更識楯無・・・本名・更識刀奈は天才・エリートと呼ばれる部類の人種だった。
対暗部を専門とする日本政府直轄の対暗部カウンター組織たる更識家の長女として生まれ、武芸・学問・ISと、あらゆる分野で好成績を収め中学生にして既に国家代表候補が確約され、いずれは国家代表も間違い無しと周囲からの期待を浴びるエリート中のエリート。
そして、彼女自身も周囲からの期待に応え続け、自身の研鑽も怠らない姿勢を崩さないという、心身共に非の打ち所がない天才。
『更識家稀代の天才』、『神童』、『暗部組織の最終兵器』・・・いつしか周囲からそう称されるようになった彼女が、近年注目されている格闘技の世界に足を踏み入れ、多大なる結果を出すのは当然と言えた。
【全国中学生格闘技選手権】
日本全国から集まった格闘技界期待の新星達が集うこの大会、楯無は若干13歳で優勝。大会において非常に稀な一年生優勝を果たす。
続く中学二年時も圧倒的な実力を以て優勝し、V2を達成。
この時、楯無が幸運、あるいは不運だったのは後に土佐の名門として復活する空手道場の跡取り娘たる竜胆まことが不参加だった事だろう。
彼女は楯無が出場する二年前、つまり一年生時に後の楯無同様優勝を果たすも、続く二年生時は父親である竜胆マサルの事故死によって不参加。
続く三年生時は世界武者修行の旅に出るための資金集めの為に、ストリートファイトによる賭け試合に専念しており、出場を辞退していた。
最大の障害が不在となった楯無は破竹の勢いで勝ち進み続けた。
そして、迎えた3度目の大会。
そこで楯無は己が宿敵の一人となる男と出会う事になる・・・。
・ ・ ・ ・ ・
「竜巻旋風脚!!」
「ガハッ!!」
「だ、ダウン!織斑選手、下がって!!」
会場中が騒然となる。
前回優勝者にして今大会優勝候補No.1である楯無が突如現れた初参加の少年・織斑一夏に蹴飛ばされ、ダウンを奪われたのだ。
「よっしゃあ!良いぞ一夏!!」
「イケる!このまま優勝よ!!」
一夏の友人である五反田弾と鳳鈴音が歓声を上げる中、楯無は起き上がって一夏を睨みつける。
(なんて事なの・・・!?
こ、こんなとんでもない強さの奴がいただなんて・・・!!)
織斑一夏の名は知っていた。
かつて世界最強と称された織斑千冬の弟にして、近年格闘技の世界で着々と名を上げつつある期待のホープ。
そんな少年が全米格闘王のケン・マスターズに弟子入りし、一気に実力を付けているという事も聞いていた。
(な、嘗めてたわ。全米格闘王に弟子入りする事でここまで強く・・・いえ、そんな雲の上のような存在に弟子入り出来た事の意味を!
だけど、負けない・・・私は負けるわけにはいかないの・・・!!)
歯を食いしばって楯無は己を奮い立たせる。
更識家や日本政府の期待を背負っているという責任感、そして何よりこんなぽっと出の、しかも堕ちぶれた元英雄の弟である男に負けるなど自分のプライドが許さなかった。
「こんな手は使いたくなかったけど・・・」
「っ!?」
突如として楯無の構えが変わる。
これまでのマーシャルアーツと違い、手・肘・膝・脚・踵と、あらゆる部位での打撃に特化したスタイルに。
その形に一夏が・・・いや、それ以上に最前列で見守っている千冬が反応する。
幼き頃から暗部としての英才教育を受けた楯無にとって、ある意味それは当然だった。あらゆる格闘技を、そのスタイルを学ぶ事も必然と言えた。
「その構えは・・・!」
「あ・・・ぁ・・・っ!!」
「その通り。アナタのお姉さんを負かした、ムエタイよ!!」
ガクガクと目に見えて震え出した千冬に一瞬気を取られた隙を突き、楯無は一夏の顔面にエルボーを叩き込んだ!
「グアッ!!」
「悪いわね。せこい手、使わせてもらったわ」
顔面に一撃を喰らい、よろける一夏に対して、楯無は冷たく言い放つ。
(卑怯な手なのは解ってる。だけど、暗部である私がこんな大会で土を付けられる訳にはいかない!
