「……それで、横須賀からこの六本木まで、わざわざ私たちの邪魔をしに来たっての?」
不審の念をあからさまに抱きつつ、LGクエレブレ隊長の松村優珂はLGグルヴェイグと名乗った四人のリリィを睨んだ。
今夜クエレブレがヒュージの出現を利用して、目的のラボから強化リリィを救出する任務自体は極秘のものであり、作戦を外部に知られる可能性は限りなく低い。
だが、ヒュージの出現そのものを外部に秘匿することはできない。
あらかじめ国定守備範囲の境界ギリギリでLGグルヴェイグのリリィたちは待機し、エレンスゲのガーデン周辺でヒュージが出現すれば、即座に外征宣言無しでヒュージとの戦闘に出撃する。
そのような表向きの建前を用意した上で、眼前の四人のリリィはLGクエレブレの戦闘に介入したのだろう、と優珂の隣りに立つ牧野美岳は推測した。
(楓・J・ヌーベルや石川葵ともあろう者が、ヒュージ討伐の実績を稼ぐために他ガーデンの縄張りを荒らす筈も無い。
ヒュージを倒すこと以外に、私たちの前に現れた目的があるとすれば……)
優珂の隣りで黙り込む美岳を一瞥して、楓はクエレブレ隊長の優珂に話しかけた。
「それについてのお話は、あなたたちの喫緊の目的が果たされた後に致しませんか?
今はヒュージを倒すより、LGクエレブレが本来なさねばならないことが中断されている状態……ですわよね?」
楓が視線をさりげなく優珂から美岳に移すと、美岳は仏頂面を崩さないまま渋々と言った様子で答える。
「色々とクエレブレのことを調べ上げてあるようだな。
確かに今ここでお前たちLGグルヴェイグとやらを問い詰めている暇は無い。
優珂、作戦を続行しよう。結爾と蒔菜に連絡を」
「分かりました」
美岳の求めに応じて、優珂はソルギナックスーツの胸元から通信端末を取り出して回線を開く。
「――蒔菜、結爾、聞こえてる?」
「優珂か、聞こえてるよ。さっきの攻撃は何だったんだい?
いきなりどこからかビームが飛んできて、グレーターラージ級を貫いたと思ったら、あっという間に爆発しちゃってさ」
「それについては後で話すわ。
今は作戦の継続可能性が最優先よ。
散らばったミドル級以下をもう一度誘導できそう?」
「できなけりゃ、今夜ラボから助け出せないリリィは明日死んじまうかもしれない。
そんな寝覚めの悪いことになったら、あたしはこの先ひと月は飯が不味くて喉を通らない」
耳に当てた通信端末から蒔菜の声が聞こえてきて、優珂は美岳に黙って頷いてみせた。
「蒔菜と結爾は西方向に散ったヒュージをラボへ誘導して。
私と美岳様は東からヒュージを追い込むから」
「了解。救出が上手くいったら、いつも通り可及的速やかにエレンスゲのガーデンへ帰投……でいい?」
「二人はそうして。
私と美岳様は野暮用ができたから、ガーデンへ戻るのは少し遅れると思う」
「何よ、急に野暮用って?
