〜風魔の物見さん〜
明智謀反の報を聞くと若君は即座に織田との手切れをご決意成された。
織田は強大であるが確かに武田旧領はまだ落ち着いておらず、三河狸を失った東海道も付け入る隙がある。
これだけ自信満々なのは、きっと入念な準備に裏打ちされているのだろう。
そう思案していると声が掛かる
「ではその方、京の仔細を話せ。」
ヨシ!ここは嘘偽り無く探った全てを語ろうぞ。
それは梅雨入り前の農繁期、百姓達が田植えに勤しむ中で、僅かな兵とも言えぬ者たち数百を伴って信長公が京を回っていたのである。
のんびりとした歩みの一行は若君の読み通りに本能寺へ入った。
信長公はここ数日は地域の有力者を寺で歓待している。
その日は夕刻に僅かな騎馬武者の出入りはあったものの本陣が動くような大移動は無く、騒がしい宴の中で夜の帷が降りていった。
普段であれば山の獣も寝静まる頃、多くの息遣いと共に軍気が辺りを覆っていく。
山門が封鎖されたのを確認した後に、我らは巻き込まれぬよう距離を取ったが、もしも遅れていれば寺を覆う包囲網に捕まっていたであろう。
振り返ればネズミ1匹漏らさぬとばかりに十重二十重の包囲網が敷かれていた。
寺を囲む軍勢が掲げる旗は水色桔梗、若君の予言通りに明智の軍である。
今この時に京でまとまった数を持つ唯一の軍勢が敵対したのであれば誰もこの暴挙を止められまい。
充分に安全を確保出来る距離を置き、探り続けると兵の持つたいまつの灯がまるでトグロを巻き獲物を絡めとる蛇が如く動き、包囲が狭まって行く。
遠くからは微かにパンパンと銃撃の音が木霊し、たいまつより遥かに大きい火の手が上がるのが見える。
盛大な鬨の声に事の終わりを確信するが、寺が燃え落ちたのであれば信長公は自害しておろう。
これでは明智も首級を手に入れられまい。
ここまで確認すると京の探りを任せる幾人かへ指示を出しワシは山を降りて知らせに走った。
その時にワシは見た!天高く月に照らされる人型の影を!
南より飛来するその姿は蒼き大鎧を着こみ宝剣を携えて本能寺の方へと向かって行く。
方角と身姿よりきっとアレは仏教の守護者である増長天に違いない!!
焔を背負い怒りを浮かべた憤怒の形相は第六天魔王信長へと向けられておろう。
今生の命ばかりか御仏直々に魂魄まで打ち砕かれるとは仏敵とは言え哀れよ。
・・・こうしたワシの語りに若君は終始ご機嫌であった。
増長天の下りには訝しげな表情であったが、そもそも御仏は衆生に姿をお見せにならぬものであれば致し方無し。
そんな中でまた続報であろうドタドタとした足音が聞こえる。
「急報!明智日向守、討死との由!」
〜fin〜