更識の沽券に懸けて、負ける訳にはいかないの!!)
良心の呵責を感じながらも、楯無は脚を振りかぶる。
狙いは急所たる顎・・・この一撃で沈める算段だ!!
「これで、終わりっ!!」
振り上げられた楯無の脚に、観客のほぼ全員が楯無の逆転勝利を確信したが・・・。
「・・・フンッ!!」
迫り来る蹴りが直撃するよりも早く、一夏が動いた!
楯無の脚目掛けて肘と膝を同時に、挟み込むように繰り出し、文字通り挟み潰したのだ!!
「う、ア゛アァァァァッ!!!!」
「け、蹴り脚ハサミ殺しだ!!」
叫び声を上げる楯無。
そんな彼女を尻目に弾が技名を言い当てる。
そんな中、一夏は仁王立ちしながら、千冬に僅かにだが振り向く。
「千冬姉!そんな不安そうな顔するなよ。俺がこんなヘナチョコなムエタイなんかに負けるかよ!!」
「い、一夏・・・!」
力強く笑う一夏の姿に、千冬の震えは徐々に治っていく。
そして、そんな一夏の言葉に楯無は・・・
「へ、ヘナチョコですって・・・!?」
「ああ、そうだ!お前の蹴りなんかより、あの野郎・・・サガットのデコピンの方が、ずっと強烈だったぜ!」
「こ、こいつ・・・!嘗めんじゃないわよ!!」
怒りに身を任せ、ダメージの残る足で無理矢理立ち上がり、拳を振るう楯無。
しかし、片脚の踏ん張りが利かなくなった状態では大した威力にならず、簡単に受け止められてしまった。
「一夏!決めてやれ!!」
「応っ!!」
これまで沈黙を保っていた師匠、ケンからの一喝。
それに応え、一夏は右手に力を込める!
「昇、龍、
「ガアァァッッ!!!!」
文字通り龍が天へ昇るかのような拳が楯無の顎を直撃し、楯無の意識を一瞬にして奪い、その身体をリング外まで吹き飛ばした!!
「け、K.O.!!勝者・織斑一夏!!全国中学生格闘技選手権、優勝!!」
「や、やったぁぁーーーーっ!!」
「よっしゃあぁぁっ!!やったぜ一夏!!」
審判によって勝利・優勝宣言が成され、鈴音と弾の叫びと共に会場内が歓声に包まれる。
そんな中、千冬はケンに背を押されてリングに上がり、一夏へと歩み寄り、その身体に抱きついた。
「一夏!一夏ぁっ!!」
「千冬姉・・・約束守ったよ」
「ああ・・・ああ・・・!!」
歓喜の涙を流す姉を一夏はより強く抱きしめ、耳元に口を近付ける。
「千冬姉・・・俺、千冬姉の事、好きだよ。
弟としても、男としても、千冬姉の事を守りたい。側に居たい」
「一夏・・・私も、同じ気持ちだ。一夏、大好きだ・・・!」
お互いにだけ聞こえるような小声で、二人はお互いの想いを伝え合い、結ばれたのだった。
・ ・ ・ ・ ・
「う・・・ぅ・・・ハッ!?」
試合後の医務室、数分前からベッドに横たわっていた更識楯無は目を覚ました。
「お嬢様!?」
「目が覚めたの?大丈夫?」
視界に映り込む心配そうな従者姉妹、虚と本音の表情に楯無は自身の状況を理解し始める。
「私、負けたの?・・・あんな、あんな卑怯な手を使ってまで、プライドまで捨てて戦ったのに・・・!!」
モニターに映る優勝トロフィーを掲げる一夏とそれを祝福する周囲。
そんな彼に引き換え、自分の惨め極まりない有様に、楯無は耐え難い屈辱感に襲われる。
「う、ううぅぅぅっっ!!織斑、一夏・・・!!
この屈辱は、絶対・・・忘れない!!」
目から悔し涙を溢れさせながら、楯無は雪辱を誓った。
この日から、楯無は暫しの間、泥沼に陥る事となる。
そんな彼女を変えるもう一つの敗北は、彼女にとって思いがけない人物によって齎される事となる。
サブストーリー『楯無と簪』が解放されました。
次回までサブストーリー、その後試合開始となる予定です。