さっきのビーム攻撃と関係あるの?」
「ちょっと闖入者が現れてね。黙って帰すわけにはいかなくなったかもしれない。
詳しいことはガーデンへ戻ってから話すわ」
「そんなに面白そうな野暮用なら、あたしも加わらせてもらいたいもんだ」
「駄目よ。これで通信は終了。速やかに救出作戦に戻ること」
優珂は有無を言わさず蒔菜との通信を切り、楓たちに向き直った。
「LGクエレブレはこれより本来の任務に戻るわ。
あんたたちは一時間後にここから南へ1㎞にある廃墟地区に来て。
そこで話の続きを聞かせてもらうわ」
「お言葉、ありがたく承りましたわ。
では、私たちLGグルヴェイグはLGクエレブレの任務終了まで、この周辺の哨戒に当たらせていただきますわ」
「勝手にすればいいわ、どうせ止めろと言っても聞かないつもりでしょうから。
――美岳様、行きましょう。
現在ヒュージの群れは、首都高3号線沿いに西麻布方面と虎ノ門方面に分かれていると思われます。
私たちは東側の虎ノ門方面へ向かい、群れを再度六本木のラボへおびき寄せましょう」
「分かった。私が先行する。
優珂はヘリオスフィアを展開しつつ、側面と後方からの奇襲に備えて」
言い終えるとすぐに美岳は交差点の路上から高速道路へと跳躍し、楓たちの視界から消えた。
「さっきのグレーターラージ級の礼は言わないわよ。
私たちは親G.E.H.E.N.A.主義ガーデンのレギオンだってこと、忘れないで」
そう言い残して、優珂もまた美岳の後を追って高速道路の向こうへと姿を消した。
優珂と美岳が去り、路上に残されたLGグルヴェイグの四人のリリィは、互いに顔を見合わせた。
最初に口を開いたのは葵だった。
「前情報どおり、いかにもとっつきにくそうなリリィだったわね、あの二人」
「お二人とも強化リリィですから、それぞれに並大抵でない事情を抱えているのでしょう。
簡単に胸襟を開いて話し合えるとは考えない方がよろしいかと」
(鶴紗と同じ強化リリィ……鶴紗も自分のことはほとんど何も話さなかった)
楓の言葉を傍で聞いていた結梨は、一柳隊の安藤鶴紗の姿を思い出していた。
人工的に生み出されたリリィである結梨には、偶然ではあったが最初から梨璃をはじめとして多くの仲間がいた。
だが、G.E.H.E.N.A.のラボに強化実験の被験者として囚われたリリィの多くは、仲間も無く自由も無く、繰り返し強制される日々の実験に心身を耗弱させるのみ。
大半の強化リリィは実験の過程で理性を失った狂人と化し、その人生を強制的に終了させられる。
安藤鶴紗は少数の幸運な生き残りの一人であり、その過去には容易に触れられないものが余りに多すぎたのだろう。
そして、それは全員が強化リリィで構成されるLGクエレブレのリリィも、同じことに違いない。
「でも、鶴紗は一柳隊でみんなと一緒に戦ってくれた。
だからクエレブレのリリィも、私たちの仲間になってほしい」
「鶴紗……安藤鶴紗……安藤総逸氏の娘さんのことですの?」
楓たちが事前に目を通した機密資料の中には、鶴紗の父である安藤総逸についての情報も記載されていた。
(安藤総逸は静岡の戦線で指揮を執り、そこで南極戦役と類似の事象を目撃した。
ヒュージが異常なレベルで増殖し、それをアルトラ級出現の前兆と考えた彼は撤退を主張するも聞き入れられず、部隊は全滅、安藤総逸自身も戦死した……と資料にはありましたわ。
そして戦犯扱いされた父親の責を負う形で、娘の鶴紗さんが強化実験の被験者としてG.E.H.E.N.A.に身柄を引き渡されたと。
防衛軍の親G.E.H.E.N.A.主義派閥が裏から手を回したのかもしれませんが、聞くに堪えない酷い話ですわ)
「G.E.H.E.N.A.と強化リリィのつながりについては、人間の尊厳を踏みにじるような情報ばかりが目について、どうにもやりきれませんわ……」
苦虫を嚙み潰したような顔をする楓に、葵が気づかわしげに声を掛ける。
「楓、強化リリィ一人一人の事情に立ち入らなくとも、彼女たちとの話し合いはできるはずよ。
私たちはクエレブレと敵対せず、お互いが持つ情報を交換することで、無用な対立を避けて最善の選択ができる。
今はそのことに意識を集中して、この周辺を哨戒、その後で指定された場所へ移動して彼女たちが来るのを待とう」
「……葵さんの言う通りですわね。
急進派が強化実験の先に何を目指しているのか、ヒュージとの戦いの果てにどのような世界を創ろうとしているのか。
私たちのレギオンは、それを知るための足掛かりを得ようとしているのですから、感傷に浸っている余裕はありませんわね」
楓は気を取り直し、制服の白い外套を翻すと、葵たち三人とともに夜の闇の中へと消えていった。
優珂が指定した廃墟にLGグルヴェイグの四人が到着して暫くの後、二つの人影が月明かりに照らし出されて現れた。
