〜side 語り部〜
開けて197年劉備軍と言うか漢朝にまたも激震が走る。
袁術の降伏により勢力を取り込んだ袁紹が偽帝討伐の完遂を宣言、大罪人として処刑を求める勅に対して近親血族の情を理由に大赦を勝手に宣言する始末。
次いで偽帝討伐の功績から大将軍まで自称し始める・・・当然印綬なんか与えて無いw
『兗州を横槍入れて掠め取り、劉備軍に追い詰められた袁術の降伏を受け入れただけなのに、袁紹の功績ってなんだろう?』
『アイツは偽帝軍と戦ってもないぞ?』
劉備軍内ではそんな声が聞こえ、大将軍詐称罪で討伐の勅が発送待ちであったりする。
互いに目の上のタンコブへ成長した袁紹軍と劉備軍、激突の日に備えて内部の再編成を進めて行く。
そう、一軍を率いて実績を上げてしまった者達に劉玄徳が遠慮なく責任を投げようとしていたのであるw。
宿ヌシ殿大ピンチ!
「嫌ぁーーーー、注目浴びるとか別の形がいいよぉ〜」
古巣の平原を含む青州は順当に田国譲が州刺史へ昇進、信頼と実績の留守番トリオにお任せである。
孔文挙が州刺史を卒業して漢朝入り、履いてなかった2足の草鞋を脱いだ。
徐州の状況は蓋を開けて出征組の全員がびっくり仰天! 前年比換算500%の成長率に高い練度の軍を持ち青州並みの根拠地に成長していたのである。
この結果を事細かく問いかけてもテキパキ答える張益徳に義兄達すら疑い、宿ヌシ殿に至っては『こんなの益徳じゃないニセモノよーー!』と叫ぶ始末である。
最終的にこの結果は水鏡塾ならぬ光明ゼミのおかげであった事を鑑み劉備軍内では諸葛光明を他の地域にも派遣して立て直しを頼むか?張益徳の重しにするか?真剣に悩んでいる・・・とりま張益徳徐州刺史は爆誕した。
次は淮南を含め揚州である。
劉玄徳が寿春を新たな本拠と定め、州刺史には介護士関雲長が任命された。
袁術一派に搾取された土地ではあるが物流の要所でもありポテンシャルは高い。
文官達の集う漢朝もここへ置かれる為、呉越の異民族政策を間違え無ければ成長が見込めるだろう。
最後は地続きとなり偽帝討伐の最終局面で合流した荊州、州刺史で軍閥の長であった劉表は中原の(風評被害)軍勢に度肝を抜かれ、実権を放棄!晴れて州刺史を卒業という事で昇進して漢朝入りした。
しかし人材不足の劉備軍には空いた州刺史の座に当て嵌める者がいない。
「・・・と言うわけで、軍勢を率いて一州を刈り取る手柄を立てた訳だし、州刺史をお願いしたい。」
「無理っす!」
宿ヌシ殿はノーと言えるネオ・ジャパン人、嫌はハッキリ言ってみた。
「そこを何とか!」
「駄目っす!」
「そこを何とか!」
「嫌っす!」
「そこを何とか!」
「パワハラっす!」
「そこを何とか!」
「土下座したって受けないっす!」
「そこを何とか!」
「下から覗くとかセクハラっす!」
「それでも何とか!」
「嫌ったら嫌っす!」
BOTと化した宿ヌシ殿と劉玄徳のやり取りは夜明けまで続き見兼ねた帝の仲裁によって目出たく宿ヌシ殿に押し付けられたのである。
実際問題劉備軍にはまだ州刺史をやれる者が居ない訳では無い。太史子義とか呂奉先とか実力実績共に充分であるが、宿ヌシ殿の傍を離れたがらなかったり、離したら危ない奴らなのである。
今日もやりたくない責任だけ増える宿ヌシ殿が変にはっちゃけないか?wktk であるw。
〜fin〜