して路面には深い穴が穿たれた。

 

 濛々たる煙が収まると、結爾と蒔菜が向かった方向からも同様の爆発が発生したことを、優珂と美岳は確認した。

 

(さっきの攻撃は何だ?どこから撃った?)

 

 先程グレーターラージ級を一撃で屠り去った攻撃は、間違いなく大出力のCHARMによる砲撃だった。

 

 近くの高層ビルの屋上から狙撃したのかと美岳は推測したが、すぐに自分でそれを否定した。

 

(違うな、あのビームはグレーターラージ級の直上から発射されたものだった。

それならば、地上からではなく上空からの攻撃だ)

 

 美岳が真上を仰ぎ見ると、星空の中に小さな紡錘形の物体が四つ、僅かに青白い噴射炎を見せながら、ゆっくりと円を描くように飛行しているのが見えた。

 

「……あれか」

 

 美岳につられて上を見た優珂が、訝しむように目を細めた。

 

「あれがさっきのグレーターラージ級を攻撃したんですか?

あれはいったい何なんですか?」

 

「CHARMだろうな、私たちがまだ知らない機体の」

 

 美岳は周囲を見回すと、彼女には珍しく大きな声を上げて呼びかけた。

 

「グレーターラージ級を攻撃したリリィ、隠れているのなら姿を現せ。

何の目的があって、我々LGクエレブレの戦闘に介入した?

いつまでも隠れているのなら、こちらにも考えが――」

 

 すると、美岳が言い終わるよりも早く、離れたビルの陰から四人の少女が歩み出て来た。

 

 彼女たちは優珂たちとは対照的に、白い制服に身を包んでおり、それは闇夜の中で殊更目を引くものだった。

 

「その制服は鎌倉府の聖メルクリウスインターナショナルのものか。

メルクリウスのレギオンが六本木まで外征するという情報は聞いていないが」

 

 美岳の問いかけに対して、先頭に立っている赤みがかった髪のリリィが優雅に応じる。

 

「外征宣言無しの外征は、あなた方の十八番ですわよね。

人の振り見て我が振り直せ、と言いますでしょう?」

 

 その言葉に美岳が反応する前に、優珂が一歩前に出た。

 

「あなた、楓・J・ヌーベルね。隣りにいるのは石川葵」

 

「よくご存じですのね。自己紹介の手間が省けましたわ」

 

「国内のリリィであなたたち二人の顔を知らない者はいないわ。

それで、わざわざエレンスゲのレギオンの真似をしてここまで出張ってきて、目的は何なの?

まさか戦果が欲しくて獲物を横取りしたわけじゃないわよね?」

 

 名声が欲しい無名のリリィであればともかく、既に確固たる実績と栄誉を手にしている綺羅星のようなリリィがそのような事をする筈もない。

 

「今夜はあなた方LGクエレブレのリリィとお話ししたいことがあって、この場にお邪魔しましたの。

――私たちのレギオンはLGグルヴェイグと申しますの、以後お見知りおきを」

 

 そう言って、楓はあくまでも優雅な仕草で優珂たちに一礼した。

 

 





試行錯誤しながら少しずつ進めているため、更新間隔が長くなって申し訳ありません。
次回更新は10月9日ごろの予定です。
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