「お待ちしておりました、松村優珂さん、牧野美岳様。
改めて私と葵さん以外の隊員をご紹介いたしますわ」
「別にあんたたちに興味なんて無いけど、そっちがしたいならそうすれば?」
相変わらず素っ気ない物言いで、優珂は無遠慮に結梨とレミエの顔を眺めた。
(あの腰の周りにごてごてとCHARMのユニットを装備したリリィ、どこかで見たことがあるような……だめだ、思い出せない)
結梨の外見に引っかかりを覚える以外、優珂はLGグルヴェイグと名乗った四人のリリィに心底から関心が無かった。
できればこんな得体の知れないレギオンのリリィとは金輪際関わり合いを持ちたくなかったが、放置して見えない所であれこれと動き回られるのも思わぬトラブルの元になりかねない。
妙なCHARMを装備したリリィと金髪碧眼のリリィはともかく、楓・J・ヌーベルと石川葵については素性が割れているのだから、こちらがその気になれば聖メルクリウスインターナショナルのガーデンそのものを詰問することも可能だろう。
(まあ、こんな状況で反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンのレギオンに接触してくるってことは、向こうも特務レギオンでしょうけど)
優珂とまともに目が合った結梨は、おずおずと言う感じで少しだけ前に出て、自己紹介を始めた。
「……わ、私はちょっと前に百合ヶ丘女学院からメルクリウスに転校してきたリリィで、『北河原ゆり』っていうの。
クエレブレのリリィとは、仲よくなりたいって思ってる」
「私はあんたたちと仲よくしたいなんて全然思ってないわ。
できればこれっきり会わずに、私たちとは関わってほしくない」
「……」
取り付く島もない優珂の態度に結梨が口ごもっていると、優珂の隣りに立っていた美岳が結梨に向かって言い放った。
「今はそう名乗っているのか、人造リリィ。いや、以前は一柳結梨といったか」
「私は……」
「美岳様、このリリィが何ですって?」
驚いた優珂が美岳に視線を向けると、美岳は腕組みをして、じっと結梨の顔を見つめていた。
「数ヶ月前にG.E.H.E.N.A.の実験船が鎌倉沖で沈没した海難事故があった。
その船に積載されていたのは、ヒュージ幹細胞から人の遺伝子を抽出して生み出されたリリィだった。
数多の実験体から一体のみが生存し、その個体は百合ヶ丘女学院に保護された。
そのリリィが人なのかヒュージなのか、百合ヶ丘とG.E.H.E.N.A.の間で確執の末に、科学的・法的に人であると証明されたという。
その直後、彼女は特型ギガント級との戦闘で生死不明となり、百合ヶ丘は戦死扱いとしてこの一件に幕引きをした。
だが、一柳結梨と名付けられた人造リリィは死んでおらず、百合ヶ丘は一柳結梨の生存を秘匿し続けた。
そしておそらくは戦略上・政略上の必要性から鑑みて、彼女の身柄を聖メルクリウスインターナショナルへ移した。
……私はそう考えているが、当たっているか?」
美岳は結梨に問いかけたが、それに答えたのは楓だった。
「名推理……と言いたいところですが、残念ながら他人の空似ですわ。
ゆりさんは百合ヶ丘女学院のLGロスヴァイセ隊長の従姉妹です。
身分証をはじめ、公的な証明書はいくらでも提示できますわ」
楓の返答を聞いた美岳は、意外にもあっさりと自らの考えを取り下げた。
「ではそういうことにしておこう。
私の関心は『北河原ゆり』の正体を暴くことではなく、別の所にあるから」
「美岳様、そんなに簡単に引き下がっていいんですか?
一時は手配書が回って捕縛命令が出ていたほどの相手ですよ」
「今の私たちは人造リリィを捕縛しろと言う命令は受けていないし、そもそも彼女を拘束することはおそらく不可能だから」
「どうしてそう思うんですか?」
「複数のレアスキルを同時に使用し、特型ギガント級を一人で討滅したリリィなど、到底捕らえられるとは思えないからだ。
それに、人造リリィについてはG.E.H.E.N.A.の内部でタブー視されている可能性があると私は考えている。
下手に関わると、私たちがG.E.H.E.N.A.から口封じされる恐れすらあると」
「……」
「だから、正式な命令が出るまで、私たちは何もしてはいけない。
私たちの前にいるのは『北河原ゆり』であって、それ以外の何者でもない。
間違っても人造リリィを発見しましたなんて報告しないこと」
「……分かりました。私もそんなことで殺されたくはありませんから」
「だが、高島校長にだけは伝えておかないといけないだろう。
その後の方針は校長に委ねることになるな」
「私は美岳様の判断に従います」
優珂と美岳の会話が一段落ついたのを見届けて、結梨の隣りに立っていたレミエが二人に近づく。
全く警戒心を感じさせない素振りで、レミエは美しいプラチナブロンドの長い髪をなびかせた。
「あたしの自己紹介をしてもいい?
あたしはレミエ・アレッサンドリーニ。
聖メルクリウスインターナショナルの1年生で、前はミカエル団にいたんだけど、楓と葵と一緒にいたいから退団したの。
レアスキルはカリスマ。すごいと思わない?
ポジションはBZなんだけど、今のレギオンは四人しかいないから、あんまり関係ないかな……」
子供っぽい口調で自信満々に話すレミエの様子を黙って見ていた優珂が、何かに思い当たったかのようにその表情をはっとさせた。
「アレッサンドリーニ……?
あなた、あの『メルクリウスの暴君』、アルテア・アレッサンドリーニと関係が――」
アルテアの名を聞いた途端、レミエの顔に緊張が走り、その口調は一変した。
「お姉ちゃんのことなんて関係ないでしょ!
何よ、みんないつもいつもお姉ちゃんのことばっかり。
あたしはお姉ちゃんのおまけじゃない!」
(アルテア・アレッサンドリーニの妹……このリリィが)
優珂はまじまじとレミエの顔を見つめたが、どうみてもまだ自分より格段に未熟なひよっこにしか見えなかった。
自尊心が傷ついた悔しさからか、目に涙を浮かべているレミエに、優珂はそれ以上の言葉を発するのは控えることにした。
(偉大過ぎる姉を持ったが故の劣等感に苛まれる妹か……気の毒だけど、それはこの子自身が克服しなければいけない問題ね)
「レミエ、落ち着いて。涙を拭いて」
レミエが姉のことで心を乱すのはこれが初めてではないらしく、結梨が優しくレミエの肩を抱いて楓と葵の後ろへと連れて行った。
入れ替わりに葵が前に出て軽く咳ばらいをし、若干改まった口調で優珂と美岳に語り始めた。
「さて、こちらの自己紹介も済んだところで本題に入ることにしましょうか。
私たちがあなたたちの前に現れた理由は、G.E.H.E.N.A.の内部事情、特に急進派と穏健派の勢力分布……って言ったらいいのかな、その情報を知りたいの」
「だから、何でそんなことをあんたたちに教えなくちゃならないの……」
呆れた顔で葵を見つめる優珂に構わず、葵はなおも話し続ける。
「そしてもう一つ、急進派がこれまでやってきたことから、これから何をしようとしているのか――それを明らかにするために、あなたたちから話を聞きたいのよ」
「話にならないわね。あんたたちに教えることなんて何もないわ。
用はそれだけ?ならさっさと横須賀に帰って。さようなら」
ひらひらと手を振って優珂がLGグルヴェイグに背を向けようとした時、楓が優珂を呼び止めた。
「お待ちくださいな。エレンスゲの関係者であるあなたたちには、色々とお尋ねしたいことがありますの」
「聞くだけなら聞いてあげてもいいわ。どんなことか言ってみなさいよ」
挑戦的な視線を向ける優珂に、楓は指を折りながら落ち着いた声で淡々と述べる。
「人の形をした特型ヒュージであるジャガーノートについて。
御台場女学校からエレンスゲのラボへ転籍した中原・メアリィ・倫夜について。
西村乃恵美のような『同化と統制』の研究者グループについて。
そして、伊豆大島近海に出現した四つのヒュージネストと『TIL』の関係について――」
「よくそこまで調べ上げたわね。ほめてあげるわ」
言葉とは裏腹に、優珂の表情は少しも感心したようには見えなかった。
「CHARMメーカーの御令嬢と防衛軍司令官の御息女が、探偵やスパイの真似事をして何の意味があるの?
主義主張の異なるガーデンのリリィに、組織内部の情報を教えて私たちに何のメリットがあるの?
急進派の力を削ぐことが目的なら、反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの力など借りなくても、私たちの力だけで成し遂げてみせる。
だから、あんたたちに協力する理由なんて全然――」
優珂が楓たちにきっぱりと引導を渡そうとした時、瓦礫の向こう側から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「随分と面白そうな話をしてるじゃないか。あたしたちも仲間に入れてくれないか」
その場にいた全員が声の聞こえた方を見ると、ソルギナックスーツを着用した二人のリリィ――賀川蒔菜と森本結爾の姿がそこにあった。
展開が遅くてすみません……
次回更新は11月5日ごろの予定です。